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しらゆりのゆびわ  作者: 優月黒乃
3/7

【chapter1-2】

「鉄クギ34にビンの破片7。ざっとコイン33枚か...ノルマは超えたな」

下民層サイド街通り、33_5番地周辺から最寄りのゴミ溜め場での鉄屑回収は

毎日30コインがノルマと決めている。

今日はやけに寒かった。

まあ熱いよりはいいのだ。なんせゴミが腐って鼻が曲がる。

それに寒さは、“あの記憶”を強くとどめて置ける。

さあ家族のもとに帰ろう。

妹の縫ってくれた服は、ツギハギで隙間だらけだったが温かった。

捻り曲がった錆びたレールをまたぎ、小石の山に足を置いた。

帰りもしっかりと鉄屑を探して歩く。すこしでも多く、すこしでも…

路地裏の悪臭漂う廃ビルの陰がふと目に留まった。

「――おい、金出せ。」

治安は最低。無法地帯の下民層は法律など無効。

「ないです…」

見れば男がとても綺麗な女性から金を巻き上げているではないか。

よく見ると妹と同じくらいの髪をまっすぐに降ろした女だった。足元の小石の山がばらっと崩れた。気づいたときには怒りが込み上げてきた。なぜか頭の中で姿を重ねてしまった。構わなくていいんだ。早く帰ろう。すこしでもお金になる鉄屑をさがして。帰ろう。

「あんだろ、殺すぞ」

大人の男は女の首に細い鉄の棒を突きつける。先端が尖っていた。女が唸り声を上げ、体を大きく震わせる。僕は、足を止めた。

「うぅ…!!」

もうすでに制御はできなかったのだ。いつしか女は妹の“トルマ”にしかみえなくなっていた。

俺は男にスタスタと歩み寄った。

すると思いがけないものが目に飛び込んできた。突然の出来事で硬直する。

きっとこの男にはわかっているだろう。臭いなぁ。

「んぁ、んだガキ…こいつの連れか?」

あきらかに歳も身分も違うのに。臭いなぁ。

「…“俺”は“臭いもの”は“きらい”だ」

鋭く睨むと男は眉間に皺を寄せた。

「お、おい、お前殺すぞ。なんだその目は? あぁあ?!!! 」

女に鉄棒を突きつけたまま首を右手で首を絞めてきた。が。

「お前が。」

ポケットから刃渡り数センチの折り畳みナイフを取り出し、男の指を、断った。

「え、」

ぽろりと落ちた第一関節はぴしゃっと土を赤く塗り、残ったほうからは血液がドクドクと流れだす。が構わず、男の首に鋭利ナイフを突きつけた。

「今日、盗った金全部出して。おにいさん、3秒でやらなきゃ。」

「ああ、あ、あああ、ユビガ、ああ…!!」

男はすぐにポケットから銀貨を取り出し、発狂しながら走り去っていった。きっと治療もできず切り口から菌が入って3日も経たず死ぬだろう。ここはそういう世界だ。

「あ、あの…助けてくださって…」

「違う。金がほしいだけだ。」

嘘はついていない、金を巻き上げている奴は大金を持っている場合が多い。今回は銀貨だったが、金貨を取り上げた時もあった。鉄屑回収でボロ金を集めるなら大人狩りした方が儲かるし、効率がいい。

「あんたも金あるなら出せよ。」

冷たく言い放つ。これも本心だった。

一瞥すると首を振っていた

「ごめんなさい、無いの。」

「そうか。じゃあな」

女の瞳が揺れた。たまたま見えた。

「まって、せめて名前だけでも。お礼が―」

「みればあんた、貴族か王族だな。僕、みたいなゴミ人間に金出すくらいなら治せよ。」

顔が上がった。僕は早く帰ろうと思った。菌が移ったら大変だ。

女は目を丸くして、何も言わなかった。やがてうつむいた。

「黴が発生してから3年も経ってんだ。富豪層では直せる方法あるんだろ。俺の妹が黒黴病だ。礼はいいから特効薬もってきてくれよ。名は『アスベルク=ネル』。じゃあもう会わないことを願う。」

寂しそうな顔が静かに上がった。

その時また『アレ』が目に入る。やはり――黒い“黴”だった。

返事は待たない。名前を呼ばれた気がした。だから。

「臭い」

それだけ言って

なにも考えず俺は腐った街を、家に早く帰るために、再び歩み始めることにした。



「ただいま!!」

元気な声が聞こえたのはトルマを寝かしつけたすぐ後だった。

「しーっ」

「あっ、ごめんごめん…」

弟は声を潜めた。

「おかえり、」

微笑みかけ、煤と埃で汚れた顔を拭いてやる。その時、血が香った。

「兄貴。銀貨。」

もちろんネルが大人狩りをしてることは知っている。そしてネルも、ばれていることを知っていた。だから隠さないし、『そういう世界』で通ってしまう。ひどい世界であり、そういう世界だ。

「そっか。死ぬなよ。」

「うん。」

優しく頭を撫でる。

しかし、いつものように“アスベルク”は笑わなかった。

壁の一点を見つめ、ルーチは強く何かを感じた。

「アスベルク」

「兄貴、王族が居た。」

理解するのに数分の沈黙を要することとなった。

背凭れのない虚空を長く浮遊した。手のひらから伝わる髪の毛の感触と、冷たい土の感触。それを取り残して、僕はしばらくその言葉の汁を吸う。呼吸を一つ。はぁ。

ああ。そうだったのか。

全て本当だったんだな。

王族。

こんな辺鄙なスラム街へ、


ようこそ。


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