第四章 銀の鎖と空の鏡 プロローグ
チリン……チリン……。
薄暗い夜道。灰色の砂丘をたった一人で歩き続ける。歩く度に鳴り響く鈴の音。この鈴が自分の居場所を知らせる音色。道に迷った時、場所を知らせる音色。
ずっとずっと歩いた。ずっとずっと探し続ける。
何処に行っちゃったのかわからないけど、きっと見つけてあげる。
何処に行っちゃったのかわからないけど、きっと見つけてくれる。
この鈴の音を響かせる。
その寂しさでいっぱいのその心を、少しでも埋めてあげる。
塞がらない心の隙間を埋めてあげるから。
だから一緒に居よう。また一緒に居たいよ……。
ここが何処かわからないけど歩いた。いつか辿り着くと信じて……どこまでも歩いた……。
浮遊要塞研究所イーバ内部。
薄暗い一室に一人の兵士が入る。その部屋に居たのはイーバ幹部のダークと葛葉 陽子。
兵士「ダーク様、例の者の投下準備が完了しました」
ダーク「ククク……それでは行くといいカナ……『死神』」
ダークの前に立つ、黒く長い髪に金色の瞳をした『死神』と呼ばれた少女は、兵士の後ろを歩いて行った。
陽子「はぁ……」
陽子は深い溜息をついた。
ダーク「クク………お疲れみたいカナ……?」
陽子「当たり前よ……この二か月で何回、骨を折られたと思ってるの……? ようやく開放されてホッとしたわ……」
ダーク「今回の実験で155箇所…242回カナ……」
数えてるなんて悪趣味……などと思う陽子。しかし、実験のデータを取ることは研究者にとっては当然のことである。
ダーク「このデータが収集できたのも、陽子の持つ超再生能力のお陰カナ……ククク……」
陽子「まさかE兵器に改造されていないのに、あんなチカラを持つ者がいるなんて……」
ダーク「異世界」
陽子「……?」
ダークの一言が理解できなかった。
ダーク「その手に触れた生物を死に追いやる死神の力……と言ったところカナ。まるで異世界の力……素晴らしいデータだったカナ……」
陽子「その異世界の力だか、死神だかの力の人体実験なんて損な役回りだったわ……」
これは二か月前、アリスがノスタルジアで戦闘を行うという命令違反を、上官に黙秘するという約束のためにしたことだった。
陽子「それで……その死神の処分はどうするの? 何処かへ連れて行ったみたいだけど」
ダーク「元々は吾輩が拾ってきたモノ……。地上に帰りたそうにしていたから返してあげるカナ……。せっかくだからノスタルジアに放っておく……それで面白いことになるといいカナ……ククク……」
ダークは気味の悪い笑いが部屋に響いた。陽子はもう一つ、気になっていたことを質問した。
陽子「近頃、貴方の部屋に見知らぬ男が出入りしていたみたいだけど……アレは誰?」
ダーク「ククク……異世界の男……」
陽子「……?」
意味が解らない。といった表情の陽子。ダークは笑うだけで、それ以上答えようとはしなかった。
ダーク「ククク……」
このまま黙っているつもりと言うことを察した陽子は、ダークとの約束を終えたので足早に部屋を出た。
ダーク「これで幹部全員のデータも集め終えた……。そろそろあの兵器のテストもしなければいけないカナ……ククク……」
響く笑い声。その笑いの意図はノスタルジアに災厄をもたらすことになるのか……。
光芒結社。
レイ「……」
真っ白な部屋。光芒結社内のレイの個室。白いアイマスクをして、俯いてソファーに座るレイ・ハーレット。
その隣には光芒結社No.2の実力者である、ミネルヴァ・ストリクスが居た。
ミネルヴァ「短期間で二度も、『あの力』を使ったのだから。当然の結果よ」
レイ「……」
ミネルヴァ「完全無欠のレイ……その名を支えている力は絶大。使いすぎると、その反動は大きい。わかっているでしょう?」
レイ「あぁ……。けど、仕方ない場面だった。あの悪魔相手に勝利するには使うしかなかった。二度目は……油断していたある状態ならイーバ幹部を仕留められると思ったんだ」
ミネルヴァ「想定していた以上に耐久力があったということね」
レイ「イーバの技術は予想を上回っていた……。もしかしたら、僕らの想定を遥かに上回っているかも知れない……」
ミネルヴァ「レイは名実ともに光芒結社No.1。貴方が簡単に倒れてしまったら結社の名に傷が付くわ」
レイ「……そうなった場合……君が後を継いでくれればいい……。君も十分な力量と器量を持ち合わせている」
ミネルヴァ「何を言ってるの……? レイらしくない……。貴方はまだ、倒れることはできない。ついに探している人が『見つかったかも知れないのだから』」
レイ「……! それは本当かい?」
ミネルヴァ「まだ定かではないけど……。目撃情報と予測データは酷似している。貴方の探している人物にね」
レイ「……」
レイは顔を上げた。アイマスクを外し、ミネルヴァを見た。
ミネルヴァ「だから無茶はしないで。ずっと探し続けて来た対象なんだから」
レイ「あぁ……。ミネルヴァ……君も気をつけるんだよ。もしも僕が狙いなら、結社No.2である君が狙われる可能性も少なくは……」
ミネルヴァ「心配いらないわ。光の正義の下に、驚異に屈したりはしない」
レイ「そうだね……。僕も……まだ倒れるわけにはいかない……」
次の日……レイはノスタルジアへ戻った。レイは考えていた。ノスタルジアは何かを惹きつける力を持っていると。奈樹の多種の属性を使いこなす不可思議な力、特殊な力を持つ一族、そしてイーバの兵器が集まる。それだけでなく、悪魔さえも呼び寄せてしまった。
これらは偶然とは思えなかった。何かの運命が、全てを集約させているような気がしていた。
だからこそ、レイはノスタルジアへ向かう。
次はどんな出来事が起こるのか、楽しみに思う気持ちがあった。
そして……自身の目的対象である者が、いずれ島に訪れると感じていたから……。