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日日是好日。  作者: こさじ
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(•ө•){矛盾と悩みでぐーるぐる)

 思ったことを書くだけの感想欄に正直何を書いてもいいと思ってしまうのは、間違いなんだろうか?

 誰かを傷つけるということは、そりゃ“ダメ”なことだろう。気にしていることをいわれるのは恥ずかしいし、落ち込んだりする。「自分って…」とどん底な気分になるかもしれないが、“他人の気持ちを考えて言葉を選べ――”て、本当のところ何一つ他人を思っちゃいないだろう。他人を傷つけないようにしたいとするならば、“何も言わない”――それが一番だと思う。

 誰かにとってタメになる話し、誰かにとってはウザイ話、でもその誰かって誰よ?

 結局、自分ではない誰かに語る言葉は押し付けの自己満足でしかない。だから、正しい正義なんてない。郷に入っては郷に従えくらいなもんで、知っておくべきことは只今いるその場のルールにのっとって活動するだけだ。

 人は殺しちゃいけません、それだってそうだろう。自国の人間は殺しちゃいけません、でも他国の人間はいいですってなれば?

 どの人間も殺しちゃいけません、でも悪い奴らは可――“悪”てなんだろう……?


 いくつもの決められたルールがある。小さなものなら自分自身だけのルール、だけれど小さなものは大きなルールには勝てないんだ。少数派は多数派に従うしかない。クソだと内心思っていても、声をあげるより流されている方が生きていられる。


 さて、ここでのルールはなんだろう?なにさえ守っていれば“自分的ルール”を持ち出せるんだろう。


 ここのルールはなんだろう。

 そして、“自分的ルール”を声を大にし、大きなルールを変えていくが、変えてもらっても“その通り”じゃなければまたブツクサと文句を垂れ流す……


 何がダメで何なら良くて、批判が批評が悪口と語るが、それすらも本人基準でしかない、多数派であるか少数派であるか、声にして初めてかたちになるだろうけど、やっぱり書くことってなんだろうかと頭をひねるし、感想欄を開いているということは「“自分のルール”と“相手のルール”をぶつけ合って話し合える準備がありますよ!」て、そういう風に捉えてしまう。――が、「自分の言葉で相手を傷つけてしまうかもしれない」気持ちが強い。


 感想欄を開いて、「私を傷つけないで下さい」っていっている人たちに聞きたい。

 何なら傷ついて、何なら傷つかないの?

 なろうの『感想での注意事項 - マニュアル』には、ここまで気をつけなければならないか⁉と思うことまで書いてある。でも、それを守ったとしても作者は消去出来る。

 守らない読み手がいるからってのもあるが、感想欄にはお褒めの言葉しか書いちゃいけないのかもしれない……


 今年こそ一歩踏み出して、感想欄を開く、また他作者様の感想欄にお邪魔させてもらおうかと思ったけども、マニュアルと多々ある感想についてのエッセイを読んだらまず無理だとへし折られてしまった。


 それを考えると、ポイントをつけることはなんて簡単なんだろうか――

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