フィージアの見た景色2
「何でしょうか?」
フィージアは姿勢をピンと正して、女王に向き直った。
「ごめんなさいね。それより先に、彼女を紹介してもらえないかしら?貴女の精霊なのでしょう?」
イージアは、フィージアの背後にフワフワ浮いていた。
女王に視線を投げかけられたことに気が付いて、優雅に腰を折る。
『これは失礼した。女王よ。我の名はイージア。先日押し掛けて、主の精霊となった』
「あらまあ。あなた、喋れるの?相当力のある上位精霊なのね。とても流暢だわ」
『ふむ。人間の基準は分からんが、北の精霊樹に住む風の精霊の中では、上から二番目だ』
「え!イージアってそんなに強かったの!?」
『おや、主殿には言ってなかったかな?』
「初耳よ!」
声を上げたのはもちろんフィージアで、それに気楽に返す精霊とのやり取りを、女王は面白そうに見ていた。
「これなら問題はなさそうね。フィージア。改めてお願いがあるの」
机に両肘をつき、手を組んでフィージアを正面から見やる。口元は微笑んでいたが、目は真剣そのものだ。
フィージアは自分が緊張するのが分かった。
「メイディアを守ってやってくれないかしら?正確には、そのお腹の子を」
「え?あ。はい勿論」
言われたことが想定外に当たり前の事で、少し混乱する。
守る、とはどういう事なのだろう?
なにか、あるのだろうか。
「精霊さん、ごめんなさい。会話が周りに漏れない様な結界をお願いできるかしら?」
『ふむ。女王の頼みとあらば』
イージアの力は部屋全体を包み、結界を形成する。
『これで、この部屋以外に声は漏れないぞ。外部の音は聞こえるようにしてあるが、それでいいか?』
「ありがとう。私、今はあまり力を遣えないから、助かるわ」
イージアににっこり微笑む女王は、いつもの穏やかな女王だ。
先程の視線には、穏やかさとは違う、射抜くような鋭さがあったのだが。
「さてと、メイディア。貴女には少々辛い事だけれども、フィージアに全て話しても構わないわね?」
「はい、お母様」
メイディアも、いつもの穏やかな雰囲気ではない。
どこか、辛そうにすら見える。
その手は腹に添えられて、優しく撫でているというのに。
何か、重大なことが明かされるのだ。
フィージアは、膝の上で手をぎゅっと握る。掌に汗をかいているのが分かる。
「メイディアのお腹の子はね、ゴルベスの子なの」
「・・・は?」
一瞬理解できなかった。
どういうことだ?ゴルベスとは、ガイアの夫ではなかったか?
なぜそれが、メイディアの腹の子の父になるのだ?
「メイディアはね、酔った主人に穢されてしまったのよ」
そう言って、女王は長い溜息を吐いた。
※ ※ ※
それは不幸な事故だった、と女王は言った。
ゴルベスは、確かに女王を愛していた。
それが容姿におけるものだったと分かったのは、近年、女王の容姿が急激に衰え始めてからだった。
彼は現実を直視出来ず、酒に逃げるようになった。
ある日、酔っ払って自室を間違えた彼は、そこに在りし日の女王と瓜二つの美女を見つけたと思った。
その美女は眠っていて、女王本人と見間違えたのだ、とも言った。
そうして彼は、その女を襲った。堪えていた糸が切れたかのように、獣のように襲った。
全てのことが終わってから、彼は正気に戻った。
自分の犯した相手が誰だったか気が付いた。
目の前の娘は、泣いていた。
大切な、大切な娘が、泣いていた。
彼は大声をあげて、逃げる様に部屋を出て行った。
その日依頼、彼は部屋から出て来なくなった。
泣きながら、酒を呷っていると、女王は言った。
※ ※ ※
「全ては、私が悪いのよ」
そう、女王は言った。
「容姿が衰えてから、私は彼に応えられなくなってしまったのだもの。もう何年も、長い間」
額を机の上の手に当てて、女王は深い溜息を吐く。
それから、自嘲気味に笑った。
「ごめんなさいね、子供に話す内容じゃないわね」
「いえ、その・・・お気持ちお察しします」
フィージアは女王にそう言う。女王は驚いたようにフィージアを見た。
「女王様と、ゴルベス様、私の理想の夫婦でした。お二人が仲睦まじく、愛し合っておられるのを知っていましたから」
フィージアは膝の上の拳を見た。
その夫婦が壊れていたのを、自分は知らなかった。
他に何を言えばいいのかわからない。言葉は途切れた。
「そう・・・ありがとう、フィージア」
女王は、微笑んだ。
「じゃあ本題。お腹の子についてよ」
女王はお茶に口を付ける。
「実はね、大精霊様からお言葉があったの。だから、凄く辛いことなのだけど、メイディアには子供を産んでもらうことになったわ」
「あ」
フィージアは辛い思いをしたメイディアを考えから外してしまっていた。
そのことに気が付いて、慌てて顔を向ける。
だけれど、メイディアは、ただ己の腹を見て撫でているばかりだった。こちらには顔を向けていなかった。
「お言葉は、産み育てよ。その子は特別な加護を授かるだろう。よ」
「え?何ですか?特別な加護?大精霊様のものでは無いのですか?」
「ええ。違うらしいわ。ただ、その加護を授けるために、こちらもちょっと無理をしなければならないの」
「どういう事ですか?」
「そうねえ、私の寿命が縮むわ」
なんでもない事のように、女王は言った。
「大精霊様のお力も、相当衰えるわ」
「え?」
女王は茶菓子をつまむ。
咀嚼して、茶で流し込んでから、更に続けた。
「多分、メイディアの次の代は大精霊様の加護が受けられないと思うわ」
「ええ!?」
驚き、硬直してしまうフィージア。
そんな国の危機を呼び起こすような存在を、産み出してしまっていいのだろうか?
当然、思考を過った。
同じことに何度も頭を悩ませたのだろうフィディーナが、女王に迫る。
「お姉様、先ほども言いましたが、本当にそれは必要な事なのですよね?この国を犠牲にすることになるかも知れませんのよ?」
「何度も言ったじゃない。事はこの国だけの問題じゃないって」
椅子に背を預けて、王女は腹の前で手を組んだ。
「将来、この大陸全てを巻き込んだ事態が起こるわ。それを大精霊様は予見なされた。大地が割れて、消える未来をね。その阻止に、その加護は絶対必要なのよ」
息を呑む。
大地の大精霊に未来を見る力がある事は、王族には知られている。だが、フィージアは初めて知った。王族ではないのだから、当然なのだが。
「それは・・・本当の事なのですね?」
確認した。
「ええ。大精霊様の予見の力は滅多に使われないの。それが、本人の意思とは別に飛び込んで来たっていうのだから、相当重く捉えていいわ。それに、契約関係にある我が王家が、大精霊様に協力するのは当然でしょう?」
女王は動かない。その目をフィージアからメイディアに移す。
「メイディアには酷な事だと分かっているの。本当に辛い思いをさせてしまう。でも、生まれた子は私の子供として育てます。メイディアが妊娠、出産したことは絶対に外部に漏らしてはなりません。この子をこれ以上傷つけたくないのよ」
その言葉を受けて、メイディアは何も言わずに頷いた。
わかっている、と言いたげな表情だった。
「そこで、信頼できる人間をこの子の傍に付けたいの。力があって、信頼出来て、なによりこの子を大切にしてくれる人を」
「それで、私ですか?」
「そう」
にっこりと女王は笑った。
「フィディから話を聞いた時に、これだ!って思ったの。北の巫女候補に選ばれたって事は上位精霊を手に入れたって事だから。なにより、フィージアなら安心できるわ」
「フィージア」
「はい、お母様」
「北の神殿には話を通してあります。巫女修行の開始は、フィージアがメイディア様から離れられるようになるまで延期になっています」
「・・・はい」
手回し済み、というわけだ。
我が母上はこういう事は本当に早い。
当然、フィージアに否やは無い。
「女王様。この話お受けします。ですが一つ、気掛かりが」
「何かしら?」
「カーリアスには言ってますか?」
お姉ちゃん大好きなカーリアスは、暇な時はほぼメイディアから離れない。
しかし、これだけ腹が大きくなっているのだ。ごまかしは効かないのではないかと思った。
「・・・まだ、伝えていません」
「それは何故ですか?」
「あの子の性格は、直情的で・・・この事を知れば、父に何をするか分からないからです」
「ああ・・・」
納得してしまった。
それくらい、カーリアスは真っすぐだ。姉を傷つける者は、誰であろうと許さないだろう。
ただ、フィージアはその時、それをとても不安に思っていた。
何か取り返しのつかないことになりはしないかと、思っていた。
そして、その時は訪れる。最悪のタイミングで。
イージアさんは八精霊の中で一番背の高かった人です。




