40-C -覚醒の予兆-
比較的に安全な離れた位置に居るマテリアの所へと奈樹を運んだ蒼輝。勾玉、レイ、月花と銀楼は刹那を救い出すために結界の周りに立った。
そこから現れるであろう鉱石兵士を待ち構えた。だが……姿を見せることは無かった。
何故なら……鉱石兵士が出現する以前に、結界が破壊されたからであった。
ドゴォォォォォォォォン!
結界が砕け、中から何かが横向きに一直線に飛び出した!
それは疾速。
身体が地面に落ちてバウンドし、ゴロゴロと転がり30メートルほど先で止まる。
月花「一体……何が……」
解除された結界の中には刹那が倒れていた。
奈樹「刹那……くっ……」
マテリア「奈樹……動いちゃダメです」
刹那を心配し、身体を起こそうとする。しかし、痛みが残っているのか動けないでいる。マテリアは無理をさせないように制止する。
月花「刹那ちゃん……一体何が……」
刹那を抱き起こす。息はしているし、身体は無傷。眠っているようで表情は安らかだった。
勾玉「幹部の力を模倣する……あの疾速を……刹那がこの短時間で、たった一人で倒したというのか……? 信じられん……」
実際に疾速の模倣システムに苦戦を強いられた勾玉。刹那の潜在能力の覚醒か、または偶然何かが起きて倒せたのか・・・大きな疑問を抱くことになった。
レイ「後は……風魔だね」
蒼輝「風魔……」
その時、風魔とダークを包んでいた闇が瞬く間に膨張し、弾けとんだ。ダークはきりもみ回転しながら疾速と同じように吹き飛び、疾速より遥かに先、その倍以上の距離を飛んでゆき、都の門の前で倒れる。
闇が解除され、風魔が背を向けて立っていた。
蒼輝「風魔……!」
風魔はその声に振り返った。
風魔「なんとかなったみたい」
はにかんだ笑みを見せる風魔。全くの無傷に、蒼輝は驚いていた。
蒼輝「なったみたいって……自分でやったことだろ?」
風魔「いやー、無我夢中って言うの? 死にたくないと思って必死にやったら倒せたってカンジかな?」
頭をポリポリ掻きながら、照れくさそうに言った。
勾玉「何か策があるとは思っていたが……そんな後先考えていない方法とは……呆れた奴だ」
風魔のことだから、きっと考えがあった結果だと確信しているが、言い訳の下手さに呆れていた。
月花「良かった……皆……無事か……」
銀楼「ケッ、イイ仲間持ってるじゃねぇか。俺の力は必要無かったんじゃねぇか?」
月花「必要だったさ。今も……今までも、これから先も」
銀楼を見た。その目は信頼。もう敵としてではなく、かつての四使徒の仲間である者として見ていた。
銀楼「……」
三日月を鞘に収め、背を向けた。
銀楼「ダークの野郎はブチのめされたんだ。俺のやることは終わった」
そう言って宮殿の中へと歩いて行く。宮殿の入口の脇に居たマテリアを見た。
マテリア「ひっ……」
銀楼「……」
怯えるマテリアを見ていた。マテリアは銀楼の闇討ちに合っている。そのことから、恐怖を思い出していた。
銀楼「……襲って悪かったな」
小さな声で一言。それは謝罪の言葉だった。マテリアは呆然としたまま、銀楼の背を見ていた。
都の中心部分付近……倒れていた疾速はゆっくりと身体を起こし、立ち上がった。
疾速「イテテ……なんだってんだ……開錠とは全然違うあの力は……。ダークの旦那は……っと。やられてんじゃん」
服をパンパンと叩き、倒れているダークの元へ歩いた。
ダーク「ククク……ククク……」
宮殿の門付近……ダークは笑っていた。ボロボロになってうつ伏せに倒れたまま。気味の悪い笑いを繰り返していた。
ダーク「面白いカナァ……ククク……まだ……あんな兵器が……ククク……」
疾速「オイオイ、ダークの旦那……。……こりゃしばらくこのままっぽいな」
風魔に打ちのめされたダークは、ただただ笑っていた。疾速はダークの腕を掴み、ダークに帰還の言葉を言うように催促した。
そして……。
蒼輝「あれは……!」
奈樹の元へ来た蒼輝が、都の門の方向へ振り返って見た光。それは月面から飛び立ち、ノスタルジアのある星へと向かっていく光。
粒子帰還。イーバ幹部であるダークと、DD騎兵士の疾速がイーバへと帰還したという証。
侵略者の退避。それはつまり、月の都は完全に守られたということだった。
こうして……月の都に平和が訪れた。
避難していた民とウサギ達は元の生活に戻り、都へと戻ってきていた。月の宝具 アーク・オブ・アルテミスでバリアを発生させていたにも関わらず、都の至るところが破損しており、戦いの激しさが伝わっていた。
蒼輝達はしばらく休憩していた。それぞれが思い思いに休み、疾速との戦いの後から気を失っている刹那が目覚めるのを待っていた……。奈樹もしばらく動けずにいた。
そして戦いが終わってから二時間後……皆はアルテミスの玉座の間に集合した。
玉座の前には、浮遊するアーク・オブ・アルテミスに座るアルテミス。その階段の下に立つのは月花、ルーン、セレーネ、銀楼、ラミア。
アルテミス「生幽界からの援護のお陰で、月の都を防衛することが出来ました。アナタ達には感謝しています」
横に並んで整列する、レイ、風魔、蒼輝、奈樹、刹那、勾玉、マテリア。月の四使徒であるルーンが前に出た。
ルーン「感謝する。こっちの能力を解析されたとなっちゃあ、俺やセレーネだけじゃなんともならなかったかも知れないからな」
セレーネ「協力してくれてありがとう! もう家族みたいなものだねー! これからも、よろしくだよもん!」
車椅子に座り、ニコニコとしているセレーネ。
アルテミス「……銀楼」
銀楼「……」
アルテミスの言葉に何も言わず、一歩前に出る。
銀楼「俺は自分の目的のために手段を選ばなかった。だからダークの野郎の口車に乗せられ、島で無差別に襲った。月光嗔を誘き出すために」
月花「銀楼……」
銀楼「月光嗔が居なくならなければ、俺がこんなことをすることはなかった」
月花「その通りだな……すまない……」
ルーン「けど銀楼も軽率っつーか単純つーかなぁ……」
銀楼「なんだと!?」
ルーンに向かって一歩踏み出す。ルーンはルーンなりに、月花をフォローしたつもりであった。
セレーネ「まぁまぁ。こうしてまた皆一緒になったんだからさ。仲良くしよーよ!」
こうなった時、いつもなだめるのはムードメイカーのセレーネであった。
アルテミス「銀楼は決して悪ではありません。こうして我々の元へと戻ってきたのですから」
ラミア「銀ちゃんはいい人なの! 許してあげて!」
銀楼「……」
大切な人を想う、ラミアの真剣な懇願。月花は銀楼の前に歩いた。
月花「……」
銀楼「……」
銀楼の目を見た後、蒼輝達のほうを振り返った。
月花「銀楼は島の皆を襲った。それは事実です。俺もそれを許すつもりはなかった。けど、イーバに立ち向かったのも事実……。それでどうか、銀楼のしたことを許してくれませんか?」
その発現に対し、蒼輝はすぐさま返事をした。
蒼輝「奈樹を助けるために協力してくれたんだ。むしろ感謝するくらいだ」
勾玉「ダークに解析されていた俺達だけでは、奈樹を救うことは難しかっただろう……」
レイ「悪という闇ではない限り、光を持っている。君の誠意は見せてもらったよ」
銀楼は月光嗔に執着していたところを、その心をダークに利用された。しかし、それは利用されたに過ぎないこと。銀楼は自分の意思で奈樹を助け出し、ダークと戦った。皆も銀楼の犯した過ちを水に流した。
奈樹「銀楼さん、ありがとうございました」
刹那「刹那からも! 奈樹様を助けてくれてありがとお!」
月花「ありがとうございます……」
月花は頭を下げた。ノスタルジアの皆の心優しさに感謝した。
蒼輝「許すに決まってるさ。きっと……カノンなら、そうする」
ノスタルジアの女神と呼ばれた存在、カノン。島の者達の模範的存在。蒼輝の心には、いつになくカノンの心が宿っていた。
それは、カノンとの思い出が蒼輝自身の暴走を止めたからに違いなかった。
銀楼「……」
ラミア「銀ちゃん! 銀ちゃんからも、何か言わなきゃ!」
腕に巻いた鎖をグイグイ引っ張って、銀楼に催促する。
銀楼「……」
ラミア「銀ちゃん! ホラホラ!」
銀楼「うるせーぞ! お前のペットじゃねぇんだぞ!」
ラミア「人のことお前って言わないの! メッ」
まるでペットを叱りつけような様子のラミア。セレーネはクスッと笑っていた。
銀楼「人のことって……人じゃねぇだろ! 悪魔め!」
月花「あ……」
ルーン「悪魔ぁ?」
マテリア「全然気が付かなかったです……」
蒼輝「ラミアって悪魔なのか?」
ラミア「そーだよ! 元々冥幽界に居たんだけど……気付いたら月で迷子になってた! そこを銀ちゃんに助けてもらったんだよ!」
セレーネ「すっごー! 握手してよ! 握手! 悪魔のお友達だなんて初めてー!」
テンションの上がっているセレーネは、ラミアと握手をした。
勾玉「どうも気が抜けるな……」
風魔「いいんじゃない? せっかく落ち着いたんだし」
しばらく黙っていた銀楼だったが、重い口を開いた。
銀楼「ったく……。悪かったな。俺が怪我させた他の奴にも謝っておいてくれ……」
ラミアの勢いに負けてか、素直に謝った。皆はその言葉に頷いた。
ラミア「よかったね! 銀ちゃん!」
銀楼の腕にしがみつく。
銀楼「ええぃ! いちいち掴まるな!」
離そうとして腕を振るが、ラミアは放れなかった。カチューシャに付けられた紅の鈴の音色が聞こえた。
ルーン「銀楼にも保護者が出来たか。いいこった」
ラミア「もう銀ちゃんには悪いことさせないからね! エヘヘッ」
銀楼とラミア。二人の様子は、まるで恋人同士のようだった。
勾玉「暑苦しいものだな……」
ラミア「月の使徒に戻って活躍してね! カッコイイとこ見せてね!」
銀楼「……」
蒼輝「四使徒に戻るのか?」
アルテミス「はい。銀楼は月の四使徒に戻ることを許可します。荒らした跡始末もしてもらわなければなりませんからね」
銀楼が自分のことをババァと呼んだことに対しての罰を含んでいたが、個人的な理由すぎるので黙っていた。
銀楼「……」
ラミア「私も手伝うから安心していいよ!」
ルーン「俺も手伝うぜ、銀」
セレーナ「私は歩けないから……現場監督?」
銀楼「ったく……お人好しもいいところだな……」
月の四使徒であったリュートの妹、リュラが玉座の間へ入ってきた。
リュラ「転送装置、準備ができました。いつでも起動できます」
蒼輝「そんじゃ……そろそろ帰るか」
奈樹「そうね……。色々ありすぎて、凄く疲れてる……」
ルーン「また観光にでも来てくれ。転送装置のエネルギーの無駄遣いはあんま出来ないけどな」
セレーネ「ドーナツなら、ごちそうするよ!」
アルテミス「月の法具の鍛錬を忘れないように」
奈樹「はい。使いこなせるように毎日練習します」
蒼輝「暗黒剣ルシフェル……。俺……奈樹がやられた後……ヘンな感じになって記憶が無いんだよな……」
様子を見ていた勾玉は、蒼輝に何も伝えなかった。信じがたい光景であり、蒼輝に話しても信じられないだろうと思ったからだった。
何かの力に覚醒したかのような恐ろしい力を持っていたのは蒼輝だけではない。以前から何かしら力を隠し持っている風魔……そして、疾速を倒した刹那の力。
今はまだ不完全かも知れないが、大きな力が覚醒しようとしている予兆を感じていた。
アルテミス「それでは……転送装置まで、お見送りに行きましょう」
皆は月の都の入口へ歩き出した。その前に蒼輝が発言した。
蒼輝「そうだ、アルテミス様さ……。ちょっと相談があるんだけど」
アルテミス「なんでしょうか?」
……―――
銀楼との戦い、ダークとの死闘を終えたことにより、月の都に平穏が訪れた。
……そうして夜のノスタルジアへ帰ってきた一同。転送に使用された月の柱は消え、先程まで月の世界に居たことが嘘のような、元通りの生活が戻ることになった。
蒼輝「久しぶりのノスタルジアだぜ……やっぱり落ち着くな」
奈樹「そうね……。私、颯紗に会ってくる」
自身の帰還を知らせるため、家へ戻る奈樹。皆もそれぞれの帰る家へと歩いて行った。
奈樹は少し急ぎ足だった。早く、早く自身の無事を知らせたかった。
奈樹「ただいま」
家の玄関を開ける。声に反応して、すぐさま走ってくる音が聞こえる。
颯紗「奈樹!」
すぐに出迎え、飛びついて抱きついてきた颯紗。
奈樹「颯紗……ただいま」
颯紗「おかえり……奈樹……。よかった……よかった……」
奈樹の胸で泣いている颯紗。相当な不安だったのだろう。そして戻ってきたという安堵。その感情の爆発により泣いてしまったのだろう。
颯紗の感じていた嫌な予感は、奈樹がダークに粒子化されてしまうような、命の危険を察知していたのかも知れない。
奈樹「大丈夫……大丈夫だから」
颯紗「うん……うん……」
頭を撫で、安心させる奈樹。颯紗が泣き止むまで、ずっと傍にいた。
……―――
蒼輝「オッス、まだ起きてて良かったぜ」
蒼輝が訪れた家。開いた玄関。そこには金髪の少女と黒豹。
ディアナ「あー! 蒼輝っちゃん! 最近居なかったけど、ドコ行ってたのー?」
蒼輝「まぁ……ちょっと遠くにな」
アルテミスとの約束。月に行ったことと、ディアナの記憶に関することは内緒にする約束だったので、とりあえず誤魔化した。遠くに行ったと言うことは事実であった。
ディアナ「どうしたの? なんか家まで来るって珍しいね? そうだよね?」
蒼輝「遠くに行ってきたお土産持ってきたんだ。これを澪に渡してくれ」
そう言って蒼輝は手渡した。受け取ったディアナは、なんの変哲もないソレを見ている。
ディアナ「なにこれー? 手袋? 温かくなさそうだよ?」
澪「ディアナちゃん……?」
タイミング良く、澪が玄関にやってきた。
ディアナ「澪っちゃんにプレゼントだって! ハイ! あっ、でも手袋がダメになっちゃうかな?」
ニコニコして、澪に手袋を渡した。それは薄く、真っ白な手袋。澪が触れたことで、壊れてしまうのではないかと思った。
ディアナ「あれれ? 手袋平気じゃない? 平気だよね?」
死神の手を持つ澪が触れても平気な、特殊な手袋に驚く。
蒼輝「ちょっとした事情でさ、そんなの手に入れたんだ」
蒼輝は月から帰る前にアルテミスに相談したのだ。澪が触れたモノが死を迎える、まるで死神の能力について語った。澪を古くから知っているアルテミスであれば、何とかしてくれると考えた結果だった。
アルテミスは言った。澪の力は、ただの咎力であると。
蒼輝は、咎力を封じる手袋を貰った。装着しなくても外部と内部で咎力を遮断するので、澪の力で手袋が消失することはない。
澪「……」
そっと手袋を装着した澪。まじまじと自分の手を見ている。
ディアナ「これで澪ちゃんが触っても大丈夫になるの?」
蒼輝「あぁ。これで普通の女の子だ」
澪「ありがとう……」
ディアナ「試しに蒼輝っちゃん触っても大丈夫か確かめていい? いいよね?」
蒼輝「よくねーよ! もしもってこと考えるところだろ!」
外に出てされた地面の草を触った。その草は枯れることなく無事だった。
ディアナ「これで澪ちゃんが普通に生活できるね!」
蒼輝「良かったな、澪」
澪「……」
静かに頷く澪。その表情は、柔らかい微笑み。蒼輝は安心して、ディアナの家から立ち去った。一瞬だけブラックと目が合った。正体を知った今でもディアナはディアナ。ブラックはブラックとして、今までと変わらない態度でいるつもりだった。
蒼輝は歩きながら空を見上げた。まるで先程までのやりとりを見ていたかのように、満月が眩しく輝いていた。
……―――
花の屋敷。その門の前で、芙蓉が座っていた。月花が月へ発った日から……月が出ている日はいつもこうして座っていた。
家事を済ませて皆が眠って一人になると、必ず門の前に座っていた。
芙蓉は、ただただ帰る場所となって待っていた。
芙蓉「……!」
俯いていた芙蓉を、影が包んだ。咄嗟に顔を上げた。目に映ったのは、黒。
月花「ただいま、芙蓉さん」
芙蓉「……おかえりなさい」
記憶を取り戻した月花。月光嗔としての、月の四使徒としての使命感も思い出していた。しかし、月の都から帰還した。
帰ると約束した芙蓉の所に、帰る場所となると言ってくれた芙蓉の所に、最初にやってきた。再会に二人は微笑んだ。
こうして月が原因となって始まった銀楼の闇討ち。銀楼との都での決着。そしてイーバ幹部であるダークを倒したことで、月の都で発生した問題を全てを解決した。
遥か彼方先から射す月。それはまるで空に浮かぶ鏡。月の眩い光は、まるでノスタルジア全体を見守り、守護しているかのように輝いていた……。
第四十話 -覚醒の予兆- End
蒼咎のシックザール 第四章 完