一生もの
数年前、仕事でくたびれた帰り道、毎日通る広場に数名の男女と三台の天体望遠鏡があった。男女はこれまた自分と同じような仕事帰りだろう通行人に声をかけては、振られたり捕まえたり… そして、その捕まえられた人たちは男女に促されて望遠鏡を覗き込んでいた。
一体、何が見えているのか?
なんて少しの好奇心と、自分も声を掛けられたらどうしよう面倒くさいなぁと思いながら、腰を曲げて熱心に望遠鏡を覗く人たちの横を通った。
すると、「あ!すみません! どうですか? 見てみませんか? とても綺麗に見えますよ!」とやはり声を掛けられた。
その人は大学生だろうか、屈託のない笑みで空いた一台の望遠鏡に私を誘った。
ちょっと嬉しいような、ちょっと戸惑いつつ… なんともいえない彼の笑顔に「いや、いいです」とは断れなくて、他の人たちと同じように小さな穴を覗いた。
土星だった――
小さな小さな丸に、その真ん中あたりを横切っている線。あれが輪っかか?なんて瞬きするのも忘れて、ついポロリと言葉がこぼれた。
「そうですねぇ、綺麗ですよねぇ」
「…うん、ずっと見てたいくらい」
顔をあげて惚けたように答えると、青年はさっきよりも嬉しそうに楽しそうに「見てって下さいよ、是非!」と笑っていた。
すごく胸がほっこりした。
そんなことがあったなと、思い出した夜。