その森を抜けて
ギルスは森の中をひた走る。
背中のサージャが眠ってから、もうだいぶ経つ。
サージャのぬくもりが疾走するギルスを温めていて、風の冷たさをあまり感じなかった。
サージャの感触は、確かに元気が出る。
急いでいるのも事実だ。
だが、ギルスはもう少し別の事に心が囚われそうになるのを、走る事で忘れようとしていた。
宿に居たときは、何かとバタバタしていたし、人の出入りも多かった。その合間に自分も休まなければならなかったので、考える時間は無かった。
だけれど今は、他に邪魔するものが無い。
時間に追われて急いででもいないと、悶々と考える事になってしまう。
ギルスは頭を振って、考えるのを止める。
―――北の森を抜けるまで、北の神殿に着くまで、気を抜くなよ、俺。
無言で気合を入れ直して、木々の間を疾走する。
ギルスは、サージャからもらった口付けの意味を、計りかねていた。
※ ※ ※
森を抜けた時、夜の闇はまだ晴れていなかった。
北の神殿に抜ける街道に人影は無く、無事、その街道を横切る事が出来た。
街道を横切った先は、東の山脈の端に当たる。高い山では無いが、それでもここからは山登りになる。
山を登り始める入り口は、高い草に隠れた石碑が示してくれる。
まず、ギルスはその石碑を探す。
目印となる木を知っていたギルスは、さほど時間を掛ける事無く、街道から少し入った所にその石碑を見つけることが出来た。
石碑が隠されているのも、見つけ方にコツがあるのも、わざとそうなっている。
王族やその身内以外が、誤って横道に入り込まない様になっているからだ。
最も、迷い込んだところでその先には進めないのだが。
ギルスは石碑の横に立ち、サージャを背負い直してから、右手の指輪に口付ける。
「頼む」
そう言うと、紫の風が先行し、優しく草を掻き分けて道を作ってくれた。
ギルスはそこに踏み入って行く。
ギルスが通った後は、風の精霊によって草が戻され、また元の姿に戻った。
誰かが踏み入った様には、全く見えなかった。
※ ※ ※
「―――サージャ様。着きましたよ」
遠慮がちな声と、優しい振動で、サージャは目覚めた。
「―――うん?ギルス?」
目覚めた時、サージャは背負い袋を枕に、毛布の上に横たわっていた。
横にギルスが座っている。
苦い顔で笑っていた。
「すみません、流石に疲れちゃって・・・降ろさせてもらいました」
空を見上げると、まだ夜は明けきっていないのが分かる。
空と木々の境目が、少しだけ明るくなり始めている。そんな時間だ。
「ギルス、ここは何処だ?」
「東の山に入って、最初の休憩所です」
「何だと?お前、本当にこんな短い時間でここまで来たのか?」
「すんごい頑張りましたから・・・だから疲れちゃったんですって」
「そんな無茶を・・・いや、すまん。礼が先だな。運んでくれてありがとう、ギルス」
「いいえ。役得ですよ」
ニカっと少年のような笑顔でギルスは笑う。
サージャの好きな顔だ。サージャも釣られて微笑んだ。
「ああ、そうだ。お礼なら精霊にもお願いできます?山登りの時に力を貸してくれたんで。あと、今周囲の警戒もお願いしてるんですよ」
しつこいようだが、ギルスの指輪に宿る精霊は、ギルスの契約精霊ではない。
姿も持たず、名前も持たないこの精霊は、サージャの為だけに協力している関係だ。
今回はサージャの契約精霊が全く出てこない、と言う事もあって大変張り切っている。
ギルスが褒めても、全然喜んでくれないのだ。
「ああ。そうなのか。有難いことだな。―――おいで」
サージャがそう呟くだけで、一陣の紫の風がサージャの周りを飛び回る。
そして、サージャの目の前に、紫の風の塊が制止した。
サージャはそれにそっと手を伸ばす。風は塊の状態を解き、サージャの手を撫でるようにくるくると回る。
「ありがとう。お前のおかげで助かった。休んでいる間、周囲の警戒を頼めるか?」
風はサージャの前に戻り、塊の形で上下に動く。それは、頷いているように見える動きだ。
「宜しく頼む」
サージャが微笑みながらそう言うと、風は空へと上がり、すぐに周囲の木々の間を跳びまわり始めた。
葉を揺らすカサカサと言う音が、精霊の存在を主張していた。
その様子を目で追いながら、サージャは笑った。
「いい子だな。ギルスとも相性が良さそうなんだがな。契約しないのか?」
「出来ませんよ。あの子はサージャ様の為に頑張ってるんですから。それに、俺の目と髪の色は風の精霊と相性が悪いんですから」
金髪碧眼のギルスが相性の良い精霊は、本来、大地の精霊と水の精霊だ。風の精霊との相性は良くない。
「どの道、俺は王家の血が入ってるかどうかも分からない『馬の骨』です。精霊契約は出来ないと思いますよ」
ギルスの父は海軍だが平民の出だし、母は群島諸国のどっかの島の女だ。
血が混じってる可能性は少ないだろう。
「でもお前、アレの姿が見えるだろう?本当に精霊と契約出来ない者は、気配も姿も分からんらしいぞ」
「それは・・・この国では大変珍しい事ですね・・・」
イルカーシュ女王国に、恐らく精霊の見えないものは居ない。周辺国にも血を混じらせて来たから、周辺諸国の民でも精霊は見える。その為、多かれ少なかれ、皆加護を持っているのだ。
「もしかして、神聖帝国にはそんな国民が居るのですか?」
「ああ、そうらしいな。昔―――兄上から聞いたことがあるぞ」
兄、と言う際に、少し間が空いてしまった。
「そうですか。ならこんな大したことが無い加護でも、向こうに行ったら重宝されそうですね」
ギルスは気にした様子もなく返してくる。それにどこかホッとしながら、帰ってきた言葉の軽率さに鼻で笑ってしまう。
「その前に奴隷に落とされるだろうがな」
「うう、こわっ!」
あちらの国の奴隷の扱いの悪さには、定評がある。
まず、人間扱いされない。物扱いだ。
それを知っているから、ギルスは両手で自分を抱いて震えるふりをするのだろう。
まだ、冗談で済ませられますよ、とでも言っているようだ。
その動きがあまりにもわざとらしくて、サージャは笑ってしまった。
「ふっ、くっくっく。本気で思って無い癖にっ」
「・・・わかっちゃいます?」
サージャの笑顔で、ギルスも笑う。
そうしていたら、同時に腹が鳴った。
「・・・飯にしましょうか」
「・・・頼む。もうペコペコだ」
「俺もです」
また、二人で笑った。
※ ※ ※
リズが持たせてくれた弁当は、白い長いパンと黒い長いパンのサンドイッチが一つづつ、水筒にはリズ特製のスープだった。
喉がカラカラだったサージャはまずスープに口を付けた。
「ん、やっぱり美味しいな。リズのスープ」
「宿屋の名物ですからね、これ」
リズのスープは、まず、屑野菜を形が分からなくなるほど煮込む所から始まる。
グズグズに形が崩れたら、それを濾して、具材を新たに入れる。入れる具材はその日によって変わるが、ベースのスープは毎回これだ。
リズが水筒に入れてくれたのは、このベースのスープに塩を入れたものだ。
宿屋で提供されるメニューの中では一番安く、出す時はこれにチーズと丸いパンが二つ付く。駆け出しの冒険者でも食べることが出来るようにと、リズが考え出したメニューだった。
「リズに毒の治療で世話になった時、出してくれた食べ物が、最初はこれだけだった。でもこれが、すごく美味しかったんだよな」
サージャは懐かしい気分になった。
「そうですね。リズは子供達が寝込んだ時、必ずこのスープを食べさせるんですよ。俺もよく食べました」
「ギルスってそんなに寝込んでたか?」
あまり、ギルスが寝込んでいた記憶はない。
「いいえ、違います。稽古が終わった後に、胃が固形物を受け付けてくれないことが多かったもので」
「ああ、厳しかったもんな。ガルド義兄上」
「鬼でした」
ギルスは苦笑いだ。
そんな横顔を見て、サージャはサンドイッチを食べる手を止めた。
「・・・本当に強くなったもんな、ギルスは。もう私が守る事も無くなったし」
感慨深くなってしまう。
まだ、出会った頃のギルスが懐かしい。
「何言ってるんですか。俺はサージャ様を守りたくて強くなったんですよ」
ギルスが憮然とする。サージャはその顔に一抹の寂しさを覚えた。
もう、自分が守る必要が無くなってしまったギルス。
自分より小さくて弱かった彼は、もう何処にも居ない。
今の彼は、自分にとって何なのだろうか。
大切な人であることに変わりはない。
心許せる相手であることも、変わりはない。
背中を預けられる唯一の存在であることも。変わりはない。
でも、もっと、もっと大切な、何か―――。
この感情の答えを、サージャは知らない。
一緒に居たい。幸せにしたい。
そう思う気持ちがとても大きいことは事実だ。
思えば思うほど、傍にいても良いのかどうか、考えてしまって心が痛かった。
「うん。ギルス」
「はい?」
二個目のサンドイッチをほおばっていたギルスは、それを口に銜えたままこちらを向いた。
「食事が終わったら、話したい事があるんだが・・・良いか?」
ギルスは口の中のサンドイッチをごくんと飲み込んだ。
サージャは、呪いを話す覚悟をした。
うーん。
難しい。
甘くならない。
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一日一回更新、目指してとりあえず頑張ります。
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