35-C -女神と咎人-
アルテミスの部屋で、ダイアナと澪と紫闇の過去を聞いている蒼輝と奈樹。
蒼輝「けど、ディアナとダイアナが同一人物だなんてなぁ……。偶然ってこともあるんじゃないか? いくらなんでも生まれ変わりなんて信じられないなって……」
奈樹「蒼輝。思い出してみて。ディアナさんと出会った時から……今日までのこと……」
ディアナと初めて出会った時……自分の一番好きな服はバニー服だと言った。
ディアナ「ウサギさんはね、月に棲んでるんだって。ロマンチックだよね~。私も一生懸命ウサギさんの格好したら月に行けそうな気がする! だからこの服が一番好き!」
蒼輝「……最初に月に関係してる話をしてたな……」
奈樹「今にして思うと偶然とは思えない。それだけじゃない。月花さんは月の四使徒だった。ファラル大陸から戻って自己紹介をした時のことを思い出して」
月花は顔の前に広げた手を出した。そこに小さな冷気が集まる。
マテリア「咎力…」
掌の冷気は、小さな雪の結晶になり、まるで氷の絨毯のような平らなものになる。
奈樹「すごく繊細な操作…綺麗…」
平らだった氷は幾度となく折れ曲がってゆき、まるで折り紙のように形を変えてゆく。皆は黙ってその様子を見ていた。
月花「ほいっと…これで出来上がり」
咎力の冷気から作られた氷の鶴は、月花の手から離れてスーっと飛んでゆく。
ディアナ「わっ!」
氷鶴はディアナの所へ向かい、止まった。
ディアナ「なになに?」
月花「全ては月と花の導きのままに…その鶴が勝手にディアナちゃんを選んだだけで、俺の意思ではない…意味はないよ」
奈樹「これって月花さんが月の四使徒で、ディアナさんは月の女神であると考えれば……偶然なんかじゃない」
蒼輝「……」
奈樹「生幽界にやってきた紫闇さんは、自分の身が危険だと知っていながらもディアナさんのところを訪ねていた。何らかの事情か予感か……ディアナさんが島に居ることを感じ取ったから会いに行った。遣えていたからこそ最も信頼しているからこそディアナさんに手紙を渡した」
アルテミス「紫闇が……」
奈樹「ディアナさんは紫闇さんについての記憶は無かった。けど、直感的に紫闇さんが悪い存在でないことを理解していた」
ディアナ「そうだ…あのね、紫闇っちゃんから手紙預かってたの」
蒼輝「えっ…? 手紙? いつの間に?」
ディアナ「家にまで来たの。それでね、自分になにかあったら島で助けてくれた人に渡してくれって」
皆は、その紫闇の行動の意図が理解できなかった。何故、危険を冒してまで館から出てディアナの家に行ったのか。何故、ディアナに手紙を渡したのか。何故、ディアナであったのか。
バサラ「悪魔なんて訪問してきたら、ブラックが黙っちゃいなかっただろ?」
ディアナ「んーん。ブラックは危ないよって感じで反応しなかったし、一目でイイ子だって思ったから。それに頭ナデナデしてくれたし、この衣装も可愛いって褒めてくれたの!」
屈託のないニコニコとした笑顔。間違いなく嘘など言っていない。まず、ディアナは嘘を言うような子ではなかった。
マリア「わざわざディアナさんを訪ねてきたということは、紫闇さんと面識があったのですか?」
マリアは皆が思っていた疑問を、ディアナに問いただした。
ディアナ「ないよ? 全然ないよ? けどイイ子だってわかったもん。紫闇っちゃんはイイ子!」
蒼輝「イイ子って……その意見はわからんでも無いけど、まるで自分の方が年上みたいな言い方だなぁ」
蒼輝は呆れつつ言った。ディアナの根拠は解らなかったが、妙な感覚と自信のある発言だった。
今の話を聞いていたアルテミスは、目を閉じていた。ダイアナのことを思い浮かべているようだった。
アルテミス「ダイアナ……生まれ変わっても……貴女は女神であった頃のままなのですね……」
蒼輝「そ……それでもディアナの気まぐれとか直感とか……」
奈樹「それなら……もうこれは確定よ。澪さんと出会った時も……」
そして、つい先日の会話……海水浴の後、氷牙の建てた家を見た。そこからディアナの見送りに行きながら散歩していた時。
蒼輝「颯紗も来ればよかったのになぁ。こんなにも月が綺麗なのに」
奈樹「蒼輝にしてはロマンチックなのね」
蒼輝「そうか? まぁ……なんか最近の月はよく輝いてるように見えてな。なんでだろ?」
ディアナ「ウサギさんが一生懸命アピールしてるんだよ? 助けてー! って」
蒼輝「ウサギが居るかはともかく、なんで助け求めてくるんだよ!」
ディアナ「そっかー。って、アレ!? 何言ってるの! 月にウサギさんはいるよー!」
奈樹「今、私達が置かれている状況からわかるように、実際に月は助けを求めていた。月の女神の生まれ変わりであるディアナさんは、それに感付いていたのよ」
蒼輝「けど……」
奈樹「その後、ディアナさんは澪さんの名前を言い当てた。これは偶然なんかじゃ不可能よ」
完全に論破されたことにより、蒼輝は黙ってしまった。ただ、奈樹に悪気は無かった。ディアナが月の女神の生まれ変わりだという確証があった。だからそれを証明しただけだった。
蒼輝「……」
奈樹「蒼輝……?」
蒼輝「それでも俺は……俺は認めない……!」
アルテミス「いいえ……もう間違いありません。どう考えても生まれ変わり……」
蒼輝「それを認めたら……! ディアナをこの月の都に連れ帰るつもりなんだろ!?」
奈樹「……!」
奈樹は気が付いた。蒼輝がディアナが生まれ変わりということを否定したがっていた意味が。認めようとしなかった意味が。
蒼輝「ディアナは俺達の仲間だ! 絶対に……絶対に月の都に渡さねぇからな!」
アルテミス「……」
蒼輝「月花を見ただろ!? 真実を……自身の正体を言われてアイツが辛い思いをさせたってわかってるのかよ!?」
アルテミス「それは……謝ります。けど、仕方の無いことだったのです。月の都に月花……月光嗔の存在が必要だったのです」
蒼輝「これから先……ディアナだけじゃない。紫闇と澪まで月の都に連れてくるつもりなんじゃないのか!? そんなことさせねぇからな!」
アルテミスは図星だったようで、何も言わず、蒼輝と目を合わせることが出来ず目を背けていた。
長い沈黙……。アルテミスはようやく視線を戻した。蒼輝はアルテミスを強い眼差しで見ていた。アルテミスは、その意思に応えるかのように目を合わせていた。そして……奈樹を見た。
アルテミス「二つ……条件があります」
奈樹「二つの条件?」
アルテミス「はい。私が……月の都が、ディアナを貴方達の住む島の住民のままにする……連れ帰らないための条件です」
蒼輝「なんだよ……条件って……」
アルテミス「それは……」
アルテミスは少し黙っていた。
蒼輝「ディアナがノスタルジアに残る条件って……なんなんだよ!」
なかなか言わないことに、蒼輝は思わず声を荒げてしまった。
アルテミス「……」
アルテミスは、少し悲しげな表情を浮かべていた。そして……なかなか言葉に出来ない様子だったが、ようやく口にした。
アルテミス「ディアナに……前世が月の女神であったこと……ダイアナである正体と、月の都の記憶に関する話をしないことです」
蒼輝「えっ……!?」
奈樹「それって……」
二人は驚いた。ディアナにダイアナであった時の話をしなければ、このまま記憶を取り戻すことは無いかもしれない。アルテミスにとっては記憶が戻ったほうがいいはずなのに、それをさせないのは何故なのか……奈樹が質問した。
奈樹「どうしてですか? アルテミス様は……ディアナさんに月の都に戻ってきてほしいと思っているのでは……」
アルテミス「もう……彼女は神としてではなく、一人の少女として生きているのであれば……無理に月の都に連れ帰るものではないと思ったのです」
蒼輝「じゃあ……月の都について話さないようにってのは……」
アルテミス「はい。記憶を呼び覚ます可能性を消すためです」
奈樹「どうして……ですか?」
アルテミスは重々しく、口を開いた。
アルテミス「ディアナ……。ダイアナは……殺されたのです」
蒼輝と奈樹の二人は黙ってしまった。
蒼輝「……」
奈樹「……」
アルテミス「不可解なことに……ダイアナの死は何故起こったのか、犯人が誰なのも判明していないのです」
奈樹「……どういうことですか?」
アルテミス「都の外で死去しているダイアナが発見されたという事後報告があっただけで、誰もその瞬間を見たものはいない。調べても大きな外傷は無いものの、小さく何かに刺されたと思われる跡だけありました。まるでダイアナが一人になるタイミングを見計らって暗殺されたかのような……」
月の女神ダイアナ。彼女が月の都から居なくなったのは、誰かに殺害されたからだと言う。しかも性格から考えても恨まれるような神ではない。
アルテミス「だから……ディアナに記憶が戻らないほうが幸せなのかも知れないと判断しました。その場合、貴方達にディアナを守ってもらわなければなりません」
蒼輝「ディアナだったら大丈夫だと思うぜ。澪もいるし、なんたってボディガードのブラックがいるからな」
蒼輝は楽観的に答えた。
アルテミス「ブラック……?」
蒼輝「いつもディアナと一緒にいる黒豹さ。いっつもディアナを守るようにしてるんだけど……ブラックの正体わかんねーか?」
アルテミス「恐らくですが……その者は……ダイアナの夫である可能性があります…」
蒼輝「えっ……!? えええぇぇ!? つまりディアナとブラックが……け……結婚してっ……!?」
奈樹「夫……結婚していたんですか?」
アルテミス「はい。男の名はダイダリオス。様々な惑星を渡り、我々が月へ向かう途中の星でダイアナは彼と出会い、恋に落ちました。そのまま彼は同伴し、月の都で一緒に住み始めました」
蒼輝「アルテミス様は結婚してないのか?」
アルテミス「わ……私は彼氏すら居たことはありません……。ち……違いますよ……!? も、モテないんじゃなくて、いい相手がいないだけです!」
蒼輝「そこまで聞いてないって……悪かったよ、気にしてたんだな」
アルテミス「気にしてなんていません……」
そう言いながら、少し落ち込んでいる様子だった。
奈樹「それで……そのダイダリオスは……」
アルテミス「ダイアナが亡くなった後に消息を絶ちました。都の中にはダイダリオスが犯人ではないかと言う者もいましたが……私にはそう思えませんでした」
奈樹「どうしてですか……?」
アルテミス「そのブラックと言う者が、もし一時もディアナと離れず見守っているようであれば……その様子こそが、ダイアナとダイダリオス二人で居た時そのものだからです。そのダイダリオスが、そんなことをするとは到底思えません」
ディアナはブラックといつも一緒にいる。ブラックもディアナから目を離そうとしない。その様子が生前と同じであるとアルテミスは言う。
アルテミス「どうして黒豹の姿になっているのかわかりませんが、彼に記憶が有るにしても無いにしても、ダイダリオスである可能性は高い……いえ、確定と思っていいでしょう」
蒼輝「なるほどなぁ……。本当にダイダリオスがダイアナを殺したんなら……ブラックはディアナを守るようにして居る理由なんてないもんなぁ」
奈樹「けど……澪さんと紫闇さんと出会った時、ダイアナ様は一人だったはず……」
アルテミス「ダイダリオスはいつでも傍に居たがるのですが、ダイアナは気まぐれで……。一人でブラブラしたがって、よく隙を見ては宮殿を抜け出していたのです」
蒼輝「気まぐれか……確かにディアナも気まぐれだな……」
アルテミス「結果的にその一人になりたがることが災いしてダイアナは亡くなり、ダイダリオスが行方不明になった後……ダイアナに四使徒である澪は、犯人を捜すべく旅へと出て……それから消息不明となっていました。同じく四使徒である紫闇は、ダイアナとダイダリオスの二人の間に生まれた子が狙われることを危惧し、一時的に生幽界に避難させ、冥幽界へ戻りました」
奈樹「二人の間に子供が居たんですね……その子は現在は何処へ?」
アルテミス「言ってませんでしたね……。ダイアナとダイダリオスの子……」
アルテミスは蒼輝と奈樹の目を交互に見た後、言葉を続けた。
アルテミス「その子が、月光嗔なのです」
アルテミスから告げられた真実。その名は、月光嗔。つまり……。
蒼輝「つまり……ディアナとブラックの子が月花ってことか!?」
アルテミス「はい。間違いありません」
奈樹「……」
今までの月花とディアナについて考えているのか、奈樹は黙っていた。
蒼輝「けど……月光嗔って、ダイアナとダイダリオスの子にしては名前に違いが……」
アルテミス「命名したのは紫闇です。ダイアナの意向で名付け親になってもらったのです」
奈樹「なるほど……。」
アルテミス「月光嗔のこと、月に関係することは貴女達の仲間であるディアナには内緒にしていただきます。そして……もう一つ条件があります」
蒼輝「それを呑めなければディアナを月へ連れ帰るつもりなんだろ? どんな条件だって受けるつもりさ。内容を早く教えてくれよ」
アルテミス「これから先……何らかの事情で黒豹になってしまっているのブラックの力だけではディアナを守れぬ可能性があります……。その先にある驚異に立ち向かうには、貴方達が強大な力を得なければなりません。だから」
力強い眼差しで、アルテミスは蒼輝と奈樹を見た。
アルテミス「貴方達に、月の法具を授けます」
奈樹「月の……」
蒼輝「宝具を……?」
ディアナと澪と紫闇に関係する衝撃の事実を告げられた、蒼輝と奈樹。ディアナの夫であったというブラック、そして二人の子である月花の関係を語るアルテミス。その真実は……月の都での話はまだ続く……。
第三十五話 -女神と咎人- End