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終わりから始まる恋物語  作者: 梅干 茶子
終わりと始まり
18/60

その森を抜けて


 ギルスは森の中をひた走る。

 背中のサージャが眠ってから、もうだいぶ経つ。

 サージャのぬくもりが疾走するギルスを温めていて、風の冷たさをあまり感じなかった。


 サージャの感触は、確かに元気が出る。

 急いでいるのも事実だ。

 だが、ギルスはもう少し別の事に心が囚われそうになるのを、走る事で忘れようとしていた。

 宿に居たときは、何かとバタバタしていたし、人の出入りも多かった。その合間に自分も休まなければならなかったので、考える時間は無かった。


 だけれど今は、他に邪魔するものが無い。

 時間に追われて急いででもいないと、悶々と考える事になってしまう。


 ギルスは頭を振って、考えるのを止める。


 ―――北の森を抜けるまで、北の神殿に着くまで、気を抜くなよ、俺。


 無言で気合を入れ直して、木々の間を疾走する。


 ギルスは、サージャからもらった口付けの意味を、計りかねていた。




 ※ ※ ※




 森を抜けた時、夜の闇はまだ晴れていなかった。

 北の神殿に抜ける街道に人影は無く、無事、その街道を横切る事が出来た。

 街道を横切った先は、東の山脈の端に当たる。高い山では無いが、それでもここからは山登りになる。

 山を登り始める入り口は、高い草に隠れた石碑が示してくれる。

 まず、ギルスはその石碑を探す。

 目印となる木を知っていたギルスは、さほど時間を掛ける事無く、街道から少し入った所にその石碑を見つけることが出来た。

 石碑が隠されているのも、見つけ方にコツがあるのも、わざとそうなっている。

 王族やその身内以外が、誤って横道に入り込まない様になっているからだ。

 最も、迷い込んだところでその先には進めないのだが。


 ギルスは石碑の横に立ち、サージャを背負い直してから、右手の指輪に口付ける。


 「頼む」


 そう言うと、紫の風が先行し、優しく草を掻き分けて道を作ってくれた。


 ギルスはそこに踏み入って行く。


 ギルスが通った後は、風の精霊によって草が戻され、また元の姿に戻った。

 誰かが踏み入った様には、全く見えなかった。




 ※ ※ ※




 「―――サージャ様。着きましたよ」


 遠慮がちな声と、優しい振動で、サージャは目覚めた。


 「―――うん?ギルス?」


 目覚めた時、サージャは背負い袋を枕に、毛布の上に横たわっていた。

 横にギルスが座っている。

 苦い顔で笑っていた。


 「すみません、流石に疲れちゃって・・・降ろさせてもらいました」


 空を見上げると、まだ夜は明けきっていないのが分かる。

 空と木々の境目が、少しだけ明るくなり始めている。そんな時間だ。


 「ギルス、ここは何処だ?」

 「東の山に入って、最初の休憩所です」

 「何だと?お前、本当にこんな短い時間でここまで来たのか?」

 「すんごい頑張りましたから・・・だから疲れちゃったんですって」

 「そんな無茶を・・・いや、すまん。礼が先だな。運んでくれてありがとう、ギルス」

 「いいえ。役得ですよ」


 ニカっと少年のような笑顔でギルスは笑う。

 サージャの好きな顔だ。サージャも釣られて微笑んだ。


 「ああ、そうだ。お礼なら精霊にもお願いできます?山登りの時に力を貸してくれたんで。あと、今周囲の警戒もお願いしてるんですよ」


 しつこいようだが、ギルスの指輪に宿る精霊は、ギルスの契約精霊ではない。

 姿も持たず、名前も持たないこの精霊は、サージャの為だけに協力している関係だ。

 今回はサージャの契約精霊が全く出てこない、と言う事もあって大変張り切っている。

 ギルスが褒めても、全然喜んでくれないのだ。


 「ああ。そうなのか。有難いことだな。―――おいで」


 サージャがそう呟くだけで、一陣の紫の風がサージャの周りを飛び回る。

 そして、サージャの目の前に、紫の風の塊が制止した。

 サージャはそれにそっと手を伸ばす。風は塊の状態を解き、サージャの手を撫でるようにくるくると回る。


 「ありがとう。お前のおかげで助かった。休んでいる間、周囲の警戒を頼めるか?」


 風はサージャの前に戻り、塊の形で上下に動く。それは、頷いているように見える動きだ。


 「宜しく頼む」


 サージャが微笑みながらそう言うと、風は空へと上がり、すぐに周囲の木々の間を跳びまわり始めた。

 葉を揺らすカサカサと言う音が、精霊の存在を主張していた。

 その様子を目で追いながら、サージャは笑った。


 「いい子だな。ギルスとも相性が良さそうなんだがな。契約しないのか?」

 「出来ませんよ。あの子はサージャ様の為に頑張ってるんですから。それに、俺の目と髪の色は風の精霊と相性が悪いんですから」


 金髪碧眼のギルスが相性の良い精霊は、本来、大地の精霊と水の精霊だ。風の精霊との相性は良くない。


 「どの道、俺は王家の血が入ってるかどうかも分からない『馬の骨』です。精霊契約は出来ないと思いますよ」


 ギルスの父は海軍だが平民の出だし、母は群島諸国のどっかの島の女だ。

 血が混じってる可能性は少ないだろう。


 「でもお前、アレの姿が見えるだろう?本当に精霊と契約出来ない者は、気配も姿も分からんらしいぞ」

 「それは・・・この国では大変珍しい事ですね・・・」


 イルカーシュ女王国に、恐らく精霊の見えないものは居ない。周辺国にも血を混じらせて来たから、周辺諸国の民でも精霊は見える。その為、多かれ少なかれ、皆加護を持っているのだ。


 「もしかして、神聖帝国にはそんな国民が居るのですか?」

 「ああ、そうらしいな。昔―――兄上から聞いたことがあるぞ」


 兄、と言う際に、少し間が空いてしまった。


 「そうですか。ならこんな大したことが無い加護でも、向こうに行ったら重宝されそうですね」


 ギルスは気にした様子もなく返してくる。それにどこかホッとしながら、帰ってきた言葉の軽率さに鼻で笑ってしまう。


 「その前に奴隷に落とされるだろうがな」

 「うう、こわっ!」


 あちらの国(神聖帝国)の奴隷の扱いの悪さには、定評がある。

 まず、人間扱いされない。物扱いだ。


 それを知っているから、ギルスは両手で自分を抱いて震えるふりをするのだろう。

 まだ、冗談で済ませられますよ、とでも言っているようだ。

 その動きがあまりにもわざとらしくて、サージャは笑ってしまった。


 「ふっ、くっくっく。本気で思って無い癖にっ」

 「・・・わかっちゃいます?」


 サージャの笑顔で、ギルスも笑う。

 そうしていたら、同時に腹が鳴った。

 

 「・・・飯にしましょうか」

 「・・・頼む。もうペコペコだ」

 「俺もです」


 また、二人で笑った。 




 ※ ※ ※




 リズが持たせてくれた弁当は、白い長いパンと黒い長いパンのサンドイッチが一つづつ、水筒にはリズ特製のスープだった。


 喉がカラカラだったサージャはまずスープに口を付けた。


 「ん、やっぱり美味しいな。リズのスープ」

 「宿屋の名物ですからね、これ」


 リズのスープは、まず、屑野菜を形が分からなくなるほど煮込む所から始まる。

 グズグズに形が崩れたら、それを濾して、具材を新たに入れる。入れる具材はその日によって変わるが、ベースのスープは毎回これだ。


 リズが水筒に入れてくれたのは、このベースのスープに塩を入れたものだ。

 宿屋で提供されるメニューの中では一番安く、出す時はこれにチーズと丸いパンが二つ付く。駆け出しの冒険者でも食べることが出来るようにと、リズが考え出したメニューだった。


 「リズに毒の治療で世話になった時、出してくれた食べ物が、最初はこれだけだった。でもこれが、すごく美味しかったんだよな」


 サージャは懐かしい気分になった。


 「そうですね。リズは子供達が寝込んだ時、必ずこのスープを食べさせるんですよ。俺もよく食べました」

 「ギルスってそんなに寝込んでたか?」


 あまり、ギルスが寝込んでいた記憶はない。


 「いいえ、違います。稽古が終わった後に、胃が固形物を受け付けてくれないことが多かったもので」

 「ああ、厳しかったもんな。ガルド義兄上」

 「鬼でした」


 ギルスは苦笑いだ。

 そんな横顔を見て、サージャはサンドイッチを食べる手を止めた。


 「・・・本当に強くなったもんな、ギルスは。もう私が守る事も無くなったし」


 感慨深くなってしまう。

 まだ、出会った頃のギルスが懐かしい。


 「何言ってるんですか。俺はサージャ様を守りたくて強くなったんですよ」


 ギルスが憮然とする。サージャはその顔に一抹の寂しさを覚えた。

 もう、自分が守る必要が無くなってしまったギルス。

 自分より小さくて弱かった彼は、もう何処にも居ない。


 今の彼は、自分にとって何なのだろうか。

 大切な人であることに変わりはない。

 心許せる相手であることも、変わりはない。

 背中を預けられる唯一の存在であることも。変わりはない。


 でも、もっと、もっと大切な、何か―――。


 この感情の答えを、サージャは知らない。

 一緒に居たい。幸せにしたい。

 そう思う気持ちがとても大きいことは事実だ。

 思えば思うほど、傍にいても良いのかどうか、考えてしまって心が痛かった。


 「うん。ギルス」

 「はい?」


 二個目のサンドイッチをほおばっていたギルスは、それを口に銜えたままこちらを向いた。


 「食事が終わったら、話したい事があるんだが・・・良いか?」


 ギルスは口の中のサンドイッチをごくんと飲み込んだ。

 サージャは、呪いを話す覚悟をした。


うーん。

難しい。

甘くならない。



すみません、私事の都合と体調不良の為、更新が滞るかもしれません。

一日一回更新、目指してとりあえず頑張ります。

大筋はあるんだし、と思いたいところ。

できればブックマークしておいていただけると助かります。



ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

評価いただけますと、大変励みになります。

宜しくお願いします。

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