12-A -それぞれの旅立ち-
―――嘘…。報告を聞いた私の身体は自分でも驚く程にビクリと動いた。聖衣のスカートが激しく動いた。
「どうして…誰の遺体も無いのですか…!?」
私は目を閉じていないはずなのに、視界が真っ暗になった錯覚に襲われた。絶望感から声を漏らしてしまったけれど、叫びをできるだけ堪えた。
大きな屋内に私の声が響いた。聖職者が集う『聖クレア教会』大聖堂。私は項垂れて座り込み、高貴な刺繍が施されたカーペットに手を着いていた。自身の銀色の髪がフワリと揺れたのが僅かに視界に入る。
今朝、隣国である桜黤王国は陥落していることが判明した。それだけではなく、楼黤王国は誰一人いない、もぬけの殻。血の痕跡は大量にあり、争った形跡もあった。しかし遺体だけは見つからなかった。
私は励まされた。私が落ち込んでいることに関して詳しい事情を知っている者はいないけれど、ショックを受けていることは誰の目から見ても明らか…。しばらくすると皆がその場を去った。私は一人で座り込んでいた。
…どうしても未確定の事実を調べる必要性があった。
「私は…確かめなくてはならない…」
純白の聖衣を整え、私は自室に戻った。出そうになる涙を我慢しながら、遠出する支度をする。そして部屋を出る前に母から譲り受けたロッドを握り、立ち鏡を見る。鏡の中の水色の瞳をした聖女と目が合う。もう私は、あの頃の弱い私ではない…部屋を出た私は教会から外出許可をいただき、外の世界へと旅立った。
楼黤王国へ向かった。先ほど報告を受けただけで、自分の目で確かめていなかった。報告に間違いは無いことはわかっていたけど、自分の目で遺体の有無を確認したかった。
その次に行く宛はない。大陸を渡り歩く覚悟はあった。別の大陸へ行こうとも私は探し続ける。
「もう私には…何も残っていない…この旅路で死んでしまっても構わない…」
教会の敷地内から出て、楼黤王国へ向かうために広大な草原を歩いた。たった一つの希望を探しに歩いた。
―――ここは…どこだ?
俺は気付いたらガラクタだらけ街…鉄骨の骨組みが乱雑に入り乱れる路地裏で眠っていた。
俺は自分の名前しか覚えていない。それ以外は何も思い出せない…。所持しているものから俺の身元がわかるような物はなかった…。身につけているのは黒いスカーフ…黒い指空きグローブ…そして黒いロングコートの内ポケットにはタバコやお菓子…。タバコはともかく、お菓子は…いつ、どこで買ったのかは覚えていない。
「昨晩は月を眺めながら寝たんだっけ…」
寝るまでずっと月を眺めていた。月を見ていると少しだけ気持ちが高ぶると同時に、なぜか懐かしい気持ちにさせてくれる。しかし今は月は見えない。俺は小さな花が咲いている場所を目印にした寝床から去るために、上体をゆっくりと起こした。
街から聞こえてくる機械音の喧騒を掻き分け、静かに歩きながら一つの建物へ向かって歩いていた。
薄汚い鉄の扉を開ける。ギギギと音が鳴り、その音で中にいるガラの悪い男達が睨むように室内へ入る俺を見た。その視線を全く気にせず中に入り、老人が受付をしているカウンターへ向かう。
「いらっしゃい、『黒猫』さん」
黒いコート。この街で誰とも接しない。気まぐれでブラブラしている。そんな俺を特に理由もなく気に入らないと思う奴らは何人も居た。何度も、何十人も返り討ちにした。俺と絡むと『不吉』だとまで言われるようになっていた。
そして、いつしかここのギルドでは『黒猫』と呼ばれていた。だが俺の名前は別にある。しかし誰にもその名を言っていない…俺は独り…『黒猫』のままでも良かった。
老人から手渡された紙に書いてあるリストを見た。ここには何度か来たが、一週間以上前から誰一人受けていない依頼がある。
依頼者:開示せず 目標:数日後に依頼者から通達 危険度:10
危険度は依頼者が決める、おおよその難度と報酬の額。実際はどんなに危険でも7か8くらいまでしか設定しない。何故なら依頼を請ける者がいなければ、依頼主が困るだけだからだ。ここは嘘を書いてでも危険度を下げて提出する。それが依頼者側の暗黙のルールだった。
危険度に応じて支払われる報酬額も跳ね上がる。このケースは本当に危険な依頼なのか、依頼者が馬鹿なのかの区別がつきにくい。いくら汚れた仕事が蔓延っているギルドでも最大値である10を請け負う無謀者はいない。そこに匿名で目標も不明であれば怪しくて誰も関わりたがらない。
俺は気が付いたら一つの依頼を受けていた。
特に理由はない。漫然と死に場所を探していたのかも知れない。依頼者からは数日後に連絡が来る。俺は外へ出た。またガラクタだらけの街の、排気ガスが漂う空間を歩いた。俺が必要とされる、その時まで自由気ままな時間を過ごす。
「全ては…月と花の導きのままに…」




