36-A -明けの明星と創世の樹-
月の都にて女神アルテミス、月の四使徒であるルーンとセレーネから過去の話を聞いている。
月の四使徒……リーダーであった月光嗔が抜け、ルーンが引き継いだ。自我の強い銀楼は実力はルーン以上であっても、リーダーという 抜けた枠には新たにリュートが加入し、日々任務をこなしていた。
リュート「…………」
夜の銀色の荒野で焚き火をしている四人。リュートが弦楽器を引いている。ルーンとセレーネはその音色の虜となり、無意識に身体をゆっくりと揺らしていた。銀楼は少し離れた所で別の方向を向いて座っている。
セレーネ「はー、癒される……」
リュート「フフッ。ありがとう」
セレーネ「アンコール! アンコール!」
ルーン「そろそろ寝ないと明日も早いぞ?」
リュート「そうだね……そろそろ寝ようか」
楽器をケースに仕舞うリュート。セレーネは元気よく立ち上がった。
セレーネ「ザーンネン。また明日聞かせてね!」
ニッコリと笑い、アンコールの続きを訴えかけた。リュートはそれに頷いた。
ルーン「おーい、銀。俺達そろそろ寝るぞー?」
銀楼「あぁ。見張りはしておく」
ルーン「二時間で交代するから、よろしく」
そう言って建てておいたテントに入る三人。銀楼は一人で座ったまま遠くを眺めていた。
セレーネ「リュー君」
リュート「なんだい?」
テントの中で川の字に横になって、話しかけるセレーネ。
セレーネ「ありがとうね。リュー君が入ってくれたから四使徒の活動も安定してるよ」
ルーン「月光嗔……どこ行っちまったんだろうなぁ……」
呟くルーン。少しの沈黙が続いた。
セレーネ「銀楼君……ずっと元気無いよね」
リュート「互いを高め合う存在は大切だからね。その目標を失ったんだ」
ルーン「そだな……。けど、まだ死んだと決まったわけじゃない。それを銀楼も思ってるだろう」
四人は月光嗔が生きていると信じていた。何処かで生きていると。決して死んではいないと。そうして……一年ほど、その状態は続いていた。
セレーネ「その後……私が事故で脚を失くしちゃってね。四使徒から脱退。やっぱり私が抜けた一人分の穴は大きかったみたいで……リュー君は殉職……」
月花「そっか……」
月花は椅子から立ち上がり、頭を下げた。
月花「ごめん。俺が……俺がセレーネの脚とリュートの命を奪ったんだ」
セレーネ「そんなことないよ。四使徒として活動できなくなったけど、まだ私の名はセレーネ。月の宝具の所持者。四使徒としての誇りは失ってないよ。リュー君だって誇りを持って亡くなったんだから。謝らないで」
月花の辛い気持ちを和らげる優しい言葉。どれだけ悔いようと、どれだけその言葉に心は救われた。それは言葉だけではない。記憶を失っていても、かつて信頼し合っていた仲間だという事実が悔いる心を救った。
月花はセレーネに言われ、椅子に座り直した。そしてセレーネと話をしながら。一緒にドーナツを食べ終えた。リュラ・セレネイドが中へ入ってきて、食器を片付けようとした。
月花「運ぶの手伝うよ」
リュラ「えっ…! そ、そんな。ごゆっくりしていてください」
月花「宮殿を少し見てみたいんだ。いや……宮殿だけじゃない。都も見て回りたい」
リュラ「けど……」
月花「いいからいいから」
月花は部屋の外へ出て、扉を閉めようとした。中からセレーネが笑顔で手を振る。
セレーネ「いってらっしゃーい」
月花は自分の分の食器を持った。リュラはセレーネの分の食器を持った。部屋を出て扉を閉めた。廊下を歩く。リュラは姿勢を正したキッチリした歩き方をしている。
月花「まだ小さいのに、しっかりしていて偉いんだね」
リュラ「お兄ちゃんの影響です…」
月花「えっ?」
リュラ「リュート・セレネイドは……私のお兄ちゃんなんです」
月花「リュートの……妹さんだったんだね」
リュラは黙って頷いた。
リュラ「お兄ちゃんは……四使徒であることを誇りに思ってました。だから私も月の都の役に立ちたくって……けど私……強くないから……」
月花「だからアルテミス様の側近なんだね」
月花は以前まで月の四使徒であったセレーネと、リュートの妹であるリュラと接することで、四使徒の使命感を取り戻しつつあった。そして……銀楼と戦う覚悟を決めた。それは月の四使徒やアルテミスのためだけではない。
ノスタルジアで傷つけられた氷牙、恋夢、マテリアの仇討ち。島の皆を恐怖に陥れた罰を償わせるつもりだった。