カーリアスとサージャ1
走った。ただただ走った。
逸る気持ちを抑えることが出来なかった。
※ ※ ※
自分は、いや自分達は謁見の間で戦っていた。
『謁見の間』から、王宮最奥の『王の間』までは、一本道だ。
背後から大きな音が聞こえたとき、背筋を寒気が駆け上がった。
その音で一瞬集中が逸れた、相対する『敵』の隙を付き、首を切り落とした。
『敵』はもう一人居たはずなのだが、そんなことはお構いなしに即座に踵を返し、謁見の間を飛び出した。
最も信頼する相方が、『行って!必ず迎えに行きますから!』と背後で叫んだ。
返事をするのももどかしくて、そのまま走り続けた。
計画通りに事が進んでいるはずだった。
なのに、なぜ爆音と言っていい大きな音がしたのか。
背筋を走った悪寒は何なのか。
早く、早く、もっと早く。
短いはずのその道のりが、遥か遠くに感じられた。
※ ※ ※
飛び込んだ部屋で見た光景は、心を絶望に染めるものだった。
「あ・・・」
自分の腹に空いた大きな穴を見て、崩れ落ちる義理の兄。結ばれた紐が切れ、深い青色の髪がその背に広がる。
その背後には、義理の兄を支えようと手を伸ばし、そのまま崩れ落ちる姉。金の光を反射した銀の髪が、線を引くように、倒れる体に続く。
二人の背後にある壁は破砕され、一部に穴が穿たれた。壁一面に、ビキリと亀裂が走る。
そこに、二人の血肉が飛散した。
まるで、巨大な花が咲いた様だった。
「ぐっ・・・制御が、効かんか・・・っ」
自分に背を向けて立っているのは、赤い光を煌めかせる銀の髪をした―――実の、兄。
杖を持った右手は、複数の裂傷が走り赤い、赤い血を流している。
その杖の先端の石を見て、自分の理性のタガが外れた。
「兄上えぇぇぇっ!!!」
両手に持った武器を握りしめて、飛び掛かった。
直後振り返った兄が、右手の杖を向けてきた。
爆発したかのような大きな音を立てて、強烈な風の塊が先端から飛び出す。
とっさに左腕で腹を庇った。
風は勢い弱まらず、そのまま後方の柱に吹き飛ばされる。
「がっ!はっ!」
柱に激突し、肺の空気が押し出された。
風は刃となって、庇った左手を駆け上がるように上腕まで切り裂き、霧散する。
血が、細かな霧のようになって風と共に舞った。
「ふむ。お前には効きが悪いと見える。元の持ち主がそんなに愛しいのかな」
靴音を立てて、男が近づく。杖を持つ右手から流れる血は構いもしない。
「ぐっ・・・」
腹部に走る鈍い痛みと、左腕を襲う火傷の様な痛みを抑えて立ち上がり、構えをとる。
あと五歩、と言うところで男が立ち止まった。
「なあ、サージャ」
呼びかけられた。
「・・・何故、彼女の力を使った!彼女の力で殺したっ!カーリアス兄上!」
問いかけずにはいられなかった。
緑の石は、サージャの相棒の『力』だ。
その力で姉と義兄を殺した。
何故、何故、何故。
家族を手に掛ける、相棒を悲しませる、その気持ちが解らなかった。
いや、解りたくなかった。
「・・・何故?」
心底不思議だ、とカーリアスは首を傾げる。
そして、何かに気づくとにやりと笑った。
「ああ、そうか。お前は知らないのか・・・知らされなかったのだな、メイディアから」
「何を・・・」
「ははっ、あははっ!あーはっはっは!」
突然、カーリアスは笑い出した。
体をくの字に折って、笑っていた。
笑いの衝動のままに体を起こして、乱暴にカーリアスは言う。
「元凶のお前が、何も知らされていないとは、な!今回の事態はお前の目にどう映っていたのだ!?兄が王位を狙って、神聖帝国を招き入れたとでも思っていたのか!?」
「・・・」
サージャは何も答えられない。
カーリアスの言動が、目が、動きが狂気に染まっていく。
それが、怖かった。
「違う!俺はな、狂っているのだよ!お前が生まれたあの日から!」
「・・・!」
睨みつけられて、思わず息を呑んだ。
「サージャ、俺はお前が憎い。心底憎い。お前は産まれちゃいけなかった。早く死ななきゃいけなかった」
憎い。彼の目が赤い光を反射して、その感情を伝えてくる。
サージャは硬直した。
サージャはカーリアスが好きだったし、尊敬していた。
たとえ道が分かたれたとしても、彼を嫌いになることは出来なかった。
ここで殺し合いになるとしても、それはお互いの譲れないものがあるから、その結果で行われるものだと、思っていた。
なのに、今なんて言われた?
私が、何だと?
頭が理解を拒む。
「そうだな。お前に全部教えてやろう。メイディア達が隠していたことを全部」
ニタァと、カーリアスが嗤う。
狂気に染まった眼を細めて、厭らしく嗤う。
「絶望して死んでゆけ、サージャ」
サージャに杖が突き付けられた。
※ ※ ※
コツ、コツ、とカーリアスが近づく。
サージャは動けなかった。
「もう、二十五年にもなるのか。あの日、お前が産まれた日から、俺達は狂い出した」
杖を突きつけたまま、カーリアスは語る。
「お前は、誰の子だ?サージャ」
突然の問いかけに、一瞬反応出来なかった。
誰の子か?それは―――
「・・・母上は、名はガイアだ。貴方と同じだろう?」
何故そんな事を。と思った。
知っている筈なのに。
「ククッ」
カーリアスが嘲笑う。
「お前は、メイディアの子だ。サージャ」
「嘘だっ!母上はっ、――― 」
咄嗟に言い返したが、カーリアスの、嘲りとも、哀れみとも取れる瞳を見たら何も言葉は続けられなかった。
「メイディアが十五の時だ。当時の姉上は、それは、それは美しかった。その様は儚い花の様で、微笑み一つで花が咲くような、そんな美しさだった。私は心酔したよ。守らなければと思っていた。何よりも純粋に、愛していた」
胸に手を当てて、ウットリとカーリアスは言う。
ふっと短く息をついて、突然その表情は、何も映さなくなる。
「その美を、無責任にも手折ったやつが居た。誰だと思う?」
「・・・ガルド、義兄上ではないのか・・・?」
姉は、結婚まで純潔を保っていたと信じていた。
だとしたら、選択肢は一つしかないと思った。
その年代に矛盾を感じる事すら目を瞑ってしまった。
ゆっくりと首が振られる。横に。
「そうじゃないことくらい、お前も解っているだろう。現実逃避か?姉上が汚らわしいか?」
憐れみの目で、サージャを見下す。
サージャは何も答えられなかった。
その様子をカーリアスは鼻で笑い、真実を告げる。
「父上・・・いや、ゴルベスだ」
あんな奴、呼び捨てで十分だな。
カーリアスは憎悪と共に、吐き捨てた。
「まだ子供だった俺は、残念な事に姉上の腹に子が居るなど全く気が付いていなかった。出産の当日の事だ。たまたま、産気づいた姉上の横に俺がいたのさ」
「・・・」
サージャは何も言えない。
当時の事など何も分からない。
頭が混乱していた。
「安産だったよ。お前はするっと出て来た。五体満足で、煩い位泣きやがった」
生まれたての赤子が泣くのは、外の世界で息をするためだと言う。
それを、カーリアスは「煩い」と言った。祝福された誕生ではないと、感じてしまう。
その事に、心臓が鷲掴みにされた様に思った。
「あの頃のゴルベスは、酒に呑まれたろくでなしだった。母上と上手く行ってなかったのだろうなぁ。いつも酒を呑んでいた。あの日もそうだ。お前の声を聞きつけて、赤ら顔で部屋に入って来やがった」
サージャは、父を、ゴルベスを、知らない。
物心付いた頃には既にこの世にはいなかった。
「そこで言ったのだよ、アイツは。『これは俺の子だ』ってな。はっ!あの馬鹿、姉上が父親は誰か聞かれても絶対に答えなかったのに、自分で言いやがった!メイディアがどうなったか想像付くか?その場で言い訳も出来ずに気絶したのだ!お陰でとんだ醜聞だ!母上が来なければ、俺はあの場でクソ親父を斬り殺してやったのに!」
憎い、憎い、憎い、憎い―――
カーリアスの内側から、憎悪の感情が膨れ上がっていくのが分かった。
分かった所でどうにもできない。サージャには理解し難い感情だった。
「母上が醜聞を揉み消して、お前は母上の子供という扱いになった。お前は俺達の妹になった。ゴルベスは幽閉された。他の奴らにこれが漏れることは無かった。だけどな、俺は気持ちが悪かった。産んだ子供を可愛がる姉上も!無かったことにした母上も!なんにも分かっちゃいないお前も!」
心の上げる、悲鳴が聞こえた、と思った。
叫んで指を差されて、髪を振り乱すカーリアスを見て、サージャの心に確信が芽生える。
これは、本当のことなのだ、と。
「・・・」
ポロッと涙が溢れた。
一筋頬を流れて行った。
2019/11/12
一部文章を改稿。
細かな部分は良いとして、緑の石の力は
サージャの力→サージャの相棒の力
になりました。