第三章 冥幽との邂逅 エピローグ
粒子帰還でイーバへと帰還した陽子と、自らの身体に負担を掛けた戦いをした影響により負傷したアリス。陽子は開錠状態を解いた。
陽子「アリス! 大丈夫!?」
アリス「痛い……っうぅ……痛いぃ……!」
断裂した靭帯。右膝の痛みに涙を流すアリス。そこへ白衣の男が入ってきた。
ダーク「ククク……大変な様子カナ……」
陽子「ダーク……! 早く生命循環液に…!」
生命循環液。一時間ほど身体に浸しているだけで、傷が治療される液体が入った装置。陽子は、いち早くアリスを苦しみから解放してあげたかった。
ダーク「許可が降りていない身で戦闘した者を回復させろと言うのカナ……?」
ダークは戦闘に趣いた幹部のデータを常時収集している。戦闘を行ったことは筒抜けであり、更に負傷している時点で言い逃れは出来ないほど明白だった。
陽子「……!」
ダーク「安心するカナ……。まだ、あのお方には報告してない……。このまま報告すれば柊アリスの処置はどうなるカナ……ククク……」
ダークは汚らしい笑みを浮かべていた。それは、何かを企んでいる笑い。
陽子「……私に何をしろと言うの?」
ダークの意図を察した陽子。アリスを守る為であれば、どんなことだってする覚悟だった。自分を守るために命令違反を犯したアリス……。それに、もしも幹部を統率するお方に知られれば、アリスがどうなってしまうかは解らなかったから。
ダーク「ククク……協力的で助かるカナ……。なになに、少しばかり手伝って欲しいだけカナ……。これで面白くなりそうカナ……ククク……」
アリスを生命循環液のある部屋に連れていった。装置の中に寝かせて起動すると、アリスの身体が液体に浸された。先程まで苦痛に歪んでいた表情をしていたが、一転して安らかなものとなった。
陽子「……ハルベルト」
ハルベルトは、アリスとは別の生命循環液の中に既に居た。
ダーク「ついさっき重傷で運び込まれたカナ……」
陽子「……!」
陽子は暴走した奈樹に指一本動かせない状態にまで追い詰められ、その後はアリスが交戦している様子を見ていた。その間に、超硬度の鎧を持つハルベルトが重傷。何が起こったのか、陽子には理解できなかった。
陽子「なるほど……エビル達が手こずるわけね……。なかなか穏便じゃない島だったわ……」
ダーク「ククク……金雀児 奈樹の力を身を持って体感したんじゃないカナ……? 陽子の負傷度は320%を超えていた……普通なら3回は死んでるところだったカナ……。それを無傷の状態にして戻ってくるとは……陽子の再生能力も素晴らしいカナ……」
陽子「……」
陽子にとって、自分の能力なんてどうでもよかった……。それ以上に素晴らしいと思えるもの、アリスの力の可能性を目の当たりにしたのだから。
ダーク「ククク……それでは陽子……吾輩の部屋に来て楽しんでもらうカナ……ククク……」
陽子「……」
その笑いに背筋がゾクッとした。だがアリスのこともあって断ることができず、仕方なくダークの後ろを付いていくのであった……。
イーバ幹部である陽子、ハルベルト、そしてアリスを撃退した後。紫闇が奈樹の攻撃を瞳の力で吸収して、島の窮地を救った。
そして蒼輝が奈樹の暴走状態から自我を取り戻させた後の浜辺……。
蒼輝「奈樹……大丈夫か?」
奈樹「うん……。この頃、蒼輝に介抱されてばかり……ごめんなさい」
ゼパイルと戦った後、アスモデスとの戦いの中、そして今……。
蒼輝「気にするなって。奈樹が無事なら……それでいい」
蒼輝は安心させようとして、ニッと笑った。奈樹はクタクタだったが微笑み返した。
ハルベルトを撃退した仲間達が駆け付けた。
勾玉「蒼輝! 奈樹! どうやら無事みたいだな」
風魔「やっぱり、蒼輝に行かせて正解だったみたいだね」
バサラ「奈樹の姫……元に戻ってるみたいだな」
マリア「また怪我を……私では治療できないのですから、無理はしないで下さい……」
聖女であり傷を癒す法術を扱うマリア。だが、何故か奈樹にはその効力が発揮しないのであった。
奈樹「ごめんなさい……。私よりもマテリアを……」
マテリア「私なら……大丈夫です……」
勾玉におぶられたマテリアが返事をした。
月花「紫闇さん、どうして生幽界へ?」
紫闇は武器である鎌を消した。黒い粉末状になって霧散していった。
紫闇「冥幽界と生幽界を繋ぐ狭間から異常な力のぶつかり合いを感じ取った……。もしも君達がピンチなのであれば……私は今こそ恩を返す時だと思い、ここに来た……。あの強大な咎力があのまま島に直撃していれば……確実に崩壊だろう……」
奈樹「私……そんな攻撃を……。皆さん……迷惑を掛けてごめんなさい……」
蒼輝「……俺……思うんだけどさ……」
腕に抱えた奈樹、そして皆を見て言った。
蒼輝「この暴走の原因が判明するまで……奈樹は戦わないほうがいいと思うんだ」
レイ「そうだね……」
ここ何度かの戦いで二度の暴走状態に陥った奈樹。その身体を一番心配しているのは蒼輝だった。
バサラ「あぁ、俺もそう確信してるゼ」
マリア「確かに……未確定である内はその方が良いでしょうね……」
紫闇「あの姿……まるで命を削っているかのようにな姿だった」
奈樹「……」
紫闇は蒼輝と奈樹の所へ行き、片膝を付いて奈樹の頬を撫でた。
奈樹「紫闇さん……」
紫闇「無理はするな……。大きな力には必ず反動がある……それはいつか……君の身体を壊すことになり兼ねない」
蒼輝「そうだな……奈樹、しばらく戦わなくていいからな」
奈樹「うん……。ところで紫闇さん……私の攻撃をどうやって止めたんですか……?」
紫闇「それは……この力だ」
紫闇は自分の黒い髪で隠れた眼の場所に手を触れた。
月花「眼……治ったんですか?」
紫闇「いや……どうやら治さないほうがいいみたいだ」
バサラ「どういうことだ?」
紫闇「この奪われた瞳……その代償に得た力がある。それは……アスモデスの力だ」
暴走して島へと咎力を放った奈樹の攻撃を、その失われた瞳で防いだ紫闇。その正体はアスモデスの能力。
紫闇「この眼……咎収隻眼は……咎力を吸収する能力を持っている。アスモデスの悪魔の力を吸収する能力の一部を受け継いでいるんだ」
奈樹「どうして……紫闇さんにそんな力を……?」
紫闇「お姉様……グレモリーが言うには……もしかしたらアスモデスは、本気で私を妃とするつもりだったのだろうと……」
月花「どういうことですか?」
紫闇「瞳を代償するとは言え、こんな強大な力を授けていた……。もしかしたら本気で私を想っていた……奴なりの愛情表現だったのかも知れないと……」
蒼輝「そんなこと……あるのか?」
月花「アスモデス本人に聞かなければわからないことですか……」
紫闇「あぁ……。だが、今となっては……それも叶わないがな」
マリア「……アスモデスは今……どうなっているのですか?」
紫闇「悪魔は力尽きた時、魂となってその場で浮遊する。その状態では自力で復活はできない。だが……」
バサラ「だが?」
紫闇「君達を見送った後……城を調べたがアスモデスの魂は無かったのだ」
紫闇は不思議そうにしていた。それを聞いた皆も不気味に感じた。
勾玉「あのキマイレスと言う悪魔が持ち帰ったのではないか? 暗殺を依頼されていたと言っていたから可能性はあると思うが」
紫闇「いや……そうとは思えない」
月花「キマイレスは俺達より先に帰って行きました。本当にそれが目的なら……わざわざまた戻ってきたことになりますよ」
レイ「僕達が城から出た後……そこから紫闇が城に戻るまで……。アスモデスの魂は何処へ行ったのか」
風魔「アスモデスが居なければ、なんで紫闇の瞳に力を授けたか不明のままってことか」
平然と発言する風魔。アスモデスの魂を回収したのは他の誰でもない、風魔である。それは今でも隠し、保管してある。だが、それは誰にも公言していない。仲間である者にも、親友である蒼輝と勾玉にも……。
紫闇「真実は闇の中だがな……」
蒼輝「まぁ……とにかく紫闇が自由の身になってよかったぜ。なっ? 奈樹……あれ?」
奈樹「……」
どうやら奈樹は瞳を閉じている。あれだけの戦いの後で、疲労が溜まっていないはずがない。話をしている間に眠ってしまったようだ。
紫闇「この様子だけ見ていれば……あれほどの力を持っているとは思えないんだがな……」
風魔「ナッちゃんの力って、悪魔の力とは違うの? 紫闇だったら解ったりしないのかな?」
紫闇「すまないが……わからない」
申し訳なさそうにして、顔を伏せた。そして、小さな声で独り言を言った。
紫闇「……だが……あのお方なら知っているかも……」
蒼輝「ん?」
紫闇「いや……なんでもない」
少し考え事をしているようだったが、すぐにそんな様子をやめた。
マテリア「自由の身になったですから、いつでも遊びに来て下さいです」
紫闇「あぁ、そうだな……そうさせてもらう」
蒼輝は何か思いついた顔をし、提案した。
蒼輝「そうだ、夏になったら皆で海水浴しようぜ!」
バサラ「おぉ! いいな! とうとうマリアの水着を拝めるとは……」
マリア「えっ!? えぇー!?」
驚き、顔を赤くしたマリア。
風魔「聖女の水着か……悪くないな」
ウンウンと頷く。
バサラ「そうだろそうだろ? 一度は見ておかないと、一生悔いが残るって確信してるゼ」
マリア「あの……バサラ……約束してあること、忘れてる…?」
真っ直ぐな視線でバサラを見る。
バサラ「約束? そりゃ婚約のことは忘れたことは……」
マリア「そ……そうじゃなくて! 夏には楼黤王国に戻らないと」
バサラ「あぁ……そうだった……」
レイ「それって、なんの話かな?」
話が読めない一同。レイが質問した。
バサラ「楼黤王国がさ、イーバの奴らに壊されてからそのままなんだ。けど、あのまま放っておくわけにもいかないってことでサ」
マリア「聖クレア教会が王国の後処理を全面協力することになって……それを行うのが夏という話があるのです。正式な日付は未確定ですが」
バサラ「だから、しばらく島には来れそうにないんだ……」
物凄く落ち込むバサラ。明らかに水着姿が見れないことへの未練だとわかる。
蒼輝「まぁ、まだ来年もあるからさ……。しかし水着かぁ……奈樹の水着……」
腕の中でスヤスヤと穏やかな表情で眠っていいる奈樹。華奢な少女の水着姿を、ついつい想像してしまった。
蒼輝「普通は着替えより……水着が先だよなぁ……」
先日、着替えているところで裸を見てしまったこと……というより、その一部始終を思い出してしまっていた。
紫闇「またその時には必ず来る。約束しよう」
自身が今の言葉を忘れないようにと、頷きながら言った。
マテリア「それでは、そろそろ皆にイーバを撃退できた報告をしに戻るです……奈樹も休ませたほうがいいです」
蒼輝「そうだな……紫闇の紹介も皆にしないとな!」
蒼輝は奈樹を抱え、立ち上がった。こうして、皆は蒼の館と花の屋敷へ向かった。
……風魔は一人、浜辺に立っていた。
風魔「イーバの力が増して来ている……。あの柊一族レベルの兵器がもう一人居たら……マズイことになりそうだな」
空を見上げる風魔。その方角は、陽子達が粒子帰還で飛んでいった方向。
風魔「何か一つ……後一つ何か、蒼輝達を押し上げる何かがあればな……」
風魔は空を見ていた。ふと、真昼に見える月が目に入った。それは何故か不気味に、いつもより輝いて見えた。
風魔「……もう少し様子を見るしかないか……」
小さく呟き、皆が歩いて行った後ろを追う。そして何食わぬ顔で皆と合流した。
『ココニモ……イナイ……。反応ハ悪魔ダッタカ……』
暗躍しているのは風魔だけではなかった……。紫闇がやってきた狭間とは別……まるで何かで空間が切り裂かれたかのような切れ目があった。
それは次元の狭間。その中からノスタルジアにいる者達を凝視している何者かが居ることに……島にいる全員が気付いていなかった……。
その切り裂かれた空間は、徐々に、ゆっくりと閉じていった……。
蒼咎のシックザール 第三章 冥幽との邂逅 エピローグ End