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終わりから始まる恋物語  作者: 梅干 茶子
終わりと始まり
3/60

カーリアスとサージャ2

2019/11/12


長台詞を数か所分断。

なるべく景色が見えるように。


 「いい顔だな。衝撃的か?」


 カーリアスは、涙を流したサージャをその赤い目に映して、更に笑みを深める。


 「だがまだ始まったばかりだ。お前の害悪は。母上は、お前を呪って死んだのだからな!」


 サージャが産まれて一年後、母のガイア女王は崩御した。

 死因は病死。そう聞いていた。

 サージャは母も知らなかった。


 「嫉妬と愛しさの間で、母の気持ちは揺れた。ただな、その感情は姉上には向けられなかった。姉上は、次期王女だ。だが、お前ならどうだ?」


 継承権も何もない。

 もし、髪が銀だったとしても、サージャの出生がそれでは、王位継承権は与えられなかったかもしれない。

 イレギュラーな赤子。当時のサージャは皆の目にどう映ったのだろうか。

 いらない子、そう思われたのだろうか。


 愛されていると、思っていた。

 姉が向けてくれる暖かな愛情を確かに感じていた。

 兄の厳しさの中に、不器用な愛情を、感じ取れていると思っていた。


 足が、震える。


 「母上はお前を呪った!母上が死んだ次の日に、お前の髪が銀じゃなくなったのがその証拠だ!」


 突き付けられた指、突き付けられた言葉に、自分というモノがひび割れ、崩れ落ちる様なショックを受けた。


 「う、そだ・・・」


 サージャは、ぺたんと座り込んでしまった。

 信じたくない。

 私が、家族を壊した・・・?

 私が産まれたから、家族が壊れた・・・?


 「・・・全部、事実さ。その緑の髪が、呪いの証拠だよ!」


 私は、産まれてはいけなかったのか・・・?


 カーリアスの顔も見れない。

 下を向いた両の目からは、涙が落ちる。

 視界に、自分の髪がはらりと落ちた。


 『貴女の髪も、昔は綺麗な銀だったのよ』


 かつて、メイディアに言われた言葉を思い出した。

 何故色が違うのか、尋ねたサージャに答えてはくれなかった。


 緑の輝きを宿す、黒色の髪。

 この髪は、呪いの髪なのか・・・?


 また一滴、涙が流れた。


 「ははははっ!いいぞ、いいぞ!もっと絶望しろ!俺が受けた衝撃以上に心を壊せ!」


 カーリアスが嘲笑う。自分を見て、高らかに嘲笑う。


 今迄尊敬してきたカーリアスの姿が重ならない。

 私が思っていたカーリアス、これは偶像だったのか。

 かつてのカーリアス像が、ガラガラと音を立てて崩れていくような気がした。


 カーリアスの嗤い声が木霊する。やがで、突然静かになった。


 「・・・母上が死んで、姉上が女王になったばかりの頃は、だーれも、俺達の言葉を聞きやしなかった」


 ポツリと、カーリアスは言った。


「傀儡の王にメイディアはなった。俺はそれが、悔しかった」


 そこに込められた感情は、サージャの知るカーリアスのものだった。

 狂っていない、カーリアスの感情だと思った。

 だから、サージャは顔を上げた。

 カーリアスの目は、真っ直ぐこちらを見ていた。

 

 「守ろうと、誓った。メイディアを守れるのは、俺だけだった。―――だから、最初に、ゴルベスを殺した」


 ニヤリ、と笑った。

 カーリアスの瞳は、また、狂気に染まる。


 「ゴルベスを罰する権利は、割と簡単に手に入った。メイディアはアイツに会いたがらなかったし、他の連中も腫れ物に触るように扱っていたからな。だが俺は、アイツだけはこの手で殺したかった。もちろん、さっさと殺してやる気はなかったけどな」


 カーリアスは、己の左手を見て、その手を握りしめた。


 「俺はゴルベスに関わる一切を引き受けた。幽閉されたままの奴は、立派な牢獄の中で軟禁されてた。俺はまず、食事を一日一回にした。品は徐々に変えて、粗末なものにしていった。たまにわざと忘れさせたりして、飢えさせた。そこに、精神が壊れる薬を入れた上等な食事を与えたのさ。それも分からずに貪り食って、アイツは簡単に壊れた!それからも生かさず殺さず、さ!あれは最高だった!命乞いして、乞食みたいに食べ物をねだって!錯乱して自分で自分を傷つけたり、爪が剥がれても壁を引っ掻いたりしていたなぁ!今更詫びてきて、それを足蹴にするのは最高だったさ!」


 両手を広げ、狂った兄は叫び続ける。

 サージャは目を外すことも出来ず、呆然と、涙を流す。


 カーリアスの両手から、ふっと力が抜けた。

 まるで面白い出し物が終わった後のように。


「・・・だが、半年位でくたばった。アイツはぜーんぶ、弱かったのだよ。自殺しやがった。俺は不完全燃焼だった」


 頭を振った。

 呆れた。

 そう感じる動作だった。


 そうして、唐突に遠くを見る。

 ここではない、過去の光景を目に写したのか、カーリアスの目には何も映らない。


 「その頃かなぁ。俺は気付いてしまったのだ。メイディアを愛しているって。メイディアが欲しかった。あの優しい心も、美しい顔も、神から授かった様な美しい肢体も。全部、全部全部俺の物にしたかった」


 狂った渇望が、その瞳に宿る。

 それは、絶対に満たされなかった、渇望だ。


 「何でもしたさ。あの人の為なら何でも。贈り物から人殺しまで、本当に何でもして、俺のすべてを捧げた。だか、あの人は振り向いてくれなかった。姉弟なんて関係ないと言った俺に、あの人は、それだけは駄目だと拒絶したのだ。俺は絶望したよ・・・それからだ」


 空いている左手に、その渇望を落とすように、その手のひらを見つめ、握り潰した。


「俺は、あの人の愛情を受けるお前を、憎むようになった。あの人が俺に向けていた愛情も、お前に向けられていた」


 視線はサージャに戻される。

 サージャの瞳と、カーリアスの瞳が、交差する。


 「ああそうか、コイツが居なかったら、あの人の愛を受けるのは俺だけになる!俺だけになれば拒みはしない筈だと、思った。それからさ。お前は俺の標的になった!」


 目が急に生気を帯びた。

 爛々と、輝いて、サージャを射抜く。


 そのまま、顔を歪めてニタリと嘲笑う。


 サージャはカーリアスが恐ろしくなった。

 ガタガタと小刻みに震えてしまう。


 「お前を、鍛えてやっただろう?お前を鍛えるからと引き受けたら、メイディアが思いの外喜んだからさ。あの人の笑顔は何にも勝る。だから、俺は最初から、本気でお前を鍛えた。その方が事故になりやすい。本気なのだ、死んでしまっても仕方が無いだろう?」


 狂う。狂っていく。

 カーリアスは、嗤った。


 「まだ、未熟なお前に精霊術を教えたのは、未熟ゆえに制御を誤って死ぬことを期待したからさ。暗殺術を仕込んだのは、人殺しを教えてお前の心を壊すためさ。お前に護衛を連れてきたのは、弱い奴だったからさ。足手まといになって一緒に死んでくれると思ったからさ」


 ところが、急に首を傾げた。


 「だけどなぁ。お前、中々しぶといんだよ。上位精霊に殺させようとしたら、逆に手下にしやがったし、食い物渡さないで一週間山に閉じ込めたら、自力で生きて帰ってきやがった。足手まといを付けて、適当な相手と戦わせれば、足手まといを守って勝っちまう。挙げ句、ソイツに惚れられて、今じゃ立派な戦力にしやがった。だから戦地にも送り込んだ。最前線にな。それでもお前は死ななかった。逆に味方を拾って帰ってきやがった」


 右手の杖が、サージャに向けられた。


 「何なんだお前は。気付かれないようにこっそり殺そうと思った俺の手を全部封じやがって」


 チッ、と舌打ちをする。

 そして急に、はああっと大きく息を吐くと、体の力が抜けた。膝を曲げて座る。尻は地面に付いていないが。


 「でもな、それももうどうでも良くなった。メイディアがガルドの野郎を受け入れたからさ。俺の憎しみはメイディアに向いた。あいつの幸せが、俺の憎しみになった。全部壊してやろうと思うまで、さほど時間は掛からなかった。ああそうだ。お前の母親もお前も、立派な売女だ。男に付け入るのが上手過ぎる」


 クッ、クッ、クッ、と笑う声が聞こえた。

 誰からか。カーリアスからだ。


 「二十年、掛かったよ。やっとここまで来た。俺からメイディアを奪った、最悪のガルドは殺した。裏切り者のメイディアも、な。後はお前だけだ、サージャ」


 カーリアスが立ち上がる。

 サージャを見下ろして、白けた。

 鼻を鳴らす。


 「ふん。今のままだと面白くないな。簡単に殺せてしまいそうだ。そうだな。先の絶望も、教えておこうか」


 座り込むサージャに杖を向ける。


 「お前が死ねば、次はお前のギルスを殺そう。その後は、この地の巫女を殺して、逃げたメイディアの子供達も必ず殺そう。全部、お前の『力』を使って、だ」


 「な、に・・・?」


 「この杖は、精霊の意思に関係なく、力だけを強制的に吸い出せる。力を使い果たせば、精霊は消滅する。お前の精霊は、力を使い果たすのと、気が狂うのと、どっちが先かな?」


 それは、サージャの琴線に触れた。

 幼い頃、自分の元に来てくれた精霊。

 彼女はサージャにとってかけがえのない存在だった。

 どんなに心が挫けそうな時にも、寄り添い励ましてくれた。

 いつも心を汲んでくれた。


 そんな相手が、殺戮の道具にされる。

 しかも、身内の殺戮に使われる。

 自分が守りたい、守らなければと常に思っていた者達に向けられる。


 守るものを殺すのだ。その力で。

 彼女は必ず壊れてしまう。

 それが、サージャには分かった。

 分かったから、座り込んでは居られなかった。


 ここで、負けてはいけない。

 たとえ知らされた事実が、どれだけ重い衝撃を自分にもたらしたとしても、ここで挫けてはいけない。


 奥歯を噛み締めて、震える足腰に力を入れて、サージャは立ち上がる。


 私が守る。残された全てを守る。


 決意と共に、サージャはカーリアスを睨みつけた。


 考えるのは後でいい。落ち込むのも、絶望するのも、全部、後でいい。


 サージャは、両手の剣―――円形のそれを、構えた。


 「カーリアス兄上、お覚悟を」


 ニヤリ、とカーリアスが笑う。


 「さしずめ、卒業試験ってところかな?お前が俺を殺せたら、俺から教えることはなんにも残ってない」


 カーリアスは、杖を腰に挿し、両手で剣を構える。


 「杖は使わないでいてやろう。本気でお前を踏み潰すために、な!」


 カーリアスの体から、赤い炎が四方に走る。

 地を舐め、壁を舐め、王の間全体を炎の力で閉鎖した。

 カーリアスの本来持つ、精霊の力だ。


 サージャは正面に走った炎の力を、反射的に横に飛んで避けた。

 体は、動く。反応する。

 大丈夫だ、と思った。


 「これで邪魔は入らない。さあ、殺ろうか、サージャ!」


 赤い輝きを宿す、銀の髪が踊る。

 赤い瞳が、サージャを射抜く。


 負けられない。


 サージャの紫の瞳が、カーリアスを睨み返す。


 そうして、二人の戦いは始まった。


父の死亡期日を一年から半年へ。弱い父親演出の為。

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