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終わりから始まる恋物語  作者: 梅干 茶子
終わりと始まり
2/60

カーリアスとサージャ1


 走った。ただただ走った。

 逸る気持ちを抑えることが出来なかった。




 ※ ※ ※




 自分は、いや自分達は謁見の間で戦っていた。

 『謁見の間』から、王宮最奥の『王の間』までは、一本道だ。

 

 背後から大きな音が聞こえたとき、背筋を寒気が駆け上がった。

 その音で一瞬集中が逸れた、相対する『敵』の隙を付き、首を切り落とした。

 『敵』はもう一人居たはずなのだが、そんなことはお構いなしに即座に踵を返し、謁見の間を飛び出した。

 最も信頼する相方が、『行って!必ず迎えに行きますから!』と背後で叫んだ。

 返事をするのももどかしくて、そのまま走り続けた。


 計画通りに事が進んでいるはずだった。

 なのに、なぜ爆音と言っていい大きな音がしたのか。

 背筋を走った悪寒は何なのか。


 早く、早く、もっと早く。


 短いはずのその道のりが、遥か遠くに感じられた。




 ※ ※ ※




 飛び込んだ部屋で見た光景は、心を絶望に染めるものだった。


 「あ・・・」


 自分の腹に空いた大きな穴を見て、崩れ落ちる義理の兄。結ばれた紐が切れ、深い青色の髪がその背に広がる。

 その背後には、義理の兄を支えようと手を伸ばし、そのまま崩れ落ちる姉。金の光を反射した銀の髪が、線を引くように、倒れる体に続く。

 二人の背後にある壁は破砕され、一部に穴が穿たれた。壁一面に、ビキリと亀裂が走る。


 そこに、二人の血肉が飛散した。

 まるで、巨大な花が咲いた様だった。


 「ぐっ・・・制御が、効かんか・・・っ」


 自分に背を向けて立っているのは、赤い光を煌めかせる銀の髪をした―――実の、兄。

 杖を持った右手は、複数の裂傷が走り赤い、赤い血を流している。

 その杖の先端の石を見て、自分の理性のタガが外れた。


 「兄上えぇぇぇっ!!!」


 両手に持った武器を握りしめて、飛び掛かった。

 直後振り返った兄が、右手の杖を向けてきた。

 爆発したかのような大きな音を立てて、強烈な風の塊が先端から飛び出す。

 とっさに左腕で腹を庇った。

 風は勢い弱まらず、そのまま後方の柱に吹き飛ばされる。


 「がっ!はっ!」


 柱に激突し、肺の空気が押し出された。

 風は刃となって、庇った左手を駆け上がるように上腕まで切り裂き、霧散する。

 血が、細かな霧のようになって風と共に舞った。


 「ふむ。お前には効きが悪いと見える。元の持ち主がそんなに愛しいのかな」


 靴音を立てて、男が近づく。杖を持つ右手から流れる血は構いもしない。

 

 「ぐっ・・・」


 腹部に走る鈍い痛みと、左腕を襲う火傷の様な痛みを抑えて立ち上がり、構えをとる。

 あと五歩、と言うところで男が立ち止まった。


 「なあ、サージャ」


 呼びかけられた。


 「・・・何故、彼女の力を使った!彼女の力で殺したっ!カーリアス兄上!」


 問いかけずにはいられなかった。

 緑の石は、サージャの相棒の『力』だ。

 その力で姉と義兄を殺した。


 何故、何故、何故。


 家族を手に掛ける、相棒を悲しませる、その気持ちが解らなかった。

 いや、解りたくなかった。


 「・・・何故?」


 心底不思議だ、とカーリアスは首を傾げる。

 そして、何かに気づくとにやりと笑った。


 「ああ、そうか。お前は知らないのか・・・知らされなかったのだな、メイディアから」

 「何を・・・」


 「ははっ、あははっ!あーはっはっは!」


 突然、カーリアスは笑い出した。

 体をくの字に折って、笑っていた。

 笑いの衝動のままに体を起こして、乱暴にカーリアスは言う。


 「元凶のお前が、何も知らされていないとは、な!今回の事態はお前の目にどう映っていたのだ!?兄が王位を狙って、神聖帝国を招き入れたとでも思っていたのか!?」

 「・・・」


 サージャは何も答えられない。

 カーリアスの言動が、目が、動きが狂気に染まっていく。

 それが、怖かった。


 「違う!俺はな、狂っているのだよ!お前が生まれたあの日から!」

 「・・・!」


 睨みつけられて、思わず息を呑んだ。


 「サージャ、俺はお前が憎い。心底憎い。お前は産まれちゃいけなかった。早く死ななきゃいけなかった」


 憎い。彼の目が赤い光を反射して、その感情を伝えてくる。


 サージャは硬直した。


 サージャはカーリアスが好きだったし、尊敬していた。

 たとえ道が分かたれたとしても、彼を嫌いになることは出来なかった。

 ここで殺し合いになるとしても、それはお互いの譲れないものがあるから、その結果で行われるものだと、思っていた。


 なのに、今なんて言われた?

 私が、何だと?


 頭が理解を拒む。


 「そうだな。お前に全部教えてやろう。メイディア達が隠していたことを全部」


 ニタァと、カーリアスが嗤う。

 狂気に染まった眼を細めて、厭らしく嗤う。


 「絶望して死んでゆけ、サージャ」


 サージャに杖が突き付けられた。




 ※ ※ ※




 コツ、コツ、とカーリアスが近づく。

 サージャは動けなかった。


 「もう、二十五年にもなるのか。あの日、お前が産まれた日から、俺達は狂い出した」


 杖を突きつけたまま、カーリアスは語る。


 「お前は、誰の子だ?サージャ」


 突然の問いかけに、一瞬反応出来なかった。

 誰の子か?それは―――


 「・・・母上は、名はガイアだ。貴方と同じだろう?」


 何故そんな事を。と思った。

 知っている筈なのに。


 「ククッ」


 カーリアスが嘲笑う。


 「お前は、メイディアの子だ。サージャ」

 「嘘だっ!母上はっ、――― 」


 咄嗟に言い返したが、カーリアスの、嘲りとも、哀れみとも取れる瞳を見たら何も言葉は続けられなかった。


 「メイディアが十五の時だ。当時の姉上は、それは、それは美しかった。その様は儚い花の様で、微笑み一つで花が咲くような、そんな美しさだった。私は心酔したよ。守らなければと思っていた。何よりも純粋に、愛していた」


 胸に手を当てて、ウットリとカーリアスは言う。


 ふっと短く息をついて、突然その表情は、何も映さなくなる。


 「その美を、無責任にも手折ったやつが居た。誰だと思う?」


 「・・・ガルド、義兄上ではないのか・・・?」


 姉は、結婚まで純潔を保っていたと信じていた。

 だとしたら、選択肢は一つしかないと思った。

 その年代に矛盾を感じる事すら目を瞑ってしまった。


 ゆっくりと首が振られる。横に。


 「そうじゃないことくらい、お前も解っているだろう。現実逃避か?姉上が汚らわしいか?」


 憐れみの目で、サージャを見下す。

 サージャは何も答えられなかった。


 その様子をカーリアスは鼻で笑い、真実を告げる。


 「父上・・・いや、ゴルベスだ」


 あんな奴、呼び捨てで十分だな。

 カーリアスは憎悪と共に、吐き捨てた。


 「まだ子供だった俺は、残念な事に姉上の腹に子が居るなど全く気が付いていなかった。出産の当日の事だ。たまたま、産気づいた姉上の横に俺がいたのさ」


 「・・・」


 サージャは何も言えない。

 当時の事など何も分からない。

 頭が混乱していた。


 「安産だったよ。お前はするっと出て来た。五体満足で、煩い位泣きやがった」


 生まれたての赤子が泣くのは、外の世界で息をするためだと言う。

 それを、カーリアスは「煩い」と言った。祝福された誕生ではないと、感じてしまう。

 その事に、心臓が鷲掴みにされた様に思った。


 「あの頃のゴルベスは、酒に呑まれたろくでなしだった。母上と上手く行ってなかったのだろうなぁ。いつも酒を呑んでいた。あの日もそうだ。お前の声を聞きつけて、赤ら顔で部屋に入って来やがった」


 サージャは、父を、ゴルベスを、知らない。

 物心付いた頃には既にこの世にはいなかった。


 「そこで言ったのだよ、アイツは。『これは俺の子だ』ってな。はっ!あの馬鹿、姉上が父親は誰か聞かれても絶対に答えなかったのに、自分で言いやがった!メイディアがどうなったか想像付くか?その場で言い訳も出来ずに気絶したのだ!お陰でとんだ醜聞だ!母上が来なければ、俺はあの場でクソ親父を斬り殺してやったのに!」


 憎い、憎い、憎い、憎い―――

 カーリアスの内側から、憎悪の感情が膨れ上がっていくのが分かった。

 分かった所でどうにもできない。サージャには理解し難い感情だった。


 「母上が醜聞を揉み消して、お前は母上の子供という扱いになった。お前は俺達の妹になった。ゴルベスは幽閉された。他の奴らにこれが漏れることは無かった。だけどな、俺は気持ちが悪かった。産んだ子供を可愛がる姉上も!無かったことにした母上も!なんにも分かっちゃいないお前も!」


 心の上げる、悲鳴が聞こえた、と思った。

 叫んで指を差されて、髪を振り乱すカーリアスを見て、サージャの心に確信が芽生える。

 これは、本当のことなのだ、と。


 「・・・」


 ポロッと涙が溢れた。

 一筋頬を流れて行った。


2019/11/12

一部文章を改稿。

細かな部分は良いとして、緑の石の力は

サージャの力→サージャの相棒の力

になりました。

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