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終わりから始まる恋物語  作者: 梅干 茶子
北の神殿
34/60

復活


 「おはよ~」

 「おはようございます」

 「おはようございます。・・・フィージア様。また、髪が乱れてますよ」

 「ええ、そう?おかしいなあ。今朝ちゃんと鏡見たのに」

 「そういうお姿は、私の前だけにして下さいよ?ホントに」


 前掛けで手を拭いたクロードが、ダイニングに入ってきたフィージアへ向かう。

 ギルスは、ふかした芋を潰していた。


 「あれ?サーちゃんは?」


 髪の毛を梳かされながら、フィージアが言う。


 「今日はまだ起きてこられてませんよ?」

 「ちょっと遅くない?あの子朝早かったはずよね」

 「そうですね。朝稽古は欠かさない方だったと記憶しておりますが・・・ああ」


 クロードはすぐに思い当たる。

 視線でギルスに合図を送った。

 ここは俺に任せろ、と。


 「・・・すみません、俺ちょっと行ってきます」


 芋を潰し終わったギルスが台所から顔を出した。

 その顔は、不安気だ。急ぎ足で出ていく。


 「・・・なんかあったの?あの二人」

 「フィージア様の、助言のせいですよ」

 「ああ・・・ええ!?本当に!?」

 「本当です。今朝ギルスから聞きましたから」

 「あちゃー。昨日酒飲んだの?あの子達」

 「私はなんにも聞いていなかったので、普通にギルスに渡してしまいましたよ」

 「・・・それでか。サーちゃん立てなくなってたりして」

 「いや、そこまでしてますかね?」

 「だって初めてよ?色々痛いんじゃないかしら・・・心配だわ」

 「けしかけといてよく言いますよ・・・」


 クロードがジト目でフィージアを見た。

 対してフィージアはケロリとやり返す。


 「けしかけてなんかないわよ?サーちゃんが、好かれてるのに求められないのが不安だって言うし、素面じゃ聞けないって言うから。じゃあ酒の力を借りちゃえば?って言っただけ。サーちゃんお酒弱いじゃない?ちょうどいいかと思って」

 「それを、けしかけるって言うんです」

 「あらー。じゃあギルちゃんは耐えられなかったのねー」

 「ギルスは随分頑張ったみたいですが、サージャ様がその状態だったので、駄目だったらしいですよ。大体、無理でしょう。好きな女に迫られたら」

 「それはぁ、経験談かしら?」


 ニヤリと、フィージアが笑う。


 「・・・まさか、全く同じ手だとは思いませんでしたよ。いや、気が付くべきでしたね」


 クロードは溜息をついた。


 「私はこれくらいしか知らないわよ」

 「貴女と言う人は・・・」


 クロードが後ろから、ふわりとフィージアを抱き締めた。


 「分かってますか?ギルスも男ですよ?あんまり無防備な姿は晒さないで頂きたい」

 「はいはい。クロードは焼きもちさんね」


 クロードの手に自分の手を添えて、フィージアはクロードに寄り掛かった。

 肩に乗るクロードの首筋に頭を預ける。


 「あいつは年上殺しですからね。油断できません」

 「あはは」


 クロードの声が思いの外真剣で、笑ってしまった。

 フィージアにその心配がない事は、クロードが一番知っている筈なのだ。

 笑っているフィージアの耳元に、真剣なクロードの声が響く。


 「フィージア様は私が死んでしまったら、次の幸せをお探しになりますか?」


 一瞬、何を言われているか分からなかった。

 今このタイミングで聞かれると思って無かったから。

 笑いを収めて、フィージアは切なくなった。

 いなくなる事など、考えさせないでほしかったから。


 「無理ね。そういう性格じゃないことぐらい、貴方が一番分かってるでしょう?」

 「ええ・・・わかっています。ですが、あえて言いましょう。もしも私が失われてしまったら、貴女は新たなパートナーを探していただきたい」

 「・・・そうしたとしても、きっとおばあちゃんになっても見つからないわ」


 フィージアは遠い目をする。

 遥か昔、この体になる前の自分をフィージアは覚えている。

 まだ、若かった。しかし、結婚して、子供も居た。

 フィージアは病に侵されて、あの世界を去った。


 この世界に来て、新しい体はとても頑丈で、美しかった。

 それでも、夜になると夢を見た。

 前の世界の、旦那と子供の夢。


 戻りたいと思ったこともある。

 後悔もあった。やり残したことも、見たかったものもある。

 この世界では後悔しないように生きたかった。


 自由に生きてきたつもりだ。やりたいようにやり、守りたいものを守り、自由に。

 それでも先に散っていく命は、やるせなさを残す。

 自分の死も、家族にやるせなさを残したに違いない。


 家族を作るのが怖かった。

 前世の主人を、全身が覚えていたから、誰もその代わりにすることは出来なかった。

 フィージアにとっては第二の人生だ。

 この人生は他者の為に使おう、そう思ったのはサージャが生まれた頃だったか。

 気が付いたら、三十を超えていた。


 もう諦めていた。べつにこれでいいか、と思っていた。

 クロードが、自分の元に来るまでは。

 クロードの事は知っていたし、事前にガルドと共に居たところを何度も見ている。

 気にはなっていた。この人は、匂いが違う、と思っていた。とても懐かしい匂いだった。

 クロードと共に過ごすようになって、その匂いの正体に気が付いた。

 前世の主人の匂いだった。


 夜になると、毎晩泣いた。会いたかった。ずっと会いたかった人の匂いだ。

 でも踏み込めなかった。

 寿命をサージャに捧げてしまった自分では、また不幸にしてしまうのではないかと、怖くて。

 何か月もそうして過ごしているうちに、クロードに気付かれた。

 夜、クロードが酒とつまみを持って、部屋に来た。

 酒の勢いで、全部ゲロッた。

 前世の事も、クロードの事をどう思っていたかも、それが怖い事も、全部。

 それから後は、お察しの通だ。

 朝起きたら、クロードが隣にいた。そう言う事だ。


 クロードを失ったら、きっと次には会えない。

 フィージアが求めていたのは、匂い。

 姿形ではないのだ。

 どれだけ似た人が居ても、同じ匂いの人はそうはいない。

 それは自分の経験が物語っている。

 だから、死ぬまで見つからないに違いない。


 「・・・フィージア様。貴女の秘密は、彼らには明かさないのですか?」

 「私の秘密を知っても、何もならないでしょう?今までと対応が変わってしまう方が、私は怖いわ」

 「やはり、私は貴女を置いて死ねませんね」

 「そうね。私は置いて行くかもしれないわよ?」

 「それは・・・怖いな」


 回された腕に、力がこもる。


 「それまでに、子供を残さなくっちゃね。貴方が他の事を考えられないくらい、忙しくしてくれるわよ」

 「まだ、先の話でしょうに」


 その言葉には、笑って答えた。

 頬に軽く、キスをする。


 「さあ、ギルちゃん戻ってきたみたいよ」

 「ああ、本当だ。あいつ、足音なんか立ててどうしたんだ?」


 怪訝な顔をしながら、ゆっくりとフィージアから離れ、クロードが立ち上がる。

 どうやら下世話な理由ではなかったようだ。こんなに早く戻って来る筈がない。


 程なくして、先ほど出て行ったばかりのギルスがバンっとドアを開いた。


 「大変です!ジルージャ様がお戻りになられました!」


 それを聞いて、二人は同時に動き出した。




 ※ ※ ※




 サージャの部屋に入ると、既に起きて着替えていた。

 窓が開け放たれ、冷たい風が入ってきている。

 窓辺にはフィージアの精霊が三体、浮いていた。

 ベッドの上には、猫のような大きさの少女が居る。


 緑色の少女の精霊。

 ジルージャだ。


 「あ、フィー姉様!クロード殿!」

 「サーちゃん!ジル!」

 『あ。巫女。おひさしゅう』


 ぺこん、とジルージャは頭を下げる。


 『主殿、約束は守ったぞ』


 ポニーテールに結わいた精霊が言う。


 『一晩しっかりかかってしもうたがな』


 左分けにした、波打つ髪の精霊が言う。


 『我らもだいぶ消耗したのでな、いったん休ませてもらえるかの?』


 前髪を眉のラインで切りそろえた、真っ直ぐな髪の精霊が言う。


 「ええ。サンジア、ウルジア、ハルジア。ご苦労様。精霊石はいつもの所だから、休んでて。またすぐにお願いしなきゃならないかもしれないから」


 精霊達の髪型が違うのは、フィージアが覚えきれなかったからだ。

 精霊には特に特徴が無い。皆似たような顔立ちをしている。

 精霊達によると、その時々の主の顔形に似せるらしい。

 なので、誰の精霊であるかは一目瞭然なのだが、フィージアのように複数の精霊と契約している場合は見分けがつかなくなる。見分けがつくのは背の高いイージアだけだ。付き合いの長さもあるかもしれないが。

 同時期に四体、三体と増えたので、当時のフィージアにも分からなくなってしまった。


 今は分かるようになっているが、精霊達は当時のままの姿を保っている。

 フィージア以外にも、分かりやすくするためだそうだ。


 『皆、ありがとう』


 ジルージャが三体の精霊に向かって頭を下げた。


 『なに、無事復活できてよかった』

 『これでサージャ殿も安心じゃろう』

 『では、我らは行くか』


 そう言い残して、開け放たれた窓からあっという間に出て行く。

 その背中に、サージャは頭を下げていた。

 感謝してもしきれない。ジルージャが戻ってきたことを何より喜んだのはサージャなのだから。


 パタン、とクロードの手で窓が閉じられる。

 その音でサージャは頭を上げた。


 「ジル、本当に良かったわ」

 『うん。巫女。皆に話さなきゃいけないことがある』

 「やっぱりね。私達も聞きたいことが沢山あるの」


 そう言って微笑みかけると、ジルージャは巫女に近づいて、少し怖い顔をした。


 『巫女。朝来たら、サージャは怪我をしていたぞ?』

 「ジルージャ!それは、違うから!」


 ボッと顔に火をつけて、サージャがジルージャを抑え込む。

 

 『回復させるのに時間がかかった。挨拶が遅れて済まなかった』

 「ジルージャ!」

 『何を怒っているんだ?サージャ。顔が赤いぞ?熱か?』

 「良いの!違うから!今はその話は良いんだ!」


 わあわあと焦るサージャ。

 ジルージャは首を傾げる。


 『サージャを傷つけたやつに、同じ傷を負わせてやろうと思ったのだが』

 「そんなことしないでくれ!頼む!」

 『ふむ。サージャがそう言うならやめておこう』

 「ぶっ」


 フィージアは、思わず噴き出した。

 精霊は過激だ。以前守るものを奪われた経験を持つ、長い時を生きている精霊達はなおさら。

 ジルージャもそんな一体だ。


 だが、サージャの傷を相手に返すとして、どうやって返すのか。

 そう思ったら吹き出してしまった。


 ドア付近に立つギルスが、心なしか青褪めている。


 『あとな、サージャは腹が減っているようだぞ』

 「そ、そうね。私達も同じよ。朝ごはんがまだなの」


 なんとか笑いを収めて、努めてにこやかに返す。

 クロードが察して、後を引き継いだ。


 「場所を移動しましょうか。ジルージャ様も宜しいですか?」

 『ふむ。私も同行していいのか?なら一緒に行こう』

 「ジルージャ、いったん精霊石に戻れ」

 『そうだな。そうしよう』


 ジルージャはサージャの言葉で大人しく精霊石に戻った。

 サージャの手に、精霊石が握られる。

 同時に、息を吐く者が一名。


 「命拾いしたな」

 「ええもう。すっごい心臓に悪い・・・」


 部屋を出るクロードに肩を叩かれて、ギルスは緊張を解いて後に続いた。


 「あ、あの・・・もしかして・・・」

 「ああ。もうみんなバレてるから大丈夫よ」


 動揺するサージャの言葉に、フィージアはさらりと返して、ギルスに次いで部屋を出る。


 「え・・・ええええ!?」


 残されたサージャは絶叫した。



ク)お前のチャンス、実は昨日だけだったんじゃないか?

ギ)・・・ですよね。俺もそう思いました。

ク)これから長い禁欲生活になりそうだな・・・

ギ)・・・ううっ!



頑張れ、ギルス( ´∀` )

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