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しらゆりのゆびわ  作者: 優月黒乃
2/7

【chapter1:薔薇】

ある下民層の夜。路地には動物の死骸が溜まる。不衛生なゴミ人間どもの喚き声に、外層から流れてくる残飯、排出物、腐物。ビニールシートとそれを支える錆びた鉄の棒。

環境は言わずとも最悪。


でも。


「おにいちゃん…」

「兄貴…」


両手だけは温かかった。


「大丈夫、僕が…」


守る―――そんなこと。


この小さな僕にはできっこない。


でも、 この両手に感じる小さな命の鼓動。


「守る。」


それは保証なんてないのに。


「知ってる。」

「うん」


まだ、両手が暖かいから、この小さな灯火を吹き消されないように


血のついた僕の服と、倉庫の外から漏れる雪風は



いつもより、くさかった。


【chapter1:薔薇】


「ただいま」

旧ビル群サイド街通り、とある下民層の地区。王族層の白城正面からみて真左に位置する。

「ルーチ、お帰り。」

木の棒と土とビニールシートで作った家に入る。

地面にはボロ布を敷いている。がそれも土と同化していた。

「ああ、トルマ。今日は、大丈夫か?」

木のベッド。いや、木の箱に綺麗な布を敷いただけの、もはや背もたれの無い椅子に、最愛の妹である“トルマ=ネル”が座っている。

「うん、今は落ち着いてるよ」

「寝てなくて大丈夫か? 寒くないか?」

「んと、なんだか寝れなくて」

トルマは目を細めて苦笑する。

「ごめんな、トルマ...そんな...固いのしか用意できなくて...」

彼女の姿に自分の無力さでいっぱいになる。もっと柔らかいベットだったらゆっくりと休むこともできたかもしれないのに。

「ち、ちがうよルー…」

「トルマ?」

言い切らぬうちに、彼女は突然うずくまった。慌てて駆け寄る。

「トルマ!」

トルマはいきなり咳き込んだ。木の箱はカタカタ…と音を立てる。高く悲痛な咳だった。のどの皮が裂けてしまいそうなそんな音だった。

「ルーチ…大丈夫だよ」

トルマは笑った。髪がするりと額から落ちた。その時だった、見たくないものがみえてしまった。前髪に隠れたそれは、人体寄生吸命黴≪じんたいきせいきゅうめいかび≫。

それは油性の黒ペンで雑に塗りつぶしたように広がっていき何年もの時間をかけ、寄生した人間を殺す。

「大丈夫、ルーチ。あまり近寄っちゃ...」

「いいんだ、辛かったら言えばいい。寒かったら寄っていいって、いつも言ってるだろ」

「でも感染者に接触するとルーチも...」

そう、【黒黴病】の感染者と接触しすぎると感染してしまう。原因はスラムに捨てられる外層からのゴミだ。

ゴミに黴が付着していると、それが人間に寄生し生気を奪う。人間が死に、死体に黴が付着する。付く、死ぬ、付く、死ぬ、といった悪循環で一瞬のうちにスラム街に広まったのだった。


しかし、直接人間から“うつった”場合は例外。


症状の進行速度が、12倍になる。

例えば感染主体の黴の進行が、感染から死ぬまで24日かかるとしよう。

それが。2日だ。

未だに特効薬は無し、たとえ完成したとしてもこっちまで回ってこないだろう。

黒黴病はスラム以外でも発症しているのだ。

どうせ下民層など国のゴミくらいにしか思っていない。

そんな人間に薬を出すくらいなら働ける人間を治す方が効率がいい。

怖ろしい世界だ。

でも、その患者を、妹を隔離なんてできない。何倍でも、もう即死でもいい。

せめてもあの夜に誓った思いには、自分には嘘をつきたくない。


「守る。」

面被って大丈夫そうにして。辛いのに。死にたいのに。

僕はただ、それだけで、妹だけで、スラムを生きてる。


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