第四章 銀の鎖と空の鏡 エピローグ
浮遊要塞研究所イーバ。
幹部達の住まう階層。その最上部にある一室。和室であり、二十畳ほどの畳が敷かれている。
パチン。
窓から部屋に射し込む光。緑の着物を着た、緑髪の少女が背を向けて正座し、生花をしていた。10歳程の幼さだが、そうは思えないほど大人びた雰囲気をして、落ち着いていた。
「そうですか……。わかりました。報告ご苦労様です」
返事をする少女。ダークが帰還したことを伝えに来た部下が部屋から出ていった後、静かに花の枝を切る。
「……」
パチン。
「エビル」
パチン。
「マッド」
パチッ、パチン。
「陽子、ハルベルト」
パチン。
「ダーク」
花鋏を置く。自分が切った花を見つめる。
「幹部が全て退けられるとは……不甲斐ない……」
その声から感情を読み取れるようなものはなかった。花を見つめる少女の大きな瞳。畳に両手を付け、ゆっくりと立ち上がる。
「ならば、このイーバ幹部を統べる者……『緑葉』が直々に……」
イーバの新たにして最大級の脅威が、ついに動き出そうとしていた……。
―――――
グリーミア大陸。蒸し暑い真夏。力強い太陽の光が大地に熱を与える。お墓の前で手を合わせる二人が居た。
氷雨「……」
月花「……」
八束水家の墓石は、水が掛けられて冷たくなっていた。月花と氷雨は、約束通り墓参りに来ていた。
氷雨「墓参りを実現していただき、氷雨はとても感激しております。ありがとうございました」
月花「お礼なんていいよ。俺自身だって来たかったんだから」
氷雨「また……来年もご一緒してくれますか?」
月花「もちろん」
幼馴染の二人。育て親の墓の前で、月花と氷雨は笑った。二人はもう一度拝んでから、墓を後にする。
恋夢「あっ! 戻ってきたー!」
氷牙「墓参りは終わったか?」
入口で待っていた氷牙、シアン、恋夢の三人。月花と氷雨が墓参りのために島を出ると知った三人は、旅行を計画して一緒に付いてきた。
月花「あぁ。待たせたな」
シアン「あっちーなぁ。早く涼しいところに行こー」
氷牙「涼しいところなんて必要ねぇさ……。さぁ、帰ろうぜ氷雨ちゃん。俺達の家……熱い熱い愛の巣へ」
恋夢「えー! もうちょっと観光したーい!」
氷牙「俺っちは早く島に戻りたいんだよ! こんな暑い島にいられっか!」
恋夢「観光したいー! 他の島に来たの初めてなんだもーん!」
E生物の恋夢。ノスタルジアから出たのは初めてで、今回の旅行をとても喜んでいた。
氷雨「私も、もう少し見て回りたいと……」
氷牙「よし! それじゃ腹ごしらえするか! 氷雨ちゃん、なにがいい?」
月花「切り替え早いな!」
何処からか取り出したパンフレットを手に、氷雨の肩に手を回す氷牙。
恋夢「もー! 氷牙お兄ちゃんったら氷雨お姉ちゃんに甘いんだからー!」
シアン「よっしゃ! 親分がまだまだ観光するなら、オイラも賛成だぜ!」
ギャーギャーと騒ぎながら歩き始める氷牙と恋夢。後ろを歩くシアン。やれやれ、といった感じで歩き始める月花。氷雨が月花の横に立って歩く。
氷雨「月花様」
月花は氷雨を見た。氷雨は氷牙達の背を見ている。
氷雨「わたくしは……両親と過ごした日々を第一の人生とし、皆さんと過ごす今の日々を第二の人生だと思っております」
月花を見て微笑んだ。
氷雨「氷雨は今、幸せです」
月花「……氷雨ちゃん」
氷牙「氷雨ちゃーん! ほら、行こうぜー!」
氷雨「はい、旦那様。すぐに参ります」
氷牙の方を見て返事をする。月花に目で合図し、一緒に歩き始める。
月花「第二の人生……か……」
その言葉を自身と照らし合わせていた。
氷雨と過ごした日々。月で月光嗔として過ごした日々。そして、今現在ノスタルジアで過ごす日々。自身にとって第三の人生なのかも知れないと思った。
だが、全ての足跡があったからこそ、今の自分がいる。今の自分が形成されている。
月花は、過去に関わってきた自分を形成してきた人達に感謝していた。そして、これから先も自身に関わる全てを大切にしていこうと誓った……。
―――――
光芒結社
レイは結社内の自分の部屋で、アイマスクをしてソファーに座っていた。その隣に座るのは光芒結社のNo.2の女性、ミネルヴァ・ストリクス。
レイは最も信頼するミネルヴァに、月の都であったことを話していた。
レイ「そういうことさ……。イーバの力は僕の想像の遥か上を言っていた……」
ミネルヴァ「咎力を解析されて手も足も出ない……とは言え、それはレイが『あの力』を封印せざるを得ない状態だったから相手が防いだだけのこと。違うかしら?」
レイ「……」
ミネルヴァ「『あの力』は咎力を超越した完全無欠の力。それを使ってない以上、レイが劣っているわけではない」
レイ「……そうだね。まだ僕の完全無欠の力が破られたわけじゃない……」
ミネルヴァ「本来の貴方であれば敵ではない。けど、イーバや悪魔との戦いで無理をしている期間が続いている。少しの間、結社で休むといいわ」
レイ「そうだね……そのほうが良いみたいだ……」
ミネルヴァは立ち上がり、部屋を出ようと扉に向かう。
ミネルヴァ「私も私なりに、イーバについて調べてみる」
レイ「僕の代役にでもなるつもりかい?」
ミネルヴァ「いいえ。……興味があるの。レイが素の状態では仕留めきれないような組織。その実力を一度は目にしておきたい」
ミネルヴァは部屋を出て行った。そうしてレイはしばらくの間、光芒結社に滞在することにした。消費した『力』を回復し、イーバの次なる侵攻に備えるつもりだった。
―――――
遥か遠く月の大地。月の都。
ファラル大陸で、崩壊したままであった桜黤王国の後処理を済ませたバサラは悠久の島に戻ってきた。マリアが島に訪れた日、蒼輝と奈樹と共に、ノスタルジアに設置されている転送装置を使って月の都に来ていた。
都では毎日、少しずつ修復作業がされていた。ダークとの戦いによってヒビが入ったり、壊れた部分を直していた。
ラミア「よいしょ! よいしょー!」
紅の鈴を鳴らしながら、作業道具を運んでいるラミア。屋根の上で作業をしている銀楼の元へ持ってくる。
蒼輝「やってるみたいだな」
銀楼達の様子見ている車椅子に座るセレーネと、その隣に立つルーンの所へやって来た。。
セレーネ「あっ! いらっしゃいだよもん!」
ルーン「あぁ。休憩しながら観察してたところ、頑張ってやってるみたいだ。あれ? そっちは?」
面識の無い二人、バサラとマリアの存在に気付いたルーン。
バサラ「俺はバサラだ。月の四使徒の話はチョロっと聞いてるゼ」
マリア「私はマリア……。マリアリアドネレイド・ヒエロスです。失礼かも知れませんが……あの……」
ルーン「ん?」
マリア「あ……握手して下さい!」
恥ずかしそうに目を閉じ、両手を前に出す。
ルーン「ん……んんっ?」
セレーネ「握手? どうしたの?」
バサラ「マリアは教会の聖女でな。神サマとかその使徒に会ったって聞いてからというものの……」
奈樹「絶対に月の都に行くって言って……」
蒼輝「だからここまで来たってワケさ」
神を信仰する聖女であるマリア。久し振りに島にやってきた際に、月の女神アルテミスや月の四使徒の話を聞いてからというものの、落ち着きがなかった。自身が信じて生きてきた神の存在が証明されたのだから、気持ちが昂ぶっていてもおかしくはなかった。
セレーネ「減るものじゃないからね。握手でよければ」
ルーン「俺達にとっちゃ神というか、、アルテミちゃんは身近な存在すぎてなぁ」
マリア「感激しました……。ありがとうございました」
セレーネとルーンと握手をし、お礼を言って頭を下げるマリア。
セレーネ「そんな畏まらなくていいっていいって」
ルーン「こんなベッピンさんと握手できるってだけで、四使徒は役得だな。ハハハッ」
蒼輝「銀楼は呼ばなくていいのか?」
作業をしていて、蒼輝達に気付いてない様子の銀楼を見る。
ルーン「銀のヤツには嫁サンが付きっきりだからなぁ」
聞こえないようにしつつ、茶化すように笑うルーン。
セレーネ「あの二人いつも言い合いしてるんだけどね……波長が合うのかな? どう見ても仲良しなんだよもん」
ルーン「夫婦喧嘩は兎も食わぬってやつさ」
奈樹「犬も食わずじゃ……」
バサラ「月だし文化が違うのかも知れんゼ、奈樹の姫」
兎なのか犬なのか、真偽を確かめたいと思い、質問しようとする奈樹だった。銀楼が蒼輝達がやってきている事に気が付いた。挨拶をするわけでもなく、ルーンに向かって言った。
銀楼「おい。手伝うって言ってたんだから、ちゃんとやれよ」
ラミア「銀ちゃん、手伝ってもらってるんだから言い方があるでしょ!」
ルーン「はいはい。それじゃ、俺もそろそろ作業に戻るわ」
奈樹「あっ……」
ルーンも屋根に登ってゆく。奈樹は質問するタイミングを失ってしまっていた。
蒼輝「ちゃんと直してるんだな」
蒼輝は銀楼に声を掛けた。
銀楼「まぁな……。あの野郎のせいだが、俺が壊したようなもんだからな……」
あの野郎とはダークのこと。銀楼自身は都に損害を与えるほどの戦闘を行っておらず、都の至る所にヒビが入っている殆どはダークと蒼輝の影響である。
だが、元はと言えば銀楼がダークと手を組むことが無ければ月の都に被害が出ることはなかった。その事から、銀楼は率先して修復作業を行っていた。
奈樹「そういえば……アルテミス様はどちらに?」
ルーン「残念だけど、今は面会できないんだ。書類うんぬんが貯まっててね」
セレーネ「役割擦り付けようとして甘えてきたけど、部屋に閉じ込めといたんだよもん」
バサラ「サボり癖でもあるのか?」
蒼輝「そんな感じだな……。まぁ、相変わらずって感じだな……」
マリア「か……神にも色々事情はあるのですね……」
蒼輝「多分、ここの神様だけだと思うけどな……ここまで人間味あるのって」
高貴な神のイメージが少し崩れつつあるマリアであったが、蒼輝なりのフォローをした。
少し残念そうにするマリアであった。アルテミスとの面会は諦め、四使徒達に別れを告げて帰ることにした。
宮殿の一室。アルテミスは、月の宝具 アーク・オブ・アルテミスで都の様子を見ていた。
アルテミス「影葉 蒼輝……」
映し出される画面。そこにいるのは、蒼輝。
アルテミス「私は……金雀児 奈樹では無く、こちらを検査すべきだったのかも知れませんね……」
不穏な表情で蒼輝を見るアルテミス。都から去ってゆく、その背をジッと見つめていた。
―――――
勾玉とマテリアと風魔はムトの家を訪れており、月の都であった話をしていた。ムトの家政婦のロボット、サツキは何も言わずにムトの隣に立っていた。
ムト「月に……神とはのう……」
勾玉「信じられんようだが、本当のことだ」
マテリア「こっちの力を解析して、無効化する能力まであったです」
ムトは皆に背を向け、キーボードで機械に何かを打ち込んでいる。
ムト「イーバの力は、開錠を機に増しているようじゃの」
風魔「開錠の能力は厄介だったね。そもそも厄介じゃない能力って無かったけど」
ムト「月のテクノロジーは、どうじゃった? 月に転移する装置まで作り、この島に設置するくらいじゃからの。人知を超えるものじゃったろう」
勾玉「俺とマテリアは防衛に向かった短時間しか居なかった。月に人が住んでいるのを目にしたことに驚いたせいか、細かくは文明などを見て来れなかった」
風魔「うーん……そうだね。やっぱり俺は月の宝具が気になったかな」
特殊な能力を持つ月の宝具と呼ばれる武具があるということを、ムトに教えた。
ムト「ほう……。そんなに発達しておるのか」
マテリア「元々月の四使徒だった月花さんだけじゃなく、蒼輝さんと奈樹も月の宝具を貰えたです」
ムト「……色々と調べみたいものじゃの」
勾玉「創作意欲と研究心が沸き立つということか……」
しばらく集中していたのか、無言であったムト。叩いていたキーボードの手を止め、回転椅子を180度回して勾玉達の方を見た。
ムト「さて、ワシの作業は一時中断じゃ。そろそろ休憩に入る」
風魔「はいはい。それじゃ帰りますか。また何かあったら頼むよ」
マテリア「それでは、お邪魔しましたです」
ムト「うむ。もうじき弁当配達を終える時間じゃ。来たら子供らの相手をしてやらんとならんからの」
『子供ら』とは、E生物の子供達。ムトの発明品をイジったり遊んだりするのが好きで、頻繁に家を訪問してきていた。
勾玉「子供たちの面倒を見て貰って助かっている」
ムト「構わん。どうせ勝手に発明品で遊んどるだけで、ワシはほぼほぼ何もしとらんからの」
風魔「サツキさん、またね」
サツキ「またお越し下さい」
サツキに見送られた勾玉、マテリア、風魔は、ムトの家を後にした。
風魔「さて……今度からどうしますかねぇ」
勾玉「イーバの動向が気になるところだが、神と関係を結べたことは大きい。今後の大きな助けとなってくれるはずだ」
マテリア「幹部って……後何人くらい居るですかね……」
勾玉「寧ろ、そういうことに詳しいのはマテリアではないのか?」
マテリア「建物内部の構造だったら覚えてたですけど……イーバにいた頃に幹部と接触したことは無いです……」
風魔「まっ、とにかくさ。同じくらいの強さの奴が何人いても、今まで倒してきてるんだし、蒼輝とナッちゃんが何とかしてくれるって。なんたって月の宝具だし」
勾玉「過信しすぎるのは良くないがな……。二人の武器は一度ダークに見せてしまっている。情報はイーバに伝わっているだろう」
しばらくイーバや月の都について語っていたが、何か名案や対策が浮かぶ訳でもなかった。いつまでもムトの家の前に居るわけにもいかないので、解散することにした。三人は、それぞれの家へと帰っていった……。
『見ツケタ……。ヨウヤク……』
ノスタルジアに再び発生する次元の切れ目。以前にも起きた、誰にも気付かれることなく開き、閉じられた隙間。
その中には、確実に人が存在していた。
『コレデ……成就……』
その切り裂かれた空間は、徐々に閉じていった……。
そこは何事も無かったかのような平穏そのもの。
だが……中から視ていた人物は、動くべき時が来るまで身を潜め、ただ静かに獲物を観察し続けているのであった……。
蒼咎のシックザール 第四章 銀の鎖と空の鏡 エピローグ End