34-B -月の四使徒-
奈樹の家の前にはアルテミス。蒼輝と風魔とレイが居た。月花は視線を合わせると、家の中に入った。中には奈樹と颯紗が居た。
階段を上って氷雨達の居る部屋へ向かおうとしている時、奈樹達の会話が聞こえてきた。
颯紗「奈樹……一人にしないで……。怖い……奈樹が……もう戻ってこない気がして……」
奈樹「そんなことない。颯紗は私の帰る場所なんだから。必ず帰ってくる」
颯紗「ダメ……ダメなの……。行かないで……」
奈樹「颯紗……一体どうしたの……?」
月花は奈樹が月の都へ同伴しようとしていること、颯紗がそれを止めている会話が聞き取れた。その会話を途中まで聞き、氷雨達の居る部屋へ入った。
部屋へ入ってきた月花を、氷雨は真っ直ぐ見つめていた。その目を見るだけで、既に説明をされた後だと理解した。
月花「……」
氷雨「月花様。仮に戻るのが何年後になろうとも……例えこれが今生の別れとなろうとも……わたくしはお待ちし続けます」
月花「氷雨ちゃん……ごめ…」
氷雨「謝らないで下さい」
月花の声を遮る氷雨。はっきりとした声に、思わず月花は口を噤んだ。
氷雨「自身でお決めになったことです。わたくしはただ、お待ちし続けるだけです」
月花「……氷雨ちゃん」
氷雨「月花様とお過ごしできたこの二ヶ月……氷雨は幸せでした。出来ることなら…ご一緒に両親のお墓参りへ行きたかったのですが……仕方のないことです」
月花「アルテミス様は言った……。月光嗔である俺は記憶を取り戻せば、きっと使命感から月に残るだろうと……。けど……きっと俺は記憶を取り戻しても、ここへ戻ってくる。待っててくれる人達がいるから」
氷雨「……はい」
氷雨は顔を上げ、目を合わせた。悲しんでいるかと…泣いているかと思ったが、そんなことはなかった。帰ることを信じているのか、その瞳にいつもの緩やかな性格とは真逆の力強さを感じた。
月花は部屋を出た。廊下を歩こうとした。その時、部屋の扉が開いた。そこから現れたのは……氷牙だった。
月花「氷牙……怪我は…!」
腹部を手で押さえ、フラフラな状態だった。扉を閉め、壁にもたれ掛かる。
氷牙「人の心配なんかしてんじゃねぇよ……。ケッ、行ってこいや……!」
月花「氷牙…」
氷牙「氷雨ちゃんも恋夢も俺っちに任せとけ…気にせず行ってこい……。俺っちからしたら恋敵が居なくなって好都合だからな……。いつまで経ってもテメェが戻らねぇようなら、俺っちが氷雨ちゃんとの子を連れて月でも何処でも会いに行ってやらぁ……」
痛みを堪えているのを隠しながら、ニヤリと笑う氷牙。その氷牙の不器用な背中の押し方に、フッと笑う月花。
月花「俺にもしもの時があったら……その時は氷雨ちゃ…」
氷牙「言うな」
月花「……」
月花は黙った。氷牙はニヤリと笑った。
氷牙「言われなくても、そのつもりだからよ」
月花「そうだな……ありがとう、氷牙。行ってくる」
二人に間には信頼感があった。氷牙は月花が戻ってくると信じている。だからこそ、こういった言い方をする。それを月花もわかっていた。月花は階段を下りて行った。
氷牙「ケッ……覗いてんじゃねーよ……だろ? シアン」
ドアを少し開けて、シアンが二人のやりとりを覗いていた。
シアン「おうともよ! やっぱ親分はサイコーだぜ! 痺れるってもんよ!」
氷牙「へっ……。当たり前だろ……」
フラフラと歩いて部屋へ戻る氷牙。布団の上に倒れるように横になり、今まで相当無理をしてきたせいで疲れきっていたのか、すぐさま深い眠りについた……。
家の外へ出た月花を待っていた蒼輝、奈樹、風魔、レイ。そしてアルテミス。アルテミスは、家の中で交わされていた会話を知っている様子だった。
アルテミス「ここまで皆に慕われているのですね……」
家の中だけではない。まるで花の屋敷でのやりとりも全て知っているかのように思えた。。
月花「行きましょう」
月花は、自分の決意が変わらない内に早く出発したかった。
蒼輝「で……どうやって月に行くってんだ? 迎えの者ってのも来てないし。やっぱりコスプレじゃ……」
アルテミス「ち……違います! もう来ます……。あっ! ほら、来ました!」
少し焦ったものの、迎えが来たことで安心した様子だった。アルテミスが訪れた時と同じように、月から光の柱が伸びてきて、地上と繋がった。そしてその中から迎えの者がやってきた。
アルテミス「お待ちしていましたよ。リュラ・セレネイド」
リュラ「あっ! あの! お迎えに上がりました!」
蒼輝「また小さい子だなぁ」
見たところ9~11歳くらいの、ピンクの髪に月の形のヘアピンをした女の子だった。手には身の丈より大きい杖を持っていて、服はダボダボでサイズが合っていない。
アルテミス「こう見えてもキチンとしてるのですよ? 見た目で判断してはいけません」
風魔「あぁ、そうやって自分が神に見えないからって……」
アルテミス「見ーえーまーすー!」
即座に反応するアルテミスであった。
リュラ「さぁ、月へ戻りましょう」
リュラは液体の入った筒を取り出す。その中の雫を地面に落とす。すると液体が動き出して地面に魔法陣を描き始めた。
地面が金色に輝き、その光は月へと向かっていった。
月花を始め、一緒に行くと決めた刹那。そして蒼輝、奈樹、風魔、レイが中へ入る。
まるで地上と月を直通のエレベーター。見下ろす形で小さくなってゆく島。視界に入る雲。空。そして銀河のように煌く空間。そして……宇宙空間。この柱は確実に、巨大な月へと向かっていた。
奈樹「凄い……」
蒼輝「マジで月の女神だったんだな」
アルテミス「だからずっと言っていました!」
風魔「まさかこんなことがあるなんてね……夢物語のようだ」
リュラ「エネルギーはタップリあるので、まだまだ往復できます」
月の都。円形の転送装置から出たところで前に門がある。前に宮殿が建っており、塀の下から水が流れ、宇宙空間へ流れ落ちてゆく。
蒼輝「ひょえー……ここ落ちたらどうなるんだ?」
アルテミス「途中で転送されるようになっています。そういった危険なことは対処済みです」
奈樹「転送って、どこに飛ぶんですか?」
アルテミス「転送場所は宮殿の門の前になっています。何処から落ちてもその地点の上から落ちてくるようになっています」
解説を聞いていると、前方に立つリュラの前に男が歩いてきた。
アルテミス「お待ちしていましたよ。月の四使徒のリーダー…。ルーン・ティヴァーツ」
奈樹「この人が……」
蒼輝「月の四使徒の隊長……」
リュラは並ぶように振り返った。男は黒髪で月の形をして浮いているヘッドセットを付け、白銀の鎧を着ていた。
ルーン「すまん、アルテミちゃん! 遅くなってごめんな!」
二カッと笑って陽気に呼んだ。その発言に動揺してズッコケ、アーク・オブ・アルテミスから転落するアルテミス。
ルーン「オイ! 大丈夫か!? アルテミちゃん!」
アルテミス「コ…コラッ! アルテミス様と呼びなさい。 無礼ですよ」
ルーン「えぇ!? いつも呼んでんじゃんか」
アルテミス「そ……外では呼ばないようにと言っておいたはずです……!」
声を小さくして言うが、ここにいる全員に聞こえていた。浮遊しているアーク・オブ・アルテミスに乗り直した。
ルーン「民の触れ合いを大事にする神様。上下関係を感じさせないのがモットーなんだったら、それが人間にバレたところで……」
アルテミス「私の名に変なエピソードが伝わっては困るのです……」
トホホといった状態のアルテミスだった。ルーンが前を行き、都の中を歩いて宮殿へ向かう。アルテミスを見るために家から出てきていた民達に見守れられながら進んだ。
レイ「思ったより普通の町並みだね。神秘的な雰囲気はあるけど」
ルーン「ハハッ、あまり期待しすぎなさんさ」
道の途中にある柵の中を見て、蒼輝は驚いた。
蒼輝「うわ……マジでウサギが居る……」
広々とした柵の中で沢山のウサギが飼育されており、草をモグモグ食べていた。
奈樹「月にウサギ……本当にいたんだ……」
少しばかり観光気分になっていた。
蒼輝「プリプムも飼ってないのかな? アイツもウサギみたいなもんだし……」
勾玉「あれはマテリアの出した幻召獣だ……」
蒼輝「あっ、そっか」
勾玉は呆れながら言った。宮殿の門を潜り、建物の中へ入った。中はすぐさま左右に分かれており、長い廊下を進むと折り返し式の階段。二階に登り廊下を進む。一階の入口の真上辺りになると、正面の位置に大きな部屋がある。奥に玉座が二つあった。
アルテミス「こちらへどうぞ」
アルテミスはアーク・オブ・アルテミスに乗って浮遊したまま、向かって右の玉座の前に行く。そして、クルリと振り返った。
アルテミス「ここが私の宮殿です。月への移動で少々疲れたと思います……しばらく休憩とし、それぞれに月について案内をしましょう。後ほど、ここへ戻るように手配します。その時に私の識ることの全てを語り、銀楼について話しましょう」
風魔「休憩って言ってもなぁ。何処になにがあるか知らないし」
アルテミス「金雀児 奈樹と影葉 蒼輝。貴方達とはお話したいことがあります……私の部屋で話をしましょう。リュラ」
リュラ「はい! なんでしょうか!」
アルテミス「私が出る前に言っておいたこと、事前に伝えていますね? 」
リュラ「はい! お部屋で待機してもらっているので、案内します!」
アルテミス「それでは月花、リュラの案内に従って下さい」
月花「わかりました」
月花はリュラと共に部屋を出て、連れられて廊下を歩いてゆく。
アルテミス「……これできっと……記憶が戻るはず…」
風魔「それじゃ、俺は観光してきていいのかな?」
アルテミス「はい。それでは……ルーン。案内を」
ルーン「りょーかい」
風魔、刹那、レイはルーンに連れられて歩いてゆく。アルテミスは蒼輝と奈樹を連れ、自室へと入った。