北の神殿4
2020/01/25 改稿
細部を改稿。北の神殿名物温泉は、表神殿と裏神殿の二か所とします。
北の神殿5を併合。
ギルスは祭壇を出た直後から精霊に連れ回され、木を切り出していた。
クロードは、サージャ達の泊まる部屋の用意や、食事の支度等、木が切り出されて来るまで雑事をこなしていた。
フィージアも残った書類仕事をこなした後は、精霊樹の杖を観察、研究している。
サージャだけが、ポツンと暇になってしまった。
ギルスの所に行っても「大丈夫ですから」と返され、クロードには「フィージア様をお願いします」と言われ、結果、フィージアの執務室でソファーに座っていた。
あまりの暇さに、指でつんつんとティーカップをつっつく。ティーカップがカチャカチャと小さな音を立てた。
その音に、フィージアが顔をあげる。
「あれ、もしかしてサーちゃん暇?」
「・・・はい。あまりにも出来る事が無くて・・・」
そうかぁ、と呟いて、フィージアはサージャの煎れたお茶を飲む。
「それじゃぁさ、温泉行ってきたら?」
「でも、皆が忙しい時に私だけのんびりしても良いのでしょうか?」
「良いんじゃない?ギルちゃんもクロードも居ないけど、精霊が沢山いるし、護衛は居なくて良いし。これから何かと忙しいんだから、ノンビリできるのも今のうちよ?」
「確かに・・・」
そんな感じて、サージャは一人、温泉に浸かる事にした。
温泉と言うのは、フィージアが作った物である。
『お湯が出てくる泉なんだから、温泉で間違いないでしょ?』
とは彼女の言葉だ。
それは元々は巫女の禊の儀式に使われる場所だった。
お湯の出る湧水池から禊の儀式の泉まで、程よい温度になる様に途中で湧水を混ぜてある。
フィージアは更にそれを分岐させて、北の神殿内に皆が使える湯殿を作った。
男湯と女湯に別れていて、神殿に勤める者は誰でも使える。
もちろん、その道中で、来客用という名の自分達専用の湯殿も作った。
フィージアがサージャに進めた場所は、そこだ。
そこならサージャ一人でゆっくりと使う事ができる筈だった。
宛てがわれた部屋で準備を整え、サージャは温泉に向かう。湯上がりのタオルはあちらにあるそうだから、持っていくのは服だけだ。
サージャは温泉というか、風呂が好きだ。温かい湯に浸かるのは何より疲れが取れる。長い髪を洗うのは面倒だが、それを差し引いても風呂は気持ちが良い。
軽い足取りで進んでいると、ふと、人の気配がするのに気が付いた。
本来、ここは一般の者が入り込めないフィージアのプライベートな空間だ。
それなのに、この気配をサージャが知らないのは、少し不思議だった。
とは言え、もしかしたら自分の知らない人間を雇っている可能性もある。
悪意のある気配ではない。ただ、とても困っているような気がした。
サージャの足は、自然とそちらに向かった。
「?」
温泉の入り口を迂回して、裏手に回ると、一人の少女が水瓶を手にウロウロしている所に出くわした。
「何をしてるんだ?」
声を掛けてみれば、相手は驚いてこちらを振り返り、即座にその場にひれ伏す。
「も、申し訳ございません!直に立ち去りますのでお許し下さい!」
地面に額を擦りつけて、少女は悲痛な声を上げる。
サージャは首を傾げた。
「いや、別に何もしないが、一体どうしたのだ?」
「も、申し訳ございません!」
話にならない。事情を知りたいだけのサージャは少女に近づき、その肩に手を置いた。その小さな肩は震えている。
「少し落ち着け。別に取って食ったりしないから・・・何か、事情があるのだろう?」
優しく声を掛けると、少女は恐る恐る顔を上げた。額に泥が付いている。
「・・・あの、母が病を患っておりまして・・・こちらの温水は病に効くと聞いたものですから、少し分けて頂こうと・・・」
「ふむ。ならこちらよりも源泉の方だろう。こっちだ」
そう言って、サージャは立ち上がり歩き出す。
「へ?」
少女は戸惑い、サージャの背中を見送った。
少女が付いて来ていない事に気が付いたサージャは、立ち止まり振り返る。
「湯が欲しいのだろう?ほら、こっちだ」
「あ、はい!」
手招きすると、少女は急いで立ち上がり、サージャの後に走って続く。
近くまで来たのを確認して、サージャはまた歩を進めた。
「母の為とはいえ、その歳でここまで入るのは中々大変だっただろう?」
少女の見た目は、十歳に満たない子供だ。麓の村から上がって来たとすると、かなりの距離がある。
「あ、いえ。前に来た時は精霊様が一緒に来て下さって・・・」
「そうか。君は精霊に好かれているのだな」
「そうなのでしょうか・・・私には良く分かりません」
「その精霊、姿を持って無かったか?」
「はい、綺麗な女性の姿をして居られました」
「それなら間違いなく巫女様の精霊だ。アレが案内をしてくれたのなら、君は精霊に好かれている筈だよ」
彼女達の審美眼は厳しい。
それは何もフィージアが絡む事だけでは無い。ここに立ち入る者全てに厳しい筈だ。その精霊が、この少女を源泉に導いたと言うなら、警戒する必要は無い。無いどころか、かなり好意的な筈だ。
「・・・君はもしかしたら」
「何でしょう?」
「いや、何でもない。さあ、着いたぞ」
話をしているうちに目的地に到着した。
「あ!ここだ!」
少女はサージャが居ることも忘れて、源泉から少し離れた場所に走り出す。そこは、湯が汲めるように場所が整えられていた。
膝を付いて湯を汲もうとしていた少女は、はたと気づいてサージャを振り返る。
「あ、あの!ありがとうございました!」
「ああ。そうだ、帰り道は分かるのか?」
「あっ・・・」
これはきっと分かっていない。
サージャは苦笑した。
「わかった。汲み終わるまで待つから、一緒に行こう」
「す、すみません!」
「慌てるな。ゆっくりで良い」
顔を赤くして、わたわたする少女に優しく声をかけ、サージャは待つ事にした。
湯を汲むだけだ。さして時間がかかるはずもない。
暫くして、少女は立ち上がった。
胸に湯の入った瓶を抱えて。
「あの、お待たせしました!」
「ああ、走らなくて良い。折角汲んだ湯が溢れるぞ」
「あ、はい!」
賢い娘だ。言葉遣いもそうだが、瓶一杯には湯を汲んでいない。歩いて溢れることを考えての量だろう。
サージャは少女を観察しながら道を進む。行き道とは違い、精霊樹から神殿の正面門に向かう道を選んだ。
暫く歩くと、ギルスに出くわした。
「あれ、サージャ様?どうしたんですか?」
「ああ、迷子が居たのでな。正面門まで案内している所だ」
『おや、いつぞやの童ではないか。今日も湯を汲みにきたのか?』
髪を中分けにした精霊が、少女に声を掛けた。
「あ!精霊様!その節はありがとうございました!」
『良い良い。また迷子になったのか?』
「はい。ええと、この方が案内して下さいました」
そう言ってサージャを振り返る。
「大したことはしてないよ」
サージャはそう言って手を振った。
『ふむ。サージャ殿、かたじけない。この娘は妾のお気に入りでな。よし。ここからは妾が送ってやろう』
「え!あ、ありがとうございます!」
『ギルス、サージャ殿、そんなわけで妾は行くからの。ちゃんと枝を運ぶんじゃぞ』
そう言うと、少女を連れてさっさと行ってしまった。
少女は何度も振り返り、サージャに頭を下げて行った。
サージャはその姿に手を振ると、横のギルスに声を掛ける。
「あの姿・・・やはり次代に選ばれたかな」
「ですね・・・髪は見事な紫でしたし、何より目が・・・見ました?」
「ああ。銀だったな。先祖返りか、血が近いか・・・中々有望な様だ」
サージャが少女を警戒しなかった理由は幾つかある。一つは周囲に居た中級や、小さな精霊達がまるで反応しなかった事。彼女を精霊が、受け入れていた事。それに何より、あの色合いだった。
「まだ幼すぎますが、精霊様は気に入ってるみたいですしね」
「そうだな。さて。お前の荷物、手伝おうか」
「いや、大丈夫ですよ。これくらい。温泉行く途中だったんじゃないですか?」
「あ。忘れてた」
手に持つ洋服を思い出す。
「行って来てください。こっちは大丈夫ですから」
サージャは手の服とギルスの担ぐ枝を交互に見て、溜息を吐く。
「・・・分かった」
「ゆっくりして来てください。明日から忙しいですよ」
「そうだな。そうしよう」
そう言って、サージャは改めて温泉に向かうのだった。
※ ※ ※
サージャと別れて暫くして、ギルスは無事にクロードへ精霊樹の枝を届けていた。
「これが、精霊様方に頼まれた木です」
「ここまで持ってきてくれた所悪いんだが、流石に食堂で作業は難しい。フィージア様の執務室に運んでくれ」
食堂に持ち込んだギルスも悪いのだが、置かせてすら貰えず、そのまま追い出された。
仕方無しに階段を昇って執務室へ運ぶ。
ちなみに木の大きさだが、胴回りが人抱え程度、長さはギルスの身長の三分の二くらいあった。
枝なので先細りしていて、なかなかにバランスが悪い。
ギルスは一旦木を廊下に立て掛け、執務室の戸をノックする。
「ギルスです。クロード殿に頼まれて、木を運んで来ました」
暫くして戸が開いた。そこにはギラリと目を輝かせたフィージアがいる。
「待ってたわ、ギルちゃん。さあお話を聞きましょうか」
怖い笑顔で告げられて、ギルスは少し後退りした。すると、背中にドンとぶつかる感触が。
背後にやはり、笑顔のクロードがいる。
「お茶をお持ちしました。必要かと思いまして」
逃げ場のない状況が、そこにあった。
ギルスの背中を、冷たい汗が一筋伝い落ちた。
「ギルちゃん。サーちゃん何か隠してない?」
「え、ええと・・・」
とりあえず木を運び込み、執務室のソファに座らされたギルスは、両脇をフィージアとクロードにがっちり挟まれて居た。
冷や汗が止まらない。
「隠していると言うよりは、言い辛いのだと思ったんだがな?」
クロードも追い討ちをかけてくる。
聞きたい事は分かっているつもりだ。確かにサージャは二人に話していない事があった。
カーリアスに言われた事。明かされた事。其れ等だろう。
しかし、これはサージャのプライベートに関わる。自分が明かして良いものでは無いと、ギルスは思うのだ。
「・・・黙秘で」
ふぅ、とフィージアが息を吐く音が聞こえる。横は向けない。
ギルスは只、目を瞑り手を組んで、この状況を耐えた。
「・・・口が硬いわね。じゃあ質問を変えるわ。ギルちゃんはなんで急にサーちゃんに受け容れられたのかしら?」
「ああ。確かに。それは是非俺も知りたいな」
二人が怖い。正直怖い。
なんと説明したものかと頭を悩ませる。
先の質問の内容に触れずに、この問に答えるのは大変難しい。
―――助けてサージャ様!
心の悲鳴は届かない。なぜなら今頃ゆっくり入浴中の筈なのだ。あれで中々サージャは長風呂だ。今頃気持ち良く湯に浸かっているだろう。
「な、なんとお答えしたら良いのやら・・・」
心の声がそのまま口から出てしまった。
悩み過ぎたのかもしれない。
「ギルス。お前、気付いてないのか?サージャ様は、お前にばかり頼り過ぎて、何だからしくないぞ?」
「そう。まるで私達を深く関わらせないようにしているみたいだわ」
「え?」
何処にそんな様子があっただろうか?
きちんと頼る所は頼っている様にギルスには見えていたのだが。
「サージャ様が我々に自分から頼まれたのは、兵士の件だけだ」
「ジルージャの事ですら、精霊達が言わなかったら回復をお願いしていたかも怪しいわ」
「あ、そうか。服の件も・・・」
「そうだ。俺が言わなければ、きっとそのままだったろう」
確かに。そう言われればそうかも知れない。
「さっきなんて、暇を持て余してたのよ。普段なら自分でやりたい事見つけてる筈なのに、何だか変だったわ」
「・・・そうかも知れません」
「サージャ様はご自分でお話にはならないだろう」
「だから、貴方から聞いておきたいのよ。私達は、サーちゃんの残された唯一の身内って自負してるんだから」
心配くらい、させて欲しいのよね・・・
少し寂しそうにフィージアは呟いた。
その様子で、ギルスは決断した。
この人達に、全て話そうと。
後で絶対に怒られるが、これはサージャの為だ。
サージャに残った、損得無しで頼れる目上の存在が、今目の前に居る人なのだ。
サージャの頑固さは知っているが、同時にフィージアの頑固さも、知っている。
ならば、ご協力願おう。サージャが行き詰った時、頼れる相手を増やす。
これがギルスに出来る事ならば、怒られたっていいではないか。
「・・・分かりました。お話します。サージャ様が隠しておられるのは、決闘の前にカーリアスから伝えられた、御身の秘密です。聞いたら引き返せませんが、それでも宜しいですか?」
「当たり前じゃない。それに、大体心当たりがあるわ。私も伊達に王家に出入りしてた訳じゃないのよ」
力強いフィージアの言葉に、クロードの頷き。
それを見て、ギルスは覚悟を決めた。
サージャに怒られる覚悟だ。
「サージャ様は、自分が呪われているとお考えです。今回の件、全てはそこに元凶があるかと」
そうして、ギルスはサージャから聞いた全てを、二人に話した。
「やっぱりか・・・あの馬鹿!」
言ったのはフィージアだ。
馬鹿とは、もちろんカーリアスに対してだ。
チッと舌打ちして、苛立ちを隠そうともしない。
髪の毛がユラリと舞って、周囲の風の精霊達がパチパチと静電気のような音を立てた。
フィージアが心底怒っている時に起こる、怪奇現象である。
それを横から、まぁまぁ、とクロードが宥めていた。
「俺は、サージャ様が呪われているとは到底思えませんでした。他の事は真実だとしても、そこだけは同意出来なかった。だから、証明する事にしたんです」
正面に座り直した二人に対し、ギルスは自分の気持ちを告げる。
「生かした責任なら俺が取る、と。俺がサージャ様と幸せになってみせると言いました。だから俺は、もうあの人から離れません。絶対に」
「―――それを、サーちゃんは受け入れたわけね?」
「はい。最も、王族で無くなってから、との話ですが」
ふぅ。とフィージアは息を吐く。
それから改めてギルスに向き直った。
「ギルちゃん。あなたを疑う訳じゃないわ。けれど、これはとても大切な事なの。あなたは例えサーちゃんが呪われていたとしても、一生を共にする覚悟はある?」
「当たり前じゃないですか」
ギルスは己の両手を見る。
「その覚悟が無くて抱き締められるほど、俺にとってあの方は軽くないんです」
「・・・わかってるわ。ありがとう」
フィージアだって彼らの十年を見て来た一人だ。ギルスの覚悟が半端じゃ無い事くらいわかっている。
それでも・・・
「もし、ギルちゃんが裏切る事があったら、私が殺しに行くからそのつもりでね」
本気の目だった。ゾクリと背筋が寒くなる。
「・・・わかりました。肝に銘じます」
ギルスは目をそらさず、フィージアに答えた。
「後は、サーちゃんが戻ってから話しましょう。サーちゃんにも、こちらの覚悟を伝えないとね」
ニッコリ笑って、フィージアは締め括った。
※ ※ ※
湯浴みを終えて、サージャは髪が濡れたままフィージアの部屋に帰って来た。
「お風呂いただきました。ありがとうございました―――?」
ノックをして部屋に入ると、そこには全員集っていた。
「サーちゃん、ちょっとお話があるの。そこに座りなさい」
「は、はあ」
フィージアに指差されたのは、ギルスが座る横だった。
尋問でもされるのだろうか・・・サージャはビクつきながら座る。
「あれ?サージャ様、髪そのままですか?お拭きしても宜しいですか?」
ギルスが横から声を掛けてきた。
サージャはああ、と頷く。
「面倒で、軽く拭いただけで来てしまった。ほっとけば乾くから、そんなに気にしなくていいぞ?」
「いや、気になりますって。風邪引きますよ」
ギルスは席を立って、サージャの後ろに回ると、肩にかかっていたタオルを手に取り、優しく叩くように拭き始めた。
「・・・緊張感が・・・」
がっくりと、テーブルに手を付いてフィージアが項垂れる。
「あっ・・・おいこらギルス!後にしろ!」
「嫌です。風邪引きます」
「いえ、いいわ。そのままで」
「考え様によっては、絶対に逃げられなくしたような・・・」
クロードが顎に手をやり唸る。
フィージアがキッと顔を上げ、サージャを正面から見た。
「サーちゃん。ギルちゃんから話は聞いたわ」
「え・・・」
サージャの表情に動揺が走る。
バッと振り返ってギルスを見ると、神妙な顔で頷かれた。
「え・・・?あ・・・」
サージャはショックを受けた。ギルスが裏切ったと思った。思ってしまった。
「・・・違うわ。ギルちゃんは裏切ってない」
「そうです。ギルスは我々を信頼してくれました」
「だ、だけど・・・」
「サージャ様。俺、言いましたよね。貴女は呪われていないって」
「そうよ。それには私も同意するわ」
きっぱりと、フィージアが言い切る。
クロードもその横で頷いた。
「サーちゃん。私の知っている話をするわ。カーリアスの話は、嘘だらけだわ」
フィージアはソファーに深く座る。
「クロード、長くなるからお茶をお願い」
「かしこまりました」
クロードがお茶を入れ直しに部屋を退出していく。
「結論から言うわね。サーちゃん。貴女の出生は、カーリアスの話で凡そ合っているわ。ただ、私の見た景色はちょっと違う。叔母様・・・ガイア女王は、少なくとも貴女の出生をとても喜んでいたの」
そう言って、フィージアは今から二十五年前の昔を思い出す。
まだ、十三歳のフィージアと、十五歳のメイディア、十二歳のカーリアスが居た、幼いあの頃を思い出す。
ギルスの身長は190センチで考えております。
なので、木の長さは130センチ弱になります。
一抱えで130センチの木。しかも水分含んだ生木。
一人で運んでますが、いいのかな。。。無理じゃねえかなこれ。。。




