プロローグ
※2019年10月23日 再掲載開始
全文書き直し
イルカーシュ女王国、と言う国がある。
その王国の歴史は、一千年前より始まる。
※ ※ ※
マザーラ大陸と呼ばれる場所があった。
緑豊かな大地。食物の恵みは豊富で、沢山の人や生き物に溢れていた。
その地には『精霊の王』が居て、マザーラ大陸全域に遍く恵みを届けていた。
その大陸の中心には、『精霊王の森』と呼ばれる大きな森林地帯があった。
周囲を川に囲まれた、自然豊かな土地であった。
精霊王の結界によって、外部からの侵入は不可能。
『精霊王の森』は中央に行くに従い木が段々高くなる、山のような形をしていたと言う。
森の中央に、精霊が集う『精霊樹』と呼ばれる巨木があった。
その木を守り、精霊と共に生きる人々を『イルカーシュの民』と呼んだ。
大地を育み、植物を育て、必要以外の生き物を決して殺さず、必要数以上増えない。
そんな規律の厳しい、ごく少数の民族だった。
彼らは皆、銀の髪に銀の目をしていたと言う。
また、大変に美しい容姿であったとも言う。
イルカーシュの民は、精霊達と言葉を交わすことが出来、力を借り受けることが出来た。
ある程度の年齢になると、力を授けてくれた精霊の輝きを、目か髪に宿すようになった。
風の精霊は『紫の輝き』を。
大地の精霊は『金の輝き』を。
水の精霊は『青の輝き』を。
植物の精霊は『黒の輝き』を。
炎の精霊は『赤の輝き』を。
そして、精霊王は、『特別な色の輝き』を。
民の長は女性だった。
中でも『特別な色に輝く銀の髪の女性』が長とされ、精霊王と言葉を交わすことが出来た。
『特別な色』が何色であるのか、後世には伝わっていない。
実際の色を見た者が居ないからだ。
一目見ればわかるとされるその色が、精霊王に祝福された女性だけが宿す『特別な色』だったと伝わっている。
その女性は一族の長となり、精霊王の巫女となり、その力をもって一族の安寧を約束した。
一代に一人、必ず現れて長となった。
同時期に二人居た事は無かったと言う。
長い間、イルカーシュの民は精霊樹の下で精霊王の庇護を受け、平和に、安寧に暮らしていた。
周囲でどれだけ人々の国が興ろうと、大きな戦争があろうと、大地が揺るごうと、一切関わることなく、彼らは平和に暮らしていた。
彼らイルカーシュの民にとって、それらは全て『外の世界の出来事』であった。
ゆえに、『幻の民』――――そう、呼ばれていた。
しかし、イルカーシュの民の平穏にも、いや、マザーラ大陸の平穏にも、終わりは訪れた。
※ ※ ※
ある日、行き倒れて川に流されていた少年を、イルカーシュの少女が助けた。
少年は、精霊樹を目指して旅をしていたと言った。
身体が回復し精霊樹を見た後も、暫く里に滞在した。
少年を拾った少女は、その後も甲斐甲斐しく少年の世話を焼いた。
少女は少年に外の世界の話を聞き、興味を持った。
少女は里の話を少年にした。
見目麗しい少女に少年は直ぐに魅了され、里ではあり得ない物事を話す少年に少女は頬を染めていたという。
二人で過ごす時間が増え、やがて二人は恋仲になった。
しかし、精霊王は少年を受け入れなかった。
精霊王は、少年に何か大切な使命があることを知っていた。
ゆえに、イルカーシュの民にはなれないと、受け入れることを否定した。
少年が里に滞在するのは今回限り―――
二人の仲は引き裂かれるはずだった。
ところが、大人たちの思惑を他所に、彼らは消えてしまった。
少年と少女は駆け落ちし、共に里を出てしまったのだ。
少年は、ガルガ帝国という、東の大国の王子だった。
ガルガ帝国は、イルカーシュの民の力を知り、その力を手にする為、襲い掛かった。
王子の名誉のために記すが、この主導は王子ではない。まして少女でもない。
飽くなき欲望に突き動かされたのは、当時の王だった。
王子は苛烈な反対行為を行ったため、地下に幽閉。
また、少女は身柄を拘束され、奴隷同然に攻略作戦に同行させられた。
王子の生殺与奪を握られた少女は、イルカーシュの里への入り方を洩らしてしまったのだと言われている。
精霊を使役できるとはいえ、イルカーシュの民は戦などしたことはなく、狩猟採集は自分たちの手で行ってきた。精霊達に生き物の居場所を教えてもらう事や、気配を隠してもらう事はあっても、その力で生き物を殺すことは無かった。
結界を破られてしまえば、必然的に、そこは大量虐殺の現場となった。
捕虜になったのは女子供で、男たちは殺された。
守る事しかできない、イルカーシュの民。
守るべき親愛を誓った相手が殺された、怒れる精霊達。
精霊たちは暴走し、ガルガ帝国軍を蹂躙した。
どちらの血も大量に流され、大地を染めた。
血に染まった森の中―――精霊王は、守るべき人々が、精霊達が、互いに相争う様子を見て、嘆き悲しんだという。
精霊王は、これは自分の存在こそが争いの火種である、と気づいてしまった。
そう、ガルガ帝国国王の目的は、他でもない。精霊王の力と、その使役だったのだから。
そして、遂に精霊王はその姿を隠してしまった。
イルカーシュの民を置き去りにして。
※ ※ ※
精霊王を失ったマザーラ大陸は、徐々にその恩恵を失って行った。
西の大地は枯れて、水の恵みを失い、砂漠になった。
北の大地は、火の恵みを失い、寒さに凍え凍てつく大地となった。
南の大地は植物の恵みを失い、干からびたり、大雨を降らせたりを繰り返し、やがて水没した。
東の大地は、ガルガ帝国を中心に精霊達の暴走を招き、森林に呑まれた。
精霊王に残されたイルカーシュの民は、二つに分かれた。
一つの民は、ガルガ帝国に降伏しその軍門に下った。
早い段階から精霊の暴走に気付き、森林の侵食域を最低限に抑え込む事に成功。
首都こそ移動する事になったものの、なんとか帝国は生き長らえた。
その功績で、かつての精霊王の森付近の自治を認められた。
一つの民は、西に逃れた。
砂漠にいた、古の大地の精霊と契約し、イルカーシュ女王国を起こした。
一千年前より、分かたれた民。
一方のイルカーシュの民の血は多数の民族と混ざり、薄くなってしまったと言う。
しかし、女王国となったイルカーシュの民は、その血を連綿と受け継ぎ、今でも上等な精霊使い達を多数抱えている。
千年経った今も、他国よりその戦力を狙われ続けるイルカーシュ女王国とその王家。
女王国では、二度と悲劇が起こらぬよう、東西南北にそれぞれ上位精霊を宿す巫女を置き、他国からの侵入に備えているという。
千年前とは違い、戦力を蓄え、今迄負ける事なく、国を維持して来た。
決して大国と呼べるほどの規模ではないが、少数先鋭の戦力を蓄えた。
周辺国には、精霊の恵みを分け、同盟を増やした。
また、攻め込み難い地形を精霊の力を用いて構築した。
難攻不落の女王国。そう呼ばれて久しい。
彼らの瓦解は、内側から齎された。
大地の精霊の寿命。
王子の反乱。
同時期に起こったそれらは、イルカーシュ女王国に激震を齎した。
流れは変えません。
全文書き直します。