フィージアの見た景色4
本日2本目です。
話が飛んでるな、と思われましたら、一話前へ戻って下さい。
大精霊の力の制御が効かなかった、ごく初期の頃の女王達は短命続きだった。
長くて五年、下手をすると二、三年でその命を散らすことも珍しくなかったという。
その短命な時期が終わりを告げたのは、大精霊が宿る精霊石が見つかったからだ。
それまで、力を隠すことなく顕現していた大精霊が、精霊石に宿る事でその力を制御する術を手に入れた。女王達への過剰な力の供給も収まった。
ガイア女王は九十九代目。メイディアは百代目の女王になる。たった一千年で百人もの女王が居るのはそういう理由だった。
最も、ガイア自身は女王になってからまだ十年しか経っていない。
ガイア女王の一番の功績は、南部の砂漠地域を、人の住める土地にしたことだろう。
新しい水脈を見つけ、王都より南部に川を分岐させ、合わせて大地を潤し、土を改良し、植物を育てた。
それを最初の数年でやってのけた。
大精霊の力を自在に使い、大地を改良する様は、女神の様だった。
ただ、それだけの大規模な力の行使は、ガイア女王の寿命を恐ろしく縮めた。
土地の改良が終わり、南部の地が安定を見せるまで五年。
王宮に戻ったガイア王女は、突如恐ろしい速度で老化し始めた。
三年程度で、その見た目は六十の老婆になってしまった。
力の使い過ぎだった。
精霊の力に体が耐えられなかった。
そんな状態の女王が、また大規模に力を行使した。
サージャに加護を与えるために。
倒れたガイア女王は、そのまま目を覚まさず、静かに逝った。
享年三十七歳。短すぎる生涯だった。
※ ※ ※
ガイア女王の葬儀は、国を挙げて行われた。
死因は「病死」と発表された。
真実は、あの場に居た者と、ごくわずかな協力者だけの秘密となった。
この国は、国民と王家の距離が近い。
ガイア女王は沢山の国民に愛されていた。
特に南部の国民は、それは嘆き悲しんだ。
そして皆、最後にはガイア女王を称え、彼女の冥福を祈った。
※ ※ ※
半年が過ぎた。
王宮内では、様々な問題が起こっていた。
行政的な事ではない。それらはきちんとメイディアやカーリアスに引き継がれていたのだから。
「サージャが、泣かないの。笑わないの」
その異変にメイディアが気が付いたのは、加護の発動が行われた一週間後。
その間、色々なことに走り回っていた彼女は、娘のその変化に気が付かなかった。
気が付いたのは世話を買って出ていた侍女のノインだ。
ノインは、その日のうちに気が付いたという。
しかし、多忙を極めるメイディアに相談出来ず、その他健康上の異常が無い事から、報告が遅れに遅れた。
その日、たまたま一日の空きが出来たメイディアは、サージャの部屋に訪れて、事の次第を知った。
「私が、母親なのに、ちゃんと見ていなかったからだわ・・・」
メイディアは手で顔を覆って泣き始めた。
膝の上に座っていたサージャは母の泣き顔が気になったのか、その小さな手で母の手の上をぺちぺち叩いた。
フィージアは、その告白を聞いて、どうしたものかとフワフワ漂っていたイージアに目を向けた。
イージアは察して、サージャの上に留まる。
『ふむ。では我が見てみようか』
そう言って、イージアは紫の風に変化し、サージャの体をくすぐるようにくるくると回った。
本来なら、キャッキャッと笑い声が上がるはずだが、確かにサージャは反応しなかった。
イージアは人型に戻ると、フィージアの横に移動して、メイディアに話しかける。
『メイディア王女よ。これは加護の影響である』
「加護?」
『そうだ。強すぎる加護故、赤子の感覚の一部を閉ざしてしまった様だ』
「それで、感情が?」
『うむ。これは成長すればそのうち治る。加護が体に馴染むまで多少不便だが、なに。私が居る。さして心配せずとも良い』
「そう、そうだったの。良かった・・・!」
メイディアはサージャを抱き締めた。
サージャは無表情のままカクンと首を傾げた。よくわかってないようだ。
紫の風が、涙の残るメイディアの頬を撫でる。
フィージアは、あれ?と疑問に思った。
「イージア、貴女私からサージャに乗り換えるの?」
『何を言っているんだ主殿。ガイア女王の願いを忘れたか?』
「え、だから、ディアちゃんを守るのよね?」
『違うであろう。もう一度思い出してはくれぬか』
ガイア女王が言った言葉。メイディアを守って欲しいと言われたのではなかったか。
いや、違う。正確には、そのお腹の子供を、と言われたのだ。
「あ」
思い出した。そうだった。
確かに、赤ちゃんを守るように言われたのだ。
『ガイア女王がどこまで予測していたかは分からぬ。だが、何かしらの影響はある、と見越していたのだろうよ』
「そういう、事だったの」
納得した。成程。赤子を守れと言われたわけだ。
「そういう事でしたら、僕が姉上の身辺警護に着きます。上級精霊ではないですが、僕にも中級の火の精霊が付いてますから。フィー姉様は、サージャをお願いします」
「そうね。カーリアスはどの道ディアちゃんと一緒に行動しているんだから、そっちの方がいいわね」
『それに、戴冠式後は護衛につかなくてもよいだろう。大精霊様が居るんだからな。それまでの間、お任せする』
カーリアスの横に浮いていた火の精霊が、頷くように上下に揺れた。
※ ※ ※
次に起こった問題は、ゴルベスの処遇だった。
ゴルベスは、言った。
「女王に会いたい」
と。
正直、メイディアは会いたくなかった。フィージアも同じだ。
それを引き受けてくれたのは、またしてもカーリアスだった。
感情的になって問題が起こってはいけないと、一時的にイージアをカーリアスに付けて、送り出した。
カーリアスは何事もなく戻ってきた。
ただ、顔は悲しみに歪んでいた。
「姉上。父上が、命を絶たれました」
「何ですって・・・?」
「御自害、召されました」
目を固く瞑り、カーリアスは事の次第を報告した。
※ ※ ※
隔離塔は王宮の北の外れにある。
王族を幽閉するためのそれは、中は牢獄などではなく、一級品の部屋だった。
本でも何でも外部からの持ち込みは自由。ただ、そこから出る事は叶わない。
通路に接した壁の一面は、鉄格子になっていた。
幽閉され、酒を断たれた父は、皮肉にも以前の聡明な父に戻っていた。
頬は痩せこけ、見た目はかつての面影も無い程やつれてはいたが、その精神は全盛期の父のものだった。
「一目、娘を見たいと思ったのだ。だが、考えてみたら生まれたあの日に見ることは叶っていた。
メイディアが自分に会いたがらない気持ちは分かる。それでいい。許してもらえるとは思っていない。
ただ、謝りたかった。傷つけてしまった事を。
これからの苦労を背負うお前たちに、謝りたかったのだ」
そう、ゴルベスが言った。
そうして、一つの包みを投げ渡された。
その中身は、玉璽と、諸外国との外交でのいろはを記した手記。対応での注意、喜ぶ事、会話での注意点、そう言った事を事細かに記した分厚い手記だった。
国内に目を向けていたガイア女王。国外の対応を一手に引き受けていたゴルベス外交官。
この夫婦は、そういうバランスで出来ていた。
玉璽は、ガイア女王が亡くなる前日に、渡して行った物だという。
これをあの子たちに渡すのが、貴方の最後の仕事ね。
そう言って笑っていたそうだ。
「俺は、何であいつを見失っていたのだろうな・・・見た目が変わっても、あいつは何にも変わっちゃいなかった。美しいままだった。あの笑顔も、あの姿も。もう、思い出すことしかできないのに・・・」
そう言って、父はむせび泣いた。
カーリアスはその姿を見て、責める気持ちが無くなったという。
目の前の男が、あまりにも哀れに見えたと、言った。
やがて、ゴルベスは涙を拭いた。
「カーリアス。短刀を貸せ」
「何故です?」
「俺は、あいつの所へ行く」
「何を仰っているのか分かりません」
「カーリアス」
ゴルベスは、強い意志の宿る声で、息子を呼んだ。
「メイディアが女王になって、俺がここに幽閉されていることを、どう説明するつもりだ?」
「それは・・・」
「サージャ、と言うのだそうだな。あの娘は。ガイアに聞いた」
「・・・はい」
「あの娘を守る為だ。俺が生きていたら、何時、真実が明かされるか分からない」
「・・・ですがっ」
「カーリアス!」
大きな声で、遮られた。
鋭い眼光で、睨まれる。
ゴルベスは戦いが得意ではない。恐らく、現段階で争ってもカーリアスが勝つほどに、ゴルベスは弱い。
でも、その目は、その鋭さは、カーリアスの何倍も、強かった。
「王族の自死であれば、病死として世間に公表できる」
「・・・」
「お前たちの足しか引っ張らない、情けない今の俺を、生かそうとは考えるな。俺をガイアの所へ逝かせてくれ」
最後の一言が、一番の望みだ。それにカーリアスは気が付いてしまった。
「ではせめて、介錯を・・・」
「ならん。これは自死。お前の刀傷なんか残ってみろ。いらぬ噂の元になる」
「それでは父上は苦しむことになりましょう・・・!」
ゴルベスは、笑った。
「丁度良い。罰せられない俺には、丁度良い罰だ」
そう言って、鉄格子越しに手を差し出す。
カーリアスは、震えながらその手に短剣を乗せた。
投げる為の短剣。どこにでも売っている消耗品だ。
刃渡りも、精々てのひらの長さだ。
「うむ。これはいいな。髭剃り用に俺が持っていてもおかしくない」
そう言って、笑う。
「父上・・・」
「お前は、見るな。一旦戻ってから、出直して来い」
「承知、しました」
カーリアスは拳を強く握って、いったん踵を返したが、やはり、言わなければと思い、もう一度振り返った。
「父上!」
ゴルベスが振り返る。
「切り付けて、すみませんでした」
カーリアスは深く頭を下げた。
頭を上げた時、ゴルベスは笑って手を振った。
「カーリアス。後を頼むぞ」
「・・・はい!必ず!」
それが今生の別れとなった。
※ ※ ※
来た道を引き返していたカーリアスに、イージアが告げた。
『今、逝かれた』
「・・・そうか」
カーリアスは前を見た。
その頬には一筋、涙が伝っていた。
フィ)カーリアスの呼び方も、短縮しようと思うのよ。
カー)例えばどんな感じですか?
フィ)カーちゃん。
カー)言うと思いました・・・それ「母ちゃん」って市井の者がいう言葉に聞こえますよ。
フィ)じゃあ、リアちゃん?
カー)それは姉上を呼ぶ時の「ディアちゃん」と似すぎていませんか?
フィ)・・・スーちゃん。
カー)・・・短縮しないで、そのまま呼んでくださいよ・・・
こんなやり取りがあって、省略大好きなフィージアはカーリアスと呼びます。
シリアスだったからね。息抜き息抜き。