21-A -地獄との同調-
誰もいない夜空。一面の赤。炎に包まれた瓦礫の世界。生臭い血の匂い。裸足の足の裏から伝わる石の冷たさ、感覚。バチバチと木材が焼け、炭へと変化してゆく音。
ガラッ…と、崩れた家の一部から音が聞こえる。私は無造作に、その地点へと歩いていた。そして音のした場所へと、乱雑とした瓦礫の山の隙間に手を入れる。石の破片で腕が擦り剥ける。食い込む。それでも漁る。その暗闇に包まれた、その中を、弄る。
そして私は掴んだ。柔らかくも弾力のあるもの。これは肉。人の身体。首。その部位を強く握り、持ち上げて石の地中から廃墟へと引きずり出す。
炎の景色で赤く染まった肌。いや、血に塗れている。死んではいない。このまま手放せば、この命は助かるのだろう。首を握っているせいか、身体は酸素を求めて口をパクパクとさせている。まるで陸に上げられた魚のようだった。
そう、魚のようだった。魚のように、どんなに命乞いをしても、口を動かすだけでは意味を理解することは出来ない。出来たところで放すことはない。
だって、殺すつもりなのだから。
私は、首を掴む手に徐々に力を込めた。指が肉に食い込んでゆく。足をバタバタとさせて暴れ出す。死を予感しているのだろう。その瞬間が最も抵抗する時間。私にとっても、永遠とも思える時間。
浮き上がる血管。柔らかな肉が限界を超え、グニュリと動く。私の締め付ける指が内部へ侵入する。赤い液体が首から流れる。私の指に流れる。より一層と暴れだす身体。けど私は放さない。絶対に。
そして…グチュリと握りつぶした。ゴキッ。と、音が聞こえた。暴発した体内からニュルリと臓器が、器官が指に絡みつく。気にせずに掴んだ内部の骨。掴んでは折っていた。ゴボゴボと切断部分から流れる人間の生きていた証である液体。頭部と身体だった部分は二つに分かれ、そこから溢れ出た赤は私の手に、体に、顔に付着していた。ドロリとして頬を伝ってゆく。
人を殺したのだと自覚する。
ヒト……? 人は死んだ時点でヒトでは無くなるの? それでは殺した瞬間は、それは人なの? ヒトなの? どちらでもいい。私は人であったモノを葬ったことに間違いはない。
私の手には骨。そして絶命して口と目を大きく開いた頭部。その奇妙な物体を、綿菓子でも持つかのように握っていた。いらない物だと判別して、頭部を投げ捨てる。ゴツンと落ちた後、血痕を残しながら転がった頭部は私を視た。
私の周囲に転がっているヒトであったモノ。その骸達の目は全て、私を視ていた。
視ていた。視ていた。視ていた。視ていた。視ていた。視ていた。視ていた。視ていた。視ていた。視ていた。視ていた。視ていた。視ていた。視ていた。視ていた。視ていた。視ていた。視ていた。視ていた。視ていた。視ていた。視ていた。視ていた。視ていた。視ていた。視ていた。視ていた。視ていた。視ていた。視ていた。視ていた。視ていた。視ていた。視ていた。視ていた。視ていた。視ていた。視ていた。視ていた。視ていた。視ていた。視ていた。視ていた。視ていた。視ていた。視ていた――。
『―……!』
私は飛び起きるようにして起き上がっていた。真っ暗。カーテンの隙間から僅かに月明かりが覗いていた。
奈樹「はぁはぁはぁはぁはぁ……ハァ……ハァ……」
家の寝室のベッドの上だった。額も、顔も、身体全身も、パジャマも、下着まで汗でビッショリ濡れていた。過呼吸気味に息を切らしている。徐々に息を整える。余程うなされていたんだと思う。もう何度も見てきた夢。夢…? 現実…。過去…。思い出したくない過去…。
私は布団から出て、フラフラとおぼつかない足取りでクローゼットから替えの着替えを探す。着替えを持ったまま廊下へ出る。別室で眠っているであろう颯紗が起きないように、ゆっくりと歩いて脱衣所へ向かい、汗でボトボトになったパジャマを脱ぐ。逃げるようにバスルームに入り込み、シャワーからお湯を出した。
奈樹「くっ…」
早く汗を流したかっただけではない。洗いたかった。けど。汚れていない。どこも汚れていない白い肌。なのに赤い血液が身体に、指にまとわりついていた気がした。それは恐らく過去に犯した罪の意識から。それらをいつか清算し、私自身が命を絶たねばならない日が来るのかもしれない。
奈樹「私は…」
怖かった。いつしか死が怖いと思っていた。今の自分の置かれている現状が、毎日が大好きになっていたからだった。
私のことを守ってくれると約束して、常に気を遣ってくれる蒼輝。親友であるマテリア。私自身が支えになると誓った颯紗。私を慕ってくれる刹那や、島の仲間達。
皆が大切に思う。だからこそ死ぬのが怖くなっていた。この夢は、罪を償おうともせずに幸せに酔いしれていた私への贖罪なのかもしれない…。
しばらく見ていなかった夢…。けど…なぜ突然…。
奈樹は震えた。その寒気をシャワーを浴び続けることで、誤魔化し続けていた。まるで、過去を隠して生きている自分自身を投影するかのように…。




