38-C -終戦の音、開戦の闇-
……―――――
月の砂丘を歩いている銀楼。人は月の都にしか居ない。誰かと一緒なんてことはない。人とすれ違うことなんてない。たまに襲ってくる月で繁殖しつつある怪物。それを薙ぎ倒すだけ。たった一人、孤独な旅。
銀楼「……」
ルーンの制止を振り切って月の四使徒から脱退し、月の都から旅立った銀楼。行方不明となっていた月光嗔の行方を探していた。
銀楼「あの野郎……何処に行きやがった……」
歩いていると襲ってくる怪物。月の四使徒である時に何度も倒してきた。邪魔する者は切るだけ。募るイライラを発散させるためだけに存在している気がしていた。銀楼の実力の前では、その程度の存在だった。
『あのー……』
銀楼は声を掛けられた。前に立つのは、自分と同じ銀色の髪。その女性はラミア。二人の出会いだった。
ラミア「ここって何処か教えてくれない?」
銀楼「……」
月の都の者ではないと直感的に思った。無視しようと思ったが、銀色の髪を見ていると妙に放っておけない気がした。
銀楼「ここは月だ。見てわかんだろ」
ラミア「……月……?」
キョロキョロと見渡す。遠くに見える様々な星。ジックリと眺めた後、途方に暮れていた。
銀楼「……」
その様子を見て、やはり月の者では無いと確信した。
ラミア「村とか無いの? お願い! 人の居るところまで連れて行って!」
両手を合わせ、強く目を閉じてお願いする。
銀楼「向こうに都がある。一人で行け」
ラミア「あっ、そうなんだ! ありがとうありがとう!」
ラミアは手を振って走り去っていった。銀楼は見届けることもなく歩き出した。
銀楼「……」
目を閉じ、月光嗔のことを考えていた。何故居なくなったのか、どこへいったのか……いくら考えても、いくら調べてもわからなかったこと……。それを考えていた。
『あのー……』
目を開いた銀楼。前方に先ほどの銀色の髪の女性が立っていた。
銀楼「……何をしている?」
ラミア「いやー、歩いてたんだけど……また会ったね!」
銀楼は再び方角を教えた。ラミアは笑顔で手を振って走っていった。再び歩き出す銀楼。
銀楼「ったく……」
漏れる溜息。しばらく歩くと……。
ラミア「あれれー?」
銀楼「……」
ラミア「また会っちゃった」
またしても前から現れたラミア。
ラミア「ごめんねー! 方向音痴でさ。迷っちゃった」
銀楼「方向音痴ってレベルじゃねーよ! なんで真逆に歩いたのに真正面から歩いてくんだよ!?」
ラミア「そんなこと言われても仕方ないじゃん!」
思わずキツく発言する銀楼。それを皮切りに口論が勃発する。しばらくして、ラミアが提案した。
ラミア「じゃあ、道案内してよ! 道案内!」
銀楼「何回もやってんだろうが!」
ラミア「方向音痴なんだから、指差されただけじゃわかんないよー!」
銀楼は面倒になり、仕方なく都の方向に向かって歩く。
銀楼「付いてこい」
ラミア「やったー! ありがとう!」
喜んで手を繋ぐラミア。
銀楼「掴んでんじゃねぇ!」
振り払う銀楼だが、ラミアはまた掴んだ。
ラミア「また迷子になってもいいの?」
銀楼「……」
もしもはぐれて、また道案内をしなければならないと思うと面倒だと思った。
ラミア「えへへ、ありがとうね。なんだかんだで連れて行ってくれるなんて、カッコイイじゃん。私はラミアって言うんだ。名前、なんて言うの?」
銀楼「銀楼だ……」
答えないと、また面倒なことになる気しかしなかった。
ラミア「銀ちゃんって言うんだ……ピッタリだね!」
銀楼「その呼び方やめろ」
ラミア「カッコイイじゃん! お揃いの銀色の髪で、なんだか運命感じちゃった」
銀楼は少し驚いた。銀色の髪を意識していたのは、自分だけで無かったことに。
銀楼「……」
ラミア「それでねー、ほんと大変でさー。お腹もペコペコだよー」
ひたすら話しかけてくるラミアの話を聞いていた銀楼。その明るくて人懐っこいラミアに対し、徐々に悪い印象を持たなくなっていた。そして、月の都が見える所までやってきた。
銀楼「後は自分で行きな」
ラミア「えぇ……一緒に行こうよ!」
銀楼「俺は……あの都へ戻らない」
ラミア「……何かあったの?」
心配そうに見つめるラミア。何故か銀楼は、この短時間でラミアに対して心を許してしまっていた。事情を全て語るわけではないが、余程のことが無ければ都へ立ち入ることはないことを伝えた。その余程のこととは、月光嗔が都へ戻った場合であった。
銀楼は嘘をついた。
都に二度と帰るつもりは無かったが、このラミアという女性には都に帰ることがあると言っておかなければ面倒なことになると思ったからだった。
ラミア「そうなんだ……。アタシ、あそこの都入っても大丈夫かな?」
銀楼「どういうことだ?」
ラミア「ホラさ……その……種族とかそいうの……」
頭をポリポリ掻いて、困った表情をしている。
銀楼「ただの人じゃねぇのか?」
ラミア「あのね……アタシ、悪魔なんだ」
銀楼「悪魔……!?」
今まで隣にいた女性。目の前に映る女性、ラミア。その正体は悪魔だと言う。顔から足元、また顔を見る。
銀楼「には見えねぇな……」
ラミア「そう? まぁ人間に近いタイプかな。角だってちっちゃくて、カチューシャで隠しちゃってるもん」
銀楼はカチューシャを見た。その装飾を見て、閃いたことがあった。
銀楼「そろそろ俺は行く。もう迷子になるなよ」
ラミア「ありがとう。また会えるといいね!」
銀楼「……道に迷って出くわしてくるなよ?」
そう言った銀楼は、ポケットに入れていた物を取り出した。それはお守り。その中に入っていた物を、ラミアのカチューシャの左右に結び付けた。結んでいる最中に音が鳴る。
チリン……チリン……。
ラミア「鈴?」
銀楼「これ付けとけばよ、迷子になってたら音で何処に行ったかわかるだろ?」
ラミアは頭を軽く振る。優しい二つの鈴の音が鳴る。
ラミア「これで迷子になっても、銀ちゃんに探してもらえるね」
笑顔のラミア。その表情を見て、悪い気はしていない銀楼だった。
ラミア「けど、貰っちゃっていいの? 大事なものなんじゃないの?」
銀楼「構わねぇよ……全てを捨ててきた俺には必要ねぇ代物だ。月のことも、その前ことも」
ラミアは、一瞬だけ悲しそうな表情を見た。
銀楼「またな」
『またな』。再会を約束するかのように、嘘を告げて去っていく銀楼。ラミアはその背を、その髪をジッと見つめていた。その姿が遠く、小さくなってもずっと見つめていた。また会えると信じて。
目に焼き付けるかのように視ていたラミアだったが、男の姿が完全に見えなくなると都へと歩いて行った。
行く宛のないラミアは、都を訪ねてアルテミスに事情を話した。
ラミア「そういうことなんですー」
アルテミス「私も民も月への移民ですから……快く迎え入れましょう」
ラミア「ありがとうございますです! ははーっ」
頭を下げるラミア。独特な雰囲気に、少し惑わされるアルテミスであった。こうしてアルテミスに都に住むことを許可された。
ラミアは、都で銀楼について何も言わなかった。銀楼自身が月に戻らないと言ったからには、何か事情があると思っていたからだった。だから、ずっと待っていた。銀楼が戻ってくるのを。ずっと待っていた。
しばらく月の都で過ごしたラミア。すっかり都の一員となっていたが、ある時に偶然聞いてしまった。
ルーンとセレーネが宮殿のバルコニーで会話していた。銀楼は月の都に帰らないだろうと言う話を。
ラミアはいても立ってもいられず、都を飛び出した。
そして月を歩き続けた。ずっと、ずっと。
銀楼へ自分の場所を知らせるために、鈴の音を鳴り響かせた。ずっと、ずっと。
ずっと、ずっと……。
そして……見つけた。
イーバ装甲兵の大群と走る銀楼の姿を。ラミアは後を追った。
ラミア「銀ちゃん……銀ちゃん……!」
走り続けた。
チリン……チリン……。
都の入口に居た風魔と刹那の横を駆け抜けた。
チリン……チリン……。
都の中に居たルーンの横を駆け抜けた。
チリン……チリン……。
宮殿の門の前に居た勾玉、マテリア、レイ達の横を駆け抜けた。
チリン……チリン……。
そして銀楼を探して階段を駆け上がり、玉座の間へ辿り着いた。ラミアは走った。銀楼に向かって剣を振り上げている月花の前に、銀楼を庇うようにして飛び出していた。
―――……
ラミア「銀ちゃん……銀ちゃぁん……」
抱き着きながら泣きじゃくっていた。傷で動けない銀楼は何も言わずに横になっていた。
ラミア「よかった……また会えて……よかった……」
アルテミス「……」
アルテミスはアーク・オブ・アルテミスで移動し、落ちている聖刀・三日月と邪刀・三日月を観察していた。
アルテミス「銀楼。この武器は何処で入手したのですか?」
銀楼「……」
銀楼は黙っていた。アルテミスの方を見ようともしない。
アルテミス「……」
このまま問いただしても銀楼の頑固さなら何も言わないと思った。この二刀を回収し、自力で分析をしようと考えていた。
都から宮殿へ来た勾玉、マテリア、レイ、風魔、刹那。ルーンは車椅子を押してセレーネと一緒に現れた。玉座の間の入口付近に居る蒼輝と奈樹の元へ合流した。ア
勾玉「どうやら勝利したようだな」
蒼輝「あぁ、しっかり見届けたぜ」
蒼輝は親指を立てた。アルテミスは銀楼の二本の刀を回収して合流した。
セレーネ「銀君……と、誰だっけ? あの子」
都で見掛けた気がするが、まともな面識は無かった。
月花「今は二人にしといてやってくれないかな……」
月花はラミアを見ていたら自分から銀楼に対し、これ以上何かを言えずにいた。
蒼輝「これで一件落着だな」
奈樹「そうね。これでノスタルジアに帰れ……」
ドゴォォォォォォォォン!
その時、遠くで大きな揺れと爆音が聞こえた。
蒼輝「なっ……なんだ!?」
ルーン「音の場所……都の外か?」
アルテミス「何か不吉な予感が……。映像化します」
アルテミスは都の外を映像化した。そこには……。
勾玉「これは……!」
月面の砂丘。そこに一つの影。
その画面に映っていたのは……白衣の男だった。
その正体は――……イーバ幹部の男 ダーク。
第三十八話 -終戦の音、開戦の闇- End