夕日を追って、逝った
俺には変わった友人がいた。
その友人はいつも夕日を見ると他の事には目もくれず、夕日に向かって走り出してしまう奴だった。
夕日を目にした瞬間、「夕日ー!」と叫ぶかのように言って、いつも夕日を追っているやつだった。
そしてそのままそいつは、夕日を追って逝ってしまった。
何故、友人になったかはよく覚えていないが、初めて出会った時もそいつは夕日を追っていた。
俺はバイトの帰り道で、疲れて俯いたまま何かを考える事もなく家に向かって足を進めていた。
すると後ろから急に「夕日ー!」という声が聞こえた。
びっくりして振り向くと、後ろから走ってきているそいつが居た。
夕日だけに目をやり全速力で走ってくるそいつを避ける事が出来ず、俺とそいつはぶつかって転んでしまった。
俺がそいつに怒鳴るように文句を言うと、そいつはただただ夕日を見つめたまま「夕日が...。」と言い続けるだけだった。
更に俺が怒鳴るとようやくそいつは目が覚めたように夕日から俺に目をやり「あっ、ごめん」と謝ってきた。
その謝罪が適当に思えて俺はまたキレて文句を言ったが、そいつはそれを聞かずに息を切らしたまま何処かへ行ってしまった。
俺は去るそいつの背中に、また何か言おうとしたが疲れたのでやめて帰る事にした。
これがそいつと俺の出会いだった。
それから何度か「夕日ー!」と叫び、夕日に向かって走るそいつと遭遇し、もう一度程ぶつかってしまったりしていて、何故かいつの間にか友人というくらいの仲になっていた。
本当に今考えても、何故友人になったのか意味が分からない。
そいつは日暮という名前だった。
下の名前は覚えていない、というかそもそも知らない。
友人になってからも日暮は夕日を見るたび叫び、追った。夕日を追っている時の日暮は、夕日だけに気を取られて、時折、危ない目に遭いそうな時もあるくらいだった。
俺が止めても少しの間、夕日に夢中で、俺の声も聞こえていないようだった。
もはや理性を失っていたようにも思えた。
それほどまでに夕日に気を取られ、夕日だけに夢中な奴だった。
誰も止めたりしなければこいつはどこまでも夕日を追っていってしまうのだろうか。
俺と一緒にいない時の、夕日を追っている日暮はどこまで行ってしまうのだろうか。
そう疑問に思い尋ねてみると、どうやら体力があまりないようで、少しするとバテてしまい、そこで我にかえり追うのを終えるらしい。
こけてしまう事も少なくないらしかった。
日暮の体に多くのかすり傷があったのはこのせいであろう。
日暮は夕日を追っていない時もシンプルに少し変わっている奴だった。
奇行だとかそういうのも少なくはないが、シンプルに変わったキャラクターの奴だった。
小学生の少年のような奴だった。
良い事があると無邪気にはしゃいだり、しかもその良い事もアイスの当たりが出ただとかそういう事だ。
俺は日暮をたまに羨ましく思った。
こんな自由で純粋な人間になりたいと思った。
夕日という一つのものに夢中になれているという点においても羨ましく思った。
何度か日暮になんでお前は夕日を追うんだ、と尋ねた事があった。
その度に答えないまま不自然に流されてしまっていた。
その日も日暮は夕日を追っていた。
いつものように理性を失いさえして、俺が止めようとしても止まらず、ついには道路に出てしまい車に轢かれかけた。
ギリギリのところで轢かれずに済んだが、流石にこれはもう駄目だと思い、いい加減にしろと俺は日暮に怒鳴った。
日暮の身の事もだし、周りに迷惑をかけている事もだし、色々と叱るように言った。
日暮は「夕日が...」と言うだけだった。
近くのベンチに腰掛け、俺はまた日暮を叱った。
それでも日暮は落ち込んだように「だって夕日が...」と言うだけだった。
俺は呆れて「なんでお前は危ない目に遭ってまで夕日なんか追うんだよ!!わけ分かんねえよ!!理由を教えてくれよ!!」そう怒鳴った。
すると日暮は「だって」と話し始めた。
「夕日が、夕日を私だと思って私の事を思い出してねって言ってたんだもん。」
意味が分からず「は?」と聞き返す。
「いやだから夕日が、夕日の事を私だと思ってって。」
それでも意味が分からず何度か聞き返していくとどうやら話はこうだった。
日暮には昔、俺と出会う前に恋人が居たらしい。
「夕日」という名の恋人が。
しかしその恋人は病気で亡くなってしまった。
その亡くなる少し前にその夕日という名の恋人は、
「私が居なくなったら夕日を私だと思ってね。夕日を私の代わりにできるかは分からないけれど、夕日を見るたびに私を思い出せるように。夕日なら毎日見れるでしょ、毎日私を思い出せるように。」
そう日暮に告げたらしい。
だから日暮は夕日を、亡くなった恋人の「夕日」に見立て、太陽の夕日ではなくその恋人の「夕日」を追っているのだと。
夕日を見るたびその恋人を思い出し、衝動にかられ追ってしまうのだと。
その内容に中々に驚きつつも流石に危ないので、丁寧にもう一度注意すると日暮は落ち込んだように「気をつけるよ。」と言った。
でも結局それから一ヶ月と経たない内に日暮は消えて、暮れて、逝ってしまった。
あれからも何度も日暮は夕日を追い、命の危険程の問題こそないが怪我さえしてしまっている。その度に注意するがもうその注意も無駄で、夕日を追ってしまうその癖のようなものは治らないのだろうという事には日暮も俺も気づいていたのだと思う。
後になって知ったがその日は日暮の亡くなった恋人「夕日」の命日だったらしい。
その日、日暮の「海が見たい!」という一言で俺たちは海へと来ていた。
と言っても季節は秋も終わりに近づき冬がもうそこまで来ているくらいだったので、少しだけ海を眺めた後、すぐに「寒い、寒い」と二人揃って震えながらその近くにあったカフェへと入った。
俺はシンプルな珈琲を、日暮はカフェオレを頼んだ。
そのカフェからも海を眺める事ができて、日暮はしばらくカフェオレを口にしながら海の方を眺め続けていた。徐々に窓に入り込んで来る太陽の光を浴びて日暮の顔が照らされた。
こうして見ると顔も本当に少年みたいだなと思った。
少しして日暮は残りのカフェオレを最後まで飲み干し、「もう一回海の方行こう!」と元気良く言った。
「寒いだろ」と俺が言えど、日暮はもう行く他ないようだったので仕方なく着いて行くことにして、俺たちはカフェを出てもう一度砂浜へと降りた。
しばらく日暮はその海を眺めていた。その時の日暮はえらく静かであり、波の音がよく聞こえ、でもそれ以上に風の音が大きく、またその風により中々に寒かった事を覚えている。
唐突に日暮は「防波堤の先まで行ってみようよ!」と先程の静かさとは真逆のいつも以上にうるさく元気な声で馬鹿げた事を言ったので「やめておけ、凍え死ぬぞ」と言うと、「じゃあ少しだけ!」とまたいつも以上に元気に言って、駆け足気味に防波堤に登り少しづつ先の方へと歩いて行った。
俺は流石に寒かったので先には行かず防波堤を少しだけ行った前の方で待っておく事にした。まあそれでも充分に寒すぎたが。
日暮はしばらくのそのそと歩き続け、防波堤の半分程まで行ったところで、そろそろだな、と思い俺は日暮に「そろそろ戻ってこい!」と大きく言うと「うーん!」とこれまた元気に返答し、駆け足でこっちに向かってきた。
日暮がこっちへ戻ってきている事を確認した後、俺はあまりに寒かったので日暮を待つ事もせずに歩き出した。
少し歩いたところでもう一度振り返り、日暮が来ている事を確認して俺はまた歩き出した。
そしてすぐに防波堤の一番前まで辿り着いて、ここで日暮を待つか、そろそろ来るかな、と俺はもう一度振り返り、日暮がいる防波堤の先の方へと目をやった。
その日の夕日はえらく眩しく輝いていたように思えた。
眩しく輝く夕日が俺の目に入り、あまりの眩しさに目を細めた。
防波堤の先の方へとなんとか目をやり日暮の姿を探すとすぐに捉える事が出来た。
でも日暮はこっちへ向かって来てはいなかった。
逆に防波堤の先へと向かっていた。
日暮は夕日を追っていた。
真っ直ぐに伸びた防波堤を先の方へ全速力で走って夕日を追っていた。
それに気づき俺はすぐさま、呼び止めるような言葉を叫びながら日暮の背中を追った。
でももう遅かった。
「日暮ぇーーー!!!!!」
そう俺が叫んだ直後、
日暮が防波堤の先に着き、
勢い良く飛んだ。
そうして飛ぶと同時くらいの時、日暮が叫んだ。
「夕日ぃーーーーー!!!!!!!!!!」
直後、水しぶきが上がった。
そうして日暮は、夕日を追って、逝った。
あの時、日暮が「夕日ぃーーーーー!!!!!!!!!!」と叫んだ時、
日暮のその叫び声はどうも笑っていたように思えた。
その日も俺はバイトの帰り道で、疲れて俯いたまま何かを考える事もなく家に向かって足を進めていた。
すると後ろから急に「夕日ー!」という声が聞こえた気がした。
「日暮?」と思わず声に出して振り向いたが当然そこには誰も居なかった。
それにもうすぐ日が暮れる。
だからと言って俺は日暮が夕日を追ったのとは違い、日暮を追ったりはしない。
ただ今日もその日暮を眺めている。
最後まで読んでいただきありがとうございます。m(_ _)m
もう十一月も半ばになってしまい、また更新が遅れて申し訳ないばかりであります。
今回は恋愛物ではない方で書いてみました。
少し不思議で良い作品になったかなと思います。
また関係のない話になりますが、最近アニメ版が昔から大好きだった作品の原作小説「氷菓」と「四畳半神話大系」を購入致しまして、氷菓は読了、四畳半神話大系は最近忙しい為ものすごくローペースではありますが今読んでいる途中であります。
アニメとの違いとかも楽しめて良いものですが、忙しさで読むスピードが亀ほどに遅いのでもう少し読み終わるまでかかりそうです。
長文失礼致しました。
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