ギルスの悩み
もうすっごい頭が沸いている。
「すいません。酒もらえます?」
食事処に顔を出すと、キッチンからいい匂いが漂ってきた。
中からクロードが顔を出す。
「あ?そっちもか?」
「じゃあそっちもですか?」
「ああ。今ツマミ作ってるからちょっと待ってろ」
「ありがとうございます」
ギルスは溜息を吐きながらカウンターに座った。
「・・・何か聞いてほしそうだな」
「分かります?」
「そりゃ目の前で溜息吐かれりゃな」
ジャッとフライパンを振る。
「何作ってるんですか?」
「キンピラ」
「出た。フィージア様の謎料理」
「まあな。だが美味いぞ?ほれ」
炒め上がったキンピラを、小皿に入れてギルスに差し出す。
「あ。ホントだ。美味いっす」
「だろ?これが酒に合うんだよ」
「確かに。冷たく冷やした酒が飲みたい!」
「ははは」
フィージアの謎料理。
それはフィージアだけがレシピを知っている料理だ。
王宮でも料理長が作らされていた。
ちなみにどれもとても美味しいので、最近では王宮料理と呼ばれる事もある。
今はクロードが専属で作っている。
「それで、どうした?サージャ様待ってるんだから、あんまり時間は無いだろう。さっさと吐いていけ」
「・・・俺、サージャ様と距離が縮まったじゃないですか。お互い気持ちが向いてるって分かったじゃないですか」
「ああ、そうだな。おめでとう」
「・・・ありがとうございます」
「それで?」
ギルスはキンピラをもう一口、口に放り込んだ。
しょっぱくて、甘くて、辛い。不思議な味だが癖になる。
食材も硬めに炒めてあって、ギルス好みだ。
行儀良く、飲み込んでからギルスは口を開く。
「距離が、近いんですよ。もう抱き締められますし、キスも出来ます。でも・・・」
「ほほう。言いたい事は大体分かった。何時まで耐えられるか不安か」
「・・・はい」
「はっきり言おう。なるようにしかならん」
「え!なんか他に耐えられるアドバイスとか無いですか!?」
「無いな。俺だって耐えられなかった」
「マジっすか・・・」
ギルスはガックリと首を垂れた。
クロードは気の毒に思ったが、こればっかりは分からない。
なにせフィージアの血縁者なのだ。
フィージア程の謎はないだろうが、血筋は近い。どんな誘惑を仕掛けてくるかわからない。
「・・・フィージア様は、年が年だしな。まあ、誘惑されたらホイホイ乗っちまったよ」
「ああ。それはなんか分かりますが・・・クロード殿が被害者に見える・・・」
「いや、俺だってあの御方は大切だぞ?責任を取る覚悟だって勿論あるがな。今はまだストップが掛かってるんだ」
「それは、婚姻の、ですか?」
「そうだ。サージャ様が幸せになるまで、だと」
「え、じゃあ俺の責任!?」
「そうとも言うが、そうでもない」
クロードも、キンピラをつまむ。自分で作っておいて何だが、美味い。
「大精霊様の信託だ」
「まさか、それまで結婚しないって!?」
「そうだ。子供が出来たら分からんが、あの人の事だ。子供が出来ないようにしているかも知れん」
「信託の時が何時来るか、わからないじゃないですか・・・」
「そうだな。だけどな、俺達はもうそう先の事じゃ無いと思っているんだ」
「やはり、今回の事ですか・・・?」
「ああ。そうだ。こんなピンチ、俺の知ってる年月の中では無い。フィージア様も同じだろうさ。それに加えて、あの謎の武器だ」
「精霊の力だけぶっ放せる杖ですか。あんなの出回ってたら、俺らみたいな精霊持ちじゃない人間はあっさり殺されかねませんからね」
「ガルドと女王が死んでるんだぞ。特別力が強かったからだろうが、もし増幅機能でもついてたらどうする。太刀打ち出来んだろう」
「最悪、肉壁ですね」
「それしかないだろうな。そう考えると、彼女たちの考えに同意出来なくも無いと思わんか?」
「相手を不幸にしない為、ですか?いやもう、それ絶対遅いと思いますよ」
「何でだ。俺たちが死んであっちが生き残ったら、あっちはその後の人生やり直せるだろう」
「あの二人が、そんな性格だと思います?」
ギルスに言われて、クロードは考えた。
フィージアは、自分が手折るまで、純潔を守っていた人物だ。
・・・そう、ほんの数年前の話なのだ。三十を超えていたのだ。彼女は。
・・・それが、自分以外の誰かを探せるだろうか?
否だ。そんなことをするよりも、彼女は死んだ自分に操を立てる。
そういう人なのだ。
「無理、だな」
「でしょう。サージャ様も無理です」
「じゃあ、俺たちは絶対死ねないな」
「ですよ。絶対死ねません」
「それで、待ち続けるわけか」
「俺は耐え続けるんです」
笑いが込み上げてきた。
「ははは・・・なんの修行だろうな」
「苦行の間違いじゃないですか?」
「本当だな。フッ・・・ああ。怖いな。他の誰かのモノになりはしないか、俺以外を見ちまうんじゃないかって、不安で仕方ないんだ」
「クロード殿がそんなことを思うなんて、意外です」
「そうか?まあ、惚れるってそういう事だろう。早く安心したいな」
「結婚が安心とは、限りませんよ?」
「怖いこと言うなよお前。俺の不安はいつまでも続くじゃねえか」
「それが惚れるってことでしょう?」
「生意気言いやがって。かわいくねえな」
そう言って、クロードはギルスの頭をぐしゃぐしゃに撫でる。
「そういう年でもないですからね」
ぐしゃぐしゃになった髪を手でなでつけて、最後のキンピラを口に入れた。
「そういや、お前。驚かないのな」
「何がですか?クロード殿とフィージア様ができちゃってたことですか?」
「そうそう」
「俺、鼻が利くんですよ。ああ、この二人くっついたなーって、来て割と最初の方に分かりました」
「で、どのへんで?」
「この部屋に通されたあたりですね。ほら、カウンターにいっつも座ってるって言ってたじゃないですか」
「ああ、言ったな」
「あの辺りです」
「・・・そうか。以後気を付けよう。まだ神官たちにもバレてないんだ」
「プライベート空間は見せない方がいいかもしれませんよ。勘のいい奴は気が付きますから。まあ、間違いなく、サージャ様は気が付いてませんけど」
「フッ・・・だろうな」
「他の事には聡いんですけどね。色恋に関してだけはてんで駄目で」
「そりゃお前、経験が浅いからじゃないのか」
「ああ。それかもしれません。恋心を自覚してくれたのが、今朝ですから」
「それじゃあまだ、お前には勝てないよ」
「勝てないままでいて欲しい・・・」
「わかるよ、その願望は・・・」
くだらない話をしながら、クロードは手早くつまみを二つの皿に分ける。
「ほら、出来たぞ。お前たちの分」
「ありがとうございます」
ギルスはありがたく受け取った。
「あと、酒な。冷やしてあるのが丁度あるぞ」
「米酒ですか?」
「そうだ。透明なやつ」
「高級品じゃないですか!いただきます!」
「お前な、遠慮しないのな」
「しませんよ、兄貴分には。ね、兄貴」
「兄貴って言うな。お前の兄貴分はカーリアス殿下とガルドで十分だ」
「嫌だな。ガルド騎士団長の名前が出た時点で、自分もだって気が付きましょうよ」
「付き合いが長いだけだろ」
「俺を鍛えたのはお二人ですからね」
「・・・ああ。そうか。それでか・・・よし。ギルス。賭けをしよう」
「賭け?何をですか?」
「お前の耐えられる時間だ」
「え、マジで?」
「俺は、この一週間が勝負だと見た」
「なんでですか!俺の根性そんなもんですか!?」
「だってお前、ここなら夜の邪魔は入らないぞ?少なくとも俺たちは邪魔をしない。こんな機会滅多にないだろう。しかも部屋は間続きにしてある。襲い放題じゃないか」
「怖いこと言わないでください!俺サージャ様の部屋に行けない!」
「いや、お前だけとは限らん。あっちから仕掛けてきたら、耐えられるのか?」
「いいえ。耐えません。ええ。俺それだけは耐えません」
「だろうな。だから、一週間だ」
「賭けに俺が勝ったら?」
「俺の秘蔵の酒をやろう。酒精は強いが抜君に香りのいい奴だ」
「俺が負けたら?」
「家事全部習得してもらおうか。今回の事が終わったら、習得するまでここで修行な」
「うわあ。なんか嫁入り修行みたい」
「丁度良いだろう?お互い様だしな」
笑いながら、酒を手渡す。
「さて、ギルス。明日は朝日とともに起床。朝食の前から扱くから覚悟しておけよ」
「はっ!クロード護衛騎士副長!よろしくお願いいたします!」
「・・・ふざけてんな?」
「バレました?」
「バレるわ。今の護衛騎士副長はお前だろうが」
「へへ。でもなんか懐かしくて」
「・・・ああ、そうだな。あの頃は、きつかったけど楽しかったからな。特にお前が」
「俺で遊んでましたからね、皆・・・」
「弟みたいに可愛がっていたんだけどな。愛情が伝わってないか」
「気持ち悪いこと言わないでください。ちゃんと伝わってますよ。愛の鞭がたっくさんありましたから」
「だって、お前鍛え甲斐があったんだもんよ。物覚えは良いし、すぐ強くなるし」
「俺は俺で、サージャ様超えるのに必死でしたからね」
「精霊の分だけ、絶対超えられないんだけどな」
「・・・それはお互い様でしょう・・・」
「・・・ああ・・・」
二人して、ちょっと心の傷を抉ってしまって、若干の沈黙が横たわった。
「とにかく、明日な。ま、がんばれ」
「はい。頑張ります」
「おう。お休み」
「はい。おやすみなさい」
そうしてギルスは、サージャの待つ部屋へ引き返していった。
足取りは少し軽くなっている。
なるようにしかならん。
そうクロードに言われたことが、心を軽くしていた。
沸き過ぎているに違いない。
こういう話が書きたかった。
けどこれ全然ストーリーに関係ないよ。
ただただ、この二人の会話が書きたかっただけだよ。
そしてフィージアの怪しさが抜群になる。
まあ、予想は立ちましたかね?




