逃亡1
今回は説明回。文字の多さが難点。
カーリアスの反乱は、それほど大きな規模では無かった。南部の戦力、貴族の大半はあちらに靡いてしまっていたが、中央や西、東の貴族には直接王家と事を構えることに躊躇した者が多く、軍を出さずに静観を決めた物が大半だったからだ。
カーリアス自身の自軍と南部の軍隊が合わせて三百人、キルギスのダクト海軍から陸戦部隊が少数、他にカーリアスに靡いた貴族の私軍。反乱軍の全体はそんなものだ。数も八百に満たなかった。
掲げたのは、女王制の廃止。王族の血筋を正当なものにする事。
要は、メイディア女王を認めず、ガルド騎士団長を認めず、その子供たちも王族から排除しようという動きだった。
イルカーシュの王族は純潔を守るべきだ、と言う考えは割と多い。特に古い貴族達には。
その為に、ガルドと女王の婚姻前に、王家は極秘情報の開示に踏み切った。大地の大精霊の寿命が近づいている、という情報だ。
ガルドは、クルド群島諸国の出身で王族の末席に籍を置く者だった。メイディアとガルドが出会った時、契約関係にある大地の大精霊がガルドに他の大精霊の気配を感じ取った。
『その者と血を交えよ。その子らが次の大精霊を迎えに行く』
そう、大精霊からの言葉があったことも公表した。
婚約当初に上がった反発は、それで一応表面上は押し止められたのだが、表面下で燻ぶった。
そこに、カーリアスを持ち上げる一派が出現する。
当時、カーリアスは南の巫女との婚姻が決まっていた。
この一族こそ純潔である。この者たちが王家にふさわしい。
そういった声が、ひそひそと聞こえるようになった。
やがてその声は大きくなり、今回の反乱に繋がった。
カーリアス自身も色々な貴族に声をかけたと聞いている。
貴族の中には、大精霊との契約が切れることを危惧する者も当然居た。
その際には、カーリアスはこう返したのだ。
「なあに、神聖帝国の力を借りればいい。あの国は大精霊の力が無くても大きく発展してき来たじゃありませんか。我々も、その中に加えてもらうだけの事です」
そうして、付け加える。
「今、お味方になって頂ければ帝国での地位をお約束できますよ」
と。
神聖帝国は、千年間イルカーシュ女王国を狙い続けていた国だ。
一千年前に分かたれた同族が帰属した国。元はガルガ帝国と言った。
今では大陸中央から東側を支配する大国となっている。
だが、イルカーシュ女王国は今迄かの国の侵入を許したことは無かった。
まず、四精霊の神殿がイルカーシュ女王国にはあり、それらを繋ぐように結界を発生させることが出来た。
そして、イルカーシュ女王国東の森の巫女は植物の精霊を支配する。
東の森は、踏破不可能な迷宮のような作りになっている。そのお陰で、東からの侵入は出来なかった。
北と西は海に面している。何度かそちらからも進軍はあったが、北の巫女は風を司る。敵国が帆船を使う限り侵入は出来なかった。よしんば抜けてくる船があっても、西の巫女は水を司る。北の巫女と力を合わせると、海に嵐を巻き起こすことができた。大抵の場合、これで撃退出来る。残った敵船の処理は、海軍の仕事だった。
また、南の巫女は火を司り、支配地より南は砂漠地帯となっている。
その砂漠地帯の東側に、協力国の獣王国がある。神聖帝国から南の地を支配するその王国は、個の力が凄まじく、軍事力において神聖帝国にも引けを取らなかった。
ただ、この数年で変化が起きた。
カーリアスが南部の領主になってから、南部及びその巫女も、王家と疎遠になった。
そして五年前、獣王国が帝国の手に墜ちた。
更に、今回の進軍。
内部からカーリアスが手引きして起こった事だ。
カーリアス達は、南から進軍して来る際に、自分たちの正当性を声高に叫んで各町を通過して来たらしい。
現在の王家は庶民に寄り添った政策を取り続けて来た。庶民は現王家の味方が大体多数だ。
当然、カーリアス達に対する反応は冷ややかなものだった。石を投げるものまでいたという。
だが、そんな反応をされていても、神聖帝国軍は略奪や殺戮などを行うことは無かった。
ただ静かに、反乱軍の後ろに控えていた。
不気味な事だが、カーリアスからの指示があった可能性が高い。
よって、カーリアスが死んだ事が判れば、何をして来るのかが判らない。
早急に対策を取る必要がある、と関係者一同が思い、悶々と夜を過ごしていた頃―――
冒険宿屋リズの裏口を、一人の少年が叩いた。
※ ※ ※
「アオ!無事だったか!」
リズに案内され、アオと呼ばれた少年は宿の食堂で待っていた。
「ギルス様もご無事で何よりです。大体の状況はリズに聞きましたが、サージャ様はまだ?」
立ち上がり、敬礼でもって返され、ギルスは頷く。
ギルスは、休んで一時間と少し経った頃、リズに『アオが来た』と叩き起こされた。
現状では、まだサージャは回復しておらず、ギルスに対応が任され、取り急ぎ駆けつけたわけだ。
「ああ。サージャ様はまだ動けない。緊急の要件という事だが、何があった?」
言いながら、アオの向かいに腰を下ろす。アオにも腰掛けるように促した。
アオも腰を下ろし、話し始める。
「では、ギルス様にご報告を。帝国軍が昨日より動き、今、王都より半日の位置に陣を敷いています」
「なんだと・・・!?」
「進軍がいつ行われたのかは不明ですが、恐らく王宮での戦闘があった最中に移動したのでは無いかと。戦闘終了後、偵察を出した所で、先程報告がありました」
偵察部隊とは、サージャ直属の部隊で、少年少女達で編成されている十二人ばかりの小さな部隊だ。直接戦闘には関わらないが、戦場での偵察、報告を主な任務としている。
とは言え、全員サージャの指導を受け、暗殺術をある程度まで習得し、半数以上がサージャからの指導を卒業している。戦っても強い少年少女達だった。
十二人、全員が孤児もしくは、親から止む終えない事情で引き離された子供達だ。
サージャもギルスもその手の子供達には滅法弱く、引き取っては面倒を見ているうちにこういう事になってしまった。
そして、そのサポートをしていたのが、やっぱり子供には滅法弱いリズ夫婦である。
リズ夫婦にとっては子供達、サージャやギルスにとっては弟妹達といった感覚だった。
その部隊で副隊長を任されているのが、このアオと言う少年である。
彼は五年前北の神殿で保護され、サージャの元にやって来た。同時期に他にも四人程保護されているが、リーダーシップに置いて他よりも抜きん出た物があり、よく周りを見て動く事が出来る子供だった。
サージャからの信頼も厚く、彼女が動けない際は、偵察部隊はほぼ彼に任されていると言って良い。
「アオ、地図はあるか」
「はい。こちらに」
懐から小さく折り畳んだ王都周辺の簡易地図を取り出す。
そして、王都と南の一番近い町を繋ぐ街道の、丁度真ん中あたりを指差した。
「この辺りに、五百程度の神聖帝国軍がおります」
「五百・・・」
通常の戦争であれば、五百程度の軍隊は恐れなくても良い。王都の大精霊の加護があれば数の不利など引っくり返せる。
だが、状況は変わった。
状況が変わる前―――昨夜の戦闘の際、ガルド騎士長は殆どの一般兵を参加させず、一般市民と共に避難させてしまっていた。
もちろん今回の件が無事収束したら呼び戻すつもりだったのだが、今回の反乱ではカーリアスが王都及び、王宮に率いた人数は百人も居なかったせいである。
残りの戦力は、王都周辺の南側を包囲するように展開されていた。
なるべく多くの戦力を温存し、カーリアスを押さえた後に反乱軍と相対するつもりだった。
女王が生きてさえいれば、呼び戻す間の時間は大精霊の加護で稼ぐつもりだったからだ。
杜撰な計画と言われればそれまでだが、女王が死ぬ事こそ想定外なのだ。
そして、現在王宮には肝心の大精霊が居ない。二週間程前に、クルド群島諸国に向けてカイル王子やライラ王女と共に旅立っていた。
今回の反乱で万が一にも大精霊本体を失ってはならないと言う、女王の判断だった。
次の大精霊を迎えに行くのにも丁度良いと、彼らをクルド群島諸国に任せた。送り出したのはサージャとギルスだ。西の港まで護衛し、港から船に乗せた。
よって、大精霊の力はアテに出来ない。
女王が生きていれば、離れていても力を引き出せたらしいが、今はそれも無理だ。
「アオ、こちらの戦力はどれ位だ?」
昨夜の戦闘でどれ程生き残ったのか、ギルスは把握していなかった。明日にしようと後回しにしたのが悔やまれる。
「およそ三十です。相手方は全て殲滅、及び拘束出来ましたが、こちらも全兵負傷しており、今は回復待ちです」
「となると、動けるのはお前達だけか・・・厳しいな。外の兵が何をしてくるか分からない」
「そう思いましたので、外の軍に睡眠薬を嗅がせて来ました。日がだいぶ上がる頃までは時間が稼げる筈です」
「・・・やるな、お前」
「いえ、動いたのは別の者ですよ。私は指示だけで、状況確認に走り回っていましたので。ただ、神聖帝国軍には潜り込ませられませんでした。今は監視を二名、付けているだけです」
「上出来だ。本当に助かるよ」
ギルスの賛辞に、アオは少年らしいはにかみ笑いで答える。
本当に優秀で助かる。手放しで褒めてやりたい所だ。
「ギルス様、ご相談があるのですが」
アオは真面目な顔でギルスを見た。
ギルスは頭を撫でそうになっていた手を慌てて引っ込めて、表情を改める。
「何だ?」
「サージャ様と、お逃げ下さいませんか」
ギルスは、アオの言葉に目を丸くした。
長過ぎました。バツンと切ります。
ストック切れました…!




