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終わりから始まる恋物語  作者: 梅干 茶子
北の神殿
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フィージアの見た景色1


 木漏れ日の差す王宮の渡り廊下を、十三歳のフィージアは歩いていた。

 母の用事で王宮に訪れて居たフィージアは、母が女王と話している間、暇を持て余していたのだ。

 目指す先は、二歳上の従姉メイディアの部屋。会うのは実に五か月ぶりだった。

 すれ違う侍女達が、フィージアに軽く頭を下げる。それを手を振って適当にいなし、慣れた様子で王宮の中を走り、目的地に到着した。


 「ディーアちゃーん!」


 ノックもせずに大声で呼び掛けドアを開けると、着替え中の従姉殿が居た。


 「あ。フィーちゃんいらっしゃい」


 たおやかに微笑んで、メイディアはフィージアに手を振った。

 フィージアは、一歩入った部屋の中でポカンと口を開けたまま立ち尽くした。

 着替えを手伝っていた侍女が急いでドアを閉めるのに気が付かない程に、メイディアの体を凝視する。正確には、そのお腹を。


 「・・・なに、それ」


 ふっくらと大きくなったお腹を指差し、フィージアは茫然と告げた。


 「えっとね・・・赤ちゃん」


 言い淀みながらもどこか嬉しそうに、メイディアはその腹を撫でた。

 

 「あ、あ!?」

 「フィージア様!お入りになる際にはノックぐらいして頂かないと困りますよ!」


 鋭い声が、フィージアの叫びを遮る。

 声の主に目を向けると、王女付き侍女頭のノインが口に人差し指を立てていた。

 静かに、と言う事なのだろう。

 とすれば、これは極秘なのだ。

 フィージアはノインに向かって、コクコクと頭を縦に振った。

 ノインはにっこり笑って、メイディアの方に行くように手で指示する。

 それを確認して、フィージアはメイディアに駆け寄った。


 「ずいぶん大きいのね。この間会った時は無かったわよね?」


 ひそひそと、フィージアは話し掛ける。


 「うん。そうなの。この前会った時はまだ大きくなってなかったの」


 メイディアもひそひそ声で返す。その様子はいたずらをしている子供のように楽しげだった。


 「さあ、積もる話もありましょうが御身を冷やしては体に毒ですよ。まずは服を着て頂かないと」


 ノインが服を手に、鏡の前でメイディアを待っている。


 「あ、そうよね。フィーちゃんちょっと待っててね」

 「あ、うん」


 メイディアが着替えている傍らで、邪魔にならないようにフィージアは立っていた。

 ノインは三十代後半で、既に結婚し、子供も三人いる。出産経験もある侍女だった。

 慣れた手つきで突き出した腹にさらしを巻き、その上から薄い黄色のドレスを着る。

 性格が大人しいメイディアは、普段着ももっぱらドレスだ。今日は、胸のすぐ下からたくさんの生地を使って大きく広がるドレスである。着てしまえば腹の大きさは分からない様な仕様になっていた。


 「ごめんね。お待たせ」

 「ううん全然。それより凄いわね。もうお腹全然判らなくなっちゃった」

 「周囲に知られるわけには参りませんので。侍女も私一人です」

 「じゃあ、これは本当に極秘の事なのね」

 「そうなの。巻き込んじゃってごめんね?フィーちゃん」


 申し訳なさそうに頭を下げるメイディアに、フィージアは慌てて手を振った。


 「違う違う!そんな秘密を知れるなんて、なんか特別な感じ?そういうのすっごくワクワクするわ!」


 満面の笑みで答えると、メイディアもホッとしたように笑った。

 花が咲いたようだとは、この事を言うのだろう。とても可憐な花だけれども。


 突然、フィージアは手を叩いた。


 「そうよ!今日はディアちゃんに報告があるの!」

 「え?何々?」


 手の音に驚いていたメイディアは、興味津々に身を乗り出してきた。

 フィージアは持っていた斜め掛け鞄から、拳大の大きな精霊石を取り出す。


 「あら、すごい大きい精霊石!」

 「ディアちゃん、私とうとう精霊を手に入れたわよ!」

 「本当!?すごいじゃない!」


 メイディアは好奇心で目を輝かせた。

 フィージアはそんなメイディアを見て、ふふんと自慢気に笑うと、そっと机に精霊石を置く。


 「イージア!出てきて!」


 一陣の風が巻き起こり、周囲の布をはためかせる。

 風が収まった後には、精霊石の上に一糸纏わぬ半透明の綺麗な女性が現れていた。

 背の丈は、大人の腰あたりか。


 『何用かな?我が主』

 「来る前に話したでしょ?私の大切な従姉を紹介するって!こちらがメイディア王女よ!」

 『そうかそうか。お初お目にかかる。イージアと申す』


 半透明の紫色の女性は、優雅に腰を折ってメイディアに挨拶した。

 対するメイディアは目を白黒させている。


 「じょ、上位精霊!?」

 「そう!」


 フィージアは胸を張った。


 「先月ね、十三の誕生日に北の神殿に行ったのよ。そうしたら、自分から精霊石持って来てくれたの!」

 『これは押しかけ、と言うのだと主殿に言われたがな。他の精霊達に先んじる為には仕方なかったのだ』

 「そ、そうなの・・・あ、私メイディアと言うの。どうぞ宜しく」

 『こちらこそ、末永く宜しく頼む』


 メイディアは驚きから復活して、イージアに微笑みかける。

 対するイージアもメイディアに微笑んだ。紫の風が、メイディアの髪をすいっと撫でた。

 メイディアは嬉しそうに笑い声を上げた。

 同じように、フィージアの髪も風が撫でる。ふわりと揺れる髪が窓から差し込む光に反射した。

 それを見て、メイディアははっとする。


 「フィーちゃん、髪の毛、紫の光が宿ったのね。とっても綺麗・・・」

 「えへへ。そうなの!それでね・・・」


 首を傾げるメイディアを見ながら、もったいぶった。

 腰を手に当てて、肩幅に足を開き、胸を張る。


 「私!北の巫女候補に選ばれました!」

 「えええ!」


 珍しい、メイディアの大声が響いた。

 ノインが茶器を取り落とすほど驚いた。


 『おっと危ない』


 バランスを崩していた茶器は、中身を零すことなく、紫の風によって机に運ばれる。


 「イージア、ありがとう!」

 『なあに。どうと言うことは無い』


 照れくさそうにはにかんで、イージアはするりとフィージアの周りを飛ぶ。そしてまた石の上に戻った。


 『主殿が喜ぶ顔が、一番嬉しいさ』

 「えへへ」


 フィージアは嬉しそうに笑った。

 それを見ていたメイディアも、嬉しそうに笑う。


 「凄い!素敵ねフィーちゃん!」

 「でしょう!?」


 手を叩いて喜ぶメイディアに、自慢げにしていた時。

 ドアをノックする音が響いた。

 ノインが素早くドアの前へ移動する。


 「メイディア、フィージア、おりますか?」


 その声は、女王のものだった。

 ノインが粛々とドアを開ける。


 「「お母様!」」


 ドアの向こうには“二人の母”が立っていた。




 ※ ※ ※




 ノインがすぐさま場を整えて、女王とフィージアの母は椅子に座る。

 丸テーブルに茶器を四つと、簡単な茶菓子が置かれた。


 メイディアとフィージアはその間、立って待っていた。


 「二人共、お座りなさい」

 「「はい、失礼します」」


 女王の声に、二人は同時に返事をする。

 その様子に、女王は吹き出した。


 「うふふ。やあねえ。そんなに硬くならなくても大丈夫よ。メイディア、フィージア、楽にして頂戴」

 「あ、はい・・・」


 ノインがメイディアの椅子を、皆より大きく引いた。

 お腹が邪魔で座りにくいらしい。


 「メイディア、もうフィージアには話したの?」

 「えっと。お腹を先に見られてしまったので・・・」

 「あ、私が着替え中に飛び込んじゃったんです」

 「まあ!フィージア!はしたない!」

 「すみませんお母様!」


 肩を竦めて母に謝る。普段ならこれからお小言が始まるところだが、女王が笑って仲介した。


 「いいじゃないのよ、フィディ。仲のいい証拠だわ」

 「ですがお姉様、メイディア様は時期女王になられる方です。今からきちっとしておかないと・・・」

 「そう言う貴女だって、私の着替え中に何度も飛び込んで来たじゃない」

 「それは!姉妹だからですわ!」

 「じゃあ、二人は姉妹のように仲の良い従姉妹って事で。良いじゃないの」

 「ムムム・・・!」


 フィディーナ。それはフィージアの母の名前である。

 いつもは厳格な母の唯一の弱点。それが目の前のガイア女王だった。


 ケラケラと笑っていた女王が、不意に咳き込む。


 「お姉様・・・!」

 「・・・大丈夫よ、ありがとう」


 フィディーナはお茶を女王の口元に近づけ、一口含ませた。


 「ごめんなさいね」


 女王は済まなそうに微笑む。


 「あの、お体大丈夫ですか・・・?」


 ガイア女王は、母の五つ上の筈だ。まだ三十を少し過ぎたくらいの母に比べても、女王の様子は異様だった。

 見事な、ほぼ金色の髪と金の瞳。大地の精霊に愛されたその濃い色合い。だが、その姿は、しわがれた老婆の様だった。

 ピンと伸びた背筋や、足腰の動きはまだまだ若々しいのに、その皮膚だけが、干からびているようだった。


 心配そうに覗き込むフィージアに、女王は微笑む。


 「そうねえ・・・あと数年、かしらね」

 「そんな!」


 口を両手で塞いで思わず叫んでしまった。

 寿命の事だ。言われなくても分かった。

 フィディーナも、メイディアも既に承知の事だったのだろう。沈痛な面持ちで、下を向いていた。

 そんな周囲の様子を見て、ガイア女王は苦笑する。


 「仕方ないのよ。大精霊様のお力が、私にはちょっと強すぎただけよ」


 そうなのだ。ガイア女王のこの姿は、この地の大精霊、大地の精霊の加護が効き過ぎたからに他ならない。

 寵愛を受けていると言えば聞こえはいいが、それは過ぎたる力を女王にもたらし、彼女の寿命を人の倍の速度で縮めていた。


 昔は、それは美しい人だったという。その力は凄まじく、大地を今まで以上に豊かにしたという。

 歴代最強の女王と言う肩書き。

 だが、それは、彼女の人の身に、多大な負担を強いたのだ。


 「もう、そんな顔しないで」


 困り顔で周囲を見渡し、ガイア女王はフィージアに目を止めた。


 「フィージア、貴女にお願いがあって来たのよ」


 そう言って、微笑んだ。



ガイアとフィディーナ登場。

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