30-A -禁断の血-
イーバの侵攻。降り立ったのは幹部の陽子とハルベルト。そして観戦に来たアリス。
陽子の作り出した重力空間によって地に伏したまま動けなくなった蒼輝、奈樹、勾玉、マテリア。咎霧領域の外では、ハルベルトの作り出した鉱石結界によって現れた人型の鉱石のような物体と戦う風魔、刹那、バサラとマリア、レイ。
陽子「このまま降伏すれば、わざわざ痛い目に合わなくて済むのよ?」
蒼輝「誰がイーバみたいな悪党なんかに……」
奈樹「どうして……先日話をしていた時は悪い人だと感じなかったのに……」
陽子「私は最初から悪い人のつもりはないんだけど。それに貴方が言ったのよ? 『人の心には、陰と陽……影と光がある』と。貴方達に正体を明かさず話をして騙していた時が影ならば、今の私は何も包み隠さない光の状態。悪党なんかじゃないわ」
勾玉「イーバに所属しておいて……自身は悪ではないと言うのか?」
陽子「何を言ってるの……? イーバがいつから悪になったと言うの?」
手を前に出して重力空間を作り出しつつ、不思議そうに聞き返す陽子。
マテリア「イーバは悪です……。 私利私欲のためにE兵器を作って…」
…
陽子「E兵器を作り出すからイーバが悪だと言うの? E兵器が悪だと言うのなら、アナタ達が金雀児奈樹を初めとした同種を庇う理由は?」
蒼輝「奈樹はE兵器かも知れないけど悪じゃない……刹那も、芙蓉も……この島にいるE兵器はイイ奴ばかりなんだ」
陽子「悪でないE兵器とE生物を生み出しているイーバ自体は悪…おかしいと思わない? それってただの決めつけじゃない」
どうして理解できないのか、と少し呆れ気味に言った。イーバを信じて疑わない、全く迷いの無い様子で語る陽子だった。
勾玉「だったら…マテリアの一族や楼黤王国はイーバによって滅ぼされた……それでもイーバが正しいと思うのか……?」
陽子「私はイーバが正しいと思っている。 世界の反乱分子を消して行くことは、より良い環境を作り出すために仕方のないこと。人間の身勝手で動物の殺処分を行ったり、殺虫剤や除草剤を使うのと、していることは同じよ」
奈樹「なぜ……なぜ……陽子さん……貴方からは咎力や圧力……殺気を感じなかった。」
陽子「それは私が本来の力をセーブしているから。人として、穏便に暮らすために」
蒼輝「力を……セーブ……?」
陽子「兵器でありながながら、そんなことも知らなかったの? 強力な力を持つE兵器の殆どは本来自身が持つ力の僅かしか使うことができないように鍵を掛けてセーブされているのよ。それは幹部であれば必然なの。エビルも、マッドも、その力の30%以下しか解放できていない」
陽子の言葉に、蒼輝達は動揺した。
蒼輝「……なに……!?」
勾玉「あの力が……30%以下だと……!?」
奈樹「幾ら何でも……あの力が全力じゃないなんて――」
あのエビルでさえ――たった三割程度の力しか発揮できていなかったなどという言葉を、信じられるはずが無かった。
陽子「今日は……許可されているから」
マテリア「許可……?」
陽子「見せてあげる……これが幹部の……力を解放する行為よ……!」
蒼輝「なんだって!?」
陽子は目を閉じ、小さく呟いた。
陽子「開錠」
突如、凄まじい咎力が溢れ出し、砂煙が立ち込める。その中心から強く激しい熱風が吹く! ピリピリと伝わる威圧感。そして――抑えられていた力が解放された。
陽子に狐の耳と尾が生え、顔にも狐の髭がフワリと生えていた。
陽子「咎尾炎姫 妖狐」
明らかに先ほどまでと違うことが伝わってくる。重力空間によって地に伏せられているが、今は開錠にるプレッシャーで動けないような感覚に襲われてしまう。
ハルベルト「開錠」
陽子に続いてハルベルトも力の解放、開錠を行う! またしても凄まじい圧力が襲いかかってくる!
巨漢の身体にゴツゴツとした透明色の鉱石を、まるで鎧のように纏っている。
ハルベルト「アーマーモード・アレキサンドボディ」
蒼輝「動けねぇ状態で…このままじゃ……!」
地に伏せたままの蒼輝、奈樹、勾玉、マテリア。危機的状況の中で開錠を行った陽子とハルベルト。
陽子「幹部二人が開錠して力を解放した。貴方達は私の重力空間で動けない。降伏すればどう?」
奈樹「動けなくても……攻撃する手段はあります……!」
奈樹は親指、人差し指、中指の三本の先を陽子に向けた!
奈樹「トライ・サンダー!」
冥幽界でアスモデス四死公のグレモリーに教わった通り、必要最低限の咎力を一瞬で溜め、三本の雷を発射した!
陽子「……!」
奈樹「この速度の攻撃……避けられるはずありません」
陽子の右肩、左肩、腹部を貫通する! 陽子は吹き飛んで倒れた。しかし……。
蒼輝「どういうことだ……!? まだ身体に重みが……」
倒れている陽子。しかし、重力空間を発動させている手は、吹き飛んだ時、倒れた状態でも前に出したままだった。
奈樹「……! どうして……!? 当たったはずなのに……」
陽子がゆっくりと立ち上がった。その身体に、貫通したはずの傷は無かった。
陽子「私の開錠……咎尾炎姫の能力……」
勾玉「能力だと……!」
陽子「そう……それは超再生能力。私は受ける攻撃を避ける必要すらない。回避という防御行動を削除し、攻勢を保つことが可能。これこそ、完全なる受け……絶対的な防御手段。これが私のスタイル」
アリス「素晴らしい力です。陽子さんにとって、その程度の雷攻撃は避ける必要すら無かったということです。陽子さんを倒そうと思ったら……地面に横になっていないで、再生が追いつかないほどの攻撃をするしかありませんね」
陽子を慕うアリスは自分のことのように、嬉しそうに語った。
陽子「つまり……そんな姿勢で私を攻撃したところで、重力空間を解除することは不可能よ」
奈樹「そんな……これじゃ……」
何も出せる手が無かった。それでも尚、攻撃するということも考えたが、無為に力を消耗するわけにもいかなかった。
ハルベルト「はてさて……いつやられるかも知れないという恐怖を与え続けるのは、良くないんだな」
重力空間の発生している中へ歩いてくるハルベルト。開錠した力なのか、まるで影響を受けていないかのように立っている。
ハルベルト「ここは柔軟な対応で――早めに始末してやるんだな」
陽子「金雀児 奈樹には手を出さないように」
ハルベルト「わかってるんだな」
陽子「……単細胞だから忘れてるかと思ったわ…」
好かないハルベルトに対し、小声で陰口を言ってしまう陽子。アリスには聞こえていたのか、クスッ笑った。
ハルベルト「目標が降伏するように仕向ければいいんだな……だったら周りを順番に圧殺してやるんだな」
奈樹「……! やめてっ!」
ハルベルトは地面を前転してから跳躍し、10メートルほど高く跳ね上がった! クルリと前方に回転し、尻餅を着くようにして急降下する!
ハルベルト「アーマーボディ・隕石直下!」
地に伏せて攻撃を回避することは許されない状況。無情にも蒼輝の背の上に直撃した!
蒼輝「ぐあっ……あぁ……!」
勢いよく落ちたハルベルトが身体に乗りかかり、内臓がギリギリと圧迫される!
奈樹「蒼輝ーー!」
蒼輝はガックリと脱力して倒れる。ハルベルトが立ち上がる。
陽子「いつ見ても、美しくない技ね」
重力空間で相手を伏せさせて身動きを取れなくし、ハルベルトの隕石落下で仕留める。嫌っているハルベルトと組まされた理由は合理的で単純明快。個々の能力の相性だった。
ハルベルト「戦いに美しさなんて不要なんだな。勝ちとは汚く醜いものだな」
陽子「美しく勝利してこそ栄誉があるものよ。戦争にだってルールがあるのと同じよ」
それで嫌いな相手と組まされるのだから、陽子にとっては嬉しくない話ではあった。
勾玉「ルールだと……? イーバにそんなものがあるとは思えんがな……」
陽子「そうかしら……正々堂々としているじゃない。今日だって真正面からやってきたじゃない。何故なら……寧ろこちらとしてはゲーム感覚に近いのよ」
蒼輝「くっ……! ゲーム……だと?」
陽子「えぇ。手段を問わないのであれば、こんな島を略奪することなんて造作もないこと」
地に突っ伏せさせられたままの皆は、その陽子の言葉が信用できなかった。
陽子「一番手っ取り早い手段を言ってあげましょうか? それは誘拐することよ。イーバの者ということを隠して近付き、完全に油断しきっているところでイーバに連れ返すなんて簡単なこと」
先日、陽子は一人でノスタルジアへやってきていた。仮に奈樹と二人きりになっていたら、その時点で拘束するするようにしがみつき、粒子帰還をすれば無理矢理ながらも連れ帰ることは可能である。
陽子「それ以外なら、E兵器にのみ耐性が持てる毒ガスでも散布して島の者を一網打尽にして殺してしまえば、金雀児奈樹を取り戻すことは簡単なのよ。けど、頭領はそのような下劣な行為を好まない。それがイーバの方針だからよ」
勾玉「ゲームに……頭領か……イーバの目的はなんだ? 何故E兵器を作り、世界を恐怖に陥れる?」
ハルベルトは質問した勾玉を見る。
ハルベルト「俺達が語りたいならともかく、わざわざ質問に答えてやる必要はないんだな。さぁ、このまま降伏しなければ次はお前の番だな」
勾玉「動けない状態にして一方的になぶるとは……いい趣味とは言えんな……」
ハルベルト 「一方的にいたぶる事は人間の好きなことなんだな」
蒼輝「ぐっ……!」
ハルベルトは、蒼輝の背にどっしりと座り直した。
ハルベルト「本能で弱いものを痛め付けるのが人間 。その感情を理性で抑えつけているだけなんだな。本当は甚振りたくて仕方ないんだな」
奈樹「……」
奈樹の記憶がフラッシュバックする。燃える廃墟で人間を虐殺した記憶。痛めつけるのが本能。それが自分自身の望んだことでなかったと思っていた。しかし、それが本能なら――自らが望んで殺したということも……。
奈樹は顔を伏せた。蒼輝が踏みつけられているのに、何も出来ない無力な自分にも嫌気が差していた。
ハルベルト「人間は生まれた我が子を虐待して、他人を蔑ろにし、自身を守る為に他人を虐げる」
陽子「そして……僅かな違いのある者を差別し、排他する……この私のような存在を」
勾玉「どういう……ことだ?」
陽子は悲しげな瞳を浮かべていた。それは……陽子の過去に関係していることだと気付いた。