31-C -金色の瞳をした死神-
海水浴を終えた蒼輝達。氷牙の建てた家を見た後、ディアナを家に送りつつ散歩に出た。そして丘に行った時……黒い髪で金色の瞳をした女性が座っていた。
この力の持ち主。それはイーバで『死神』と呼ばれていた女性。草木に触れれば枯れてしまい、物に触れれば壊れ、人に触れば骨が折れてしまう。
ダークはこの力が、どういった能力で、どれほどの力なのかを研究するために実験をしていた。そのせいで陽子は、文字通り何度も骨を折ることになった。
「……」
黒髪の女性は立ち上がった。その(はかな)げな大きな瞳は金色をしていた。月光のスポットライトに照らされ、月明かりのせいか、その瞳は少し輝いているように見える。その輝かしい金色の瞳は少し不気味に見えた。
それも無理はない。なんせ触れてしまうだけで、生物の命さえも奪いかねない能力を持っているのだから……。
女性の姿を見たシアンは、脊髄反射で駆け出した。
シアン「わぁ! 美人……! なによりデカイ! って……うわわわわ!」
いつものように近付こうとしたが、進行を阻まれた。驚いて後退し続け、坂道のためバランスを崩してゴロゴロと転ぶ。シアンの行く手を遮ったのは……。
ディアナ「ブラック……」
月花「猫ちゃん……どうしたんだい?」
黒豹のブラックがシアンを制止していた。
蒼輝「ブラック……」
ディアナ「危ないよ…?」
シアンだけでなく、ブラックはディアナ以外の者が、金色の瞳の少女に近づけないように立ち回った。倒れたシアンは起き上がった。
シアン「痛てぇー!」
氷牙「自業自得だ。だろ? シアン」
シアン「おうともよ! 親分! いやぁ一途じゃないだけ、熱い怪我をするってもんよ!」
氷雨「黒豹さんが警戒しています…」
奈樹「私達は近づいちゃダメってこと……?」
ディアナ「近づいちゃダメ。ここで待ってて」
自分が警告したにも関わらず、ディアナは女性の所へ歩いて行った。
蒼輝「オイ! 危ないんだろ!?」
ディアナ「うん! けど大丈夫!」
恋夢「ディアナちゃん!」
ディアナ「皆はダメだけど、私は平気。ブラックも言ってる」
まるで心の中で会話でもしているかのように言った。そのブラックは心配でないのかディアナの方を見ておらず、皆が女性へと近付かないように見張っている。
トコトコと歩いていく。身長差が30センチ以上は違う、金色の瞳の女性と向き合うディアナ。
ディアナ「こんばんは」
「……」
ニッコリ笑うディアナ。女性は不安そうな、悲しそうな表情を浮かべていた。
ディアナ「お名前なんて言うの?」
「……」
ディアナは更に一歩、近付いた。
「ダメ……」
女性はその分、後ろへ下がる。
ディアナ「?」
「触ると……死ぬ…」
ディアナは黙り込んだ。皆もその言葉に驚き、黙ってしまった。ただ、ディアナを守るはずのブラックは何故か動こうとはしなかった。
「手で触ったもの……全部死ぬから……」
ディアナ「死なないよ。私は死なない」
ディアナは歩き、女性の目の前に立った。
蒼輝「ディアナ! やめろ!」
奈樹「そうです! その人の手は何か不思議な力が……!」
手に触れた草が枯れるのを見た。そして、触れたものは死ぬと言った言葉からディアナを必死に制止した。しかし、ディアナは女性の手に、手を伸ばした。女性は触らせまいと手を引く。
だが、ディアナはニッコリと笑った。
ディアナ「大丈夫。大丈夫だから……澪ちゃん」
「……!」
ディアナは女性の両手を握った……!
ディアナ「……」
女性は驚いた顔をしていた。月光のスポットライト下ので、ディアナは笑いながら女性の両手を握り締めてした。そのディアナの手は……何ともなかった。
「…澪の名前を……どうして……?」
ディアナ「えっ!? 澪ちゃんで合ってたんだ! なんでかな? なんでだろ? そんな気がしたの」
澪「……」
ブラックは蒼輝達の行く手を遮りながら、二人の様子を見ていた。その光景を呆然と見ている蒼輝達。
蒼輝「知り合いだったのか?」
ディアナ「わかんない!」
即答するディアナ。皆はズッコケた。
ディアナ「なんかねー、ピコーンって閃いたの!」
奈樹は澪へ質問した。
奈樹「では……澪さんはディアナさんのことをご存知だったり……」
澪は俯いた。
澪「澪は……自分のこと……わからない……。記憶が無い……」
月花「名前しか覚えていない……記憶喪失ですか……」
月花には澪の気持ちが痛いほどわかった。記憶の無い。それがどれだけ不安であり、いつ自身の記憶のせいで今の暮らしが崩れてしまうかわからないから。
月花「……」
月花は澪に続いて、ディアナを見た。もしかしたら、ディアナも記憶喪失なのではないかと思えた。そうでなければ、澪との邂逅には不明な点が多い。
一目見て何かを感じ取り、澪に近付いた点。危険な力を持っていることを察知していながらも、自分には影響の無いと感じ取っていたのか澪の手を握った点。その後、澪の名前を言い当てた点。そして……あの守護者と言える存在であるブラックがディアナと澪が触れ合うのを許した点。
この点を一つの線に繋げると……ディアナと澪は二人して記憶喪失だが、元々知り合いであった可能性が高い。そして、ディアナとブラックは澪の能力を知っていた。
その能力を知りながらも触れ合うことを許したブラックは、二人の関係性を知っている。
そうなれば……ブラックは……『ディアナの正体を知っている?』
月花の脳裏で繰り広げられる推測。
しかし、それが正解かどうかは確かめようがなかった。ディアナ自身は何も知らず、ブラックは喋らない。そうこう考えていると。蒼輝は10メートル近く離れた距離から、澪へと問いかけていた。
蒼輝「とにかく……澪でいいのかな。ブラックがエラく警戒しているんだけど」
澪「触ると……死ぬから」
奈樹「死ぬ……?」
澪「死神……。澪の力は……死神……」
ディアナ「そんなことないよ! 澪ちゃんは死神じゃないよ!」
ニコニコ笑っているディアナ。澪はその姿を見て、不意に微笑んでいた。
ディアナ「じゃあ皆、お見送りはここまででいいよ! 行こっ! 澪ちゃん!」
一緒に歩くように手を繋ぐ。
蒼輝「お、おい! 大丈夫なのか?」
ディアナ「大丈夫! 澪ちゃんに手を使わせなかったらいいから!」
蒼輝「いや、そういう意味じゃなくて……」
もしかしたら澪の能力が効かないのは一時的なものかもしれないと思い、心配に思う蒼輝だったが、ディアナは気にせず歩いてゆく。
ディアナ「あっ、恋夢ちゃーん! またねー!」
恋夢「うーん! またねー!」
手を振る仲良しの二人。ディアナは手を繋ぎ、澪を引っ張って丘を下っていった。ブラックも後ろを追って行ってしまった。
その光景を呆然と見ていると、ディアナとブラックと澪の姿は見えなくなった。
氷雨「しかし、手を使わずに生活するというのは難しいのでは……」
氷牙「そこに気付くなんてな。流石は俺の嫁なだけのことはあるぜ」
月花「いや、もっと他に問題いっぱいあるから!」
うんうんと頷く氷牙だった。すかさずツッコミを入れる月花。皆は丘から下りて戻ることにした。
奈樹「ディアナさんとブラックが居なかったら……澪さんの力で何らかの被害が出ていたかもしれないと思うと……」
蒼輝「最初に会った時からそうだけど、本当にただの黒豹じゃねーよなぁ。ブラックは……」
どれだけ忠誠心の強い動物であっても、ここまで人の言葉と行動を理解できているのは異常だと思ってしまう。
月花「……猫ちゃんもいるし、今晩だけならなんとかなるかも知れませんね」
話をしていると奈樹の家の前に到着した。月花、氷牙、シアン、氷雨、恋夢は家へと帰っていった。蒼輝と奈樹は二人で話をしていた。
蒼輝「とりあえず今日は帰るとするけど……澪のことも色々聞きたいし、また明日になったらディアナの様子を見に行ってみるかな」
奈樹「そうね……。会いそびれた颯紗にも澪さんの紹介しなきゃ」
蒼輝「疲れて眠そうだったし、もう寝ちゃってるだろうからな。それじゃ、また明日な。おやすみ」
奈樹「おやすみなさい。また明日」
蒼輝は大きく手を振って、家へと歩いて行った。奈樹は微笑んで小さく手を振り、蒼輝の後ろ姿を見送った。
その奈樹と蒼輝の姿を、見ていた者が居た。
颯紗「ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……」
息を荒げた紅い瞳の持ち主が、二階の真っ暗な一室に居た。部屋の窓……そのカーテンの隙間から奈樹を見つめていた。
そして同時刻……。誰も気付いていなかった……。ノスタルジアの者でない者が丘の上に居ることに……。木の下にある人影。澪の座っていた位置を観察していた。
「しばらく草が踏まれていた跡があるな……さっきまでここに人が居たか……。この辺りから気配がしていたのは、どうやら間違いねぇみたいだな」
銀色の髪を揺らし、腕に巻いた銀色の鎖を鳴らし歩いた。
「待ってな…絶対この俺の手で……ぶっ殺してやる……」
男を照らす月の明かり。その月は一部が雲に隠れ、まるで三日月のようになっていた……。
第三十一話 -金色の瞳をした死神- End