閑話 リズとサージャ
すみません、逃亡3、間に合いませんでした。
なので、ちょっと骨休めを・・・
部屋に戻ると、サージャの目がぱっちり開いていた。
「サージャ様!目が覚めましたか!」
ギルスはドアを開けてすぐに気が付き、急いで駆け寄った。
「ああ、良かった。ギルス、リズ。済まない。体が動かなくて・・・」
困った顔で、サージャはこちらを見る。
リズがギルスを押し退けて、サージャの横へ行くと、その額にある布を退け手を当てる。それから優しく声を掛けた。
「どうしたんだい?どこかおかしな所があるのかい?」
「いや、そうじゃなくて・・・その、添え木が邪魔で、動けない・・・」
そう言って、左手を動かして見せる。
その様子を見て、リズはホッと息をついた。
「ああ、良かった。それじゃ、足の感覚は戻ってるのかい?右腕は?」
「うん・・・足も動く。腕も大丈夫だ」
「そうかい。じゃあちょっと見ようか。ギルス!隣の部屋に行っておいで!」
「あ、はい!」
布団の下のサージャの服装は、薄衣一枚だ。
サージャの様子を一緒に見ていたギルスも、ハッとして、わたわたと隣室に向かう。
その背にサージャは声をかけた。
「あ、ギルス・・・」
「はい?」
ギルスが振り返ると、サージャは言いにくそうにしていた。
「どうしました?」
もう一度、近づくとサージャに顔をじっと見られた。
「・・・大丈夫か?」
「?」
サージャの意図が分からず首を傾げる。
サージャはためらう様子を見せながら、控えめに言った。
「鼻が、その、赤いぞ?」
「あ」
ギルスの頬が羞恥でサッと赤くなる。
その様子を見て、プッと、リズが噴き出した。
「あははっホントだ。アンタ、眼も鼻も真っ赤だよ」
「か、か、顔洗って来ます!」
困惑するサージャと、笑うリズを残して、真っ赤になったギルスは、慌ただしく部屋を出て行った。
※ ※ ※
「さて、今のうちに見せておくれ」
笑いを収めたリズが、サージャの布団をめくり、右足、左足、腰、腹部、胸、右腕、左腕と各所を確認していく。
「痛む所はもう無いんだね?感覚が無いところもないかい?」
「ああ、大丈夫だ。だが、まだ体が重たい気がする」
「そりゃ熱のせいだよ。本調子になるには暫くかかるさ」
そう言って、腰の添え木を外して行く。
その横顔を見つめ、サージャは声をかけた。
「何があったんだ?」
「ああ、ギルスかい?」
添え木を取り終え、今度は右手の添え木を取り外しにかかる。
サージャは無言で頷いた。
「あんなに目を赤くしているギルスは、久しぶりに見た」
右腕の添え木を外されながら、サージャは呟いた。
出会ったばかりの頃のギルスは、負けん気ばっかり強い子供だった。
その頃は隠れて泣いていたのか、よく目を真っ赤にしたギルスを見たものだが・・・
「ここ数年、見てないと思う」
「年単位かい」
言ってリズはまた少し笑う。
「あいつも少しは大人になってたんだ」
「?」
サージャは、どういう意味か分からなくて、首を傾げた。
「いや、旦那がね。ギルスだけじゃないんだけどさ、チビ達に『大人の男は涙を見せないものだ!』って教えてたんだよ」
「ああ」
言われて納得した。
そういえば、ギルスがやたらと格好付けるようになってから、見ていないかもしれない。
そんな背景があったとは、サージャは知らなかった。
リズは外した添え木を机に置く。
その横顔は、少し寂しそうだった。
「リズ、本当に何があったんだ?」
「うん?」
心配になって、サージャが聞く。
リズは困ったように首を傾げた。
「そうさねぇ・・・後でギルスから聞くと思うけど、先に私から聞くかい?」
言われてサージャは即座に頷いた。
「あいつは都合の悪いところは絶対に隠す」
「確かに」
ふふっ、とリズは笑って、サージャの布団を掛け直す。
それから椅子に腰かけて、サージャに向き直った。
「さて、じゃあアオが来たのは気が付いたかい?」
それにも頷きで返す。
「走って出ていく気配がした。あれがアオだろう?」
「そうだね。アオが緊急の報告を持ってきたのさ―――」
リズは先程あった事を、簡単にサージャに語った。
「―――それでギルスが泣いてね」
半眼で、思い出すように語っていたリズは、ギルスが泣いた下りを面白く話そうとして、サージャに顔を向け、失敗した事に、気が付いた。
サージャはポロポロと泣いていた。
「ありゃりゃ。サージャ様まで泣かなくていいんだよ」
慌てて手ぬぐいを手に、サージャに近づくと、手を掴まれた。
「リズ、それはダメだ。だって、ギルスにとってリズはお母さんじゃないか」
サージャは母を知らない。
姉だと思っていた人が、先ほど母だと分かったが、やっぱりあの人を母とは思えない。
そして、サージャは父も知らない。
サージャにとって、父と母、その存在は憧れと同時にかけがえのない存在だった。
離れてはいけない。そう思ってしまう。
「ギルスを置いて行く」
「サージャ様、それが一番駄目だ」
「だって!」
サージャは泣きながらリズに訴える。離れては駄目だと訴える。
しかし、リズは頑なに首を振った。
「サージャ様。親はね、超えていくもんさ。そこに囚われちゃいけないんだよ」
寂しそうに、リズは笑った。
「置いて行って良いんだよ。それでまたひょっこり帰ってくる。元気な顔を見せてくれる。それが理想さ」
寂し気に、でも誇らしげにリズは笑う。
笑ってサージャの涙を拭った。
「親を置いて行けるようになるなんて、それこそ、嬉しいことさ。アタシ等はギルスに、自分で生きる方法を教えられた、ってことなんだからさ」
言って、リズは本当に誇らしげに笑った。
「大体、もうあいつは当の昔に成人してるんだよ?子供も何も、立派な大人じゃないか。そこまできたら、親のできる事なんて限られてる。今回はたまたま、アタシ達に出来る事があっただけ。出来る事があるなんて、嬉しいじゃないか」
本当に嬉しそうに、リズが笑う。
サージャは思わず、その手を取った。
「リズ。約束する」
ぎゅっと、その手を握る。
「ギルスは必ず、私が連れて帰ってくる。だから―――」
リズの目を、真っすぐに見る。
「死なないで」
リズはキョトンとして、それから破顔した。
「ああ。約束だ」
ギュッと手を握り返す。そして、いたずらを思いついた顔をした。
「ついでに孫も連れて来てくれていいよ」
ニヤリと笑うと、サージャは真っ赤になった。
「そ、それは!今は無理だろう!」
「ほほう。今じゃなければ良いのかい」
やっぱり、脈ありだね。
密かに思って、リズは意地悪く笑った。
「リズ!」
顔を真っ赤にして、サージャが怒る。
リズは声をあげて笑った。
そこにギルスが帰ってきた。
「・・・何してるんですか?」
ギルスの顔を見て、サージャは更に赤くなった。
バッ、とリズの手を離すと、布団を頭まで被ってしまう。
「・・・少しだけ、寝る!」
「・・・はあ」
リズはまだ笑っている。
ギルスだけが、状況を飲み込めずに立ち尽くしてしまった。
そうして話はまた元に戻ります。