17-C -季節外れの雪月花-
船の移動で激しく酔った颯紗は回復し、なんとか自力で歩けるようになった。予定通り花の屋敷へと向かうことになり、家から出た。すると蒼輝達の前に居たのは刹那と黒コートの男、月花だった。
刹那「あー! 奈樹様! 会いたかったよお!」
すぐさま甘えるように奈樹に抱きつく。
奈樹「ただいま刹那。いい子にしてた?」
刹那「うん!」
蒼輝「あれ? こっちは?」
蒼輝は月花を見た。刹那に連れられ島を見て回っていて、たまたま奈樹の家の前に来ていた。
刹那「この人は月花様だよお! 刹那を助けてくれた優しい人なんだよお!」
月花「…よろしくお願いします」
蒼輝「助けたって?」
月花「いや、俺は何もしてませんよ」
刹那「コケそうになった刹那を助けてくれたの」
刹那は抱きついたまま、奈樹の後ろにいる女性に気が付いた。
颯紗「あ…えっと…」
人付き合いに慣れていないため、少し戸惑う様子を見せる。奈樹は代わりに紹介した。
奈樹「颯紗よ。ファラル大陸に住んでいたんだけど、今日からノスタルジアに住むことになったの。刹那も仲良くしてね」
刹那「うん! 刹那です! よろしくお願いします! 颯紗さん!」
颯紗「よ…よろしくお願いします」
奈樹から一旦離れ、元気よくペコリと頭を下げて挨拶する。颯紗も頭を下げ、刹那と月花を交互にチラリと見つつ、少し怯えながら挨拶をした。
蒼輝「とりあえず皆で花の屋敷行くか。仲間も紹介したいし、月花についても色々聞きたいしな」
月花「俺は別にどっちでもいいですけど…」
皆で花の屋敷に向かって歩き出した。刹那は奈樹に抱きついていたかったが、月花も放っておくことはできなかった。悩んだ結果、奈樹は颯紗に話しかけ始めたので、自分は月花の隣で歩くことにした。
月花「………」
刹那「ねー! 月花様! 聞いてる?」
月花「え…? あぁ、なにかな?」
刹那「月花様もノスタルジアに住むでしょ?」
月花「いや、俺は特になにも…」
蒼輝「この島は来る住民、誰でも拒まずの精神だからな。その気があるなら歓迎するぜ?」
刹那「やったー! 月花様! ねーねー! 一緒に住もうよー!」
奈樹「刹那…月花さんに用事があって島を出なきゃいけないようだったら、あまり言うと断り辛くなるから…」
月花「…」
月花は常に刹那に張り付かれていて、未だに任務対象が書かれた封筒の中身を確認できずにいた。しかし、この中に対象の凶悪兵器がいるとは、とても思えなかった。
島に降り立った自分に最初に声を掛けてきて、島民と打ち解けるキッカケを与えてくれた刹那。多少キツイ言い方だけど面倒見のいい芙蓉。明るく元気いっぱいで自分に構ってくれる桔梗。オドオドしているが優しい心を持った桜羅。
特に理由もなく受けたギルドの依頼だった。居場所も過去の記憶も持たず、ただ死に場所を求めていた気がしていた自分。だが、このノスタルジアで今朝から住民と触れ合ったことで、この島にいるという凶悪兵器の驚異から皆を護りたいと思うようになっていた。けど、そう言った気持ちの表現が苦手だった。人付き合いは慣れたものではない。
そんな足踏みして停滞している自分を、不器用な自分を刹那が引っ張ってくれた。だから乏しい感情表現の一つとして…刹那も、芙蓉も、桔梗も、桜羅も、さっき出会った蒼輝、奈樹、颯紗も、自分が護ろうと決意していた。
蒼輝「そういえば月花は、どこから来て、この島へなにしに来たんだ?」
月花「えっと…」
話をすべきか迷った。この中に凶悪兵器がいるとは思えない。しかし自分の任務の内容を言っていいとも思えない。もしかしたら凶悪兵器が島のどこかで息を潜め、皆の命を狙っているのかも知れない。
やはり言えなかった。凶悪兵器が潜んでいるのであれば、皆を不安にさせるわけにはいかなかった。
結局うやむやな返事で誤魔化しながら、蒼輝、奈樹、刹那、颯紗、月花は花の屋敷に到着した。
中には勾玉、風魔、マテリア、芙蓉、桔梗、桜羅、バサラ、レイ、ディアナ、ブラック、ムト、サツキ。
奈樹がノスタルジアへ降り立ってから仲間になった者は、誰一人欠けることなく集まっていた。
大きな和室の一室に輪になるように座布団が敷かれていた。桔梗と桜羅が皆にお茶を出した。そして全員が座ったのを確認すると、自己紹介を始めることにした。
ファラル大陸へ渡った蒼輝、奈樹、勾玉、マテリア、バサラは紹介が終わっている状態に等しいので手短に済ませた。そして島に留守番していた風魔、刹那、芙蓉、桔梗、桜羅の順番に自己紹介を済ませる。そこから蒼輝達が知り合った順番に名乗っていくことにした。
バサラ「それじゃ、レイからでヨロシク」
レイ「僕は光芒結社のレイ・ハーレット。力添えで成果が出せるように頑張るよ。よろしくね」
皆は快くレイを受け入れ、返事をした。一人を除いて…。
風魔「……」
風魔はレイから、ただならぬ咎力とオーラを感じ取っていた。自分の考えを見抜かれぬよう、この男は敵に回すべきではないと本能が察知していた。
マテリア「それでは…次はディアナさんですね」
ディアナ「私はディアナ。こっちは友達のブラック!」
ディアナは座っているブラックの背中を撫でながら自己紹介をした。
芙蓉「爪で畳をボロボロにしないでよね?」
ディアナ「ブラックは賢いから大丈夫!」
ディアナの言う通り、ブラックはこの部屋に来た時に爪を立てないようにして歩いていた。ディアナは自分のことのように、えっへん! と、威張っていた。
勾玉「それでは次はムトだな」
ムト「ワシは発明家のムト。頭脳が必要と言われ、この島へ呼ばれた身じゃ。医療関係も詳しくての、体調が悪かったらワシのところへに来るといい」
溶接マスクに作業着を纏い、機械で加工されたの音声で自己紹介をするムト。
刹那「お医者さんなのお?」
ムト「そうじゃよ。お嬢ちゃんも診て欲しければいつでもきてよいぞ」
刹那「刹那、今は元気だからまた今度お願いします! 奈樹様と一緒に診てもらおっと!」
奈樹「わ…私はもう遠慮しておく…」
奈樹は全裸になって隅々まで検査されたことを思い出し、顔を赤くした。ムトはサツキを見る。
サツキ「ワタシはサツキ。ムト様の家政婦をしております」
ムト「サツキはワシが作ったロボじゃ。まだまだ調整が足りんがの」
レイ「ロボットか…実戦ではどのくらい戦えるのかな?」
ムト「ワシは戦えんがサツキにはある程度の武装は施しておる。スクラップだらけの街でかき集めた者じゃから性能は低いのは仕方ないといったところじゃがな」
蒼輝「その性能低い奴に、足追いつかなかったんだが!?」
ディアナ「一生懸命走ってあれだったの? だったの? まだまだだねー」
蒼輝「うっせーやい! そっちはブラックに乗ってただけだろ!」
ディアナ「私とブラックと一心同体、運命共同体だもーん!」
その後も蒼輝とディアナの言い合いを中断させるかのように、奈樹が口を開いた。
奈樹「それじゃ…次は颯紗」
奈樹の隣に座る颯紗は緊張で震えていた。視線は皆で輪を作って座っている真ん中の、何もない一点を見つめている。心臓の鼓動を落ち着かせるため、深呼吸を何度も繰り返している。
芙蓉「……。大丈夫なの…?」
バサラ「芙蓉の姫も気を遣うってできるんだな。てっきり…」
芙蓉「なに? 悪いの?」
バサラ「なんでもございません」
奈樹「颯紗…」
そっと手を握る。ハッとして顔を上げ、紅い目が奈樹を捉える。震える唇にキュッと力が入り、覚悟を決めたかのように僅かにリラックスしてから口を開いた。
颯紗「私は…。さ…颯紗…」
勇気を出して名前を言った。皆はしばらく黙っていたが、颯紗はその先の言葉を紡げずにいた。
奈樹「あの…皆さん、颯紗は戦える人じゃないから…その…」
桔梗「よろしくね! 颯紗おねーさん!」
桜羅「ボクと桔梗ちゃんも戦えないから…一緒だね?」
芙蓉「戦えないもの同士、仲良くしましょうか」
真っ先に口を開いた桔梗、それに続くように桜羅、そして颯紗が怯えないように優しく芙蓉が言った。颯紗の視線が三人に向いた。
ディアナ「私もブラックも戦えないから仲間に入れてよー!」
芙蓉「何言ってるのよ、もう仲間でしょう?」
颯紗「…!」
ディアナ「やったやったー!」
颯紗「よろしく…お願いします…」
ようやく口を開く勇気を持つことができた颯紗。皆の優しい言葉が、不安だった心に安心感をもたらした。奈樹、そして皆に笑みが溢れる。
蒼輝「それじゃ次は月花で…」
月花「…はい…。その…まだ島に住むと決まったわけじゃないんですけど…」
そう言っていると月花は芙蓉と目が合う。『自己紹介なんだから、まず名乗りなさいよ』とでも言いたげな表情で、不機嫌そうに見ていた。
月花「……俺の名前は月花です。よろしくお願いします」
ビンタをもう一度喰らうのだけは勘弁してほしかった。
勾玉「月花は戦うことはできるのか?」
月花「できますよ」
バサラ「おぉ! これでまた戦力が一人!」
月花「戦力?」
レイ「あれ? 君は聞いていないのかい? ここはイーバと戦うために結集しているんだ」
月花「イーバと…?」
イーバ。自分の依頼主。月花の中に様々な疑問と疑念が渦巻いていた。依頼主は、この島に凶悪兵器を始末しろと言った。最初はなんとも思っていなかった。だが、刹那達と触れ合うことで、それはこの島の人を助けるためなのだと思っていた。
しかし、この島の人達はそんなイーバを敵対視している…? そうなれば…この中の誰かが凶悪兵器である可能性がある…? そう考え事をしていると、次の質問が来ていた。
蒼輝「月花のファイトスタイルってどういうのなんだ?」
月花「俺は…そうですね。せっかくなんでお見せしましょうか」
月花は顔の前に広げた手を出した。そこに小さな冷気が集まる。
マテリア「咎力…」
掌の冷気は、小さな雪の結晶になり、まるで氷の絨毯のような平らなものになる。
奈樹「すごく繊細な操作…綺麗…」
平らだった氷は幾度となく折れ曲がってゆき、まるで折り紙のように形を変えてゆく。皆は黙ってその様子を見ていた。
月花「ほいっと…これで出来上がり」
咎力の冷気から作られた氷の鶴は、月花の手から離れてスーっと飛んでゆく。
ディアナ「わっ!」
氷鶴はディアナの所へ向かい、止まった。
ディアナ「なになに?」
月花「全ては月と花の導きのままに…その鶴が勝手にディアナちゃんを選んだだけで、俺の意思ではない…意味はないよ」
ディアナは両手で掬うような形を作ると、氷鶴は手に乗った。物珍しそうなキラキラした瞳で見入っていた。
風魔「氷の力を使って戦うってことでいいのかな?」
月花「そういうことになりますね」
桔梗「いいなー! アタシにも作ってよ! おにーさん!」
桜羅「ボ…ボクも欲しい…」
芙蓉「コラコラ、そういうことは後にしなさい」
月花「ふふっ、いいよ。後でね」
喜ぶ桔梗と桜羅。そうして全員の自己紹介が終えた。マテリアは最後に抱えていた幻召獣のプリプムを紹介した。ピョコピョコ飛び跳ねている。
奈樹「結局、一度も戻ることなくノスタルジアにまで来ちゃったのね、この子」
マテリア「はいです…。全然帰りたがらなくって…」
プリプム「プリー! プリップリー!」
桔梗「あーん! 可愛いー! こっちおいでー」
桜羅「…おいでおいで」
プリプムは少し迷ってから、手を広げる桜羅の所へ行った。桜羅が愛おしそうに抱きしめ、頬でスリスリする。
プリプム「プッリプッリー」
桔梗「桜羅ずるーい! こうなったらアタシが桜羅を抱っこしてやるー!」
プリプムは桜羅に抱かれ、桜羅は桔梗に抱かれた。月花は二人を見ながら少し落ち着きがない様子だった。
月花「……」
ディアナ「ん? どうかしたの?」
月花「いえ…なんでも…」
そうして今日は花の屋敷で歓迎パーティーをすることになった。
勾玉、風魔、バサラ、ディアナとブラックは買い出しに商店街へ。奈樹、マテリア、刹那、颯紗は芙蓉、桔梗、桜羅と一緒に食事の準備をした。ムトはサツキのメンテナンスを軽くすることにして、蒼輝とレイは雑談しながら、ムトの手伝いをしていた。
そして月花は…一人で丘の上に来ていた。ここまで離れれば刹那もすぐには来れないだろうと思ってたからだ。ポケットから封筒を取り出し、糊付けされた封を開いた。
月花「……」
中身を見るのが少し怖かった。鼓動が高鳴る。一体どんな名前の、どんな姿をした凶悪兵器なのだろうか。この島のどこにいるのか。不安な気持ちを抱えながら、中身を取り出した。
月花「これは…」
その顔は驚愕。全く予想していなかった。写真を持つ手が震えた。
月花「月と花の導き…その答えがこれなのか…?」
写真を中に戻す。念のために名前を確認することにした。そこに書かれていた名前は…。
金雀児 奈樹
写真は見間違えではなかった。自分の抹殺対象は…イーバの言う凶悪兵器とは、自分にとっての恩人のような存在である刹那が慕う、あの心優しい蒼髪の少女だった。
月花は黙って封筒を閉じてポケットに閉まった。しばらくの間…独り言も、溜息すら出なかった。ただただ目を閉じて考えていた。
凶悪兵器。あの中で可能性のある人物を、自分なりに予測はしてみていた。しかし、奈樹であることは想定していなかった。
そして長い時間が経過し、月花は気持ちを落ち着かせるように、大きく深呼吸した。
月花「全ては…月と花の導きのままに…」
目を開き、月花は花の屋敷へと歩き出した。そう…奈樹のいる花の屋敷へと…。
第十七話 -季節外れの雪月花- End




