彼女の名前は葉子だった
「後ろがないのよ。」
「後ろが無い?」
「あのね、マリオのゲームいやロックマンでも良いや・・いやロックマンは違うかな」
「ゲームの話し?」
木漏れ日が温かいを通り越し、モスグリーンのカーディガンを羽織って来た事を、絵美は悔やみつつ
アイスティーをストローでくるりと掻き回す。
深夜、いやあれは明け方だ
宵の明星がきらりきらりと輝くなんてレベルじゃない。
既に空が白んでいる頃に、絵美は眼前の親友のメールにより
心地良い眠りのラストスパートから、アラーム音とは違う
浮かれた着信音によりフィナーレを切ったのだ。
内容は、紛いもなく切羽つまったもので
彼女は元来。そう、マドラーを薄く掻き交ぜる爪先の様に
ごちゃごちゃとメールすらもデコレーションしている。
しかし、明け方に見たメールは
何度も短い文面を見直しざるを得なかった
質素な画面には、
件名:Re2:Re2:Re2:Re2:来月の28ってさぁ
04/16 04:29
本文
えみりんやだこわいたすけて
と言う一文がまだ、薄暗い室内を陰欝な空気と共に照らし出していた。
ただならぬ、事態を予想して彼女のリダイヤルへと指先を急かし慌てて耳に携帯を押し付けたが、通話中を表す電子音を数回聞いただけだった。
十数分間繰り返し、彼女にメールで言伝をすると
私は、睡眠を再開させ、今に至る。
「ちょっとえみりん!聞いてるのぉお?」
彼女の熟れすぎた果実みたいな唇に乗せられた言葉と
からんと、アイスティーの氷が鳴ったのは、ほぼ同時だった。
生憎、私はあれからレム睡眠に切り替わり睡魔の群れが脳内でクラシックを奏でている。
予断だが睡魔のお陰で今日の授業も散々だった。
「で、マリオをやってて寝不足な訳?」
また、氷がからりと鳴る。
彼女は屈託の無い表情から、刹那、戸惑い、今度は青ざめた。
長年の付き合いの彼女が、こんな表情をするなんて
私は自分の記憶を揺り起こしたが、睡魔と共に記憶は眠っているらしい
「えみりん・・・あのね、変なやつって思わないでね?」
「うん?、何よクッパが怖かったとか??」
彼女はそれでも、躊躇いがちに口を開いた。
「あのね、マリオとかって前には進めるじゃない?」
またマリオかよと、うんざりしながらも私は口を次ぐんでみせる。
「でも、後ろには引き換えせないじゃぁない?どんどん画面がこう、マリオに迫ってきて前いた場所を削って削ぎ落とすじゃない・・・私もなの」
そう、言えばそんな、システムも在った様な気もするが、いやに冷えて来た室内に肌を震わせる
「最初はね、ホントに些細な事なのよ、レシートが消えたりとかゴミが消えたりとか」
それは、あんたが捨てたんでしょ?を私はまた飲み込んだ。
「次にね、高校の同じグループのアユとか、香織とかがね私の存在忘れたのよ・・・覚えて無いって訳じゃないの知らないって・・・」
私の記憶では、アユや香織が彼女と同じグループにいた記憶は無い、ただの勘違いでは無いだろうか
曰く、彼女は自分の過去が消えて行くと言っていた。
曰く、彼女は持ち物であったり、人の記憶だったり、全てが現在と共に、ばっさりと切り取られていくらしい。
曰く、昨夜はバイト先の居酒屋で自分のシフトがまるごと消えていて全てのスタッフにお客様扱いされたらしい
どんどんと、彼女の気付かない内に制限時間は迫っている。
私たちの想像するより、ずっとずっと早く
私は彼女の前に置かれていた。
お変わり自由の珈琲カップが跡形も無く、消えた事を言えずにいた。
彼女を表す、彼女だと示す名前が思い出せなかったのだ。
そして、ふと思い出す。
彼女から明け方貰ったメールは
何故彼女だとわからなかったのか・・・
部屋が暗かったから?
いつもの絵文字や、デコレーションがないからか?
私は携帯を開くと、自分の目を疑った、疑わずにはいられなかった
宛先
件名:Re2:Re2:Re2:Re2:来月の28ってさぁ
04/16 04:29
本文
えみりんやだこわいたすけて
宛先には誰の名前も標示がなかったのだ。一文字も彼女を示す言葉はない。
すっかり、薄まったアイスティーを一口飲むと
目の前にいる、見ず知らずの彼女に会釈をした。
最後迄飲みほすと、女は消えていた。いつの間に消えたのだろうか音もなく静かに消えていた。
私が見ず知らずの女の分もお代を払うのかと、ケチ臭い事と至極当然な事を思いつつ店を出た。お代は一人分だった。
空は、向かう所的なしの青空で、何故長時間一人でファミレスにいたのだろうと、冷房で鈍った体を空に向ける。
ふと、何故か寝不足な頭でマリオを久しぶりにやりたいと思ったが、家につく前にすっかりそんな事を忘れてしまった。
読んで、いただきありがとうございました。何だか設定と、ラストがわかりづらいような気がしますが、愉しんで頂けたら幸いです。彼女の名前は一応、葉子です。全国の葉子さん済みません




