逃亡4
あれ、おかしいなぁ。。。
アオが部屋を辞した直後、サージャはベットに倒れ込んだ。
「サージャ様!」
ギルスは駆け寄り、サージャの額に手を当てる。かなり熱い。
「また、無理をなさって・・・」
溜息を吐きながら、ギルスは脇の机にある冷たい手ぬぐいをサージャの額に置いて、布団を掛けた。
額に置かれた手ぬぐいの冷たさに、サージャはふぅっ息を吐く。
「はは。アオにこの姿は、まだ、見せられないからな」
弱々しく笑うサージャの頭を、ギルスは優しく撫でた。
「俺になら見せられますか?」
その髪を梳きながら、聞いた。
「うん。お前なら、見せられる。今更だ」
サージャは、泣きそうな顔で、笑った。
十代の前半から一緒で、初陣も一緒だった。死にかけたことも何度もあるし、そんな時もギルスは横に居た。本当に今更だな、とサージャは思った。
「どうかしましたか?」
ギルスは表情の理由を聞いた。なにか、心にかかることがあるらしい。
「・・・うん。あのなギルス。お前、残りたいか?」
「・・・はい?」
ギルスはぽかんとしてしまった。
残るなど、あり得ないではないか。
「リズ、心配だろう?」
そう、真っすぐな目で聞いてくるサージャを見て、納得した。
ああ、さっきの話だ。ギルスが居ない間にリズが話してしまったアレだ。
「サージャ様。俺があなたから離れろと言われたら、俺死にますよ。辛すぎて」
「でもリズは、お前の母代わりだろう?」
「だとしても、です。リズとサージャ様、どっちかを選べと言われたら、俺は迷わずサージャ様を選びます。リズもそれを知ってますし、そうしなかったら殴られますよ」
本当に殴られる様が思い描けて、頬が膨らんでしまった。
「・・・うん。そうか。・・・そうだな」
「そうですよ。俺は貴女から、もう離れません。さっき、離れた事を後悔したばっかりなんです」
思わず言った一言に、サージャは、ピクリと反応する。
「俺は、貴女の護衛です。俺より先に貴女が死んだら、俺自害しますよ?」
不貞腐れた表情のまま、ギルスはサージャを見た。サージャは居心地悪そうに、モゾっと布団に潜り込む。
それでもじーっとギルスに見られて、サージャはため息を付いた。
「その、悪かった。ギルス」
「わかればよろしい」
にっこりと笑って、サージャの頭をまた撫でる。
「オウカが来るまで、少しお休み下さい」
「・・・うん。そうさせてもらう」
頭を気持ち良さそうに撫でられて、サージャは目を閉じた。
※ ※ ※
暫くして、寝息が聞こえてくる。
「全く、リズも余計なことを・・・」
ギルスは呟く。
サージャの頬をそっと撫でた。
随分と表情が豊かになったな、とギルスは思う。
出会った頃のサージャは、求められる事を淡々とこなす、まるで人形の様に表情の動かない少女だった。
苦痛も苦悩も、嬉しさも喜びも、悲しみも、全く外に出さなかった。
正直、不気味だと思った。
綺麗な、綺麗な、お人形。
笑いも泣きもしない、お人形。
俺はこんな奴の護衛をするのか、と鬱屈としたものだった。
だけれど、ある日、彼女が唯一出す感情があるのに気が付いた。
それが、疑問。
首を傾げる。
只それだけだなのだが、それが何故かギルスに向けられた。
当時のギルスは感情的で、怒ったり泣いたり苛立ったり、我慢せずサージャにぶつけていた。
嫌な奴だった。
なのに、サージャは感情をぶつける度に、コテンと首を傾げるのだ。
壊れた人形みたいで気持ち悪いとすら思った。
だけど、本当に彼女に感情が理解出来ていないのだと分かったのは、リズに会わせた時だ。
リズは少しずつ、丁寧に彼女に感情を教えて行った。
ぎこちないながらも、サージャはそれを覚えていった。
ある日、街道を走る馬車の中で、襲われた。
目的はサージャの誘拐だった。
ギルスはまともに戦えなかった。ビビって馬車の中で縮こまってしまった。
御者が殺されて、制御不能になった馬車が横転すると、二人は草むらに投げ出された。直ぐに立ち上がったサージャは、スカートを割いて、太腿に隠していた短剣を二つ、取り出した。
『ギルス。大丈夫。ここで待ってて』
とてもぎこちない笑顔だった。ただ、安心させようという気持ちは伝わって来た。
ギルスは半泣きになりながら、コクコクと頷いた。
彼女が飛び出してから、あっという間だったと思う。
各所で悲鳴が上がった。数がどれほど居たのかは覚えていない。だが、それもすぐに収まった。
草むらで耳をふさいで縮こまって居ると、ふと人の気配に気が付いた。
サージャが夕日を背に、ギルスの側に立っていた。
返り血に染まった服を靡かせて、立っていた。
ギルスは未だにそれが忘れられない。
とても、綺麗だったのだ。
真っ直ぐに立つ彼女が、とても綺麗だと、初めて思ったのだ。
そしてまた、彼女はいつもの様にコテン、と首を傾げた。
『大丈夫?ギルス守れた?』
ギルスは、コクコクとまた頷いた。
『そう。良かった』
そう言って、彼女は糸の切れた人形の様に崩れ落ちた。
訳が分からず、ギルスは気絶した彼女の頭を抱えて、そのままそこに居るしかなかった。
王都に近かったから、助けが直ぐに来たから、彼女は助かったが、遅効性の毒が塗り込められた毒針を足に受けていたらしい。
助けてくれたのは、近くを通りかかった冒険者だった。
直ぐにリズの元に連れて行かれ、リズがその治療を行ったから、後で知ることができた。
その時、リズに言われたのだ。
『アンタ、お姫様に守られて、そのまんまで良いのかい?』
と。
良いわけが無かった。
それから必死に修行して、ギルスは強くなった。
ギルスがサージャの強さに追いつく頃には、サージャの顔に感情が出る様になった。
そして、今度はその感情に悩む様になった。
『私は、こんなことを思っていたのだな。こんな、辛いことを皆にしていたのだな』
自分の感情が分かれば、他者の感情も理解出来る様になったのだろう。それから彼女はこっそり泣くようになった。
ギルスはこっそり泣く彼女を、決して一人にしなかった。いつも側にいて、彼女の感情を共有し、時にはアドバイスもしたし、言い合いもした。
その頃だろうか。彼女が『家族』と言うものを意識し出したのは。
彼女の家族は当然全員王族で、普通の家族、というのとは少し違った。でも、彼女の家族は優しかった。カーリアスですら、表面的であれ、優しかったのだ。
だが、距離があった。
ぶち壊して踏み込んでいたのは、ガルド隊長位なものだった。
ああ、数年前には、もう一人、距離を感じさせない人が居たな、と不意に思い出す。
北の巫女になった、サージャの従姉妹に当たるお方だ。何かに付けてサージャに構っていた。ものすごく変わり者だった。
ただ、サージャ自身は、家族に心を開いている様子が無かった。
心を開いたのは、ギルスとリズにだけ。
ギルスはずっと側に居たから。
リズは感情を教えてくれたから。
そんな所だろうと思う。
サージャに聞かれたことがある。何でリズはあんなに親切なのだろう、と。
『皆のお母さんになりたいんですって』
『じゃあ、ギルスにとっても、リズはお母さんなのか?』
『んー。そうですね。実の親は居ましたけど死んじゃいましたし・・・この王都に来てから、母と呼べるのはリズだと思います』
ギルスはその時、確かに言った。
それから、サージャの中で、リズはギルスの『母』になったのだろう。
「貴女にとっても、『母』でしょうに・・・」
サージャを今のサージャにしたのは、間違い無くリズだ。だからサージャは、孤独な子供を放っておけない。
一番色濃く影響を受けているかも知れないとすら思う。
サージャは気付いているのだろうか。
きっと意識したことも無いに違いない。
自然と笑みが浮かんだ。
優しく、眠るサージャの頬を、撫でる。
懐かしい事を思い出しながら、サージャの寝顔を見ていると、愛しさが込み上げてくる。
ギルスはそっと、その額に口付けた。
「お休みなさい、俺のお姫様」
額に新しい冷えた手拭いを乗せて、丸まっていたショールを畳む。
枕元にショールを置いて、サージャの布団を軽く直すと、音を立てないようにそっと立ち上がった。
ギルスは自分の準備の為に隣室に引き上げた。
※ ※ ※
「サージャ様、オウカです」
控え目なノックの音で、サージャは目を覚ました。
まだ、身体はだるい。
起き上がると、額から手拭いが落ちた。
「あ―――」
「サージャ様。ショール」
隣室からギルスが顔を出し、ショールを羽織る様に身振りで示してきた。
慌てて枕元に畳んであったショールを羽織る。
それを確認してから、ギルスはドアを開けた。
ドアの向こうには、黒髪を肩ラインで切り揃え、黄色い釣り目をした侍女服のオウカが控えていた。手にサージャの背負鞄を持って。
「お召し物をお持ちしました」
優雅に礼をして、部屋に入って来た。
オウカの年齢は十七歳。偵察部隊では最年長になる。
スラリとした立ち姿、目つきは悪いが綺麗な顔立ちをしている。
立ち振る舞いに隙が無く、流れる様に動く。
真っ直ぐな黒髪がサラサラと揺れた。
荷物を机に置いて、サージャに向かって軽く腰を折る。直接顔は見ない。
「アオより、北の神殿まで撤退する旨を伺いました。目立たぬ様、服は王室のものでは無く市井の物をご用意致しました。直ぐにお着替えになりますか?」
「あ、ああ。そうだな。頼む」
カッチリとした侍女としての対応に、サージャは少し戸惑った。だが、オウカは、いつもこんな感じだ、と思い直す。
「畏まりました」
返答を聞いたオウカは、更に腰を深く折った。
起き上がると、ギルスを真っ直ぐ見る。
睨んでいる様に見えるが、これが彼女の『通常』だ。
「ではギルス様、席をお外し下さい。殿方の前で、サージャ様の着替えを始める訳には参りませんので」
「わかった。リズにオウカが来た事を知らせてくるよ」
そう言って、扉の方に向かおうとすると、首を振って止められた。
「いえ。リズには先に会いました。リズが用意していた持ち物と、こちらの持ち物の付け合せは終わっております。ギルス様もどうぞお支度を」
軽く腰を曲げて、お辞儀をするオウカ。
その様子に、ギルスは頬を掻く。
「・・・分かった。隣室に居るぞ?」
「はい。こちらが終わりましたら声をお掛けします。それより先に気配を感じたら・・・お分かりですよね?」
何故か、オウカはギルスに怖い顔で笑っている。
サージャは自分の事でもないのに、背筋が冷えた。
「・・・分かってます。終わったら呼んでくれ」
手をひらひら振って、ギルスは隣室に戻って行った。
「さて、ではお着替え致しましょう」
オウカは手早く、着替えを取り出した。
終わらないなぁ。。。
前回入れなかった、サージャとギルスの思い出入れた為、終わりませんでした・・・
そしてオウカの乱入。
うん。次かな!(冷汗)
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続きがサクサク仕上がります!