32-C -銀の三日月-
突然の闇討ちにあった氷牙と恋夢。傷付いた氷牙を運び込みつつ、奈樹の家に集合した。そして、闇討ち犯がいるので外は危険だという連絡を島の皆に伝えていた。
奈樹「ん……?」
伝信機に受信音。刹那からだった。ボタンを押すと、画面に刹那の顔がドアップで映し出される。
刹那「奈樹様ー! こっちは大丈夫だよお! 皆お屋敷にいるよお!」
奈樹「ありがとう、刹那。今、外に出るのは危険だから、一緒にそこに居るのよ? いい?」
刹那「うん!」
元気一杯の返事。奈樹は何かあったら連絡するように伝え、通信を切った。
一方その頃……風魔に連絡を入れた勾玉は、マテリアに連絡を入れようとしていた。
勾玉「マテリア……何故出ない……?」
心配する勾玉だったが、何か用事か離席していて取れない状態にあるのかと思い、少し間を置いて連絡しようと考えた。
だが、その頃……丘へ向かう道の途中。地面に落ちている伝信機が鳴り響いていた。
マテリア「うぅ…」
肩を刺されて血を流し、蹲るマテリア。その前には……銀髪の男。腕に巻いた鎖が音を鳴らす。それは曲刀を振り上げたことで鳴った音。
マテリア「ひっ……」
たまたま散歩に出ていたマテリア。そこへ突然の闇討ち。何が起きたかわからなかった。現状を理解する前に、どうすることも出来ずに死が迫っていた。
蒼輝と月花は氷雨達を迎えに行っている。勾玉は風魔と連絡を取り、マテリアが通信に出ないのことを知らせていた。奈樹、颯紗、レイ、氷牙は奈樹の家に居る。刹那と四人の巫女は花の屋敷に居る。
闇討ちしている者がいると知った島民は、出来る限り外へ出ないようにしていた。だからこそ、この銀髪の男は誰にも邪魔されず、外へ出ていたマテリアを強襲することができた。
銀髪の男はマテリアを睨むように見た。
『出てこい……月光嗔っ! 島にいるんだろ……! この俺……銀楼はここだ…!』
マテリア「月光…嗔…? 銀楼…」
男の言葉を確かに聞いたマテリア。自ら銀楼と名乗った。探しているであろう者は月光嗔と言った。だが、それが誰なのか答えは解らなかった。銀髪の男、銀楼は曲刀をマテリアの頭へ振り下ろした!
銀楼「………っ!」
突如、銀楼の頬に拳がめり込んだ! 刀がマテリアに届く前に銀楼は殴り飛ばされ、元居た位置から10メートルほど吹き飛ぶ!
銀楼は吹き飛びながら姿勢を整え、地を滑りながら着地する。銀楼を殴り飛ばした拳はジェット噴射で腕ごと宙を飛んでおり、持ち主の元へと自動的に戻った。
マテリア「サ……」
その視線の先。朱色の髪を靡かせ、その鋭い瞳は銀楼を捉えていた。
マテリア「サツキさん……!」
サツキ「対象を排除します」
サツキはロケットパンチのように腕を飛ばして、戻ってきた腕を掴んでいた。外れている腕を装着した。銀楼が立ち上がる。その曲刀をサツキに向けて構えた。
銀楼「伸びろ! 邪刀……三日月!」
マテリア「サツキさん!」
刃が湾曲しながら伸び、サツキへ向かう!
銀楼「なっ……!?」
サツキは刃を回避して瞬時に懐へ潜り込み、再びその拳で銀楼を殴り飛ばした!
マテリア「……! つ……強い……!」
サツキの視点が映し出されるモニター。ムトは家でいつもの溶接マスクを外し、その鋭い瞳で戦いを見ていた。
ムト「……サツキがお主などに負けるはずがない……」
ムトはグミを一つ、口へ運んだ。そして、サツキへと構える銀楼を見た。そして、独り言を呟いた。
ムト「ただの使い魔程度……とうの昔に分析できておるわ」
サツキの猛攻。氷牙を容易く重傷へ追いやった銀楼を、一方的に押していた。それは互角などではなく、まるで相性によって得意不得意があるかのように、サツキは圧倒していた。
二人は丘の上にある一本の木のある場所まで、戦いの場を変えていた。
サツキ「エネルギー充填完了」
銀楼「……!?」
サツキ「システム・ムト起動。リミッター50%解除完了。ターゲットロックオン」
サツキの腹部から収納された砲台が伸びる。肩と背からウイングパーツが出てきてエネルギーを溜めている。
サツキ「ホロコースト・ダスク・イレイザー」
銀楼「クソがッ……!」
身の危険を感じ取った銀楼は、咄嗟に丘から飛び降りた! サツキはすぐさまパーツを収納し、飛び降りた位置へ向かい崖下を覗く。銀楼は器用に崖の壁を蹴りながら降り、崖下にある森へと消えていった。
サツキ「……」
銀楼を見失ったサツキへ通信が入る。
ムト「もういい、サツキ。男のデータの採取と、メンテナンスをする戻って来い」
サツキ「はい。ムト様」
サツキは各部位の関節部分を開いて熱を放出した後、方向転換した。何事もなかったかのように平然とムトの家を目指して歩き出した。
マテリアはサツキが戦っている間に伝信機で連絡を取り、奈樹の家へと避難した。家には氷雨、恋夢、シアンが合流していた。マテリアが怪我の手当てを受けていると、勾玉と風魔もやってきた。
蒼輝は氷牙と恋夢が被害に合ったことを話した。マテリアも銀楼と名乗った男に襲われたことと、サツキに救われたことを伝えた。
蒼輝はムトに連絡した。サツキは銀楼を追い払うことはできたが、何処へ逃げたのかはわからないとのことだった。
蒼輝「そうか……ムトも気を付けてくれ」
ムト「うむ。まだ何処かに潜伏しておるかも知れん。気をつけるんじゃぞ」
ムトは通信を切った。蒼輝は伝信機をポケットに入れた。
奈樹「…闇討ち……銀楼……」
颯紗「……」
マテリアの側に居る颯紗は異常に震えていた。奈樹は近付いて、颯紗の手を握った。颯紗も不安を振り払おうとしてか、ギュッと手を握り返した。
レイ「被害に合った人を考えると、これは無差別に狙っているとしか思えない」
蒼輝「……」
蒼輝の脳裏にはカノンとの出来事。闇討ち犯に襲撃され、カノンは命を失った。沸々と蒼輝の心に、封印してきた復讐心が蘇ってきた。カノンは復讐など望まないと思い、抑えてきた感情。
だが、この闇討ち犯がカノンを殺した者と同じなら……目の前に復讐できるチャンスがやってきた。その気持ちが徐々に溢れ出し、冷静さを失わせてくる。
勾玉「無差別か…。イーバはゲーム感覚と言っていたが、あれはイーバなりのルールに基づいて侵攻してきている。だが、今回の者は恐らくイーバではない」
風魔「そうだね……。少なくともイーバのやり方じゃない。戦える者と優先して戦うのがイーバのやり方だからね」
蒼輝「殺す……」
奈樹「蒼輝……?」
小さな声で言った蒼輝の言葉。奈樹は聞き逃さなかった。
蒼輝「無力な恋夢を…氷牙を…マテリアをこんな目に合わせたんだ! とっ捕まえて……ぶっ殺してやる!」
風魔「……捕まえるってところには賛成かな」
勾玉「そうだな……。だが動機次第では……俺も感情を抑えられんかもしれん」
カノンの一件を経験している三人は、闇討ち犯に憎しみを抱きつつあった。少なくとも、蒼輝の心には憎悪しかなかった。
颯紗「あの……! こ…殺すとか……そこまでしなくても…」
蒼輝「……俺は捕まえたら許さねぇ……。もう二度と……誰かが傷つけられるわけにはいかない……」
憎悪に染まる蒼輝を見かねてか、制止を試みる颯紗。だが、蒼輝の感情は爆発寸前だった。
颯紗「けど……いくらなんでも殺すなんて……」
蒼輝「颯紗っ! 誰かが死んでからじゃ遅いんだよ! 氷牙も! 恋夢も! マテリアも! 無事だったからいいものの、死んでたかもしれねぇんだ!」
怒鳴る蒼輝の気迫に怯える颯紗。
奈樹「蒼輝…!」
奈樹は颯紗の手を強く握っていた。その震えから颯紗の怯えを感じ取り、蒼輝に訴えかけた。
レイ「殺すというのは穏やかな手段じゃない。とりあえず捕まえる、と言うのなら賛成だけど、その後の処置が処刑が正しいとは言えない。勿論、更生の余地がない悪であるなら消し去るべきだけどね」
月花「……とりあえず落ち着きましょう。こんな時こそ冷静になるべきです」
勾玉「……そうだな。今は闇討ち犯である銀楼という者の居場所を突き止めるべきだ」
皆は落ち着くためか、黙っていた。一分が経過しようかというときに、風魔が口を開いた。
風魔「なんでこの島に来たのかってことだけど……それってさ、その月光嗔って奴が島の何処かにいるってことじゃないの?」
奈樹「だったら……どうして島の人を狙ったりするんでしょうか……」
蒼輝「……月光嗔は…島民の中に居るってことか……?」
これは推測にしか過ぎないが、皆はこの考えの可能性の高さに息を飲んだ。颯紗だけは、捕まえても殺してしまうなどという物騒なことが行われないと思ったのか、安心した表情をしていた。そんな颯紗の様子に気付いた蒼輝。
蒼輝「颯紗……ごめん。ちょっと冷静じゃなかった。怖がらせちまったな」
颯紗「……大丈夫……さっきまで怖かったけど……今の蒼輝さんだったら大丈夫」
颯紗はぎこちなく微笑んだ。不安が消し去られていると思い、蒼輝は安心した。
奈樹「サツキさんが追い払った後、銀楼は何処に逃げたのかしら……探し出すほうがいいかも」
月花「確かに…島の何処かにいるなら、見つけ出すことを先決するべきですね」
蒼輝「よし……そうとなれば外を探索だ!」
話し合った結果、蒼輝、勾玉、風魔、レイ、月花は外へ出ることにした。
蒼輝「何かあったら、すぐに連絡するんだぞ?」
奈樹「うん。気を付けてね」
玄関に見送りに来ている奈樹。悪魔のような姿に変貌してしまうことが二度あってから、戦うことを極力避けるようにしている。そのためマテリア、颯紗、氷牙、シアン、氷雨、恋夢と一緒に家に待機することにした。
蒼輝「それじゃ……行ってくる!」
ドアを開けた蒼輝。外に出た者達は、その光景に驚きを隠せなかった。玄関の扉を閉める前に、奈樹も見ていた。
天高く浮かぶ月。そこから、一筋の光の柱が伸びており、その柱は家の前に立っていた。
蒼輝「な……なんだ……?」
その光の柱の中から現れたのは、まるで月のような形をした乗り物に乗った……神秘的な雰囲気を漂わせる女性だった。その女性は茶色の髪で白い衣服に身に纏い、足は靴を履いておらず裸足だった。
『ようやく……見つけました』
奈樹「……! 一体……これは……」
蒼輝「アンタは……一体何者だ……!?」
女性はその幼く柔らかい優しげな表情でありながらも凛とした雰囲気が感じられた。そして……衝撃の正体を口にした。
『私の名はアルテミス……。月よりやってきた……女神です』
第三十二話 -銀の三日月- End