真実・前編
難産
キッチンに戻り、クロードとギルスは朝食の準備を再開する。
その間、少しだけサージャとフィージアは昨夜の出来事を話した。
当然、サージャから切り出せるわけもなく、話せることも無い。
フィージアが一方的に聞くだけだったが、サージャは終始顔を真っ赤にして俯いてばかりいた。
「そーんなに駄目だったの?ギルちゃんは」
「な!なんてこと言うんですか!違います!駄目なわけがないじゃないですか!」
そんな大声が不意に聞こえてきて、ギルスは何気なさを装いながらも側耳を立ててしまった。
『ふむ。今朝の原因はギルスだったか』
「原因とか言うな!原因は私だ!あれは私からだなっ・・・あ」
「ははーん。酒の勢いは偉大よね~」
「もう!あんなになるなんて思いませんでしたよ!」
「え?後悔してるの?」
『何?仕置きが必要なのか?』
「そ、そそそんなわけないじゃないですかっ!!後悔なんて・・・するわけがないじゃないですかっ!」
「そうかそうか。そんなに良かったか~」
ニヤニヤと笑うフィージアに焦るサージャ。
きっと穴があったら入りたいに違いない。
「よ、よかった、です・・・」
消え入りそうなサージャの声は、しっかりとギルスまで届いていた。
顔が、ボッと火を噴く。
手に持っていた皿をうっかり滑らせた。
すかさずクロードが皿を取る。
「・・・大丈夫か、ギルス」
「・・・これ、なんの試練ですか」
「知らん。フィージア様の悪ふざけだろう」
同情の眼差しを向けられ、皿が返される。
ギルスは赤い顔のまま皿を受け取る。
咄嗟に、にやける口元を腕で隠しはしたが、そのうち湯気でも出るかもしれない。
そりゃ、よかった、なんて言われたら嬉しいものだ。
キッチンでそんな会話がされているとも気が付かない女性陣の話は続く。
『そうか。サージャは生娘だったな』
「き・・・!生娘って!・・・なんでそんな事をジルージャが知っているんだ・・・」
『なに、私も長生きしてるからな。そうか。そういえば、サージャはギルスに懸想してたか』
「・・・!」
バレてる!
サージャは両手で顔を覆って、悶えた。
「ギルちゃんもあんなに分かりやすくアピールしてたしね。もうだいぶ前から相思相愛なのは見てれば分かったもんね」
『そうだな。時間の問題だったか。まあよかろう。ギルスは許すとしよう』
「許してあげて?ジルも子供は好きでしょう?」
『うむ。子供は好きだ。サージャの子なら尚良いな』
「でしょう?私も楽しみよ~」
『だが、まだ今は出来んだろう』
「何の話をしてるんだ!何の!それはもっと先のっ!・・・いや、したから先ではないのか・・・?」
悶えから辛うじて復活しても、サージャは混乱の極みにある。
だが、冷静な者もこの場には存在する。
ジルージャの言葉の意味に、それ以上の謎を感じたフィージアが。
「何か理由があるのかしら?」
『うむ。巫女も知っているだろう?サージャの加護だ。あれの枷がある。力を開放するまで、子供は無理だろうな。加護に吸い取られてしまう』
「・・・な、なんか今、すっごい怖いことを聞いたような気がするんだけど・・・」
『なんだ?知らなかったか?巫女は知っているものと思っていた』
あっけらかんと、ジルージャは加護の秘密を話し出した。
『サージャの加護は、通常のものとは違う。一回だけの使い捨てだ。ただ、その力は途方もないものだ。その為に一定の力を常に蓄え続ける。私がサージャの精霊になるまで、サージャからは一定の力が加護に流れ続けていた。今は私から吸い取られ続けている。微量だがな。サージャは私が付くまで感情が無かったろう?あれはその影響だ。私の姿が小さな子供になったのも、その影響だ』
「・・・何だ、それは。私も知らなかったぞ・・・」
『サージャには話さなかった。言ったらお前、契約切っただろう』
「ああ・・・そうしたと思う」
『今はその心配は無いからな。というより、時が近づいている』
「え・・・」
ジルージャは、本当にさらっととんでもない爆弾を落とす。
さっきまでの浮いた話は、サージャとフィージアの脳裏から消え去った。
「やっぱり、そうなのね」
『巫女は気が付いていたか』
「なんとなく、よ」
女性陣が話をしている間に、朝食がテーブルに並べられていた。
「その話の続きは、我々も参加させてください」
エプロンを外したクロードが言う。
「そうね。食事の後にしましょうか」
そう言って、皆揃っての朝食が開始された。
※ ※ ※
『精霊樹の親木の確認はもうしたのか?』
「いいえ。今イージア達が行っているわ」
『そうか。それなら今夜にも帰ってくるだろう。見れば分かる変化があるはずだからな』
「何か知っているのか?」
『私が知っているのは、世界が滅びに向かっている事だけだ。それが何の手でもたらされるかまでは知らん』
朝食後、いつもの通り食後のお茶が出され、一同は席に座っていた。
ジルージャだけは机の上に座っている。
小さすぎて椅子では顔も出なかったからだ。
ジルージャは精霊だが実体がある。触れることも出来る。
よって現在、ジルージャもお茶を飲んでいた。大きなカップを両手で持って、ふうふう冷ましながら。その姿は本当に小さな子供のようだ。
言動が、子供のそれではないが。
「ジルージャ。聞きたいことがある。カーリアス兄上に捕まっていた間のことを教えてくれ」
サージャが聞いた。
『捕まった?いいや違う。あれは私が付いていったのだ。サージャには済まないことをした』
カップを置いて、ジルージャはサージャに頭を下げた。
「付いていった?何故?」
疑問はギルスから出た。
そこには少しの怒りが含まれている。
『のっぴきならない事情があってな。・・・サージャ。カーリアスから伝言がある。いや、遺言か。聞くか?』
「ああ。聞かせてくれ」
『分かった』
そう言うと、ジルージャは右手の掌を上へ向けた。
そこには緑の球体が現れる。
その球体はジルージャの手を離れ、一度の顔の辺りで停止。そのまま大きくなる。
大皿位の大きさになった時、そこにカーリアスの顔が現れた。
『映像球だ。見るか?』
サージャの息が止まった。
殺してしまったカーリアスの顔。
後悔が湧き出す。
その手を、横に座ったギルスが握る。
包み込まれた手は、その温かさを全身に伝えてきた。
「サージャ様、大丈夫です。俺が居ます」
「・・・ああ。そうだな」
サージャは深呼吸した。
体から硬直が抜けていく。
「・・・見せてくれ」
『わかった』
映像球は光を放って、蓄積された情報を解き放った。
※ ※ ※
映像球から映し出されたカーリアスは、なぜか辛そうな顔をしていた。
場所はどこかの部屋か。カーリアスは机に手を付いている。
『サージャ。お前がこれを見ているということは、俺は死んでいるのだろう。辛い思いをさせてしまったのだろうな。済まない。先に謝っておく』
映像のカーリアスが、頭を下げた。
生前、カーリアスから頭を下げられた記憶は、サージャにはない。
それだけで驚いてしまう。
『ジルージャ様には事情を先に話した。連れ出す様な形になってしまって済まない。ジルージャ様にしか頼めなかったんだ・・・気付いているとは思うが、今回の事の計画は、全て神聖帝国から指示された。俺は事情があって、断ることが出来なかった・・・』
カーリアスの手が握りこぶしを作った。
『サージャ、済まない。本当に済まない。こんな事が頼める立場ではない事は分かっているつもりだ。お前の心にどれだけの傷を残しているのか、俺には分からない。だが、頼む。助けてくれ』
カーリアスは、苦渋の表情で、また、頭を下げた。
『・・・妻と、子供達を、人質に取られた。南の巫女と、息子と娘だ。子供達は俺の顔を知らない。産まれてすぐに取り上げられた』
衝撃的な告白だった。
「子供、達・・・?」
「カーリアスって、子供がいたの・・・?」
サージャとフィージアの呟きに答えるものはいない。
誰も、知らなかったから。
『王族の俺が、私情を優先してはいけないことは重々承知だ。だが、事はそんなに単純ではない。お前も知っているだろうが、妻は二体の火の上位精霊を持っている』
「なるほど。カーリアス殿下は、狙われていたのですか・・・」
クロードの声が、耳を通り過ぎる。
知らなかった事実に、サージャは呆然とするしかなかった。
『神聖帝国は、妻の上位精霊を使って、新兵器をイルカーシュ王国に向けて放つと言った。俺はそれに待ったをかけた。まだ試験段階の兵器で、上位精霊では試していないのを知っていたからだ。私に一つ預けてくれないかと申し出た。妹の上位精霊を使って、実験をする、と言った。もしも申請帝国の実験が火の精霊で行われたら、被害が大きくなりすぎる懸念があったんだ。暴発などされたら辺り一面、塵一つ残さず燃え尽きる』
「それで、ジルージャ様、ですか?」
ジルージャが特別な上位精霊であることを、神聖帝国は知らなかったのだろうか。
知っていたら、制御不能の烙印は押されないのではないか。そんな疑問をギルスは感じた。
『神聖帝国の目をかいくぐり、俺は夜にお前の部屋に忍び込んだ。事情を話して、ジルージャ様に協力を願った。彼女は快く協力してくれた。だが、神聖帝国の条件は、イルカーシュ王国の滅亡だった。王権簒奪では、無かった!』
ダン!と拳を叩きつける音が、映像から響く。
カーリアスが机に手を叩きつけていた。
『どうにか事態を回避できないかと足掻いたが、俺の全ては見張られている。妻は操られ、俺の側にいるが監視役を兼ねているのだ。今の彼女には感情が無い。俺の言葉は届かない・・・今は、ジルージャ様のお力で、時間を貰っているだけだ』
机に上げた拳を額につけて、カーリアスがさらに苦悶の表情を浮かべる。
『俺は、これから、ジルージャ様を兵器に付ける。そして王都に攻め入る。目的は、女王の殺害、だ。それが奴らの出した条件だ』
硬く、目を瞑るカーリアス。
握られた拳は、もう一つの手で包むように抑えられている。
『正直、どうなるかは分からない。もしかしたらガルドや姉上は俺の提案を受け入れて、命を差し出すかもしれない。俺達は、次の代に残れない命だ。それは昔からわかっていたから』
「―――次代に、残れない・・・?」
「フィー姉様!これはどういうことですか!?」
ギルスとサージャが反応する。
その矛先は、事情を知っているであろうフィージアに向かう。
「まって。全部、後で話すわ」
フィージアは難しい顔をして、若い二人を制した。
カーリアスの話はまだ続いているのだから。
『俺は、反乱軍に次代に残せない、残ってほしくない者達を連れていく。おそらく全員、死ぬか捕まるか。ライラの時代には残したくない者たちだ。自由にしてほしい』
そう言って、息を吐くカーリアス。
『俺も、死ぬだろう。願わくばサージャの手で死にたいものだが・・・つらい思いをさせるだろうな』
映像の向こうで頭を振る。望んではいけない希望だとでも言うように。
事実、彼の望み通りになったのだが、この当時のカーリアスは知らない。
カーリアスは顔を上げる。
『すまない、サージャ。話が長くなった。神聖帝国の目的は、この国の壊滅。それから巫女の確保。上位精霊の簒奪。神聖帝国は、この大陸全土を統一しようとしている。そのために、イルカーシュの民の力が必要なのだそうだ。まずは、精霊樹の親木を確認してくれ。奴らはそこから兵器を作り出している。もしかしたら、神聖帝国の内部は、精霊の力の届かない荒れ地と化しているのかもしれん』
「なるほど・・・そう言う事ね」
フィージアだけが納得の声を上げる。
『五年前の獣王国の占領で、奴らは良質の精霊石を手に入れている。あとは多数の精霊を手に入れれば、奴らの兵器は完成してしまう。だが、救いはある。俺が確認した奴らの中に、精霊と契約を結べるものはいない。イルカーシュの血が入ったものは居なかった。だから奴らはこの王国の民を求めている。正確には、巫女達を、だ。彼らの持つ複数の精霊を従える力こそが狙われているといっていい。それを、国を挙げて守ってくれ。そのついででいい。もし・・・いや、やはり国が優先だな。すまない。妻と子供達の事は、忘れてくれ』
カーリアスは首を振った。顔には諦めの色が濃い。
『・・・俺からの話は以上だ。・・・ジルージャ様、まだ時間は大丈夫でしょうか?』
カーリアスが視線を外してジルージャに質問した様だった。
ジルージャが大丈夫だと返事をする声が聞こえた。
それを確認してから、カーリアスは再び映像球に目線を合わせた。
後半へ続く