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終わりから始まる恋物語  作者: 梅干 茶子
終わりと始まり
19/60

思い


 昨日の夜の事を話すには、大変な勇気が必要だった。


 事は王家の秘匿事項に関わる。

 本当なら、話した時点でギルスがサージャから離れるのは有り得ない。知っている事で、ギルスが殺されてもおかしくは無い。


 ただ、この件に関わった人間は王族だけだと、サージャは考えていた。

 だとしたら、当事者はもうサージャしか生きていないのだから、そんな事は気にしなくて良いと思った。サージャ自身、王族に残る予定もつもりも無いのだから。自分が死ねば、それでこの話は無かった事になる。

 当時の関係者がどれだけ残っているのか分からないが、今の今まで沈黙を守ってくれたのだ。信じて良いだろう。


 メイディアの子供達は関わっていないし、この事実は知らない。知らせる気も無い。

 なら、王家の醜聞はここで終わりだ。自分が最後だ。そう、思った。


 だからサージャは、ギルスに話す気になった。


 一番の理由は、ギルスに選んでほしかったからだ。


 秘密のままギルスを巻き込むかも知れない状況は、看過できなかったから。


 これは、話を聞いてギルスが決める事だと、そう考えた。


 食事を終えて、片づけた後、ギルスとサージャはそのままその場に留まった。

 朝日はようやく上り始めた所だ。


 「それで、話って何です?」

 「ああ。これから話す事は、王家の醜聞だ。だから他言無用に願う。それは良いな?」


 ギルスなら誰にも言うまい。その確認を形だけした。


 「はい。もちろん」


 ギルスは姿勢を正してサージャに向き直る。

 サージャも向き直った。


 「昨日の夜の話だ。カーリアスが最後に私に話をした。それをお前に話す。判断は後で聞く。良いな?」


 ギルスは黙って頷いた。


 サージャは長く、長く息を吐く。


 吐き切って、息を吸って、ギルスを真っ直ぐ見つめる。


 「私は、呪われているそうだ。赤子の時から。それは大切な人を不幸にする呪いかもしれないと、私は考えているんだ」




 ※ ※ ※




 「私は、カーリアス兄上から、出生の秘密を聞いた」


 そう言って、サージャは淡々とその時あった事、カーリアスの言葉をギルスに語った。


 そう長い話では無かったが、カーリアスに憎まれていた事、それだけは鮮明に伝わって来た。


 そして、サージャの心の傷も。


 自分の原点が覆される心痛は、如何ばかりだろうかと、考える。その言葉を聞いて崩れ落ちるサージャが、見えるようだった。


 サージャに感情を取り戻させたのはリズだ。

 だけど、彼女の行動、その原理、その力になったのは、家族だ。

 ギルスはそのことを知っている。サージャが、家族を誰よりも大切にしていた事を、知っている。


 彼女は、今、話しながら涙が流れている事に気付いているのだろうか。


 ―――ギルスは膝の上で、グッと拳を握った。


 抱き締めてしまいたい、もう話さなくて良いと言ってしまいたい衝動に、耐える為に。


 黙って話を最後まで聞くと、決めたのだから。


 カーリアスの死に様を語った後、サージャは両手で顔を覆った。


 「―――私は、死にたいと、思っていた」


 絞り出すような声に、それが本気であっただろうと思う。

 彼女は確かに、あのまま死にたかったのだろう。

 助けた責任があるとすれば、それはギルスにこそある。護衛だからと言うのは建前だ。だだ、死んで欲しくなかった。

 だから彼女を助けた。彼女が助かってくれて、泣くほど嬉しかった。


 「でも、お前が―――」


 彼女は、しゃくり上げながら必死に言葉を紡ぐ。


 「迎えに、来て、くれた。ジル、ジャが、喜んで、私は・・・私も、嬉しくて―――」


 ―――生きても死んでも、もうどちらでも良いと思った。


 その言葉は、しゃくり上げる合間に途切れ途切れに聞こえてきた。

 繋げて、言葉にして、頭に浸透した瞬間、ギルスはサージャを抱き締めていた。


 抱き締めて、彼女の耳元で、はっきりと言い切った。


 「責任は、俺が取ります」

 「ひぅっ?」


 サージャは変なしゃくりで返事をした。


 「貴女を生かした責任は、俺が取ります」

 「でも、それじゃ、お前が・・・!」

 「俺が!あなたの側に居て!不幸になど、なる訳が無い!」


 強く抱き締めて、食い気味に反論すれば、サージャは驚いて固まる。涙すら止まった。


 「カーリアスが何を言っても、サージャ様のそれは呪いじゃない!呪いなら、そんなに精霊に好かれますか!?俺がこんなに好きになりますか!?あなたの周りにあんなに人が集まりますか!?」


 これには確信がある。

 サージャは呪われていない。

 そう思い込まされただけだ。


 「貴女の家族は、ただ不幸になっただけですか・・・?俺には、メイディア様は幸せに見えました。貴女もそうだ、サージャ」

 「でも、家族は滅茶苦茶に・・・」

 「違う!滅茶苦茶にしたのは貴女じゃない!貴女の父上と、カーリアスだ!間違えるな!」

 「でも、皆・・・皆死んだんだ・・・!もう、大切な者は、お前しか・・・!」

 「俺が居る!俺が生きて、貴女の側に居ますから!絶対!証明してみせます!貴女は呪われてない!」


 ギルスはサージャの両頬を掴む。顔を逸らさぬように掴んで、その目を見つめる。


 「俺が、貴女を、幸せにしてみせる。サージャ」


 一言、一言に、ありったけの思いを込めて、ギルスは告げた。




 ※ ※ ※




 ―――これは、本気か?


 ギルスの目を見つめ返して、サージャはそんな事を思っていた。

 昨晩の事なのだ。皆が死んだのは。

 辛かったはずなのだ、自分は。

 なのに、何故、こんなに心が暖かいのだろう。


 止まったはずの涙が、また流れた。

 暖かい涙だ。


 ギルスの目を、見つめ返す。


 「ギルス。私はまだ、半信半疑だ」

 「ならこれから、積み重ねましょう。貴女が信じるまで」

 「まだやる事がある」

 「神聖帝国を退けましょう。共に」

 「私は、まだ王女だ」

 「待ちましょう。ライラ様が王位を継ぐのを」

 「そんなに待ってくれるのか?」

 「ええ。勿論」

 「それでもお前は不幸じゃないのか?」

 「言ったでしょう。貴女が居て、俺が不幸になることはあり得ないって」

 「本当か?」

 「本当です」


 サージャは恐る恐る、ギルスの顔に手を伸ばした。


 「・・・怖いんだ。お前を喪うのが。お前が居なくなるのが。お前が死んだら、私は死ぬぞ?」

 「貴女が死んだら、俺も死にます。そうなったら呪いを信じても良い。俺を不幸にする方法は、それしかありません」


 迷いながら、サージャはギルスに口付ける。

 軽く、触れるだけの、それ。


 「こうしたいと、思うんだ。可笑しいだろうか?」


 サージャは戸惑っている。

 何故こうしたいのか分からないから。

 唇を重ねたいと思う自分を不思議に思う。

 ギルスの唇は柔らかくて暖かい。だからだろうか?

 今まで他の誰かに、こうしたいと思った事は無い。

 感情の理由が、分からない。


 「サージャ。それが、好きだと言う事です。相手の全てが欲しくなる、厄介な感情です。最も、俺は既に貴女のモノですが」

 「好き・・・これが」


 唐突にギルスの感情が理解できる様になった。なるほど、これは辛い感情だ。心臓が鷲掴みにされた様に痛い。更にぎゅぅっと握り潰されるようだ。


 「ギルスが私に思っていた気持ちは、これなのだな」

 「ええ。今も、です」


 そう言って、今度はギルスから口付けられる。

 先程のものよりも長く。


 唇が離れて、二人は見つめ合う。


 「今は、ここまでにしておこう」


 サージャが言った。


 「ええ。これ以上は、あなたを壊してしまいそうだ」


 ギルスは愛おしげにサージャの頬を撫でる。


 「壊す?」


 かくんとサージャが首を傾げる。


 ギルスは苦笑した。


 「いずれ分かりますよ。今は、北の神殿を目指しましょう」

 「ああ―――そうだな」


 そう言うサージャの頭を、ギルスは急に胸に抱いた。


 「一つだけ、お願いが」

 「なんだ?」


 サージャはギルスの胸から見上げる。


 「二人きりの時に、サージャ、とお呼びする事をお許し下さい」

 「そんな事か?さっきっから呼んでるじゃないか。それに、そう呼ばれると、なんだか心が(くすぐ)ったいんだ。嫌な気持ちではないぞ?むしろ嬉しいくらいだ」


 そう言って、照れ笑いしてしまう。


 「なんだかな、お前の特別になれたような、そんな気分だ」

 「貴女はずーっと、俺の特別でしたけどね」


 笑って、サージャをまた抱き締める。

 全身が温かな感情につつまれた。


 「ギルス、私は決めたぞ」

 「何をです?」

 「今度こそ、助けるんだ。姉上と義兄上の代わりに、カイルとライラを」


 ギルスがサージャを離す。

 真剣な、目に射抜かれる。


 「一人で行かないと誓えますか?」

 「・・・誓う」

 

 ギルスは頷いた。


 「今度は、共に参りましょう」

 「ああ、共に。今度こそ、守ってみせる」

 「大丈夫です。俺が居ます」

 「うん。ありがとう、ギルス」


 そうして今度は、お互いに抱きしめ合った。



緊急事態。ギルスが馬鹿にならない…!!

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