5-B -切なる思い-
奈樹とマテリアを離れた所へ避難させ、蒼輝は刹那と、勾玉は掘鎧と対峙する。掘鎧と刹那は自分達二人は『DD装甲兵』であり、イーバ装甲兵とは違うということを見せつけた。
その力は触れるだけで地面の水が吹き出し、土を硬化させ突起させるエレメントと呼ばれる咎力を利用した能力だった。
蒼輝「エレメント…!」
奈樹「E兵器を戦闘に特化させるために与える特殊能力…エレメント…。咎力を利用して属性攻撃を可能にする力…」
蒼輝は刹那から気を逸らさぬようにして奈樹を見る。
奈樹「人間や動物…あらゆる生き物には属性が授けられている。炎と氷、雷と風、地と水、光と闇…。この8種類のエレメントをイーバは研究していた…」
掘鎧「E兵器は同時に二つ以上のエレメントを宿すことはできぬ故に…我々(われわれ)二人は、それぞれ別のエレメントを持ち、お互いを高め合う。E生物にとってエレメントを持つことは、力の証明」
奈樹「そしてその証として…エレメントを持つ者には二つ名が与えられる…」
奈樹の言葉に対し、刹那が、続けて掘鎧が言った。
刹那「水鞠の刹那」
掘鎧「土塊の掘鎧」
二人は自信に満ち溢れていた。それは任務に赴く者の覚悟からか余裕からなのか…そこには隙が生まれていた。
勾玉「蛇炎」
突如側面から炎が襲いかかり、掘鎧を包み込む!
蒼輝「勾玉!」
勾玉「油断したようだな…。先に手を出してきたのはお前達だ。悪く思うな」
刹那は仲間が炎に包まれているのに、平然として炎を見ている。すると、掘鎧を包み込んでいた炎が飛び散る!
蒼輝・勾玉「!」
奈樹「そんな…!」
マテリア「効いてない…です…」
掘鎧は立っていた。気合だけで炎を吹き飛ばしてしまった。
刹那「そんな程度の攻撃じゃ効かないよお? だって掘鎧の体は、全身が咎力を纏った土の鎧なんだもん」
掘鎧が刹那を見る。それを合図と受け取った刹那はジャンプして離れた所へ移動する。掘鎧が両手を合わせた後、指を器用に素早く動かし出す。
勾玉「…!(印を使用した術か!)」
掘鎧が両手を合わせ、そのまま地面を強く叩く! 触れた部分からゴゴゴゴゴッと地面を揺らし、土が盛り上がりながら勾玉に向かってゆく! 勾玉はそれを危険と察知し、ギリギリまで引きつけて大きくジャンプして避ける!
刹那が同じく手を地面に触れ、蒼輝の前面と側面に高水圧の壁を発生させる!
蒼輝「くっ!」
蒼輝が後ろに下がった時だった。
勾玉「蒼輝! 避けろ!」
蒼輝「えっ!?」
勾玉が避けた掘鎧の術は、蒼輝に向かっていた。刹那の攻撃から身を躱した蒼輝は、掘鎧の地中を這う術を踏んでしまう! その瞬間、蒼輝の周りから六本の土の柱が一定間隔を空けて現れ、頭上を土で覆い隠す!
蒼輝「なんだ…!?」
刹那「アハッ、簡単に引っかかっちゃったね」
掘鎧「地面を潜行する土鼢の術…。そして…その術が地牢 アース・プリズン…」
勾玉「くっ…(あの印は二つの術を複合させるためのものだったのか…)」
蒼輝「引っかかったってことは、テメー! 最初から俺を狙ってたのか!」
地牢の六本の柱には結界がある。隙間から出ることもできず、蒼輝は掘鎧に向かって叫んだ。
掘鎧「我々の目的遂行のために、刹那を貴様から引き離す必要性があった」
勾玉「目的…。マズイ…! 奈樹! 逃げろ!」
奈樹も、その意図に気付いた! 蒼輝がいなくなれば刹那はフリーになり、奈樹を標的にすることができるのだ。立ち上がろうとする奈樹の前に刹那が、瞬間移動のように現れる!
奈樹「…!」
蒼輝「奈樹!」
蒼輝は叫んだ。地牢の柱は殴っても蹴ってもビクともしない!
蒼輝「陽剣…ブレイド・サン!」
収納札から陽剣を取り出し、柱を斬りつける! しかし全く効果はない。
掘鎧「牢術は抜け出せん…絶対にだ」
勾玉「だがお前を倒せば…術は解けるのだろう?」
勾玉が掘鎧に向かって、収納札から取り出した牙蛇剣を振るが回避される!
勾玉「…(掘鎧が俺の足止めをして、刹那を奈樹へと向かわせる…それが蒼輝を閉じ込めた狙い…。今急いで奈樹の助けに行けば、掘鎧は間違いなく俺の背後を狙いに来る…)」
マテリア「狙いは私じゃないです! 奈樹! 逃げて!」
奈樹はハッとして、刹那から背を向けて走り出す! 刹那は少しだけ、その様子を見ていたが…一瞬にして奈樹の前に立ちはだかった。
奈樹「!!」
ピタッと止まり、少しずつ後ずさる。
刹那「見つけたから逃がさないって、最初に言ったよお? 刹那の速さには…誰もついてこれない…いくよ、短刀・クシャナ」
一瞬で刹那が視界から消える。刹那が同じ場所に現れる。
ブシュ!
少し遅れて、奈樹の右腕から鮮血が吹き出す!
刹那「世界で一番速いのは…刹那だもん」
逆手で短刀を持ち、自信満々の表情で言った。
蒼輝「奈樹ーー!」
奈樹「くっ…」
傷はそこまで深くないようだが、左手で傷を押さえている。
刹那「声出さないんだ。偉いんだね。刹那はよく怒られたよお?」
刹那が消え、即座に同じ場所に姿を現す! 奈樹が左の太股、右のふくらはぎ、右の肩と出血する!
奈樹「うっ…!」
肩を押さえ、しゃがみ込む奈樹。痛みを我慢していることで、呼吸が荒くなる。
刹那「戦ってる時に痛みで声を上げるなって、いっぱい怒られたよお? 今もすっごく痛いはずなのに、凄いね」
奈樹「…しい…?」
刹那「えっ?なに?」
小さな声で言った奈樹に聞き返す?
奈樹「傷つけるの…楽しい…?」
しゃがむ奈樹はそう言って、悲しみに満ちた瞳で刹那を見上げた。
刹那「別に楽しくないけど…だって任務だもん」
奈樹「そう…やっぱり…そうだったのね…」
蒼輝「奈樹…?」
痛みを堪えているはずの奈樹だが、恐ろしいほど冷静に言葉を続けた。
奈樹「今わかった…あっちの…掘鎧からは殺気がしていた…。けど…貴方は違う。貴方からは殺気を感じない…」
刹那「さっきとか今とか、よくわからない話はいいよお?」
奈樹を見ながら、腕をブラブラさせている。
奈樹「だったら…ハッキリと言う…。刹那…貴方は優しい子だから…殺しなんてしちゃいけない」
刹那がその言葉に対して動きが止まった。
奈樹「貴方の速さならもっと早く、私が反応する前に殺せた。けど、それを一撃でしないのは…殺したいと思っていないんでしょ…?」
刹那「……。…これがいつもの戦い方だもん…」
奈樹「心から望んでいないからこそ、戦い方に消極さが表れているのよ。刹那…貴方は変われる。優しい心を持って生きていける…迂闊に殺しなんてするものじゃない…」
刹那「……」
奈樹「刹那の心は優しくて良い子だって伝わる。だから楽しくないなら殺しは止めて…もっと素直に生きてほしい」
刹那は奈樹の言葉を黙って聞いていた。その蒼い瞳を見ながら、ただただ話に耳を傾けていた。
掘鎧「刹那、命乞いに惑わされるな」
ハッとした刹那は掘鎧を見る。
奈樹「命乞いじゃない…! 貴方もパートナーなら気付いているはず! 刹那は…!」
掘鎧「刹那が浅い傷を付けたのは別の目的がある。殺すための下準備にしか過ぎん。やれ、刹那」
刹那はほんの少しだけ反応が遅れたが、奈樹の近くの地面に手を触れる。
蒼輝「奈樹! 逃げろ!」
蒼輝は叫んだが、奈樹は動かなかった。
奈樹「せつなっ…! 刹那…!」
奈樹は悲しげな表情を浮かべて刹那の名前を声にした。命乞いではない。時間稼ぎでもない。刹那に、自分が経験したような過ちを犯してほしくなかったからだった。
刹那「…水牢 ウォーター・プリズン」
ドドドドドッ! と水音を鳴らしながら、奈樹を囲うように水が地面から吹き出す! そして透けていながらも分厚い水の壁で出来た牢獄が完成する! ワインボトルのような形で、天井部が先細りになっている。
奈樹「刹那!」
切られた箇所の痛みを堪えつつ立ち上がり、壁を二度叩いた。水とは思えぬ硬さで、壁はビクともしない。
蒼輝「奈樹…! けど…あれなら外からも手を出せない…逆に奈樹は安全に…」
奈樹「!」
足元に排水溝のような穴があり、そこから水が吹き出してくる! 奈樹は手で塞ごうとするが、水の勢いが強く塞ぐことはできず、立ち上がる。天井を確認すると小さい穴があるが、見たところ奈樹の細腕が通るかどうか程度の穴。
ドドドドドドド
激しい水音と共に少しずつ水かさを増して行き、足首まで水が浸かる状態になる。
奈樹「このままじゃ…!」
閉じ込めることのできる空間を作ることが可能なら、密室で窒息させてしまえばいい。しかし天井には空気が通る穴がある。そして下から溢れてくる水。その二つが示す答えとは…。
奈樹「溺死…」
そう考えている間に、水は脛にまで到達する。徐々に水が貯まっていき、ふくらはぎの傷口から血が滲み出す。
出血を減らすため膝を上げ、壁を背にもたれた。このままでは水牢が水で満ちるまで五分も掛からない。仮に水で牢が満たされなくても、傷口からの出血多量で死ぬことになる。
掘鎧「刹那が軽い傷を負わせたのは、このためだ。五分もすれば…あの水牢は赤く染まる」
勾玉「くっ…」
助けに動こうにも、掘鎧は勾玉の動きを妨害することに専念している。
刹那「これで…終わり」
蒼輝「奈樹!」
叫び、地牢を何度も叩いた。血が滲むほど強く拳を握り、叩いた手から血が流れようとも殴った。
蒼輝「奈樹ーーーー!」
地牢に捕らえられた蒼輝、掘鎧に妨害され無理に動けない勾玉。水牢の中で迫り来る死に追い詰められる奈樹。この状況を、打開する策はあるのか…。
刹那は、満ちてゆく水牢を静かに見つめていた…。