008
ダンジョンから出て5分としない場所にギルドはあった。立派な造りの玄関をくぐった先は大きなホールになっていて、ちらほらと冒険者がいるのが目に入る。
いつくかあるテーブルを占拠して何か話し合っているグループや、壁に掛けられた二つある掲示板の前で何やら吟味している様子の人達を眺めているとフィーネに腕を引っ張られた。
「ユーゴ、キョロキョロしすぎ。こっち来て」
「あっ、悪い」
いかにもRPG!ファンタジー!といった風景に思わずあちこち見回していた事を指摘され、何だかバツが悪くなる。
フィーネに連れられて奥に進むと、銀行や郵便局のような仕切りで区切られたカウンターが見た。ざっと数えて10個ほど窓口があり、その内の空いている場所へ入る。すると、すぐに和やかな笑みを浮かべた女性がやってきた。
「どういったご用件でしょうか?」
「魔結晶の買い取りをお願いします」
フィーネが言い終わるなり、俺はリュックをカウンターの上にドサリと置く。その重量に女性が一瞬目を丸くしたのが見えた。
「………、畏まりました。査定してまいりますので、少々お待ち下さい」
「はい。お願いします」
女性が奥の部屋へリュックを持って行くのと同時に、一人の男が近づいてきた。
「ねえ、お嬢ちゃん。沢山拾ってたみたいだけど、どこで見つけたんだい?」
「えっと、それは………」
「ああ、3層で偶然見つけたんだ。本当に運が良かったよ」
フィーネの言葉を遮って笑顔で言う。男は怪訝そうな顔をするが、すぐに愛想の良い笑みを浮かべる。
「そうか、それは良かったね。僕も運が良くなる事を祈るよ」
そう言うとすぐに男は立ち去った。男が離れた事を確認してから小さく息を吐く。
「ねえ、なんで嘘ついたの?」
俺の様子が少し違うことに気づいてなのか、フィーネがそっと小声で尋ねる。
「なんでって、俺たちが稼ぐ前に他の人に魔結晶持ってかれたら困るだろ?」
「うん。そうだね、でも………」
チラリとフィーネはさっきの男に視線を向ける。年齢は十代後半ぐらいだろう。彼が駆け出し冒険者だと一目で分かる。明らかに装備品や仕草、態度がこの場にいる他の冒険者と比べて浮いていた。まあ、浮いているのは俺たちも同レベルだけれども。
彼も中々稼ぐ事が出来なくて苦労しているのだろう。それで、冒険者未満な見た目の俺たちが沢山魔結晶を拾えていると分かれば、その方法を知りたくなるのは道理だ。だからといってタダで教えるわけにはいかない。こういう場所では情報だって金になるはず。
フィーネとしては彼の手助けをしたいのだろうけど、俺はそんな他人の事より自分の事の方が大切だ。理由に納得していても罪悪感を感じているのか、シュンとした様子のフィーネの頭をワシャワシャと撫でる。
「他人より自分の事を優先にしろ。………でも、まあ、形見取り返した時には教えてもいいだろ」
「っ!うん!ありがとう、ユーゴ」
「どういたしまして」
パッと顔を輝かせるフィーネに満足して、手を離した。
強く撫ですぎて乱れた髪を「もう、ユーゴ撫ですぎ!」と文句を言いながらフィーネが整えていると、査定が終わったのか受付の女性が戻ってきた。
「お待たせしました。こちらが査定結果です」
そう言って一枚の紙を差し出してくる。文字らしい記号が羅列されているが、やはりさっぱり読めない。けれど、何かその文字に少しの違和感を感じる。が、その違和感の正体について考える前に女性の声で思考が打ち切られた。
「五等級魔結晶が6.83リラ、四等級魔結晶が4.48リラ、三等級魔結晶が65グロム。合計で銅貨73枚となります。ご確認ください」
フィーネがトレーの上に並べられた銅貨を確認し終えるのを待っていると、視線を感じる。サッと周囲に視線を巡らせると、さっきの男だけじゃなく駆け出しらしき風体の人物が数名こちらを注視しているのが分かった。
この後本当に1層目の地図は無いのか調べるつもりだったけど、こんなに興味を引いている中で迂闊に情報は出せない。
(仕方ない、大人しくマッピングするか………)
内心ため息をついていると、確認が終わったのか財布代わりの革袋に銅貨を詰め込んでいる。それが終わりフィーネが革袋を鞄に仕舞うと、受付の女性は魔結晶を入れていたリュックをそっとカウンターの上に出された。
それを受け取り背負うと「他にご用件はございますでしょうか?」と声が掛けられる。
「いえ、ないです。ありがとうございました」
「畏まりました。またのご利用お待ちしています」
好奇の視線を少し感じつつ、俺たちはギルドの外に出た。
その後、古着屋で俺の服一式を2セット、靴というか古代ローマ的なサンダルを一足、古道具屋で俺用のリュレアを1つ、そして簡素な手帳と鉛筆のように黒鉛を使った筆記用具を1つを合計銅貨93枚で買い揃えた。
日本にいた時でも古着を買った事のない俺としては、本当に着古された事が分かるレベルの古着を着ることに抵抗感があったけれど、新品が安くても銀貨1枚と聞けば大人しく古着を買うしか無かった。
筆記用具が結構発達しているらしく、想像より紙が安くインクだけでなく鉛筆に近い物があって本当に良かった。
そして市場で数日分の食料を購入し、この街の中心だという広場にやってきた。
朝通った時には人気が全く無かったのが嘘のように、大勢の人で賑わっている。フィーネ曰く仕事終わりに一杯引っ掛ける場所、との事で幾つもの屋台とそれを食すためのテーブルが並んでいるのが見えた。
「じゃあ、買ってくるから待ってて」
「ああ、行ってらっしゃい」
その中で空いていたテーブルを確保して、フィーネを屋台へ送り出す。どうしてここにいるかと言うと、買い物を終えると七の鐘が鳴る時間になっており、家に帰ってから夕飯の支度をするのは面倒との事で外食をしようという話になった。
こんな時は小さいフィーネを休ませて俺が買い出しに行くべきなのだろうが、どんな料理があるのかさっぱり分からないので大人しく席取りをしていた方が失敗しないだろう。そういう事で、フィーネが戻ってくるまでの間これからの資金繰りについて考えることにした。
(生活費を除いた資金が昨日時点で銀貨2枚と銅貨55枚。で、今日の稼ぎが銅貨73枚。諸々の支出が銅貨93枚………。今の手元は銀貨2枚に銅貨35枚か)
さっそく今日購入した手帳の隅を使って計算する。
(今日の方法で稼げること分かったし、これ以上装備に投資する必要は無いかな。とすれば、目標金額まで銀貨15枚と銅貨15枚か。今日と同じぐらい、1日銅貨70枚稼げれば22日で目標達成………。確か期限は26、いや今日を除けば25日か。うん、これは結構いけるんじゃないか?)
そう結論付けて手帳から顔を上げると、戻って来ているフィーネとちょうど目があった。
「お待たせユーゴ」
「ああ、フィーネおかえり」
テーブルに広げていた手帳と鉛筆もどきをリュックに仕舞うと、フィーネが手にしていたトレーが置かれる。
木彫りの大きな皿には香ばしい香りが漂う揚げ物といつものパンが2つづつ入っていて、2つの木彫りのコップには爽やかな香りがする薄い橙色をした水が入っていた。
「いただきます」と声を合わせて言うと、早速揚げ物に手を伸ばす。サクリとした衣の中に食べ覚えのある肉が現れる。ここに来てから毎食に出ていると思われる鳥肉だ。
ここの主食が鳥なのだろうか、と考えながらフライドチキンもどきを食べる。見た目は似ているが衣や味付けがだいぶ違っていて新鮮さを感じる。
口の中が油っこくなってきたので、一旦フライドチキンもどきを食べるのを中断しコップを手に取り中身を飲む。すると柑橘系の爽やかな酸味と微かな甘味が喉を通り抜けた。オレンジみたいな果物の果汁を水で割っているのだろうか。
俺が一息ついたのを見てフィーネが話しかけてきた。
「ねえ、ユーゴ」
「ん、なんだ?」
「さっき手帳に何書いてたの?」
「ああ、目標金額までいくらか計算してた。今日と同じ額を稼いでいけば、目標達成できるよ」
「そっか!良かったぁ!」
それまで不安があったのか、俺の言葉に安堵の笑みを浮かべた。が、すぐにその表情が曇る。
「どうしたんだフィーネ?何かあったのか?」
問いかけに静かに首を横に振る。沈痛な面持ちで考え込んでいるフィーネに何も言えずじっと見守るしかできない。
しばらく沈黙が続いた後、考えが纏まったのかゆっくりとフィーネが口を開く。
「………ユーゴ。ユーゴは元の世界に帰りたい?」
「え?」
その言葉に頭が真っ白になった。