菊池裕太その1
眠りに落ちるのにさほど時間はかからなかった。
大学と家を行き来する毎日。身体的にはそんなに疲労はないはずだが、単調な生活は私の精神の方を徐々に蝕んでいた。何時間眠っても疲れがとれないような日々が続く。
これから、自分は一体どうなっていくのだろう。
将来働いている姿が全く想像できない。
ああ、つまらない。
それが、眠りに落ちる前に最後に考えた事だった。
意識が急に目覚めた。
憂鬱に朝を迎えることに違和感を感じなかった。それが正常であった。しかし、今朝はどこか違う。違和感に身体を包まれているようだ。
まず、目を開けようとしているのに目は開かない。身体を動かそうとしても、指一本動かせない。金縛りかと思ったがそうでもないようだ。この現象に対して考察している間に、変化が訪れた。
目が自動的に開き、身体が勝手に動く。
今この身体を操っているのは自分ではないと認識する。
さらに、開いた目から広がる光景は自分の部屋ではなかった。
ここはどこか。これは誰なのか。
そんな疑問はすぐに解決された。
胸の高さまである、姿見を見つめながら髪の毛をセットしている。その顔には見覚えがあった。
菊池裕太だ・・・。
私は、こいつに憑依してしまったのか。
昨日削ったスクラッチの文字を思い出す。
そういうことなのか。
私が菊池裕也という人間を体験することができるくじだったというのか。
私は、この奇妙な出来事の前に冷静な判断を下していた。
なぜよりによってこいつなんだ・・・。
朝から、オリーブオイルを大量に使った料理を作るし、冷蔵庫の中には外国のアイスクリームやらチョコレートやらが並べられている。髪をセットするのに30分はかけるし、日本では売ってないようなインテリアグッズのおびただしい数に圧倒された。
これから、菊池裕也の1日が始まる。
それを私が体験する。
一つ分かったのは、菊池の考えていることは私には分からないということだ。しゃべった内容などは伝わってくるが、内心どう考えているのかは分からない。
こんな憂鬱な朝の始まりは初めてだ。
こうして、菊池裕太の1日が始まっていく。