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終わりから始まる恋物語  作者: 梅干 茶子
北の神殿
20/60

北の神殿へ


 二人は山道を歩いている。

 サージャがスカートという珍しい格好の為、ギルスが手を引いてゆっくりと進んでいた。

 ある沢の手前で、ギルスは飛び石に移るために暫くサージャと手を離した。そんな折の出来事。


 「大丈夫ですか?」

 「うん。体はもう問題ない。スカートで動き辛い以外は」

 「沢は滑りますから、足元に気をつけて下さい」

 「おおっ。リズのブーツは優秀だぞ。全然滑らん」

 「それは良かった・・・って、何してるんですか!」


 ギルスが先行し沢を渡って、サージャに手を差し伸べたら、彼女は後ろに居なかった。

 急いで戻ると、声が頭の上から降って来た。


 「いや、リリンの実が成ってるから、ちょっと取ろうかと」


 彼女は木に登っていた。


 「待ってろ、すぐ取ってくるから」


 あっという間に木の実を取って降りてきた。


 「ほれ」


 一つ投げ寄越す。

 ギルスは憮然とした顔のまま受け取った。


 「何を怒っているんだ?」


 サージャはかくんと首を傾げる。

 ああ、気付いていないのか・・・。

 ギルスは額に手を当てて溜息をつく。


 「サージャ、中、見えました」


 サージャは、バッとスカートを抑えた。


 「二人きりの時以外は、もう少し気を付けて下さい。それと、後ろから急に居なくならない」

 「・・・すまん。なんだか懐かしくて・・・」

 「懐かしい?」

 「ああ。カーリアス兄上の修行で、七日間この山に閉じ込められたことがあってな。ここは貴重な水場の一つだったんだ。だから、リリンの実もあるかな、と・・・」


 ギルスの記憶には、サージャと七日も離れたものはない。


 「・・・ちなみに、おいくつの頃ですか」

 「うん?多分、八つかな?お前に会うより前だ。ジルージャに会って、直ぐだったかな?」


 本格的に、カーリアスに付いて修行を始めたばかりの頃だったと、サージャは事も無げに言う。

 ギルスの眉間に皺が寄った。


 「カーリアスの鬼・・・」

 「なんか言ったか?」


 サージャがギルスの側に寄って来る。


 「いえ、子供に凄い事をするものだなと・・・」

 「そうか?お前も似たような事をしていたじゃないか。北の森の奥に、三日だっけ?」

 「あれは兵士の訓練の一環です。それに一人じゃありませんよ。三人一組でしたし」

 「私もジルージャが居たぞ?」

 「そりゃまあ、誰よりも頼りになる精霊様ですけど・・・いや、良いです」


 首を傾げるサージャに、頭を振って答えとする。

 言いたい事は山程あるが、過去の事に言っても栓はない。


 「・・・でも、あの時私は、生きる事に何が必要なのか理解したぞ。生き物を捕まえる事も、殺す事も、火を起こす事も、あの時に覚えたしな」


 八歳の子供が、単独で狩りを覚えるなど、あり得るのだろうか・・・。ギルスは頭が痛くなった気がした。


 「普通、死にますからね。それ」

 「殺したかったんだから、仕方ないんじゃないか?」


 さも当然のように、リリンの実をひと齧りして言う。


 「またアッサリと・・・」

 「私は死ななかったし。貴重な経験だと思う事にしたんだ」

 「貴重な、経験・・・ねぇ」


 死ぬ様な経験が幾つも積み重なって今のサージャがある事は理解しているつもりだが、それにしても殺伐としたものだと思わざるを得ない。

 それに、まだ一晩しか経っていないカーリアスの言葉を、どこか前向きに受け取っている様な気がする。

 どういった思考でそうなったのか、分からない。


 「何か吹っ切れましたか?」


 ギルスにはそう思えた。


 「吹っ切れた・・・というか、全ては過去の事だ。恨まれてはいたが、兄上からは『卒業』を言い渡された。貴重な経験も、沢山させてもらった。感情は別かなと思って」


 ギルスは複雑な気分のまま、半ば八つ当たりの様にリリンの実を齧った。

 店に売っているのとは違い、青臭い味が口に残るが、水分が多く甘みが強い。


 「なかなか美味しいですね」

 「そうだろう?最初の三日位はコイツの世話になったんだ。でも、人間木の実だけじゃ、生きていけないんだよな・・・」


 サージャは懐かしみながら最後の一口を齧る。残った種付きの芯は、木の根に放った。


 「死んでから恨み言を言われると、精霊に成れないって言うだろう?」


 死した魂は精霊になって世界を巡り、やがて精霊王に帰る―――そんな言い伝えがある。


 「それで、カーリアス様の悪口は辞めようって所ですか?」

 「うん。そもそも、私からは恨みが無いしな。・・・いや、あるか。姉上も義兄上もジルージャの力で殺された訳だし。あれ、多分、私が負けたら私の責任にでもするつもりだったんだろうな」

 「洒落になりませんよ」

 「本当に、な」


 ギルスも最後の一口を齧り、サージャに倣って残りを木の根に放った。

 沢で二人並んで手を濯ぎ、手拭いを取り出そうとしたら、紫の風が水を飛ばして舞い上がった。


 「ありがとう」


 サージャは微笑み礼を言う。

 風がサージャの髪を嬲って、ギルスの指輪に戻った。


 「さて、行きましょうか」


 ギルスが左手を差し出せば、サージャがそれを握る。


 「ああ。宜しく頼む」


 サージャの手を引いて、ギルスは沢を渡り先へ進んだ。




 ※ ※ ※




 「やっとここまで・・・」


 サージャの息は、少し上がっていた。


 「もう少しですよ」


 ギルスは、最後のひと登り分、サージャを引き上げる。

 登りきって、サージャは大きく息をついた。


 「・・・思ったより、この格好は厄介だった・・・」

 「いつも通り行こうとするからですよ・・・飛んだり跳ねたりは、その格好ではしませんからね」

 「リズのブーツは快適なんだぞ」

 「そこじゃありません。スカートです」

 「・・・わかってる」


 ぶすっとしたサージャは、スカートを少し持ち上げて見る。裾の方が幾らか破けていた。木の枝に引っ掛けたのだ。


 「これは、お蔵入りだな・・・」

 「似合ってるんですけどね・・・」


 溜息をつくサージャに、ギルスは残念な思いを隠さず頷いた。

 本当に、似合っていたから。この微妙な丈の姿は見たことが無かった。たまに見える御見脚の美しかった事・・・この良い思い出は、一生忘れないだろう。


 山道を登り切った場所には、石畳の緩やかな上り坂が続いていた。

 石畳と言っても、所々剥がれ、木の根に押し上げられたり、隙間からは好き放題に雑草が生えている。もう長い間人の手が入っていないことは明白だった。


 「あれ?こんなに酷い状態でした?」

 「いや、何だろうな。以前来たのは三年くらい前だったか?」

 「ええ、確か。ここまで荒れてなかったように思いますが・・・」

 「私の記憶でも、ここまででは無かったな。何か緊急で道を隠す必要性でもあったのかな?」

 「どういう事です?」

 「この道は、資格の無いものが単独で足を踏み入れた場合、こういう風になる様に、管理する精霊に言ってあるんだ。誰か迷い込んだのかも知れないな」

 「目的地はここではないと、誤認させるためにですか?」

 「そう言う事だ。精霊に聞いてみるとしよう」


 そう言ってサージャは目を瞑り、両手を広げる。サージャを中心に、色々な精霊が集まり始めた。紫、黒、金、青―――それぞれの精霊が集い、サージャの身体に巻き付いて行く。

 サージャは、あっという間に精霊達に覆い隠された。


 合間からサージャの声が時折聞こえ、暫くすると精霊達は去って行った。サージャだけが残る。


 「一週間ほど前に、正体不明の者がこの辺りを徘徊していたらしい。恐らく遺跡か、精霊樹を探していたようだ」


 精霊樹とは、大元の大陸中央の親木から、初代女王が枝分けして持ち込んだものだ。イルカーシュ女王国内に合計九本ある。

 特殊な木の為、歴代女王以外にはその方法は明かされていない。代々の女王も無闇に増やすことは無かった。

 各神殿に一本ずつ、また、東西南北の神殿に至る王族専用の道に一本ずつ、そして北の森の中央に一本ある。


 そのうちの北の神殿まで至る王族専用通路の一本が、この先にある。


 「なぜ、精霊樹なんでしょうか」

 「さあな。ちょっとまだ情報が足りないが、精霊達の話では、その者はこの国の人物では無かったらしい」

 「それは、きな臭いですね・・・」


 今居る他国の者で、一週間以内に辿り着ける位置に居るとすれば、神聖帝国軍の可能性が大いにある。


 「先を急いだ方が良いかもな。これは私達だけでは手に余りそうだ。従姉妹殿の話を聞きたい」


 そう言って、二人は坂道を上り始める。多少大股になっているのは気持ちの焦りからだ。


 「そうですね。フィージア様なら何か分かるかも知れませんね」


 フィージアは北の巫女で、メイディアの前の女王、ガイアの妹の子供だ。変わり者で、ちょっと人とは違う知識を持っていたりする。

 北の巫女になる前は、王都に住んでいて、年中王宮に顔を出していた。サージャを構いまくっていたので、ギルスにとってもよく知る人物の一人である。

 風の上位精霊をいくつも従える傑物で、情報通。下手をすると、偵察部隊長のサージャより情報を持っている事もあった。


 そもそも今回の件では色々な意見が聞きたかったし、ジルージャの回復も頼まなければならない。


 自然と二人の足は早くなる。

 草を掻き分け、石畳の道の突き当りまで来ると、小さな湖がある。その前で足を止めると、周囲に控えていた精霊達が一斉に動き、新たな道を作った。

 水の精霊が湖を分け、大地の精霊が地面を隆起させ、植物の精霊がその先の森を分け、風の精霊が、サージャとギルスを運ぶ。

 言葉通り、立ったまま風に運ばれていく。上空を飛び上がるのでは無く、地面から少し浮き上がり、滑るように作られた道を進んで行く。


 「こんな大掛かりな仕掛け、ありましたか?」

 「いや。相当な力を使って隠したようだな」


 ギルスもサージャも等しく眉間に皺を寄せた。

 余程の事がない限り、精霊達がこんな大掛かりに大地を変えることはない。本来なら、石畳の突き当りに、目的地である精霊樹があったのだから。

 それが、小さいとはいえ湖を作り、その奥に森まで作っている。

 自然の力だから、人工物は作り出せなかった様だが、地形が明らかに変わっている。


 「これは、相当危険視されたらしいな」

 「ええ」


 森の奥に、精霊樹が鎮座していた。

 大人の男十人が、両手を伸ばして手を繋げは一周できるかも知れない、という様な幹をした巨木だ。

 樹齢千年。建国から育てた木である。


 風が止まり、サージャ達を優しく下ろす。

 サージャはそのまま歩を進め、巨木の幹に手を付いた。


 「なんとか昼前に間に合ったな」


 太陽は、中天に差し掛かろうとしている。

 空を見上げて呟くと、サージャはもう一つの手をギルスに伸ばす。


 「ギルス、手を」

 「はい」


 ギルスの手をしっかりと握り、サージャは精霊樹に向き直る。


 「サージャ・ノエ・イルカーシュ」


 ただ、名乗った。


 途端にサージャとギルスは精霊に取り囲まれる。全身余す所なく精霊たちに調べられ、やがて精霊が体から離れると、木の幹に人一人通れる穴がポッカリと空いた。


 「行くぞ」

 「ええ」


 サージャを先頭に、二人はその穴を潜って、その場から姿を消した。



すみません。忙しすぎました…休みの方が忙しい、主婦の不思議…


リリンは林檎。リリンは林檎。



ここまでお読み頂きありがとうございます。

次から二章に突入します。

北の神殿編。


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