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終わりから始まる恋物語  作者: 梅干 茶子
終わりと始まり
16/60

逃亡5


 「ではまず、そちらを脱いでいただけますか?」

 「ああ、うん」


 サージャはショールを外して薄衣を脱いだ。

 オウカは手慣れた様子で、温かい手拭いを使って体を拭いてくれた。

 高熱の所為で思ったより汗をかいていたので、助かった。

 拭いた後の水分が揮発して、高い体温を奪っていく。

 すっと涼しくなって、気持ち良かった。


 「サージャ様。お顔はこちらでお願いします」


 新しい手拭いを渡された。サージャはそれで顔と首筋までを拭った。

 やっぱり気持ちいい。

 さっぱりとすると、自然と息が漏れる。


 「ふう。ありがとうオウカ」

 「はい。お預かり致します」


 手拭いを片付けて、オウカは下着を出してきた。


 「お手伝いさせて頂きますわ」

 「え?いいよ。自分でできる」

 「左様でございますか?まだ難しいように思いますが・・・」

 「大丈夫だ。いつも自分でやっているんだから」


 そう言って、オウカから下着を受け取り、自分で付けようとしたが・・・


 「あれ」


 思った以上に、手の指が動かなかった。

 立ち上がってみたら、フラフラとベッドに手を付いてしまった。


 「おかしいな・・・」


 サージャは首を傾げる。

 その様子を見て、オウカは溜息を吐いた。


 「サージャ様。ご自覚が無いようですので、失礼ながら申し上げます。先程お体をお拭きした際、まだ体温が大変高いご様子でした。サージャ様ご自身は本調子とは程遠いかと愚考致しますが、いかがでございましょう?」

 「・・・うん。どうやら、そのようだ・・・」


 ベッドの上には起き上がれたし、アオともギルスとも会話が出来たし、先程はノックの音に気づきもした。だから、多少無理をすれば大丈夫だろう、と思ったのは事実だ。

 ただ、こんなに動けないとは思っていなかったので、サージャはベッドに両手をついてがっくりと項垂れた。


 「では、お手伝いすることをお許しいただけますか?」

 「・・・すまない。頼む」

 「承知致しました。ベッドにお掛けください」


 サージャをベッドに座らせると、オウカは素早く下着を着けてくれた。

 その上に、黒い伸縮素材のインナーを着る。体にピタリと張り付くデザインのそれは、自分で着る時にすら難儀することがあったが、オウカは事も無げに着せてくれた。腿半ばまでのスパッツも難なく履かせてくれる。


 「サージャ様。装備品はご自身で動けるようになった際にお付けになった方が、運ぶギルス様の負担を軽く出来るかと思いますが、如何致しましょう」


 そう言うオウカの手には、太腿に着ける三本の短剣が付いたベルトが二本、乗せられていた。

 短剣と言えど剣は剣。左右三本ずつ、計六本もあればそれなりの重さになる。

 確かに、サージャの身が軽い方がギルスも運び易いだろう。


 「うん。そうだな。荷物の方に入れて置いてもらえるか?」

 「承知致しました」


 オウカは装備品を丁寧に背負鞄に仕舞うと、今度は服を持って来た。


 「こちらはリズが準備して下さっていたものです。この服が一番着易いだろうとのことで、私の持って来た服とも比べたのですが、こちらの方が宜しいかと」

 「服は良く分からないから、任せるよ」

 「では、こちらでお願い致します。両手を上げて頂けますか?」

 「こうか?」


 サージャは万歳する。


 「失礼致します」

 「わっぷ」


 オウカは手に持った服を、サージャの頭から被せた。

 袖もきちんと手を通るように調整されていたので、着るのは一瞬だった。


 「サージャ様、机に手を付いて、お立ち頂けますか?」

 「ああ」


 立ち上がると、服は脛の半ばまでストンと落ちた。

 そこに、オウカが濃い緑色の紐を持って腰を軽く縛る。


 「ベルトでも良いのですが、庶民ではカラフルな紐の方が良く使われておりますので」


 そう言って服の形を整えると、丈が膝下位まで上がった。


 「ありがとうございました。お座り下さい」


 サージャがベッドに座ると、オウカはサージャの首元のボタンを留めた。


 「これで完成です。少し色味が地味ですが、庶民と言って通りますね。良くお似合いです」


 襟のあるワンピースの完成だった。

 生地はふんわりとして、肌触りが良く着心地が良い。

 袖は膨らんでいて、体に密着していないが、手首できゅっと窄まっている。邪魔な感じはしない。

 色は、黒みがかった臙脂色で、普段黒い服ばかり着ているサージャとしては、十分派手だと思う。


 「赤い服なんて、着た事無いな」

 「赤とはいっても、大分黒味が強いですし、御髪ともよく合っていますよ」


 そう言ってオウカは、今度は髪を梳かしにかかっていた。

 手早く一つにまとめて、簡単なお団子を作る。


 「本当は結びたくないのですけれど・・・目立ちますから、まとめておきますね」

 「ああ。何から何まですまんな」

 「いいえ。久々に侍女らしい仕事をした気分ですわ」


 オウカは黄色い目を細めて笑った。

 言動から年齢より上に見られがちの彼女だが、笑うと年相応になる。とても可愛らしい。

 そうして、今度はサージャのベッドの枕元にクッションを足して、寄りかかれるようにしてくれた。


 「お疲れ様でした。少し横になってお休みください」

 「服はこのままで大丈夫か?」

 「はい。皺が目立たない素材ですので、そのままお休み頂いて大丈夫です」


 サージャが横になるのを手伝って、オウカははたと気が付いた。


 「あ、靴。どう致します?」

 「ん?今までのは駄目なのか?」

 「リズの話では、つま先が焼け焦げていたと聞いたのですが・・・」

 「そうか。替えは無かったから、どうしようか」

 「街中で履くような靴で街道を歩いていたら、ちょっと不自然ですわね・・・ブーツがあるか、リズに聞いて参ります」


 オウカが立ち上がり、部屋を辞そうとした時、ドアがノックされてリズが入ってきた。


 「サージャ様。ちょっとこの靴試してみてくれないかい?」


 そう言って、茶色い脛中丈の紐編みブーツを差し出した。

 デザインは古いが、綺麗に磨かれている。


 「これ、もしかしてリズのか?」

 「ああ。冒険者だった時の物だよ。履けるなら持って行きな」

 「サージャ様。試させて頂きましょう」

 「そうだな。助かるよ」

 「年代物だし、アタシはもう使わないから。好きにしてくれていいよ」


 オウカが早速、布団の上なのにも構わずサージャに履かせる。

 ブーツはするっと入って、両足ともあっという間に履けた。


 「ピッタリだな」

 「ですわね」

 「そりゃ良かった。当面それを代わりに使いなよ」

 「ありがとう、リズ。大切にするよ」

 「いいさ、いいさ。うん。服もよく似合っているね。良かった」

 「服もリズの物なのか?」

 「ああ。若い頃の、ね。もう着られないやつだよ」


 お古で悪いね―――そう言ってリズは笑ったが、サージャは言葉の後半を聞いていなかった。


 「そうか。リズのか」


 サージャはなんだか無性に嬉しくなった。

 おさがりの品を貰ったのは、生まれて初めてではなかっただろうか。


 「ありがとう、リズ!本当に大切にするよ!」


 子供のようなキラキラした笑顔で、リズにお礼を言う。

 その顔に、リズは冷たい手拭いを、ピシッと投げた。

 あう!っと、小さな悲鳴が上がる。


 「あのね、サージャ様。お古は使い倒してなんぼだ。大事にしなくて良いんだよ」

 「でもこれ全部リズのなんだろう?私、とても嬉しくて・・・!」

 「いいから!もう、靴も履いたままでいいから!出る直前まで寝ときな!」


 リズはそう言って、乱暴にサージャを布団に押し込めた。

 それを見ていたオウカは、横で口元を抑えている。


 「オウカ―――」

 「ゴホン。失礼。何でしょうリズ」

 「このお姫様がちゃんと寝てるように見張っといてくれ」

 「ええ。分かりました」

 「ギルス!朝飯の弁当が出来たから、食堂までついといで!」

 「はーい!只今!」


 隣室からギルスが出て来ると、リズはギルスを置いて部屋を出ていく。


 「サージャ様、ちょっと行ってきます!オウカ、頼むぞ!」

 「畏まりました」


 ギルスも後を追ってバタバタと出ていく。


 残されたサージャは、コテンと首を傾げた。


 「リズ、なんか怒ったのか?」


 その様子に、オウカは微笑みを浮かべる。


 「違いますよ、リズは怒っているのではなく―――」




 ※ ※ ※




 「リズ、照れてる?」

 「うるさい」


 ギルスはリズの後ろから、ニヤニヤしながら声を掛けた。

 隣室まで会話が聞こえていたからだ。


 耳まで真っ赤にして、リズはズンズン歩いている。

 ギルスには、サージャが喜んだ理由が分かった。

 横に並んで話しかける。


 「繋がりが出来て、嬉しかったんだよ」

 「繋がり?」

 「そ。リズと、サージャ様の」

 「そうか・・・あんなに喜ぶんだったら、もっと早くにあげときゃよかったよ」

 「いいんじゃない?今がジャストサイズだったんだし」


 うるさい、とばかりにリズに無言ではたかれた。

 ギルスは、いてっ!と小さい悲鳴を上げる。

 リズはふう、と息を吐くと、ぼそっと言った。


 「・・・こんな事でもなきゃ、王族に物をあげるなんて考えもしなかった」

 「そりゃそうだ」

 「アタシは繋がりって心で作るものだと思っていたよ」

 「それもあるよ。でも、物でも繋がるんだ。特にサージャ様は」


 サージャの腰の袋の中には、今でも小さな頃にアオ達があげた綺麗な石やらコインやらが入っているのを、ギルスは知っている。

 花なんかは流石に枯れてしまったが、それを、涙を流しながら土に埋めていたのも知っている。

 サージャは、そういう人だ。


 歩いているうちに食堂に着いた。

 机には既に用意されている弁当の包みと水筒が二つある。


 「じゃあ、これが最後のプレゼントだ。持って行きな」

 「大切に、頂くよ」

 「ちゃんと全部食べるんだよ?」

 「わかってます。サージャ様にも言っておく」

 「よろしい」


 ギルスはリズから『プレゼント』を確かに受け取った。




 ※ ※ ※




 真夜中の宿屋から、大きな人影がひとつ、出立した。

 サージャを背負ったギルスだ。

 その影は夜の闇に紛れるように、走り出した。


 その姿を、窓からじっと、赤髪の夫人が見ていた。


 見えなくなるまで、ずっと見送っていた。


「サージャ様。だっこにします?おんぶにします?」

「おんぶ」

「お姫様だっこもありますよ?」

「・・・おんぶ」


そんな会話があったとか、無かったとか。



お読みいただき有難うございます。

お気に召しましたら、ブックマーク、評価を頂けると、次ももりもり頑張ります。

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