3-C -風の落とし子-
昼食後、散歩へと丘へ来た風魔と奈樹。
最初は島の場所を教えてもらったり、丘からの眺めを楽しんでいた奈樹。しかし二人きりになるように仕組んだ風魔は、ついに動いた。
風魔は奈樹のこと、イーバのことを聞こうと尋問し始める。なかなか答えようとしない奈樹に、風魔は自身がE兵器と明かした。
風魔「この指に纏っている力…。これだけ近くなら…わかるよね?」
奈樹の首に当てられた風魔の二本の指に、風が渦巻いている。
奈樹「咎力…! この力は…」
風魔「俺の属性は風…。これで何者かわかってくれたかな?」
奈樹「……」
首筋から汗が垂れてきて、風魔の指に当たる。
風魔「さて…それじゃ…ここからが本題」
風魔が背後から消え、3メートルほど距離を空けて前に立つ。
風魔「戦おっか」
奈樹「…えっ…!」
風魔がポケットに手を入れつつ、軽く構える。
風魔「ずっと誤魔化してるよね…? 俺が地上に来た後だから当時のイーバのことは詳しく知らないけど…世界各地で起きた最凶クラスのE兵器による厄災…。
【蒼の悪魔】と呼ばれた存在…この名前と外見から考えて奈樹さんが一致してるんだよね。」
奈樹「知らない…私は…そんなの知らない…」
奈樹はかぶりを振りながら、青ざめてゆく。
風魔「俺の力が蒼の悪魔にどれだけ通用するか…手合わせ願いたい」
奈樹「私じゃない…! そんなの…知らない…!」
奈樹は膝を折り地面に手を付き、四つん這いになる。
奈樹「知らない…そんなの…私じゃない…」
風魔は俯く奈樹を見つめている。
一方その頃…
蒼輝「二人とも帰って来ねーな」
勾玉「心配はいらんだろうが探しに行くか。また追っ手が来ている可能性もある」
蒼輝「そうだな…。風魔が一緒なら平気とは思うけど…いっちょ探しに行きますか!」
二人が小屋から出て、外に出る。
勾玉「ん…? あれは…」
二人が丘の方を見る。
蒼輝「えらく木が揺れてるな…。行ってみようぜ!」
二人は駆け足で森の中を走っていった。
奈樹「私は…戦わない…。戦いたくない…戦えば…誰かを殺すことに…。そんなの…もう…」
絞り出すように震える声を出し、拒絶する奈樹。その様子を見た風魔は…。
風魔「じゃあ、仕方ないね。戦うのはナシってことで」
奈樹「え…?」
意外な返事を聞いた奈樹は驚いた表情で風魔を見る。
風魔「嫌がってるのに強要するつもりはないよ。奈樹が何をしてきていようと、俺が奈樹の何を知ってようと、俺達は今は島の仲間。無理に戦う理由はないよね」
奈樹「…は…はい…」
風魔「仮に奈樹が蒼の悪魔だったとしたら…そんな強力なE兵器が仲間にいるなんて、とんだ夢物語だよね」
奈樹「……」
アッサリ諦めて戦わない…じゃあ…どうして戦おうなんて言ったんだろうと思ったが、今は争いごとを避けれたことに安堵していた。
風魔「ほら、立って立って」
奈樹「は…はい…」
まだ不安があったが、風魔は明るく振舞っている。どこまでが演技で、どこまでが本心なのかわからない。今まで以上に、風魔の様子に対して不安を覚える。
奈樹はゆっくりと立ち上がった。
蒼輝「おーい!」
奈樹「…!」
奈樹はホッとした。蒼輝が来てくれた。勾玉と一緒に来た様子から仲直りしたことも察することができた。
風魔「やっ、起きたんだ」
蒼輝「あぁ、二人ともいないんで探しに来たぜ」
勾玉「ここで何をしていた?」
奈樹「えっと…」
奈樹の言葉を風魔が遮るように言った。
風魔「ここから色んな場所を教えてただけさ。ねっ、ナッちゃん」
奈樹「え…?」
風魔がウインクする。会話を合わせるようにしてと言うサインと気付いた。
奈樹「ええ…そうです。丘まで案内してもらって…とっても素晴らしい島ってわかって…」
勾玉「奈樹」
奈樹に向かって言った。
勾玉「安心していい…。お前は何があっても戦わなくていい」
奈樹「……!」
勾玉「この島に居たい気持ちはわかった。戦いを好まないことも…殺しをしたくない気持ちも…」
奈樹は何も言わなかった…。静かに勾玉の言葉を聞いていた。
勾玉「もし次の追っ手が来ても…俺達がお前を戦わせない」
風魔「俺も協力するよ。ナッちゃんをイーバに殺させないし、引渡しもしない」
蒼輝「そうだぜ…約束だ…って、なんだよその呼び方!」
風魔「打ち解けようと思って許可してもらったんだよねー? ナッちゃん」
奈樹「え…はい…そうですね」
蒼輝「ふーん…そうそう、飲み物持ってきたぜ。せっかくだし、ここでゆっくりしようぜ!」
今朝買ってきたペットボトルを袋から取り出す。
風魔「じゃあ俺、『はっさくちゃん』の八朔味で」
蒼輝「勾玉はコーヒーだったよな。後二本だけど、奈樹はどっちにする?」
奈樹「えっと…水で大丈夫…」
風魔がはっさくちゃん、勾玉がコーヒー、奈樹が水を受け取る。
蒼輝「俺は『飲むパスタ』のナポリタン味だな。それじゃ、カンパーイ!」
皆で丘の上で座り、景色を眺めながら飲む。
奈樹はしばらく風魔への不安があったが、徐々にそんな気持ちはなくなった。1対1で話し合うことで勾玉と風魔の内心を知り合えることができた。
そして蒼輝と居るこの時間…。今はその喜びに浸っていた…。
イーバ研究室
「F-106…金雀児 奈樹はどうなったカナ…?」
白衣を着た男が言った。部下が報告する。
部下「追跡したイーバ装甲兵は復元中です。傷口から二体は咎力によるダメージですが…一体は物理による斬り傷です」
白衣の男「金雀児 奈樹は武器を所持していない…。扱いにも慣れていないはず…。降りた島に…匿う者がいる…と言ったところカナ…。
ならば例のアレを降ろしていいカナ…アレは何度も調整したけど…戦闘への意欲が不足している以上、伸びしろはないカナ…。任務に成功しようと失敗しようと用済みカナ…」
部下「出撃は明日になりますが、よろしいですか?」
白衣の男「あぁ…頼んだカナ…」
部下が部屋から去っていく。白衣の男はモニターの奈樹の写真を眺め、そこに映る白い頬を何度も何度もゆっくりと撫でる。
白衣の男「金雀児…奈樹…。君は…どう対処するのか…ここに帰ってくるのか…それとも死ぬのか…実に楽しみカナ…ククク…」
薄暗い部屋で笑いが部屋に響いた。空中を浮遊し続けるイーバはノスタルジアへ方向転換を始めていた。
そう…島へ新たな刺客が送り込まれようとしていた…。
第三話 -風の落とし子- End