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終わりから始まる恋物語  作者: 梅干 茶子
終わりと始まり
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逃亡2


 「は?いやいや、現場指揮官が不在という訳には行かないだろう。サージャ様はともかく、俺は・・・」

 「いえ、ギルス様にサージャ様を背負って逃げて頂きたいのです。先程リズから、回復は明け方になると聞きました。俺達では背負って行けませんし、何より時間がありません」

 「・・・」


 言い淀むギルスに、食い気味にアオが反論する。アオが言うのは正論だ。確かに、サージャを背負って逃げられるのはギルスだけだろう。

 正論だか、それは他の皆を見捨てることになりはしないか。それをサージャが望むだろうか。


 ギルスは腕を組んで考え込んだ。


 暫く無言で時が過ぎる。

 時間が無い―――アオが焦り始めた時、ギルスは結論を出した。


 「北の神殿だ」

 「は?」


 唐突に告げられた言葉を、アオは理解出来なかった。

 ギルスは真剣な目を、アオに向ける。


 「全軍、北の神殿まで撤退。あそこなら数の不利を覆せる」

 「ああ、成程。反撃、ですか。ただの逃亡ではサージャ様は納得なさいませんね。確かに、北なら信頼出来る」

 「そうだ。サージャ様が全力を出せるなら、正直ここでも止められるかもしれんが・・・サージャ様の精霊が疲弊しすぎて、今は眠りに就いてしまった。助力が期待できない。精霊の復活と回復は、巫女様に任せなければ何とも成らないだろう」


 そこまで聞いて、アオの顔に理解と安堵が広がった。


 「ジルージャ様、お戻りになられましたか・・・」

 「ああ」


 ジルージャとは、サージャの精霊の事だ。

 普通、一般の精霊に名前は無い。だが、上位の者には名前がある。

 ジルージャもその一人だ。元の名前は、ジル。サージャとの契約の際に名の一部を繋ぎ、ジルージャとなった。

 彼女の容姿は少女のそれだ。ただ、見た目とは違って、凶悪な程に強い。百人位の兵士なら、戦闘不能に陥れる。


 ところが、彼女はサージャの容態の安定を見届けてから、精霊石で眠りに就いてしまった。

 もう姿を保つ事もできないほど疲弊していた彼女を、どうやってやれば回復させられるのか。ギルスには見当もつかない。


 「であれば、サージャ様を説得出来る材料は十分ではないですか。なるべく早く移動を開始して下さい」

 「そうなんだがなぁ・・・心配してるのは一般人の事だ。残すと言って、サージャ様が納得なさるかどうか・・・」

 

 「アタシ達は行かないよ」


 そこへ、リズがお茶を持って入って来た。

 ギルスとアオの前に、お茶が置かれる。リズも自分の分をしっかり手に持っていた。


 「リズ!ですが、ここはもう危険です!」


 リズの言葉に、アオは否定の言葉を上げる。

 しかし、リズは首を横に振った。


 「アオ、それとギルス。あんた達の事だから、何人かは残すつもりだろう?情報が入らなくなるのは危険だ」

 「そりゃ、考えてはいたけど・・・」

 「その子達の拠点はどうするんだい?」


 リズはお茶を一口飲んで、言葉を続ける。何でもない事のように。


 「うちなら、冒険者向けの店だ。ギルドが避難しないなら開けててもおかしくないだろう?ここを拠点にすればいい。情報も集まる」

 「それがどれだけ危険か解ってるんですか!?」


 アオが声を荒らげ、立ち上がった。

 ギルスも気持ちは同じだ。だが―――


 「リズ、冒険者はどれ位残ってるんだ?」


 この情報は、自分達には無い。


 「今は非常時だから、か、ココを心配してるのか・・・最上位クラスが『雷神の槍』と『風牙』の二組、上位が『時の語り部』と『ジャイルの刃』と『餓狼』の三組、中級が五組、下級の子も、戦えるのは中級以上の組に入れられて、別棟に泊まってるよ。

 ギルドも護衛として最上位の『赤い衣』を雇ってる。そこら辺に偵察部隊の子供が紛れても判らないさ」


 そう。リズが残ると言ったのは、こちらの人員が紛れる事を前提とした作戦だった。


 王都のギルドは、割合冒険者に人気が高い。

 王宮から割の良い魔獣討伐依頼が出る事もあるが、それ以外にも、商隊の護衛依頼、薬草などの採集依頼、子守から街道整備に治安維持まで、依頼が多岐に渡り豊富だ。

 これは、民間でもある程度の自衛手段を、と発案したガルド騎士団長の肝入り政策だった。


 おかげで今迄収集が大変だった薬草類や、装備品の材料、小粒な宝石や精霊石等がギルドを通して豊富に集まる様になったし、報酬が発生する事から、貧困層が劇的に減った。身分問わず、誰でも冒険者に成れるからだ。


 精霊が居る事から、イルカーシュ女王国は常時それ程兵士を抱えていない。手が回らない所が多かったので、どうしても一般庶民の生活にそのしわ寄せが行った。


 それを国策としてギルドに依頼。一般人を募って、街の整備や街道の整備を任せた。

 商人の行き来が盛んになり、私兵を持たない商人からは護衛の依頼が入る様になった。

 結果、街は潤い、庶民からの不満が劇的に減った。


 メイディア女王やガルド騎士団長が庶民から愛されるのには、こんな背景もある。


 だから、庶民はカーリアスと神聖帝国を許さない。


 「冒険者(あいつら)も、大分燻ってる。なんか依頼でもしてやったらどうだい?」

 「そうか・・・」


 ギルスは再び考え込んだ。


 思いの外、腕の立つ冒険者が多く残っていた。

 避難民には一般兵が付いていることを考えると、こちらに冒険者―――それも上位の者が多数居るのは心強い。

 彼らとは、リズを通じて面識がある。知らない相手ではないし、その実力も信頼出来る。

 だとすると、依頼内容も絞れる。彼らに危険な事をさせるつもりはないが、守ってもらいたい者がいる。


 「よし。リズの宿屋に一組、道具屋に一組、最上位に護衛を依頼。上位には街の治安維持と市民を守ってもらおう」


 ぽん、と膝を叩き大まかな依頼内容を決める。

 それからアオに言う。


 「アオ、偵察部隊から最上位に一人ずつ、上位のどれかに一人潜り込ませろ。宿屋に一人、ギルドに一人残せ。連絡手段を持っている者を最低一人入れろ。残りは、北の神殿まで撤退する負傷兵を守れ。道具屋にはマルカを入れろ。後の采配は任せる」

 「・・・はっ」


 苦渋の表情を浮かべて、アオは返事をする。

 本心は同じだ。全員撤退して欲しい。

 だが、情報が欲しいのも事実だ。


 だから、ギルスは今打てる最大の手を打つことにした。


 「リズ。絶対に無理はしないでくれ。こりゃ駄目だと思ったら全員連れてさっさと逃げろ。俺達はアンタが傷付くのを望まない」

 「分かってるよ。大丈夫だ」

 「本当に、本当にそうして下さいね!」


 リズの軽い言葉に、アオが念を押す。


 「しつこい子供達だよ・・・」


 リズは渋い顔でお茶を啜った。


 ギルスは熱いお茶を一気に飲み干すと、コップを置いてアオに指示を飛ばす。


 「アオ、時間が無い。采配出来次第、一度報告に戻ってくれ。それまでにサージャ様の準備をしておく」

 「はっ。では早速行って参ります」


 そう言って出て行こうとするアオに、リズが声をかける。


 「お待ち。お茶ぐらい飲んで行きな」

 「あ・・・」


 リズはお残しは許さない派だ。

 出された物はきちんと完食する事―――ここで世話になった子供達は、皆それを教え込まれる。


 アオは熱いお茶を少しずつ、頑張って飲み干してから出て行った。




 ※ ※ ※




 「リズ」

 「なんだい?」


 アオが出て行った後、ギルスは立ち上がり、リズの向いに立った。


 「あんな事言ったがな、俺は本心では残って欲しくないぞ」

 「分かってるよ。でも、誰よりも信頼出来る手だ。そうだろう?」

 「・・・分かってる」


 悔しい。ここに来て、また自分の無力さを思い知らされた気分だ。

 もっと自分が強かったら、サージャもリズも守れたのだろうか・・・そんな事を思ってしまう。

 ギルスは、眉間に皺を寄せた。


「出来れば『風牙』に護衛をしてもらって欲しい。『雷神の槍』は血の気が多いから」


 心配して、言ってみるが、リズは鼻で笑う。


 「はん。逆だね。うちに残すのは『雷神の槍』だ。あれを押さえられるのはアタシか旦那だけだろうよ。道具屋に『風牙』をやる」

 「やっぱりそうなるか・・・」


 『雷神の槍』は今残る最上級の中で最も喧嘩っ早い。ギルスも売られた事がある。こてんぱんに伸してやったが。

 だが、彼らの実力は随一だ。他よりも頭一つ抜きん出ていた。彼らに任せるのに否やは無い。ただ―――


 「帝国軍に喧嘩売らなきゃ良いんだかな・・・」

 「その時はその時だよ。冒険宿屋の喧嘩は日常茶飯事。任せな。その程度の事何とでもしてやるさ」


 リズは自分の胸をドンと叩く。

 その姿に頼もしさと、一抹の寂しさを覚えた。


 「リズ、済まない。あんたたちを置いていく」


 もしかしたら、もう会えないかもしれない。


 そんな不安が、急にギルスの心に押し寄せた。


 ギルスはぎゅっと、リズを抱き締めた。

 昔は大きく感じたその体は、ギルスの両手ですっぽり包める程小さかった。


 ギルスの目から、涙がポロッと溢れた。


 「おやおや、子供に戻っちまったのかい?仕方ないねぇ」


 そう言って、笑いながらギルスの背中を叩く。


 「それはアタシ達が決めた事だよ。アンタが責任を感じる必要はないさ」


 ポンポン、と優しく。

 ギルスは、リズの肩に顔を埋めて泣いた。


 「・・・もう、会えないかも、知れない・・・」


 ポンポン叩く手が止まる。

 暫く間をおいて、今度は頭を撫でられた。


 「・・・そうかい。じゃあ、最後に言っておこうかね」


 ギルスの頭を撫でながら、リズは優しい声で続ける。


 「アタシ達夫婦は、アンタをずっと見てきた。応援してきた。だからね、必ず、サージャ様と幸せになるんだよ。その日まで決して離れたらいけないよ。良いね?」


 リズ達夫婦も、この宿屋を拠点とする古参の冒険者達も、もしかしたら街の人間も、多分王族の方々も、皆ギルスの気持ちを知り、応援してきた。ともすれば変な方向に行く彼の行動を皆で見守り、軌道修正だってしてやってきた。ありとあらゆる手段を教えてやった人も居た。


 皆、次の女王が立てば、庶民にその身を落とすことを決めているサージャと、その日を迎えたギルスが幸せになる為に。


 きっと、その日は遠からずやって来る。

 その日を皆がどれ程心待ちにしているか、リズも皆も、当人達に言うつもりは無い。


 言わなくても良い。ただ、皆、この二人の為に出来る事をしたい。庶民の自分達にも、出来る事があるのが喜ばしいのだ。


 いつの日か、必ずその日が迎えられる様に。

 皆の願いは唯一つだ。


 「幸せにおなり」


 万感の思いを込めて、リズは呟く。

 ギルスの涙は止まらない。むしろ酷くなる一方だ。


 「本当に、仕方ないねぇ・・・」


 呟きながら、嬉しそうに、リズはギルスが泣き止むまで、頭を撫で続けた。


ほわああ!やっと来た!ここまで!


リズがっつり噛ませました。

ギルスの子供返りが激しい…(笑)


次から、ストックゼロにつき、出来次第投稿します。

一日二回、行けなかったらすみません…



お読み頂きありがとうございました。

評価頂けますとヤル気が向上します。たくさん書けます。いや。書きます!

ぜひお願いします!

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