36-B -明けの明星と創世の樹-
リュートの墓の前。月の四使徒のルーンの話を聞いている風魔、刹那、レイ。ルーンは俯いて黙っていたが、静かに語りだした。
ルーン「セレーネが足を失ったのは……俺のせいなんだ……」
……―――
宮殿の一室。ルーンと銀楼は椅子に座っていた。そこへセレーネとリュートが急ぎ足で入ってきた。
セレーネ「ねぇねぇ、大変だよもん! ウサギが逃げちゃったんだって!」
ルーン「ウサギ?」
リュート「柵の扉の閉め忘れらしくて、一匹足りないみたいでね。もしかしたら、都の外に行ったのかもって」
銀楼「放っとけよ、そんなもん」
ルーン「都の外は怪物が出る。民に向かわせるわけにはいかない。行こう! 探しに行けるのは俺達だけだ」
銀楼は面倒臭そうにしていたが、仕方なく立ち上がる。そうして月の都の外を探すルーン、銀楼、セレーネ、リュートの四人。
セレーネ「あっ! あれ!」
セレーネが指差した先。そこには人型の怪物に追われる一匹のウサギ。
銀楼「さっさと片付けてやる。聖刀・三日月!」
抜刀した銀楼。脇に引いた刀を前方に突き出し、刃を伸ばす! 湾曲しながら伸びるその先端は、怪物の喉を貫通した!
ルーン「相変わらず良いコントロールしてるな」
怪物は呻き声を上げながら倒れた。逃げていたウサギはピョンピョン跳ねながらセレーネの所へやってきた。
セレーネ「よしよし。もう逃げ出しちゃダメだよもん」
ウサギを撫でるセレーネ。ウサギは都の方向へと歩き出して行った。
セレーネ「待て待てー。一緒に帰ろうよー」
楽しそうにウサギの後ろを歩くセレーネ。ルーンは怪物のデータ採取を後回しにし、セレーネの様子を見ていた。だが……それが災いした。
倒したと思った怪物は、まだ息絶えていなかった。怪物は急激に起き上がり、再びウサギを狙って襲い掛かり、手を伸ばした!
セレーネ「危ない!」
ルーン「星影ルーン・ブレイド!」
ルーンが咄嗟に宝具を出し、怪物に向けて剣を薙ぎ払った!
銀楼「セレーネ!」
それは今まで起こりそうで、起こらなかった事故。しかし想定していなかったこと。急な出来事。突然のことで、それぞれが思うがまま行動に出た故の結果。危険を察知した銀楼だったが、もはや手遅れだった。
セレーネ「……っ!」
リュート「セレーネ!」
―――月の砂丘に、セレーネの悲鳴が響いた。
ルーン「あ……あ……!」
ウサギを庇って飛び出したセレーネ。怪物を切り裂いたルーン。怪物は真っ二つに切れていた。だが、セレーネの身体は宙を舞い、ウサギを庇いながら倒れた。そして、ルーンの前に二本の女性の脚が転がっていた。
ルーンの振り抜いた剣がセレーネの脚を巻き込み、切断していたのだ。
おびただしい量の出血をしたセレーネは気絶しており、都に運び込まれた。命は助かったものの、脚は失われた。
意識を取り戻したセレーネはベッドの上で座っている。そして、ルーンは床に座り込んでいた。
セレーネ「……」
現実を受け入れられないのか、黙ったままのセレーネ。
ルーン「セレーネ……っ! ゴメン……! ゴメ……ン……!」
ルーンは嗚咽して泣き、謝罪し続けていた。ずっと、ずっと謝り続けていた。仲間であるセレーネの脚を切断してしまい、それが治せないものとなってしまった。
ルーンは悔やんでいた。リーダーとしての不甲斐なさを痛感していた。
セレーネ「ルーン君」
ルーン「ゴメン……! 俺のせいで……俺の不注意で……!」
セレーネ「謝らないで」
ルーンは涙で滲む視界をセレーネへと向けた。そこには、笑顔のセレーネがぼやけながらも映っていた。
セレーネ「私が勝手に飛び出したんだから。ルーン君のせいじゃないよ。自分を責めないで。今はルーン君がリーダーなんだから。そんな調子じゃダメだよもん」
ルーンを励ますセレーネ。セレーネはルーンを想い、仲間を想い、ルーンのせいではないと言った。その笑顔、言葉に偽りは無い。
自分が四使徒として活動できなくなるのは確定的であった。しかし今、ここでルーンの心が折れてしまってはいけないと、セレーネは知っていた。
全ては月のため、四使徒のため、仲間のためにセレーネは現実を受け入れた。
そして……脚を失ったセレーネは月の四使徒を脱退した。その後、三人で任務に出ていたが、やはり一人が抜けた穴は大きく、リュートは戦いの末に命を落とした。
そしてその数日後……銀楼は月の四使徒を抜けると言った。ルーンは脱退を阻止するために説得した。
ルーン「おい、銀!」
銀楼「やってられっか。俺は抜ける」
ルーン「何言ってんだよ。こういう時こそ残った俺達で頑張らないと…」
銀楼「俺は最初っから四使徒であることに誇りなんて無い」
ルーン「銀……けどよぉ」
銀楼「じゃあな。コイツは戴いていく。どうせ他に使えるヤツは居ねぇんだからな」
腰にかけていた月の宝具『聖刀・三日月』を手に持つ。
ルーン「おい、それはダメだろ! いくら使い手がいないからって……!」
ルーンが止めようと一歩前に出た。
ルーン「!」
銀楼は三日月を鞘から抜き、ルーンの眼前に突き出した!
銀楼「ルーン。このままオレの意思でこの刃を伸ばしてテメェが死んだら……四使徒はどうなっちまうかなぁ」
ルーン「……ここ最近お前が一人で活動をしていたのは……やっぱり月光嗔のことなのか?」
銀楼「……」
ルーン「……!」
ルーンは頭を後ろに引きながらジャンプして半回転しつつ跳躍して後退する! そして銀狼から距離を取って着地した。銀楼は三日月を突き出していた。ルーンの目の下から血が垂れる。
銀楼「ババァに伝えておけ。俺が抜けたこと。そしてこの宝具は戴いていくとな」
―――……
風魔「銀楼は月光嗔に固執してたんだね」
ルーン「あぁ、四使徒は三ヶ月に一回アルテミス様の前で試合をするんだけど……月光嗔に一度も勝てるのは一人も居なかった。だからこそ銀楼は目標であり、ライバルだと意識していた」
レイ「ちなみに、その実力の順番は?」
ルーン「月光嗔、銀楼、俺、セレーネ、リュートだな」
刹那「月花様ってそんなに強いんだぁ!」
ニコニコしている刹那。
ルーン「持ってる月の宝具の熟練具合が段違い。それに高性能だったのもあるな。あの武器を使いこなせるのは他に居なかった」
刹那「月花様ってどんな武器使ってたのお?」
ルーンは人差し指を立てて、自分の口元に添えた。
ルーン「それは内緒さ」
風魔「漏らしちゃいけない情報ってワケ?」
ルーン「そういうこと……月光嗔は唯一あの武器を扱えた男だ。それがどういったものか、教えることはできない」
レイ「それだけ、すごい力を秘めた武器ってことなんだね」
ルーン「実際、あの武器を扱えるってだけでリーダーであったことに異論は無かったからな」
ルーンはリュートの墓を見つめていた。リュートは月光嗔とは入れ違いで四使徒になったため、月光嗔の実力を知らない。だからこそ、リュートにも教えるかのように語っていた。
風魔「月の宝具って種類があって面白いよね。月では誰が所有してるの? こっちが知ってるのはアルテミス様の乗り物であるアーク・オブ・アルテミスと、銀楼の刀である三日月くらいかな」
風魔は興味津々だった。異世界についてなど、こんな機会でなければ知ることはできないからなのかも知れない。ルーンは知っていることを答えてゆく。
ルーン「アルテミス様のアーク・オブ・アルテミス。俺の持つ星影ルーンブレイド。月影の鎧」
ルーンがアルテミスの宝具の分で右手の人差し指を立てる。そして自身の宝具のカウントで中指、薬指を立てる。
ルーン「銀楼の持つ聖刀・三日月と、白蛇の銀鎖」
右手の小指、親指を立てて五つのカウントをする。続けて左手で人差し指、中指を立てる。
ルーン「セレーネの持つ星弓サザンクロス。リュートの使っていた円月輪鏡……後は月光嗔の持つ一つ。それ以外が何かは知らない。一つはダイアナ様が使っていたのと……後は行方知らずの武器が二つあるって聞いたな」
右手と左手でカウントした数が10になった。
風魔「全部で14個って言ってたっけ……。リュートの分は使われなくなってるとして、じゃあ後、四つ余ってるってことか。なんで使わないの?」
ルーン「使いこなすのが簡単じゃないんだよなぁ。素質があれば三日ほどで使いこなせたりするけど、普通ならもっと時間が掛かるし。基本的には七日である程度は使いこなせなければ、適性無しってことで没収されるのさ」
風魔「なるほどねぇ。数に限りがあるのに、複数持つのは許可されてるんだね」
ルーン「そりゃもう使えるものなら使ってみろ感じのクセ者ばかりだからな。セレーネやリュートみたいに一つ持つのが普通なんだけどな」
レイ「それじゃあ二つ所持している君や、銀楼は……」
ルーン「そりゃもう結構な実力を持ってると思ってくれていいよ。曲がりなりにもリーダーやってるんだから」
少し自慢げに言う。月の者は共通して似た様子を見せている。
風魔「月の者じゃなくても月の法具って所持することができるの?」
ルーン「あぁ。アルテミちゃんがアンタらの仲間二人を部屋に呼んだだろ? 多分、あれは……」
一方その頃……。
アルテミスの部屋にいる蒼輝と奈樹が聞かされた事実。それはディアナが月の女神であるダイアナの生まれ変わりであること。そして黒豹のブラックはダイアナの夫であるダイダリオスであること。そして……二人の子が月光嗔だったということ。
蒼輝「つまり……ディアナとブラックの子が月花ってことか!?」
奈樹「……そして澪さんと紫闇さんは……ディアナさんの使徒だった……」
アルテミス「そうです。しかし、その事は貴方達の仲間であるディアナには内緒にしていただきます。そして……もう一つ条件があります」
蒼輝「それを呑めなければディアナを月へ連れ帰るつもりなんだろ? どんな条件だって受けるつもりさ。内容を早く教えてくれよ」
アルテミス「これから先……ブラックの力だけではディアナを守れぬ可能性があります……」
力強い眼差しで、アルテミスは蒼輝と奈樹を見た。
アルテミス「貴方達に、月の法具を授けます」
奈樹「月の……」
蒼輝「宝具を……?」
アルテミス「貴方達もディアナを守ってもらうため……。そして、いずれ訪れるであろう蒼咎の運命……そのために必要に力を付けておくのが得策だと考えた結果です」
蒼輝「いいのか? 俺達で……」
アルテミス「はい。これは運命なのです。ディアナが貴方達と一緒に居たのも、月花が居たのも、銀楼が島へ降り立ったことも……全て……」
奈樹「私達に使いこなすことは可能ということですか?」
アルテミス「そのはずです。私がそう感じ取りましたから……。その話は月花とルーンが戻ってからにしましょう」