007
ダンジョンの前には昨日と同じように沢山の冒険者が既に集まっていて、ひっきりなしにダンジョンへと入っていっている。
折り目の付いた使い込まれた大きな紙を広げて、何やら相談しているパーティが目に入り、疑問が浮かぶ。
「フィーネ。この中の構造って複雑なのか?」
「うん、まあ、迷路みたいになってるって聞いたことあるし」
そこまでは俺も昨日の道を思い出すだけで分かる事だ。
「その、フィーネはこのダンジョンの地図を持ってるのか?」
昨日、通った道は整備されていて他の道と一目で違いが分かるから迷う事は無かった。けれど、側道の奥を探索するとなれば地図の有無は生死に関わってくる。
「えっと、持ってないけど?それがどうしたの?」
そのキョトンとした様子のフィーネに事の重大さに対する認識の違いを感じ、深い溜息をつきそうになるけれどぐっと抑える。
「じゃあ、ダンジョンの地図って売っているか?あるなら買っておいた方がいいと思うんだ」
俺の言葉に少しフィーネは考え込む。
「………多分、ギルドで売ってると思うけど、1層の地図は無い、と思うよ」
「そうか、まあ、そうだよな」
探索対象に思われてない場所だから、地図なんてあるはずがない。だからこそ向かうのだが。
「どうしてそんなこと聞くの?」
「地図があるとまず迷わないし、行ったことのある場所かどうか記録できるだろ?既に探索した場所をまた探索せずに済む。それで効率的に探索出来るようになるってことだ。だけど、まあ、無いなら無いで、今日のところはこのまま入ろう」
「………うん、そうだね。早く行こう」
一度何かを言いかけてから、そう言ってフィーネはダンジョンへ歩き出した。慌ててフィーネの横に並んで声を掛ける。
「あと、今日は地図も無いし、試しってことだから、道が別れた時は常に右手の道を選ぶってことでいいか?」
「うん。それでいいよ。あたしなんかよりユーゴの方が賢いんだし」
「そ、そうか」
淡々としたフィーネの言葉にどう返答したらいいか分からず曖昧な返事をしながら、俺たちはダンジョンの中へと再び入っていった。
「だいぶ暗いな………。フィーネ、何か灯りになる物はないのか?」
最初に見つけた側道に入ってしばらく進むと、元の道からの光も微かにしか届かなく足元が覚束ない。3層では側道に入ってもこんなに暗かった覚えはないから、あそこは灯りが設置される程にはよく人が通る場所だったのだろう。
「分かってる。ちょっと待って」
暗がりの中、おそらく鞄の中を漁る音が聞こえた後、カチカチという何かダイヤルを入れるような金属音がしてゆっくりと周囲が照らし出された。
「よし、ちゃんと点いた。これで大丈夫だね」
フィーネの手に下げられたランタンの様な物が光を放っていたが、俺の知っている物とは全く違う。それはガラスみたいに透明な筒の中心で炎が揺らめいていた。
「フィーネ………それはなんだ?」
俺が呆気にとられながら尋ねると平然とした様子でフィーネは答える。
「何って、リュレアだけど?」
「リュレア………?」
「えーと、簡単に言うと、照明用の火を灯す魔術具」
「………魔術具」
こういうファンタジー世界ではマジックアイテムは希少な物だという先入観があったから、フィーネが魔術具を持っている事に驚きが隠せない。
「ほら、形は違うけど家にもあるし、ここの照明もそうだよ。ユーゴ気づかなかったの?」
「ああ、全然気にしてなかった。………魔術具ってことは魔力を使うんだよな?フィーネは魔力多くないんじゃなかったか?」
「それは魔結晶があるから問題ないよ。じゃないと皆使えないじゃん」
俺が頭に疑問符を浮かべていると、フィーネは俺に一歩近づきリュレアの説明をしてくれた。
「ここに魔結晶や魔石を入れるの。それで、このツマミを回すと魔法陣が形になるから、ここに入れた魔石分の魔力が続く限り魔法が起動してくれるんだ」
フィーネがリュレアの傘の部分にある蓋を外すと、中に魔結晶が入っているのが見える。
「これって魔石からの魔力じゃないと使えないのか?」
「そういうわけじゃないんだけどね。自分の魔力で起動させ続けるのは面倒だから。ずっと魔力を込め続けないといけないし、ずっと持ってるのは面倒でしょ?」
そう言うとフィーネは革紐を使い、リュレアを首から下げて見せた。
「ああ、片手が塞がるのは不便だ」
この世界では魔力というのは、電気のようなエネルギーとして普段の生活にも普及しているのだと理解する。そして魔石は電池のような役割なのだろう。今まで魔石に需要がそんなにあるものかと薄々疑問に思っていたが、これで納得がいった。一部の魔術師だけが欲しがっているわけじゃなく、ほとんどの人間がエネルギーとして必要としているのだから。
「ところで、そんなに近くて熱くはないのか?」
フィーネは笑ってコツコツとガラスの様な部分を叩く。
「大丈夫だよ。そもそもあんまり強い魔法じゃないし、ルクリアは熱くなりづらいんだ」
「そういうもんなのか」
「そういうもんなの」
そう軽口を交わして、俺たちは更に道の奥へと進んでいく。
整備されてない真っ暗な道をたった一つの灯火だけを頼りに歩くというのは、中々に緊張するものだった。
暗がりで見えづらい石に躓いたりしながら進んでいると、時たま灯りに魔結晶が反射してキラリと光るのが見えるとたまらなく嬉しくなる。その光が見えることを期待しながら、最初に決めた通り分かれ道は全て右を選んで奥へ奥へと進んでいく。
10分歩いて1個見つけていたのが、10分に2個、3個、4個と奥に進むにつれてだんだんと見つかる魔結晶の数が多くなる。
「フィーネ、これは当たりなんじゃないか?」
「そうだね!こんなにいっぱいあるなんて想像して無かったよ!」
少し興奮した様子のフィーネの返事を聞きながら、俺は落ちている魔結晶を拾っていく。この辺りにはざっと見ただけで20個近く光が反射しているのが見えた。
(灯りが一個だけだと探しにくいし、もう一つリュレアあった方が良いよな………。あと、こんなに複雑なんだし、やっぱマッピングした方が良いか)
そう考えながら黙々と魔結晶を拾っていると、遠くから微かにゴーンゴーンと今日何度目かの鐘の音が響いてきた。その音の遠さから、かなり奥まで進んでいたと実感する。
「ん、五の鐘鳴ったしお昼ご飯にしよう」
「そうだな。ずっと動きっぱなしだったし休憩しよう」
正直なところ、朝からずっと動き回ってるのにも関わらず空腹を感じていない。けれど、疲労は多少感じるので休めるのはありがたい。
それぞれ持ってる革袋から俺のリュックへと集めた魔結晶を移し替えたあと、地面に置いたリュレアを中心に腰を下ろす。
「はい、ユーゴ」
「ああ、ありがとう」
植物の葉で包み紐で縛って作った弁当と革袋の水筒を受け取り、弁当の紐を解く。中にはタコスのように肉と野菜を炒めた物を包んだパンが入っていた。
「いただきます」
タコスもどきを頬張れば、甘辛いタレと肉の旨味が口の中で広がる。
「はぁ………うまい………」
「ふっふーん。そうでしょ、美味しいでしょ!これ母さん直伝なんだ」
そうフィーネが自慢げに笑うのが、とても微笑ましい。
「ああ、凄く美味しい。フィーネのお母さんは料理が上手いんだな」
「うん。自慢の母さんなんだ」
手早く昼食を終えて一息ついた頃には、さっきまで感じていた疲労感はすっかり消えていた。
「っと、これからどうする?」
ご飯を食べた事で緩んでいた気を引き締めて、フィーネに尋ねる。
「大体は七の鐘で店仕舞いを始めるから、六の鐘までは引き続き石集めで。鳴ったらすぐ出る。それで、ギルドで石売ったらお買い物に行こ」
「了解。じゃあ、頑張って集めますか」
そう返事をすると、再び魔結晶を黙々と集めだす。
そしてあっという間に六の鐘が鳴る時間になり、ダンジョンから出る時には俺のリュックの半分以上が魔結晶で満たされていた。