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終わりから始まる恋物語  作者: 梅干 茶子
終わりと始まり
10/60

リズとギルス


 リズの旦那は体格が良い。背丈はギルスより少し低いくらいだが、筋肉が凄かった。

 おかげで古着とはいえ、ギルスには丁度良いサイズだった。

 難を言えば、腰回りがギルスの方が細かった位だが、ズボンは元の服から抜いたベルトを締めて履いてしまえば、問題無い。

 ちょっと寸足らずだが、裾を折ってしまえばそういうズボンで通る。ブーツは無事だったので、そのままだ。

 着替えている時に脇腹の傷を思い出した。まだ、出血していた。


 「ギールスー!ちょっと手伝っとくれー!」

 「はいはーい!今行く!」


 呼ばれてしまったので、取り敢えず元の晒しをきつく巻き直した。少しは持つだろう。

 ざっと服を着て、隣室を出るとサージャに布団が掛かっていた。


 「悪いね、氷水が必要になった。あと、体温が高すぎる。氷枕もいるんだけど、ちょっと取ってきておくれ。それと、晒しを追加だ」


 枕元のサイドテーブルにあった水差しで布を濡らして、絞っていたリズから指示が飛んだ。


 「取り敢えず、その水差しに氷入れるか?」

 「頼めるかい?」

 「お安い御用」


 ギルスは水差しの中に氷を作り出す。


 「ありがとうね。助かるよ」


 ギルスの加護は水と大地、二つある。

 ただし、どちらも大した力ではない。水の加護は、水を氷に出来るだけだ。しかも、ごく小さい物しか作り出せない。辺り一面氷に出来る力なら使えたのだろうが、ギルスのそれはせいぜいコップに一つ、氷を浮かばせる程度だった。

 大地の加護は、己の求めている者が大地に身体の一部を着けていた場合に限り、その者の居場所が判る、というもので、これはサージャを助け出した時に大いに役に立った。

 ただ、気配察知に長けて来ると、戦闘中に使用する事は無い。少しだけ、集中する時間が必要だからだ。まして、木の上などに登られると分からなくなってしまう。

 今では人探しの時にしか使わなくなった。


 「じゃあ、水は瓶で持ってきて、氷を沢山浮かべておけば良いか?晒しと氷枕はカウンターか?」

 「いや、晒と氷枕は金庫の横の棚だ。氷水は、それで頼むよ」


 勝手知ったる場所とは言え、リズはちょくちょく物の置き場を変えるので、聞いておかないと長時間探す羽目になってしまう。


 「分かった。ちょっと行ってくる。サージャ様を頼むな」

 「任せときな。アンタが戻るまで、なんとしても保たせてやるよ」


 ギルスは部屋を飛び出した。




 ※ ※ ※




 結局、その後たっぷりこき使われて、サージャは何とか峠を超えた。

 ギルスは休憩を仰せつかって、隣室の机に突っ伏していた。


 「うー、あー。流石に、キツかったか・・・」

 「ギルス、あんたもコレ飲んで少し横になりな」


 目の前に、コトンと瓶が置かれる。

 回復薬だ。中級の。


 回復薬には、初級・中級・上級・高級・最高級の五種類がある。

 初級は、一般的なやけど、擦り傷、切り傷等の深くないものを治す。子供の怪我などに用いられ、一般家庭でも常備できる低価格品だ。

 中級は、それよりやや効果が上で、打撲、臓器を傷付けていない切り傷等も治せる。これは訓練中の兵士の怪我などに使用される。王宮の医務室には一番多く置いてある薬品だ。リズの宿屋にも常備してある。

 上級は、骨折も治すし、内臓に達する傷も重度で無ければ治せる。こちらは、戦場に出る兵士には必ず一本支給されるが、一般人にはちょっと手の届かない高級品である。

 高級は、ほとんどの外傷を癒やす。ただ、値段も恐ろしい。階級が上の役人や、身分の高い貴族等が持っている。あとは腕利きの冒険者か。

 最高級ともなれば、瀕死の重症をも治癒し、毒や病も治す。これを支給されたときは、流石に緊張した。恐らく、王族のみしか持っていないのではなかろうか。国庫にも十本あるかどうかという代物だ。


 「あんたの動きを見てたら、骨折は無いようだし、内臓も大丈夫そうだからね。せいぜい切り傷と打撲、あとは軽い火傷くらいだろ?」

 「よくお分かりで・・・」


 ギルスは苦笑して、中級回復薬を受け取った。


 「いただきます」


 一気に呷る。独特な苦みと甘みが口に広がった。そういえば、サージャはこれが大嫌いだったな―――と益体も無いことを思い出す。暫くすると、脇腹が強烈に発熱した。


 「・・・ぐっ!」


 思わず呻いて、脇腹を抑えてしまう。

 他にも体の各所が熱を持った。右肩の傷、打撲した手足、軽い火傷があったらしい頬に指先等。確かに大した怪我はない。中級で十分な傷ばかりだ。


 「・・・っさけねえ・・・」


 その回復にすら呻き声を上げてしまって、ギルスは眉を寄せた。

 なんだか今日は、自分に腹の立つことばかりだ。

 情けない。鍛え方が足りない。

 こんなんで、俺は本当に・・・


 頭を抱え掛けたギルスの顔面に、べちん、と冷たい布が叩きつけられた。


 「なんて顔してんだい。あんたのそれは名誉の負傷だろ」


 リズが腰に手を当てて、仁王立ちしていた。

 口調も態度も厳しいが、そこに込められた確かな優しさに、泣きそうになる自分が居た。

 手ぬぐいが落ちないように、顔に押し付ける。


 「・・・ははっ」

 「何笑ってんだ。ほら、立てるかい?」


 手ぬぐいで顔を乱暴に拭って、横まで来ていたリズを見上げる。


 「・・・立てない。リズ、手貸して」


 手を差し出せば、リズは嫌な顔をしながらも、肩を貸してくれた。


 「はぁ。まったく。成りばっかりでかくなっても、まだまだ子供だねえ」

 「俺、もう二十二だよ?立派に大人でしょ?」

 「そう思ってるのが、子供の証拠だよ」

 「おわっ!」


 ため息交じりにリズが返答したところで、備え付けのベッドに転がされる。


 ギルスは成人男性としては大きな方だ。身長も、体格も。

 対してリズは、背丈は標準だし年相応の恰幅の良さはあるが、普通のおばさんだ、とギルスは思う。


 割と本気でフラついた大きな男を支えてなお、その足取りは確かなものだった。

 結構な力持ちである。


 「まあ、あたしら夫婦の前で大人ぶる必要は無いからね。ここだけにしといてやるよ」

 「俺も、リズとおっさんの前で大人ぶるつもりはねーわ。部下の前でこんな姿曝したこともないけどな。今日はちょっと、色々あり過ぎた」

 「だろうね。サージャ様の高熱と外傷の回復は、少なく見積もって三時間。熱が完全に引いて動けるようになるには六時間はかかるよ」


 横になったギルスの傍に椅子を寄せて、リズはそこに座った。


 「さて、何があったのか話せるかい?」

 「・・・ああ」


 ギルスは今までの経緯を説明した。

 サージャと分断された事。助けに入ったら女王とガルド騎士長、カーリアス王子が死んでいた事。サージャが瀕死だった事。王の間が燃えた事。そこから脱出して来た事。

 手短に、淡々と事実を語った。


 「・・・とまあ、そんな感じだよ」

 「なるほどね・・・女王様が崩御なさったのか・・・これは、混乱するね」


 リズは床を見て何かを考えていた。ふと顔を上げて、ギルスを見る。


 「取り敢えず、これからどうするんだい?」

 「神聖帝国軍が、ここから一日の所に来ているらしい。サージャ様だけでも逃がさないと」


 ぱん、と膝を叩いてリズが立ち上がる。


 「よし、分かった。反乱軍の頭は潰してるんだし、伝令が飛んでも一日かかる訳だ。進軍してきてあと一日。猶予は二日だね。なら、大丈夫だ。サージャ様が動けるようになってから出ても間に合う」


 そう言ってギルスに毛布を掛ける。


 「アンタの猶予は朝までだ。しっかり休みな。朝からまた忙しいんだろ?」


 どこから出したのか、冷たい手ぬぐいをギルスの額に折り畳んで乗せるリズ。

 ギルスの持っていた方の手ぬぐいは、さっさと回収してしまう。


 「そうだな、朝になったら生き残りの確認をしないと・・・それから避難する人間の誘導を手配して・・・うん。俺達は夜に紛れて出るか」

 「まあ、そんな所だろうね。じゃあちゃんと休むんだよ」


 言って、リズは隣室に向かう。

 その背中に、ギルスは声をかけた。


 「なあ、リズ。俺、ちゃんと出来てるのかな?」


 サージャを死に掛けさせてしまった事、ギルスの中では本気で落ち込む出来事だった。

 何が護衛騎士か。守る対象の方が大怪我を負うなど、あってはならないというのに。


 避けられない事態に、分断された。

 暴走したのはサージャで、自分は後に残された。


 後顧の憂いを断つために残ったとはいえ、少し目を離した隙に最愛の人は死にかけていた。


 「俺、サージャ様の護衛騎士で、いいのかな」


 決して周囲には吐き出したことの無い弱音。


 強くあろうと思った。

 サージャを何者からも守れる様に、強くあろうと、自分を律してきた。


 だというのに、この体たらく。

 自分で自分が許せなかった。


 「自信が無いのかい?」


 リズは振り返り、ギルスに問いかける。


 「・・・」


 対するギルスは無言だった。


 はあ、と短いため息を吐いて、リズが続ける。


 「・・・あの状態のサージャ様を救えたのも、ここまで連れてこられたのも、命をつなげたのも、あんた以外には出来ない事だよ。これだけは断言できるさ」


 一呼吸おいて、リズが二カッと笑った。


 「よくやった。ギルス」


 言って、さっさと隣室に引き上げていく。 


 リズの背中が見えなくなって、ギルスは額の手ぬぐいを目元に擦り下げた。


 なんだかよくわからないが、胸が熱かった。


 「・・・やっぱ俺、子供だわ」


 口元には、笑みが浮かんでいた。

このシーンは変えられなかった。

リズ、やっぱいいなぁ。

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