フィージアの見た景色3
それから二か月が経過した。
臨月に入り、いつ産気づいてもおかしくない状況になったメイディアのそばに、フィージアは付き従っていた。
腹の大きくなったメイディアの姿は、もう服でどうこう出来るサイズでは無くなっていた。
よって、イージアの手によって、周囲に妊娠が分からないように認識疎外の術が施された。
誰にも妊娠は分からなかった。カーリアスですらそれに気が付かない程、術は完璧だった。
それが仇となった。
カーリアスと共に外を散策に出ている最中、メイディアは産気づいた。
急いでフィージアとイージアに運ばれるメイディア。それを追いかけるカーリアス。
当時はメイディアに気が行き過ぎていて、カーリアスが付いて来ていることに気が付かなかった。
イージアの力で各所にメイディアが産気づいた事を伝える。
すると、メイディアの部屋へ運び込むように女王から指示があった。
その指示は、脳裏に直接届いた。カーリアスには聞こえていな。
部屋の前まで来て、カーリアスはフィージアの腕をつかんだ。
「フィー姉!説明を!」
「今はそれどころじゃないの!ちょっと待ってなさい!」
そう言って腕を振りほどき、フィージアはメイディアを部屋の中へ運び込む。
部屋ではノインが支度を整えて待機していた。
「ベッドへ!」
イージアがベッドにメイディアを降ろす。
ノインは手慣れた様子で、メイディアの状態を確認する。
「これは・・・間に合わないかもしれないわ」
「ノイン!女王様とお医者様は!?」
「直に来られるはずです!ですが、もう頭が見えてる・・・!」
「え!?」
「覚悟を決めて、出来る限りのことをしましょう・・・」
幸い、ノインは経験者だ。
フィージアはノインの言う通りに動くことにした。
「今です!いきんで!」
「ふうううっ!」
どれくらい掛かっただろうか。恐らく一時間はかかっていなかったのではないだろうか。
驚くほどすんなりと、赤子は出てきた。
初産だというのに、すんなりと出産が行われた理由は、手助けしたイージアが居たからだ。
大きな産声が、部屋に木霊した。
「・・・やった・・・」
赤子はノインの手で綺麗に洗われ、おくるみに包まれると、メイディアの元へ運ばれた。
「おめでとうございます。元気な女の子ですよ」
「ああ、良かった・・・」
汗にまみれたメイディアは、微笑んで赤子を見た。
そして、震えながら、起き上がる。
「・・・では、術の準備を」
そう言って、赤子を抱いた。両手でしっかりと。
まだ後産も終わっていない、その状況で。
この祝福を授けるのは女王の役目だった。
生まれた直後に、それを行う。それは決められていた。
最も成功率が高く、術者の消耗が少ないのが、生まれたての、この状況だった。
だが、女王はまだ到着していない。
とすれば、次善策だ。
術を、メイディアが行う。
彼女はまだ、大精霊との契約の儀式を経ていない。
だかそれでも、時期女王なのだ。
彼女の髪と瞳は、金の光が宿っている。
大精霊との繋がりは、ある。
ただ、母より力が弱いだけ。
「本当はね、お母様がやるより、私がやった方がいいって、思ってたのよ」
「ディアちゃん・・・」
「だって、私の方が、命があるもの」
「・・・」
「それにね、私、この子を、とても愛しているのよ」
疲労を隠せない顔に、それでも笑顔を貼り付けて、寄り添ったフィージアに笑いかけた。
「でも、力が足りないの。フィーちゃん、力を貸してくれる?」
それは、フィージアの寿命も差し出せ、と言うのと同じ意味だ。
だが、フィージアに悩む要素は無い。自分はまだ若いのだから。
メイディアの為だ。この国の為だ。先の命なら全然差し出せた。
「当り前じゃないの」
そう言って、メイディアの肩に触れる。
フィージアの体から、紫の光が溢れる。
メイディアの体から、金の光が溢れる。
ベットに予め仕込まれていた魔法陣が起動する。
その光は、金と紫に彩られ、夕日の様な美しい色合いとなる。
力が吸い取られていく。
二人の額からどっと汗が溢れた。
「うぅ・・・!」
「ぐっ・・・!」
立っていられなくなりそうな疲労感が襲う。
フィージアでそうなのだ。メイディアの疲労がどれほどか分からない。
それでも彼女は、赤子を両手でしっかりと抱き込む。
赤子の鳴き声は、まだ木霊している。
まだ、力が足りないか。
フィージアがそう感じ、倒れるほどの力を足そうとしたその時。
突然、ドアが破られた。
はっとして、ドアの方に目を向ければ、そこには肩から血を流した男と、剣を持つカーリアスが立っていた。
「俺の、俺の子だ・・・済まない、済まないメイディア・・・!」
手を伸ばし、メイディアに近づこうとしたのは、ゴルベスだった。
その姿を見たフィージアの髪は、ざわり、と逆立った。バチバチと静電気が発生している。
嫌悪と憎悪。その感情を、確かにフィージアは感じていた。
目の前のゴルベスに対して。
しかし、ゴルベスの後ろに居たカーリアスの怒りは、その比ではなかった。
怒りに目を染める少年の手に持つ剣から、炎が噴き出している。
「まだ、言いますか。そうですか。それが真実ですか。よろしい。では僕が貴方を殺して差し上げよう」
カーリアスは剣を振り上げた。
振り下ろす、その直前。
「待って!待ちなさい!!」
女王が走り込んだ。
「今はそんなことをしている場合ではないわ!」
カーリアスが、ゴルベスが硬直する。
フィージアは焦って後ろを振り返った。
怒りにかまけて、力の供給を断ってしまった。
一人で魔法陣を起動できるはずもなく、メイディアはベッドに倒れ伏していた。
「ディアちゃん!!」
「メイディア様!!」
気絶した王女の手から滑り落ちた赤子は、寸でのところでフィージアの手が受け止めた。
ノインは気絶したメイディアに駆け寄った。
※ ※ ※
それから、一年の月日が流れた。
赤子は元気に成長し、名をサージャと名付けられた。
加護の問題は、メイディアの回復を待ってから、となった。
実質動き出したのは、産後半年を経てからとなった。
カーリアスには事情説明がなされた。
当初は、怒りに任せて何度もゴルベスを殺そうとした。
だが、赤子に触れ、徐々にその怒りは収まっているように見えた。
ただ、以前よりもメイディアの傍に居る事が多くなった。
メイディアを守るのは自分だと、決めているようだった。
ゴルベスは隔離塔に幽閉され、女王以外謁見禁止となった。
誰も、そのことには言及しなかった。
※ ※ ※
「では、始めましょうか」
ガイア女王の声に、一同は頷いた。
今日は、サージャに加護の付与を行う日である。
その場所は、王宮最奥の王の間。
普段は入り口から玉座までの間に赤い絨毯が敷かれているが、今は取っ払われ、そこには巨大な魔法陣が描かれていた。
一年経ったのだ。前回のような小さな魔方陣では到底事足りない。
女王と大精霊、その両者の力の粋を合わせて、この巨大な魔法陣は完成した。
それが、つい昨日の事。
玉座の側に大精霊の宿る精霊石と、ガイア女王。左壁面にメイディアとカーリアス。それから右壁面にフィージアとイージア。
魔法陣の中央には、籠の中で眠るサージャ。
産後すぐに施せば、せいぜい寿命は一年程度短くなる位で済んだらしい、とフィージアは聞いた。
だがそれから一年も経過しているので、正直どの程度の力を失うのか、大精霊もガイア女王も分かっていなかった。
もしかしたら、死ぬかも知れないと女王は言っていた。
だから、ガイア女王はメイディアとカーリアスに全てを引き継いだ。
今日、何があっても後の事は二人に任せると決められた。
半年かけて、加護を掛ける方法と並行して、メイディアに女王の知識を全て叩き込み、補佐的な事が出来る様にカーリアスにも指導が入った。
ガイア女王は、魔法陣の細部を確認しながら、玉座の側から入り口の側へ移動する。
途中、メイディアとカーリアスの側を通った。
「後は、頼みましたよ」
「「はい。母上」」
今生の別れは既に済ませてある。死ぬ覚悟を、ガイア女王は決めていた。
『良いかの、女王』
「ええ。お待たせしました大精霊様」
丁度、精霊石から真正面の位置に来て、ガイア女王は魔法陣の端に触れるように両手を付く。
両の腕から、魔力と自身の生命力を、魔法陣へ力を注いでいく。
ガイア女王の力は、もうそれほど残っていなかった。
歴代最強の女王で居られた期間は短い。
代々、大精霊の影響を強くその身に宿す女王は寿命が短いのだ。
初代も短命だったと史実には残っている。
反対側に置かれているのは、大精霊の精霊石。そこからも力が注がれる。
共に黄金の力。
魔法陣から渦を巻くように立ち昇るその力は、やがて部屋全体を光で覆い尽くした。
内側から弾けるように光を発し、その光はやがて中央へと収束した。
光が収まり、視界が戻ると、誰もが先ずサージャを見た。
『・・・成功じゃ』
言ったのは、イージアだ。
「やっ、た!」
フィージアは感動に拳を握った。
サージャの髪は、緑に染まっていた。
これが加護の証だった。
だが、まだ女王と大精霊の力の供給は絶たれておらず、魔法陣は金色の光を宿したまま起動している。
「はぁっはぁっはぁっ・・・っまだよ」
女王は、息を切らせながら言う。
『定着、を行う』
精霊石から、女王から再び金の光が溢れ出す。
「ぐっ!」
女王は呻いた。誰にも聞かせぬように、小さく呻いた。
『力が・・・足りぬ!』
悔しそうな大精霊の声がした直後、魔法陣に第三者が触れる。
フィージアだ。
「フィージア!!」
女王が焦りの声を上げた。けれど無視してフィージアは力を注ぎ始めた。
金の光の奔流に、紫の色が一筋交じる。
『いける!』
もう一度、光が部屋に満ちる。それは先程のただ輝かしいだけの光では無い。紫の力が混ざり、やや赤みを帯びた色へと変化する。
その光をやがて収まり、再び一同はサージャを見た。
髪の色は、黒くなっていた。
ただし、輝きに先程の緑を宿している。
『成功じゃ』
大精霊の疲れ切った声と、ドサリと倒れる2つの音。
ガイアとフィージアは、力を使い果たし、その場に倒れた。
あと一話で、過去編終わります。