1-C -悠久の島 ノスタルジア-
脱出用ポッドから出てきた奈樹は脱走したE兵器だった。勾玉と風魔は事情を聞くと早々と帰っていった。二人きりになって会話に困った蒼輝は、奈樹を連れ散歩に出るのであった…。
散歩に出た蒼輝と奈樹はホームの小屋から出て、近くの水辺に来ていた。森の中には小川が流れていて、一番深い所でも1.5メートルほどにしかならない泉がある。蒼輝は小さな切り株の上に座り、奈樹は適当に歩きながら水面を眺めている。
奈樹「綺麗ですね…。蒼輝さんは…よくここに来るんですか?」
蒼輝「まぁ…思い出っていうか…お気に入りの場所かな…。あぁそうだ奈樹、もっとさ…砕けた感じで話してくれていいんだぜ?」
奈樹「砕けた…」
蒼輝「俺も自然に話すし呼ぶ時は奈樹って呼ぶしさ。もっと自分が話しやすい口調でさ、蒼輝って呼んでくれたらいいから」
奈樹「けど…」
申し訳なさそうにする。出会ったばかりなので、こればかりは仕方ないことは理解していたが、蒼輝は続けた。
蒼輝「この島じゃ俺と勾玉と風魔くらいしか歳の近い人間が居ないんだ。せっかくこうして出会えたんだし、もっと奈樹と打ち解けたいしさ」
奈樹「…えっと…それじゃあ…。蒼輝…って、呼んで…いい…?」
蒼輝はニッと笑って返事する。それを見て奈樹も微笑んだ。
ガサガサ!
蒼輝の後方の木の上が音を鳴らしながら揺れた。
蒼輝「風魔か?」
蒼輝が木の方向を見て聞いてみるが、何も返事はない。何か嫌な予感を察知して、木を見ながら奈樹の方へ行こうと思った瞬間だった。
奈樹「キャアァ!」
悲鳴に反応して、蒼輝は急いで奈樹の方を見た。
奈樹「い…痛い!」
黒い装甲をした二足歩行の、昆虫のような生物が奈樹の右手首を掴んでいた。奈樹は引っ張られているが、その場で踏ん張ることで留まっている。
蒼輝「奈樹!!」
近寄ろうとした、その瞬間だった。
ドオオオォォォォォォォン!!!
昆虫のような生物の頭から一瞬だけ炎が立ち上がり、煙が舞い上がった。
奈樹が炎が発生した頭に、空いた左手の掌を向けていた。
蒼輝が何が起きたかを理解する間も無く状況は変化した。昆虫のような生物は奈樹の手首を離さないどころか、平然として生きていた。
??「咎力ハ マッタク回復シテイナイヨウダナ…」
奈樹「くっ…迂闊…! 痛ッ…!」
手首を引っ張られ、痛みを訴える声を聞いた蒼輝は我に返り、本能的に走っていた。
蒼輝「奈樹を離せぇ! この化物め!」
背後から殴りかかろうとした蒼輝だったが、振り向きざまに裏拳を側頭部に喰らう! 倒れながら地面を滑り5-6メートルほど先で止まる。
奈樹「蒼輝っ!」
昆虫のような生物「タダノ人間ガ…イーバ装甲兵二、勝テルト思ウノカ? 歯向カウ者ハ、抹殺スベシ…」
奈樹「あの人は関係ない! 私が狙いなら私を殺せばいい! 人間に…手を出さないで!」
イーバ装甲兵「人間ヲ庇ウカ…愚カナ兵器メ…」
蒼輝「いいや…手を出すなら俺にしろ!」
蒼輝が起き上がる。その手には剣を持っている。
奈樹「蒼輝…!」
蒼輝「約束しただろ…奈樹…。俺がお前を守るって」
奈樹「……!」
奈樹は言いたかった。
『勝てる相手じゃない。逃げて。 私のことは、もういいから』
けど…出会って接した時間で、奈樹は蒼輝のことを理解していた。
例え言っても蒼輝は引き下がらないと。
そしてこの僅かな時間で、蒼輝のことを信頼していた。
蒼輝「うおおおおおおお!!」
蒼輝は剣の柄を両手で握り、イーバ装甲兵へ走り出した!
同時刻 森の別地区
風魔「そろそろいいんじゃない?」
勾玉「様子見は、その辺りで終わったらどうだ?」
勾玉と風魔は気配のする方を向くと、二体のイーバ装甲兵が現れる。
イーバ装甲兵「気付イタカ…。人間ノクセニ、ナカナカ…」
風魔「気付いてからしばらく歩いてみたけど、やっぱり尾行してたよね」
勾玉「貴様らの狙いは…ポッドの中身か?」
イーバ装甲兵「中身ヲ知ッテイルヨウダナ…ドコニヤッタ?」
勾玉と風魔は横目でお互いを見た。
勾玉「知りたければ…」 風魔「知りたかったら…」
イーバ装甲兵に対し横を向き、勾玉と風魔が背を合わせる。
勾玉「俺に付いてこい」 風魔「俺に付いてきな」
勾玉と風魔が散開して走っていく!
イーバ装甲兵は一体ずつ二人の後を追う!
ギィィィィン!
堅い装甲に弾かれる剣。イーバ装甲兵が反撃に腕を振る! それに合わせて一度、距離を取る蒼輝。
奈樹「蒼輝…!」
攻撃が効いていない。その事実に奈樹は動揺した。奈樹は人質のようにイーバ装甲兵の後ろにいた。
イーバ装甲兵「ククク…。ソンナ剣デハ傷一ツ ツケレナイヨウダナ…。」
蒼輝が剣を見つめる。
奈樹「………」
イーバ装甲兵「剣ガ使エヌナラ…ドウヤッテモ勝チ目ハナイダロウ…? スグニ…楽ニシテヤロウ!」
そう言い放ち、蒼輝に向かって走る!
奈樹「蒼輝!!」
奈樹が叫ぶが、蒼輝は剣を見つめたまま動かなかった。イーバ装甲兵の振りかぶった腕が蒼輝に振り下ろされる!
勾玉「ここまで来れば大丈夫だろう」
イーバ装甲兵「ナゼ、バラバラニナル必要ガアル…?」
イーバ装甲兵の一体を引き付けた勾玉が振り返る。
勾玉「………」
風魔「いやー、ちゃんと一体ずつで来るんだねぇ」
イーバ装甲兵「オマエタチナド、一人一殺デ充分ダ…」
風魔「物騒な発言だこと…じゃあ、冥土の土産ってやつでさ…ポッドの中身のこと教えてよ」
イーバ装甲兵「…イイダロウ…。我々ガ追ッテキタ対象ハ、No.F-106(ワンゼロシックス)。
名ハ――金雀児 奈樹…」
風魔「…何やらかしたの?」
イーバ装甲兵「脱走者ハ抹殺スル…。我々ガ知ル情報ハ、ソレダケダ…」
風魔「ふーん…」
風魔の足元に風が集まって渦を作り、その場から消える。
イーバ装甲兵「…!?」
瞬時に移動した風魔が木の上に立っている。
風魔「つまり…雑魚であるポーン程度には情報を与えられていない、と。もう用は無いね」
イーバ装甲兵「人間程度ガ舐メルナ…!」
ドゴォォォォォオオオ!!
突然、地響きと爆音が轟く!
イーバ装甲兵「!?…ナンダ…コノ揺レ…コノ音ハ…」
遠方で煙と炎が上がっている。
風魔「アンタの仲間がやられた音さ」
イーバ装甲兵「…!」
風魔「俺が一緒にいた奴…勾玉と離れたのは…アイツの炎に巻き込まれたくなかったからさ」
右手の人差し指と中指2本を銃のようにして、イーバ装甲兵へ向ける。
風魔「そしてアンタも…これでオシマイ。バイバイ」
ズバッ――!
奈樹「!」
イーバ装甲兵「グオオオォォォォォォ!」
大きな咆哮。それは痛みによる叫びだった。斬られた腕の箇所を逆の手で押さえ、後ずさる。
蒼輝「やっぱり、こっちじゃないと斬れないな。なんせ剣なんて使うの久々(ひさびさ)でな」
イーバ装甲兵「ナニヲシタ…!」
蒼輝は二本の剣の内、右手で持った一本を前に出し、イーバ装甲兵へと向けた。
蒼輝「陽剣ブレイド・サンと、陰剣ブレイド・シャドウ。
俺の持つ剣は二本ある。こいつらは気まぐれでな…。太陽の傾きとか陽の出てる状態でやる気? って言うのかな…切れ味が変わる武器なんだ」
奈樹「今は日が出ている…。最初にダメージを与えられなかったのは装甲が堅かったからではなく…日が沈まないと威力の出ないブレイド・シャドウで攻撃したから…」
蒼輝「見た目じゃわかりにくくてな。じっくり観察しないと違いがわからないんだ。けど助かったぜ。斬る剣が合ってるのにダメージを与えられなかったワケじゃないみたいだしな」
イーバ装甲兵「オノレ…マサカ人間如キ二…!」
蒼輝に向かって再び走る!
蒼輝「陽式…日昇斬!」
陽剣を逆手で持ち足元に潜り込み、低い姿勢からジャンプした勢いで斬り上げる!
イーバ装甲兵「グ…オオオ…!」
苦しみながら倒れたイーバ装甲兵は光となり、空へと浮かんで飛んで行った。その光は別の場所からも飛んで計三つになっていたが、蒼輝と奈樹はそれに気付かなかった。
蒼輝「なんだありゃ…。消えて飛んでったぞ」
奈樹「イーバで造られた兵器の一部は生命維持できなくなった時。その肉体を粒子に変化させてイーバに戻るようになってるの…それを粒子化と呼ぶ…」
蒼輝「じゃあ…アイツはイーバに帰っただけってことか? 使い捨ては勿体無いからリサイクルしますって…エコだな…」
奈樹「うん…。まぁ…そういう感じ…かな」
蒼輝が座りこむ奈樹の所へ歩き、手を差し伸べる。
蒼輝「心配かけたかも知れないけど…ちゃんと守っただろ?」
奈樹「うん…」
蒼輝「約束する。これからも奈樹を守る」
奈樹「ありがとう…蒼輝…」
奈樹は蒼輝の手にそっと触れ、握手する。そのまま奈樹を立ち上がらせた。
蒼輝「俺達…今日からずっと仲間だからな。勝手に何処かに行くなよ?」
奈樹「うん…」
蒼輝「さて…そんじゃもう一回、勾玉と風魔と集まって、奈樹の歓迎パーティーするか! 美味いもん食いに行こうぜ!」
奈樹はクスッと微笑む。一緒に蒼輝も笑った。そんな二人の様子を、木の陰から見ている者がいた。
勾玉「もう一度…過酷な運命が待つだけかも知れん…。それでもお前は…奈樹を守ると言うのか…? 蒼輝…」
勾玉は二人に声を掛けず、一度その場を去った。
空に浮かぶイーバ。それを眺める者がいた。
風魔「…いい…すごくいい…」
木の上で座り、遥か遠方で黒い点程度にしか目視できないイーバを見て、語りかけるように独り言を発する風魔。
風魔「金雀児…奈樹と蒼輝…。これは運命なのか偶然なのかわからない…けど…
…これから先が…楽しみだ…」
風魔は一人だったが、こみ上げる笑いを我慢した。いつ蒼輝や勾玉が現れるかわからないからだった。二人にだけは、今の様子を見られたくなかったから…。
第一話 -悠久の島ノスタルジア- End