2-B -炎の一族-
悠久の島 ノスタルジアに降り立ち、一夜を過ごした奈樹。蒼輝、勾玉、風魔の三人と少しずつ打ち解けることができてきた。
目を覚まし、朝食を買いに出た蒼輝。その間、奈樹と勾玉は雑談をした。勾玉は最初に会った時から気になっていたことを奈樹に聞いた。
その内容は「人を殺したことがあるか?」だった。
奈樹「……」
表情に明らかな変化が見えた。その顔は驚き…というより動揺だった。
勾玉「…どうした…? 答えられないか?」
奈樹「…どうして…そんなことを聞くんですか…?」
二人の間には、しばらく沈黙。ほんの十秒であっても永遠と思える時間だった。奈樹にとっては…。
一方その頃…。
蒼輝「商店街に到着っと」
パン屋に入ると早速いい匂いがする。まだ奈樹の好みはわかるわけでもなく、適当な惣菜パンや菓子パンやサンドイッチ、飲み物を少し多めに買う。
蒼輝「パンだったら誰でも問題なく食うよな…昨日も用意してたの食ってたし」
独り言をいいながら店の外へ出る。
「おーい!蒼輝兄ちゃーん!」
四人の子供が走ってくる。
蒼輝「おっす! 今日も元気そうだなー!」
この四人の子供はイーバで創られ、廃棄されたE生物。どうやって生まれたのかも知らず、親も居ない。いつも四人で行動している。
女の子「えへへ、恋夢がいちばん早かったよ」
四人の中で唯一の女の子、恋夢が言った。
太った子「ふぃー、やっと追いついたよ~。スンゲー疲れたぜー」
頭部に機械パーツが付いた一番太った子がやっと到着する。
恋夢「はい、まんじ君がビリ! かけっこ遅いね」
まんじ「かけっこって…恋夢は走ってないから早いんだよ~。」
蒼輝「壁もすり抜けれるしな」
まんじの言うように、恋夢は走っていない。恋夢は膝から下が透けていて常に浮いている。自身が意識すれば壁もすり抜けることができる。簡単に言ってしまえば幽霊のE生物だ。
一番小さな子供「蒼輝兄ちゃん…遊んでー」
脚にしがみついてくる子供。
蒼輝「コータ、今日は急いでるんだ…。今日は遊べな…イテテテテ!」
恋夢「コータ君! 絞めすぎ! 絞めすぎ!」
コータ「ご…ごめん…」
コータは背から四つの触手のようなもの…四人が言うにアームが生えてる。甘えるとアーム使って抱きついてくるのだが力加減が下手だ。
蒼輝「気をつけてくれたらいいっていいって。で…ベン達は相変わらず弁当売りか?」
ベン「オイラの弁当買う? まっ、まだ用意できてないけど」
ベンは名の通り弁当を売る時の板のような物が身体から出てくる。4人は弁当屋の配達の手伝いをして小遣いを貰っている。
蒼輝「じゃあ、昼にホームに届けてくれるか?」
蒼輝はベンに四人前の通貨を手渡す。
ベン「まいど! って…四人前?」
まんじ「とうとう二人前食っちまうのか! 蒼輝兄ちゃんやるなー!」
蒼輝「違ーよ! いやー新しく島に住むことになった人が居てな。俺と年の近い感じの女の子だぞ」
四人は驚いた顔をした。
恋夢「えぇ~! カノジョ!?」
まんじ「スンゲー!」
蒼輝「彼女とかそんなんじゃないって! 弁当届けに来てくれたときにでも紹介するから! じゃあまたな!」
四人「バイバーイ!」
蒼輝は四人に手を振り、ホームに向かって走る。
蒼輝「ほんと元気な奴らだなー。アイツらと遊べば奈樹も、もっと打ち解けれるかもな…」
今後の事を考えながら帰路を急いだ。
一方その頃…長い沈黙を打ち破ったのは勾玉だった。
勾玉「この島に来るずっと前…子供の頃のことだ…。俺には妹がいた…」
奈樹「えっ…?」
勾玉「殺されたんだ」
奈樹を強く見る。
勾玉「妹は俺の目の前で突然襲われた…E兵器と思われる者に殺された。そいつは…蒼い髪と蒼い瞳をした…人型の女だった。」
僅かに震え、驚きの表情を隠せない奈樹の頬から汗が垂れる。
勾玉「お前が似ている…いや、一致しているんだ…奈樹。あの時のアイツの…全てに!」
奈樹「…うっ…!」
奈樹は勾玉の視線に耐え切れなかったのか、座り込み両手で頭を抱える。
奈樹「私が…私が…? 殺し…妹…」
勾玉「違うと思いたかったが…その反応だと…心当たりが全くないわけではないらしいな。答えてもらおうか…まず人を殺したことがあるかどうかを…」
勾玉は、その場から動かずに座り込む奈樹に向かって言った。
奈樹「………」
奈樹の息が少し荒くなる。
奈樹「…ある…。…あり…ます…」
勾玉「………」
その言葉に対して勾玉は恐ろしいほど冷静だった。昨日話をした時点で、この答えは有り得ることだと感じていた。更に言えば、この発言だけでは妹を殺した者という確証が無いからである。
奈樹「けど…私の意思じゃない…。私…殺したくない…私は力を無理矢理…」
思い出したくない過去があるのか座り込み、頭を抱え、震える奈樹。その様子に罪悪感さえ覚えた。だが、勾玉は続けた。
勾玉「…朱理…」
奈樹「……!」
勾玉「朱理…それが妹の名前だ」
奈樹「ああああああああ!」
頭痛がするのか、叫びながら頭を抱えていた手の指の力が強くなる。
奈樹「私が…殺した…! 叫んでいた…その…名…うぐっ!」
言葉を遮り、勾玉は左手で奈樹の首を正面から掴んだまま立たせ、背後の木に背中から叩きつける!
つま先立ちで足がギリギリ地面に届こうかどうかという状態に、奈樹の顔が苦しい表情に変わる。
勾玉「ずっと復讐することを考えて生きていた…。まさかこんな形で再会することになるとはな…」
奈樹「うっ…! くっ…!」
奈樹は抵抗しなかった。頭痛のせいか諦めかはわからないが虚ろな瞳で勾玉を見ている。
勾玉は空いた右手に握りこぶしを作り再び開く。その瞬間、手に炎が発生する!
勾玉「復讐の炎は…いま…消える!」
ゴオォォォォォ!
奈樹の顔に向けて手を…だが、奈樹と勾玉は引き離された!
蒼輝「何やってんだよ!勾玉!」
蒼輝が割って入り、奈樹を抱えて勾玉と距離を空けて間に立つ。抱えていた奈樹をそっと下ろす。
蒼輝「大丈夫か!?」
奈樹「ケホッ! …ゴホッ!」
首を掴まれていた状態から開放された奈樹。咳き込んだ後、呼吸を整える。
勾玉「……」
蒼輝「おい…! どういうことだよ勾玉! お前が理由もなくするはず…!」
勾玉「復讐だ」
蒼輝の言葉を遮った。
勾玉「俺の妹を殺したのは…」
奈樹を指さす。
勾玉「その女だ」
奈樹「……!」
奈樹は悲しみとも困惑とも取れる表情を浮かべる。
蒼輝「なんだって…!? 奈樹が…!?」
信じられない…といった驚いた表情で奈樹を見る。
奈樹「あれは…あれは私の意思じゃないんです…。記憶は残ってるけど…操られて…無理矢理…」
勾玉「俺の復讐の相手であることは事実。それにどれだけ言おうと関係無い…
罪人とは、必ず言い逃れをするものだ」
蒼樹「勾玉…!」
勾玉「止めるな。もし止めるというのであれば…蒼輝…お前にも容赦はしない。」
蒼輝「俺は…奈樹を守る!」
奈樹「私は…私は…」
何も言うなという合図か、蒼輝が奈樹の前に手を出す。
勾玉「そんなに大切か…? その女は…『他人の空似』とわかっているだろう? 少なくとも俺と風魔は別人だと割り切っているぞ…?」
蒼輝「…!」
奈樹には今の会話の内容が理解できなかった。ただ…蒼輝が自分に優しくしてくれる理由…。それが今の言葉の中にあると悟った。
勾玉「…奈樹から距離を取って戦ってやろう。巻き込まれて死ぬか、後で死ぬかの違いだ」
蒼輝「死なせねぇよ…。奈樹も…もう誰も…! 人の心には陰と陽…影と光がある…。 俺が勾玉の影を…光に変えてやる! そして俺は約束したんだ…俺は…奈樹を守る!」
蒼輝と勾玉が奈樹から距離と空けて歩いていく。一人は復讐の相手を殺すため、一人は復讐の対象者を守るために、友とぶつかり合うことを選んだ二人。
奈樹は…その戦いの行方を見ていることしかできなかった…。