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通りすがりの道化師見習いですが、ちょっと聞き捨てならなかったので

作者: 石口可奈

「あんたはいいよね、能天気で。悩みとかないんでしょ」


「アタシなんか人に気を遣うタイプだし?損ばっかりしてる」


 ため息交じりに投げかけられる言葉は無神経そのもののように感じるが、多少の矛盾や理不尽は仕方がない。彼女は常にこんな感じである。そして、私と彼女の関係は世間一般でいうところの友達である。最も、私が彼女に好意的な感情を持ち合わせたことは一度もないが。


「そんなことないよ。私だって悩むことくらいあるもん。今日だって、帰ったらおやつは何にしようかなって思ってるし」


 前半は努めて明るく、後半は真剣に、全体的に馬鹿っぽく振舞う。すると喋る途中から割り込まれた。盛大なため息付きで。


「あんたねぇ……。それ悩みっていわないから」


 呆れた表情で、見下した目で私を見る。そしてどれだけ苦労しているか、辛い思いをしているかということを語られる。かれこれ二時間はこれに付き合わされている。

 愚痴という名の不幸自慢大会。エントリーしているのは…まあ、仮にユウコちゃんとでもしておこう。他のエントリーはなし。この手の不幸自慢はよくあること。男子はどうか知らないけど、女子なら誰もが経験しているんじゃないだろうか。

 放課後の教室にはもう誰もいない。部活をしている子たちはとっくに活動に勤しんでいる。教室に差し込む夕焼けのオレンジが綺麗だ。私とユウコちゃんのふたりだけだから、帰りに教室の鍵を閉めて職員室まで返しにいかなくてはならない。教室のカギはコウコちゃんが持っている。


嗚呼、愚図な私の面倒をみてあげているユウコちゃんはなんてイイ子なんだろう!私はいつだってユウコちゃんの足を引っ張っているというのに!満足にトモダチもツクれない私はどうせどうせユウコちゃんが居なくては独りぼっち!嗚呼、そんな私にも気を遣ってくれているユウコちゃんはなんてヤサシイ子だろう!嗚呼、可哀想に!だからこそユウコちゃんはいつもいつもいつだって損な役回り!でも大丈夫、今は報われないけれどユウコちゃんの良い行いを知った誰かがきっときっと幸福にしてくれるから!


 ユウコちゃんの頭の中は概ねこんなところだろう。愚図でのろまで頭が足りない私と、出来が良く優しい優等生である為にそのフォローへまわされるユウコちゃん。

 でも、きっと自己満足に浸っているユウコちゃんは気づかないだろうね。私を利用して悦に入っているユウコは知ろうともしないだろう。どんなにべったり引っ付いても何を言っても拒否したことがない私がユウコのことを誰よりも嫌っていることを。

 ありがとよ。この世で一番嫌いな人は時間を守らない人だったというのに、ユウコのおかげで『不幸体質のお姫様』を気取る奴が一番嫌いになったよ。なにがお姫様だ、傲慢な女王様の方がよっぽどお似合いだよ。

 おっとっと話が逸れた、閑話休題。

 私は道化師だ。周囲の望む姿で、周囲が予想もしないような手段で、周囲を笑わせる。持てる全ての力を見せつけ、わざと失敗して笑われる。自ら笑われに行くのだ。道化師の笑わせる、は笑われるのと同義だ。ありもしない恥を、指をさされて笑われるのだ。さあ悪意のない嘲笑を向けるがいい。そうさ、私は道化師さ。どうしようもない愚か者だ。だがどうしようもない愚か者の振りに気付けないお前たちはもっと愚かだ。

 ユウコが長々と語っていた創作実話は唐突に終わる。内容なんて聞いちゃいないけれど、やれ努力してるのにだれも評価してくれないだの、本当は愚図と一緒になりたくなかったけど良い子はみんな組む相手が決まっていたから仕方なくだの好き勝手言ってくれちゃっていること請け合いだ。


「なんで……なんで、アタシばっかりこんな思いしなくちゃいけないのよ!」


 わお。悲壮感たっぷり。自分で創った話だというのに、まるで本当に起こったことのように思い込んだらしい。自己暗示までできるとは、いやはや恐れ入る。ユウコが熱烈に視線を注ぐ人気者の優しくて可愛いあの子とはまず釣り合わないことに気付こうね。自分が弾かれてる側って知らないわけじゃないだろうに、なにをどう過大評価したら人気者の輪の中に入れると思えるのだろう。

 激昂したユウコは罵詈雑言を私に浴びせかける。そりゃあもう、鋭く尖らせた悪意の言葉でプールができそうなくらいに。その半分以下ですら私の心には刺さりもしないわけだけど。基本的には日和見的な、事なかれ主義的なところがある私はユウコの話を聞いて、相槌を打ったり慰めや謝罪を口にしたりする。この女は一度キレると面倒臭さが倍増するのだ。うんざりしているのにユウコのオトモダチごっこに付き合っているのは、拒否したら変に粘着されるかもしれないという危惧、これがただ一つの理由だ。


「はあ、あんたと話してても埒があかないし。もういい帰る。それ明日までにやっといてよね」


 教室の鍵を放り投げられて、慌ててキャッチする。

 この女、人の顔面に向かって投げやがった……!

 腹の中はすでにいろいろと煮えている状態だが、顔に出ないタチの私の表情筋は至って真面目な顔を保ったままだったらしい。お抱えの道化師の手綱を握る女王様は、満足した顔で帰路についた。しんとした廊下を、ユウコの上履きがキュッキュッと音を立てて遠ざかっていく。

 チッ。偉そうに。

 舌打ちした私は机の上のものを一瞥する。ユウコがそれと指したものはこの画用紙。四つ切の大きなものでテーマは『節水』。グループで地域の水について調べ、その成果をまとめたものとそれに関するポスターを提出することになっている。総合的な授業で出された課題だけど、ポスターだけは授業中に仕上がらず。ユウコが長ったらしく語っていた不幸自慢のきっかけとなってしまった。能力もないくせにリーダーを気取ったからだ、とは本人にわざわざ教えてあげる義理もない。引き立て役の便利な道化師。私がその役割さえ果たしていればユウコはそれでいいのだろう。半分ほどを白く残したままの画用紙。時刻は既に六時半をまわっている。私も帰らなければ。やれやれ、ユウコのおかげで貴重な放課後が丸つぶれだ。画用紙を丸めて通学カバンに突っ込む。明日までに仕上がるかは微妙だけれど、なにもしていないよりはマシだろう。


「ピエロだなあ」


 だれに聞かせるでもなく、自嘲気味にぽつり。







「いやイや、ピエロが聞いて呆れるよ」


 声とともに戸締りのしていない廊下側の窓からひらりと女子生徒が教室に侵入してきた。なぜ窓から。ダイナミックお邪魔しますされてもお帰りくださいなのだが。同じ制服を着た女子だが、ピエロのお面を被っていて顔がわからない。演劇部だろうか?同じクラスの子なら声や体格で区別がつくけど……知らない子だ。


「ピエロ舐めてンの?」


 独り言だったのに、いきなり食ってかかられた。


「道化師っていウのはお仕事。笑われるためにアるもの。そこにプライドもなく、ただの処世術として……楽に世を渡ろうとしているだけの君にどウこう語る資格はないと思うのだけどモ、いかがかな」


 奇妙なイントネーションで話すお面の子は、ずいずいと距離を詰めてくる。一言で表すとすれば不気味。これに尽きる。まるで先ほどのユウコと私の話を聞いていたかのような……否、私の心の声までも聞いていたかのような語り口だ。


「君はあれでしょ。さッきの子と同じだよね。自分を可哀想カワイソウって甘やかして自己満足してる」


 無遠慮にもパーソナルスペースを越えて踏み込んできたお面の子と私はもはや体同士が触れ合うほどに近い。


「は……、私が、ユウコちゃんと、同じ?」


「心底嫌いな子と距離を置こうとモしないのは結局自分が得するカらでしょ?君自身が選び取ってきて、今があるッて前提を忘れちゃア駄目じゃん」


 ぜェんぶ君の選択だよ。聞き分けのない子どもに言い含めるかのようにゆっくりと、そして罪人を絶望の淵からさらに追い立てるように囁かれる。かと思えば、すいと私の横を通り過ぎて窓際に立つ。


「いやァ熱くなっちゃった、ごメんね。こちとラその道化師にナるための修行中でして、なりたいもノを馬鹿にされてると思っちゃッたもんで」


 カラカラと今にも高らかに笑いだしそうな明るい声。さっきまでの様子との落差に気味の悪さが倍増する。


「君の人生は君のものだしドうぞご自由に、なんだケど。自分を道化っていうには、ちィと君は人間味に過ギるよ。思ってること顔に出ちゃうタチ?周りを馬鹿だ、合わせてヤってるって思うのもいいけど、馬鹿に合わせナい方がもっと楽にやってけるンじゃない」


 お面の子は窓に腰かけた。ヒュウ、と風が通り抜ける。


「いいタかったのはそんだけ。じゃあね」


 背中から窓の向こう側に落ちて、自称ピエロ見習いはふっと消えた。慌てて駆け寄って確認したのだから間違いない。そもそもここは四階で、落ちたらまず無事では済まない。……ピエロ見習いは、なにものだったんだろう。妖怪か何かか、それとも私が私自身を叱るために生み出した幻覚なのか。後者だとしたら、ピエロ見習いという発想を私はどこから生み出したのだろう。設定が痛々しい。痛々しさはさておいて前者だったとしても、どちらでもなかったとしても、私に向けられた言葉は妙に馴染んでしまった。


「顔に、出てるのかな」


 今までずっと顔に出ないタチだと思っていた。もし出ていたら、もっとユウコがきゃんきゃんうるさそうなものだが。


「あー、ユウコちゃん、私に興味ないからなあ。それで助かってた……の、かも」


 一日中べたべたしてる癖に、人のことを便利な道化師くらいにしか思っていないんだろう。だから私の表情の変化にも気づかない。


「私、なんでユウコちゃんとセットみたいになってるんだろう」


 始めは授業で二人グループを作ったときだった。教室の余り組同士、一緒に組もうと声をかけたのは私だった。その場限りのグループになるつもりが、その後もなぜが引っ付かれ、挙句に彼女は小さな王国の女王様を気取り始めた。教室での私は来る者拒まず去る者追わずというスタンスを貫いていた。けれど考えてみれば、私を大切にしようとも思わない子とつるんでいても、なにも得しない。今日なんて、自由にできる放課後の時間を潰されているわけだし、班の仕事を私だけに押し付けてきたし。会話だって自慢ばかりでちっとも面白くない。

 ……明日、ユウコと話してみようかな。今まで他人と喧嘩なんてしたことなかったけど、絶対喧嘩になるよね。絶交なんて言われたらどうしよう。むしろ好都合って喜んだら余計に怒りそう。でも実際、絶交したところで私は痛くも痒くもない。もとからユウコのことは大嫌いだし。お抱えの従順な道化師が逆らったら、あの女王様はどんな顔をするのだろう。きっと、それはそれは愉快な見世物になるんだろうな。



ピエロもどきがピエロになるのを辞めたら――さて次は、なにになろうか。


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