30-B -禁断の血-
陽子とハルベルトによって窮地に立たされながらも、身動きの取れない蒼輝達。
一方その頃……咎霧領域の外では……。
バサラ「ヘッ……ざまぁみろ」
マリア「悪魔と比べれば……これしきの相手なら」
結界の外。バサラの剣技で鉱石戦士がボロボロと崩れて倒れる。
レイ「ふぅ…こんなものかな。あのアシュとかいう悪魔のほうがよっぽど強かったよ」
別の地点。レイは武器すら出さずに倒しきっていた。
風魔「エビルの出したアース・ゴーレム以下の性能だったかな。これくらいなら皆……」
風魔もアッサリと倒していた。待っていれば解除されるだろうと思い、その場で待機した。
刹那「くぅっん!」
鉱物兵士のパンチを両腕を交差させて防御するが、その腕力の前に吹き飛ぶ! 腕の痺れから握っていた短刀・クシャナが手元から落ちる。5~6メートルほど飛んでうつ伏せに倒れる。
刹那「ハァ…ハァ…」
鉱物兵士の耐久力に、何度も攻撃を仕掛けた分スタミナが削られている。力を振り絞って、四つん這いになる。
刹那「……刹那じゃ…勝てない…」
刹那は頭を踏み付けられる! 即頭部に徐々に体重が乗ってくる。
刹那「ア…あああああぁぁ!」
目を強く閉じて痛みに耐えながら暴れて抵抗するが、鉱物兵士の足はまるでビクともしない。ミシミシと頭蓋骨が鳴る音が聞こえる。それが本当の音なのか錯覚なのかは理解する余裕など無かった。目尻から涙が出てきて、体中に力を入れて脱出を試みる。
刹那「う……あああああああぁぁ!」
このままじゃ潰される。その危機感に恐怖する刹那は、必死に抵抗した。そして……
!
刹那「……!」
頭の重圧が無くなった。目を開いたが、涙で滲んでハッキリと前が見えなかった。しかし……なにがあったのかは理解できていた。
前に立つ、黒い影が見えたからだった。
月花「刹那ちゃん……大丈夫かい?」
刹那を踏みつけていた鉱物兵士を、月花が蹴り飛ばしたて足を退けさせたのだった。 月花は刹那を抱きかかえ、鉱物兵士から距離を取る。そして刹那を下ろした。
刹那「月花様……ありがとお……」
月花「……ごめんね刹那ちゃん。俺じゃ……守ってあげられるかわからないけど……」
刹那「一緒に戦お…! 仲間だから……一人じゃ勝てなくても月花様と一緒なら…」
月花「……!」
アスモデス四死公のキマイレスに敗れてから悩み続けていた月花。刹那の言葉に気付かされた。一人で勝てないなら、今の自分が実力不足だと言うのであれば、仲間と力を合わせて戦えばいい。
月花「なんで……こんな簡単なことに気付かなかったんだろうな……」
マッドがノスタルジアへ侵攻へ来た時、紫闇を救うために冥幽界へ乗り込んだ時、氷雨が自分を探しに氷牙達と一緒に島へ訪れた時……そして今、またしてもイーバとの戦闘で立ち向かっている。
そう、一人じゃない。ずっと無意識だったが、かつて黒猫と呼ばれ一人いた頃の感覚から抜け出せていなかった。
自分は四死公のキマイレスに勝てなかった。けど、結果的には紫闇を救うことは出来た。それは、仲間がいたからだった。そして、その仲間も皆で力を合わせたから勝ち抜くことができた。そんな単純なことに気付かなかった。
今、自分が助けに入らなければ刹那はどうなっていたのだろうか? 自分が刹那を救った。そして……自分も刹那も、一人で勝てない相手であれば手を取り合って戦えばいい。
それが――仲間だ。
月花と刹那は並んで立った。刹那は、何処か懐かしい感覚を味わっていた。以前まで、弱い自分の隣にパートナーとして立っていたE兵器が居たことを思い出していた。
自分は一人じゃ戦えない。今の戦いで、それを思い知らされた。けど……今は月花が立っている。それだけで、心が休まる安心感が生まれていた。
月花「行くよ! 刹那ちゃん!」
刹那「はい! 月花様!」
――咎霧領域内部
奈樹「貴方のような存在を排他するとは…どういう意味ですか?」
陽子「言葉の通りよ」
陽子の狐の尻尾がふわりと揺れる。それは取って付けたような物ではない、本物の獣の尻尾。間違いなく陽子の身体から生えているものと認識できる。
ハルベルトが蒼輝の背から立ち上がり、前転した後、再び高く飛び上がる! 一回転して急降下する!
ハルベルト「アーマーボディ・隕石直下!」
勾玉「うぐ……! がっ……!」
ハルベルトの巨体が勾玉の背にのしかかる!
マテリア「勾玉さんっ!」
勾玉の背に座ったまま、ハルベルトが話を始めた。
ハルベルト「俺は生まれた時は身体に障害を持っていたんだな。細くてガリガリで、まるで皮と骨だけのような幼少期。そのせいで母親からも疎まれ、多くの人間に軽蔑、劣等、不平等、あらゆる差別を受けてきたんだな」
陽子はそういった過去を知っていた。母親にさえ捨てられたも同然のこの男は、愛情を、母性を、女性を欲しているのだ。だから同じ幹部であり、唯一の女性である自分へと寄ってきているのだと。
ハルベルトにとって、それが意識的か無意識的かは判らないが、その過去が影響しているのは間違いなかった。
陽子「他人を蔑ろにする行為が人間の本質。それが人間を形成している成分」
陽子はハルベルトのことを良く思っていない。それは真実であり、どちらかと言わずとも嫌っている。しかし、人間のように多人数で貶めるような差別は絶対にしない。
ハルベルト「全てに捨てられた俺を拾ったのはイーバ。この身体を改造したことで障害のある身体を捨てて、幹部になるまで強くなれたんだな」
太めの大きな身体。その体格に満足している様子で言った。次に陽子が語り始めた。
陽子「私の生まれた村には、妖狐伝説と呼ばれる言い伝えがあった」
蒼輝「妖狐……」
陽子の姿を見て、その伝説に関係していると気付いた。
陽子「村には古くから極稀に一部の女の子供には狐が憑くことがあるという伝説があった。家族に愛されて育った私に……ある日突然、狐の耳、尾、髭が生えた」
奈樹「それが……その姿……」
陽子「優しかった親も、村の人も豹変した。しきたりに従って処刑するために私に襲いかかってきた。昨日まで家族だった人が、昨日まで優しかった人達が、昨日まで肉親のように慕ってくれた人達が、殺意を持って私に向かってきた。運命は、ほんの少し見た目が違うという理由だけで……私の穏便だった幸せを奪った」
陽子の声には、憎しみと怒りが篭っているように聞こえた。遠き記憶を振り返り、悲しい瞳をしていた。
マテリア「……」
陽子の身に起きた出来事を想像するだけで、マテリアは何も言葉に出来なかった。
陽子「それでも私は何とか逃げ延びることが出来た……けど、狐のような姿をした私に、世界の何処にも生きる術はなかった。それでも……イーバだけは私を拾ってくれた」
ハルベルト「E兵器となる改造を受けることで、全てが平等となる姿となるんだな。ただし、愚かな人間達はイーバとE兵器の言いなりとなるんだな」
陽子「私は改造された結果、開錠を行わない限り狐に憑かれた姿にならなくて済むようになった。本当の姿を隠して生きることが出来るようになった。家族と故郷は失ったけど、自分の望む穏便な生活を取り戻すことができた。それは、イーバが無くては実現しなかった」
ハルベルト「俺はイーバに感謝しているんだな」
陽子「イーバに忠誠を誓った……。そして……人間達を呪った」
ハルベルト「イーバは、そんな愚かな人間達に粛正を下すんだな」
陽子とハルベルトからは怨念のようなものすら感じられた。話を聞いていたアリスの表情も、少し曇っているように見えた。それは陽子とハルベルトのことを他人事だと思っていないような様子であった。
蒼輝「認められっかよ……」
プルプルと身体を震わせながら、蒼輝は言った。
蒼輝「呪うとか粛正だとか……そんなの認められっか! 俺達は……ノスタルジアに住む者はそんなことはしない!」
感情的になり声を荒げた。心からの言葉をイーバ幹部達へぶつけた。
蒼輝「誰もが分け隔てなく共存する……それがノスタルジアだ! カノンの目指した理想郷だ! 俺は実現させるんだ……カノンの意志を継いで誰もが笑顔で住める島を!」
陽子「こんなちっぽけな島……その島のただ一人に何ができるというの?」
蒼輝「イーバはE兵器を使って世界に影響を与えようとしてんだろ…?」
陽子「そうよ。イーバの力なら、近い未来に世界を征服することができる」
蒼輝「だったらその力を……なんで世界を笑顔にするように使わないんだよ!」
陽子「言ったでしょう? 人を陥れることが本質だと。それを身を持って知らせてあげるのよ。それがイーバなのよ」
蒼輝「だったら……俺がイーバを……陽子の考えを変えてやる!」
陽子「笑わせないで……。貴方にそんな力は無い」
蒼輝「いいや……人の心には陰と陽……光と影がある。俺は陰に染まっている陽子を笑顔にしてみせる……!」
カノンとの約束。自分が笑顔でいるだけじゃない。他の者も笑顔に変える。イーバの幹部でも陽子だけは話が分かると、きっと分かり合えると信じていた。
陽子「私を……笑顔に……」
蒼輝の言葉に、無意識に言葉を発していた陽子。
マテリア「私達は……この島は、皆が平等で過ごしているです!」
勾玉「そうだ……! ノスタルジアは粛清など考えん……そしてイーバの選民思想など受け入れん……!」
陽子「……」
ハルベルト「少し黙っておくんだな」
ハルベルトは腰を上げ、もう一度下ろして勾玉の背中を再び踏みつけた!
勾玉「ぐあぁ…! ぐっ……」
重みに耐える勾玉。ハルベルトはその反応を見た後、ゆっくりと立ち上がった。
マテリア「イーバは……粛清を下すと言ったです……。だから……私の故郷を奪ったですか!?」
ハルベルトは、先程までと様子が違うマテリアを見た。
マテリア「思い出したです……忘れようと思っていたです。故郷に沢山の研究員がやってきて、今みたいにうつ伏せに寝かされて拘束されていたです……」
奈樹「マテリア……」
マテリア「村の人達は……貴方の同じ動きで押し潰され…殺されたです…!」
ハルベルトはマテリアをじっと見ている。マテリアもハルベルトを見ていた。
マテリア「ただ……貴方じゃない……。こんな人じゃなかったです」
ハルベルト「いいや、それは俺なんだな。まだ幹部になっていないE兵器だった頃に一度だけ村へ行ったことがあるんだな」
マテリア「……! けど……あの時の男は……!」
ハルベルト「俺はより良い、強い肉体を求めて様々な身体を移し替えて生きているんだな。だからその時のは俺なんだな」
マテリアの瞳から、徐々に光が消えてゆく。そして、宿る感情は憎悪。マテリアは、生まれて初めて人を心の底から憎んだ。ノスタルジアに降り立った時、記憶操作によって奈樹を憎むように仕組まれたことがあった。しかし、あの時の感情とは雲泥の差。
本気で憎いと思うことが、ここまで辛い感情だとは思っていなかった。だが……一族の仇を見つけたことへの、僅かな喜びを覚えてしまった。
マテリア「私の故郷の皆は……どうして殺されなければいけなかったですか……どうして……」
ハルベルト「イーバはより良い世界にするために、弱き者を生み出さず、平凡は強き者へと強化する。そして皆を平等へ導くんだな。そんな世界に、特別な力を持った種族が多数居てはならないんだな」
陽子「イーバは未だ発展途上……人の歴史と同じよ。人体実験で同じ人間を苦しめた過去があるのと同じ。人間、E兵器、E兵器の犠牲は仕方ないこと。これも全ては未来のため」
奈樹「私は……そんな言葉は信じない…」
陽子「信じなくてもいい。金雀児 奈樹、アナタはただ、イーバの未来のために利用されてくれればいい。より良い世界にするために」
マテリア「認めないです…! そんなの…そんな考え認めないです!」
ハルベルトは、うつ伏せになっているマテリアの元へ歩いてゆく。
ハルベルト「さぁ、そろそろ次はお前の番だな」
陽子「男達は耐えることができたみたいだけど……次はどうかしらね? 金雀児 奈樹」
奈樹「マテリア!」
マテリア「奈樹……私は降伏なんてしないです……」
奈樹「……!」
マテリア「私もイーバと戦うと誓ったです。だから……絶対に負けないです……!」
奈樹は感じた。マテリアを駆り立てているモノは勇気ではない。それは復讐心だと。あの心優しいマテリアを憎しみに染めてしまうイーバが許せなかった。その感情が溢れ出し、鼓動が激しくなり、心の奥底からドス黒いものが湧き上がってきている気がした。
ハルベルトは前転してから高く跳躍した!
奈樹「やめてーーーーっ!」
ハルベルト「アーマーボディ・隕石直下!」
奈樹は、マテリアは耐えることができない。死んでしまうと感じた。自分が今、何か出来ないかと必死に考えた。
ハルベルトが一回転してから落下する! そして、マテリアを押し潰した……!
マテリア「…………!」
陽子「…これは……!」
マテリアの上にハルベルトは乗りかかっていた。しかし……。
ハルベルト「こんな芸当ができるとは、知らなかったんだな」
マテリア「奈樹……!」
地に伏せたままの奈樹の髪が伸び、マテリアを守るように包み込んだ。髪には弾力があり、トランポリンのようになってハルベルトが落下した勢いを殺した。
冥幽界でアスモデス四死公のグレモリーから教わった咎力の使い方の一つだった。咎力を髪へと重点的に集めることで、髪の操作と伸縮、硬化することを成功させた。
複雑な操作を要求する技術。それを今、この土壇場で成功させた。
陽子「へぇ……面白いわね。データには無かった技術だわ」
アリス「……」
興味深そうに微笑みながらアリスが見ていた。
陽子「それじゃ……これはどうかしら」
陽子の尻尾が動き、先端がマテリアへ向く。その先に高熱を宿した咎力が集まる。
奈樹「……!」
陽子「降伏しない、貴方のせいなのよ?」
蒼輝「やめろ……!」
陽子「妖尾熱線」
尻尾から放たれた赤いビームが、伏せているマテリアの胴体を貫通した!
マテリア「……! ゴホッ……!」
勾玉「マテ……リアッ!」
マテリアは吐血した。その様子を見ていた奈樹。まるで、世界がスローモーションのように見えた。マテリアは地に顔を伏せた。そして……。
マテリア「ぁ……ぁ……」
脱力した状態で、痙攣を起こしている。奈樹の考えは変わった。陽子が敵だと識別した。陽子は狙った。マテリアの命を奪おうと、人の致命傷となる位置を狙ったのだ。
奈樹「……」
奈樹は……見開いた目を閉じることができないまま、顔を伏せた。
そして――――……
陽子「……! これは……!?」
ハルベルト「なんなんだな……!?」
アリス「……!」
奈樹を中心に激しい爆音がし、強大な咎力が周辺を包み込んだ。その強い力が、陽子の重力空間を打ち消した!
蒼輝「な……奈樹!?」
陽子「……!」
先程の衝撃で奈樹の首に付けているリボンが外れ、ゆらゆらと揺れながらフワリと蒼輝の前に落ちた。
アリス「避けてっ! 陽子さん!」
次の瞬間、陽子の腹部……みぞおちへと奈樹の頭からの突進が炸裂していた! その凄まじい勢いで、20メートルほど先の咎霧領域の壁へと激突する二人!
陽子「…ぐ…これは……!」
突進が見えなかった。反応できなかった。陽子の腹部に頭を埋め込んだままの奈樹。その蒼い髪が、徐々に紫色に染まっていった……!